第二十八幕 宵の口
第二十八幕
眼を開けると権兵衛の眼には、見知らぬ天井があった。そこに見慣れた顔が覗き込む。
「権様・・・。」
「お、お鈴・・。」
「権様!」
お鈴は、権兵衛の胸にすがり泣く。
「痛つつ・・。」
「権様!権様!よかった・・・。」
「だから、痛い・・。・・・心配かけたのう。」
「ホントですよ!何で何も言ってくれなかったんですか?」
顔だけ上げたお鈴は、眉をひそめ詰め寄る。
「すまん・・・。心配掛けたく無かったんじゃ・・。」
「当たり前です!」
「ほんにすまん・・・。しかしお鈴・・。」
「はい?」
「痛いんじゃが・・・。」
「申し訳ありません!」
慌てて、お鈴は権兵衛の胸から離れる。溜息を吐き、権兵衛はゆっくりと身体を起こしてくるが、痛みと重さで顔が歪む。
「まだ、ご無理をなさっては・・・。」
背中を支える、お鈴。
「・・・ここは?」
「はい。ここは、橘様の診療所です。」
「ほうか・・・。橘様の・・。」
「権兄!」
「権兄ー!」
彦兵衛、保次郎兄弟が、起きた権兵衛に気付き、泣きながら駆け寄る。
「お前ら・・。ここまで運んでくれたんじゃろ?助かったわ。」
「そんな、権兄!こっちゃこそ、俺等のせいで、権兄が・・と思うと・・・、ほんにすんませんでした!」
「ほんにご無事でえがった・・。俺等だけじゃのうて、正木家の宇藤様にもご助力頂きました。」
「宇藤殿?なして宇藤殿が?」
「へい、俺等だけじゃ心許無くて、宇藤様ならばお話が分かってくれると思い、何とかご助力おば・・。もちろん口外しないように頼んでいます。」
「ほうか・・。して宇藤殿は?」
「へい。婚礼の宴中に内密に抜けてきた故、もう戻られました。」
「ほうか・・。誠に申し訳ない。必ず御礼せねばの。」
「へい。」
「あっ、新はっ?」
権兵衛の問いに、三人の顔が明らかに曇る。
「どうした?まさか・・・。」
お鈴の袖を掴み、取り乱す権兵衛。
「落ち着いて下さいまし。今、橘様が付きっきりで診ておられます。」
「そうです。俺等も橘様の手伝いをしています。」
「流石は新っ。何とか、命は止めています。ただ・・・。」
「ただ?・・・」
「馬鹿っ!お前!」
彦兵衛は保次郎の頭をひっぱたく。
「だってよう・・。」
頭をさすりながら保次郎が情けなく返す。
「ただなんじゃ?」
もう一度、権兵衛は詰め寄る。彦保は、顔を見合わせ、しぶしぶ彦兵衛が口を開く。お鈴は、権兵衛の手を上から包む。
「身体中、打身やら骨が折れてるのも酷いらしいですが、何より肩口から腰まで斬られている傷が良くなく、血を流しすぎているようで、援かるかどうか・・・。」
「どうやら、今宵を越えられるかが・・・。」
「なんじゃと・・・。」
「権様・・・。」
権兵衛の手に重ねられたお鈴の手に力が入る。
「待て、今、今宵と言ったか?もう宵なのか?」
「へい、今はもう戌上刻になりやす。」
「ほうか・・。そんなに寝てたのか・・。」
不意に権兵衛は、更に身体を起こそうとする。
「権様。どうされました?まだご無理をなさっては・・。」
「新の様子を見に行く。」
立ち上がろうにも、手足が重く、身体に力が入らない。
「いけません。権様も無事では無いのですよ?」
寝かしつけようとお鈴は、権兵衛の両肩を掴む。権兵衛は、右肩の手を左手で掴み、お鈴の眼を射抜く。
「お鈴、頼む。新が居なかったら、俺は死んでいた。お前にこうして会って触れられなかった。あいつが、死に目に有っているのに寝て居られねえ。」
「権様・・・。」
「お鈴さん。俺等が権兄を支えますんで・・。」
彦兵衛がお鈴の背中越しに声を掛ける。
「・・・分かりました。」
お鈴は、権兵衛を立たせようと、肩を貸す。続いて彦兵衛は、権兵衛の後ろに、保次郎は、お鈴と反対の肩を支える。
「すまねえ・・。」
痛みに耐えながら、何とか立ち上がった権兵衛を両側から彦保兄弟が、肩で支える。
「お前等・・。」
「俺等にとっても新は、大恩人でさ。」
「ほいだ、ほいだ。」
襖を開けると、薄暗い部屋に燭台が二基置かれ、橘十兵衛宗重が、薬草をすり潰していた。
「起きたのか・・。」
背中越しに声を発し、すり潰す手は止めない。
「はい。この度は、世話になりました・・。」
礼を向けた、橘の直ぐ奥に、横になっている新之助の顔がほのかに照らされいる。
「新っ・・。」
権兵衛は、支えられている両側の腕を外し、ふらふらと新之助の枕元にドカッと座る。
新之助は、顔中汗まみれであるが、蒼白く、唇が紫になっている。
その顔を、見るにつけ権兵衛は、御前試合の時の事を想い出していた。しかし、あの時よりも遥かに事態は重く、何より、ここには小春が居ない。
「刀傷は縫い合わせたが、こいつは血を流しすぎた、血が足らねえ。今宵を越えられるかが、鍵だ。手を尽くすが、後はこいつがどれだけ生きようとするかだ・・。」
相変わらず、薬草をすり潰しながら、橘が淡々と説明をする。
「新っ・・。」
部屋の薄暗さが、一層新之助の顔に死相を浮かべている。その顔を見てられずただ、うなだれる権兵衛。
「権様・・。」
後ろから付いてきたお鈴は、自分の胸に手を当てる。
「新っ・・。すまねえ・・。俺が、もっと・・。ほんに、すまねえ・・。俺だけのこのこ・・。強くなりてえなあ・・。俺は、お前みたいに強くなりてえよ・・。」
枕元で大粒の涙を流す。
「権様・・・。」
「権兄・・・。」
後ろに控えている、三人も堪らず涙を流す。
「俺は、まだまだお前と稽古してえんだよ。俺を強くしてくれよ・・。だから、死ぬんじゃねえぞ、新っ。死ぬんじゃねえ。」
顔中、涙と鼻水まみれの権兵衛は、橘の方へ向き直り頭を下げる。
「橘様。どうかどうか、新を援けて下さい。何卒、お願い申し上げますぅ・・。」
言いながら、権兵衛は洪水のように涙、鼻水を流す。
「先程も申したが、手は尽くす。後は、こいつ次第じゃ。こっちに何か繋ぎとめるものでも有れば望みは変わるが・・。」
飽くまで、淡々と橘は返す。
「繋ぎ止めるもの・・・。」
権兵衛は、不意に御前仕合の時に新之助を看病した小春を思い浮かべる。
「さっ、お前も直に熱が出る。さっさと戻って、寝てろ。」
「さっ、権様・・。」
後ろから、お鈴が権兵衛を立ち上がらせようと触れるが、権兵衛はそれを制止する。
「自分で立てる。」
ふらふらとゆっくり膝に手を付き立ち上がる。もう一度、新之助の顔を見ながら唇を噛み、その後、橘に頭を下げる。踵を返しふらふらと部屋を後にする。お鈴も橘に頭を下げ、直ぐに権兵衛の後を追い部屋を後にする。
「さあ、青瓢箪兄弟。お前らは、夜通し働いてもらうぞ。」
「へい。」
「あの小僧大したもんじゃ・・・、流石は、坂田一心の子息と
いったところか・・・。」
宴会部屋の端に一人座り、盃を手に宇藤は独り言つ。
「なんじゃ、徳兵衛。こんな隅で。皆とやらんか」
正木家の者が、片手にお銚子、片手に盃を持ち、宇藤の隣にドカッと座る。
宴会部屋は、上も下も席を離れ、皆それぞれ思いも思いの所で酒を酌み交わしている。皆、酒が回り、どの輪も声が大きく喧騒に包まれている。
尤も、上座の新郎新婦はその場を離れず、それを見守っている。
「これで良かったんかのう・・」
宇藤は、上座の二人を見ながら呟く。
「何んじゃ藪から棒に?・・・確かにどこぞの姫君と夫婦に
なってもらった方が、里も正木家も安泰じゃったがなあ・・。まあ、赤鬼殿の道場と繋がりが出来るのは悪いことじゃない。何より、新婦殿は、中々の別嬪では無いか。」
いやらしく小春を見ながら盃を傾ける。
同じく宇藤は、小春を見ながら
「そうかのう・・・」
更に小春の隣の団十郎の嬉しそうな表情を見て、盃を煽る。
大きく手を打つ音が二度響き、皆一斉に拍手の主へ向き直る。
「さあさあ、皆の衆、宴もたけなわであるが、そろそろお開きにして、新郎新婦を自由にして差し上げようではないか。」
「そうだ、そうだっ」
拍手の主、正木小五郎の言葉に呼応する男達。
「本日は、我が正木家と一ノ瀬家の良き日に集まってくれて忝かった。これにて宴を一度お開きと致そう。まだ飲み足りない者は、まだまだ酒はあるから、別室にて吞んでいってくれい。」
「よっ!流石はご家老太っ腹!」
「有難くっ!」
小五郎に歓声を上げ、拍手を打ち、皆、腰を上げる。
「いやあ、この婚礼に業を煮やしていた、小五郎様が存外ご機嫌で、安心したわ。さあ、我らも飲み直そうぞ。」
「ああ、すまんが、ちと外す。」
宇藤は、言いながら立ち上がり、部屋を出て行く。
「ああっ!?徳右衛門、何処に行く?」
「ふぅ。さて、我らも参りましょう。」
正木は、立ち上がり、小春に手を伸ばす。
「はい・・・。」
俯き、小さく頷いた後、小春は伸ばされた手には触れず、自ら立ち上がる。
所在の無くなった手を正木は、静かに引っ込め、奥の部屋へ小春を誘う。
橘の言った通り、身体中から熱を発し、汗を吹き出し横になっている権兵衛。その枕元で、お鈴が桶に付けた手拭いを絞り、権兵衛の額にそっと置く。もう一つの手拭では、顔に吹き出ている汗を丁寧に拭っている。
「・・・すまんのう。お鈴。」
「何を仰っているんですか?こうして生きていてくれるだけでも嬉しゅうございますから、看病位させてくださいまし。」
「・・・しかし、今宵は冷える。寒い部屋でお鈴も辛かろう。お前に何かあったら、師範代に合わせる顔が無い。」
「ふふっ。ほんに、権様はお優しくて、正直な方です事。私の事は良いですから、今はしっかり休んで早く元気になってください。」
「お鈴・・。」
お鈴の言葉に権兵衛は、胸の奥が温まる心地がした。
「それに。」
「ん?」
「元気になったら、権様には言いたいことがたんまりありますから。」
「・・・ほうか。」
「ほうですよ。」
言いながらも、汗を拭う手を止めないお鈴の顔を見ながら、権兵衛は、この娘には一生頭が上がらないと確信していた。
「・・・のう、お鈴。」
「何ですか権様。」
お鈴は、手拭を桶から出して絞りながら応える。
「・・・お鈴は、幸せか?」
手拭をしっかり絞った後、権兵衛の額にそっと手拭を置きその手拭の上にお鈴の小さい手が置かれる。権兵衛は手拭の冷たさとお鈴の手のぬくもりを額に感じる。
「とっても幸せですよ。権様のお傍に居れるんですもの。」
そう言ったお鈴の顔が、薄暗い部屋とは思えない程、輝いているように権兵衛には写る。
「権様はどうなのですか?」
「儂も幸せじゃ・・。」
「ふふっ。ささっ、もう寝てください。」
幸せな空気が二人を包む中、権兵衛は眼を閉じながら、複雑な想いにかられていた。
『新っ・・・。繋ぎ止めるもの・・。儂にはお鈴が居る・・。新には・・。小春の為にあっこまでになって・・。でも小春は・‥。これで良いんじゃろか?このまま新が死んだら・・・。じゃが、儂に何が出来る?・・・どうにもならん。じゃが・・・。』
眼を閉じながら、思考を回らせ、眉間に皺を寄せている権兵衛の表情をお鈴は、熱でうなされていると思い、もう一つの手拭を水で濡らし権兵衛の頬に当てる。
白無垢の帯を緩め、小春は長い息を吐く。化粧部屋で初夜に向けた支度をしている。綿帽子を外す手が小さく震えている。小春は、この震えを今宵が冷えてる故、その寒さのせいだと思う事にした。
「しっかりしろ。覚悟はしたはず・・・。」
声に出し、自分を鼓舞するが、どうしても間の抜けた横顔が頭から離れない。
込み上げる物を堪えきれず、みるみる視界が滲む。膝から崩れ落ち、嗚咽が漏れそうになるのを口を押さえ必死に堪える。そのまま、小春は、身を震わせ動かない。
『本気なんだな?』
自分に問いかける、新之助の真っ直ぐな瞳が浮かぶ。
小春は、拳を握りしめ、ふうっと大きく息を吐く。そして、自分の頬を思いっきり叩くと、
「良しっ。」
と吐き、立ち上がる。
「失礼します。」
薄暗い部屋の襖が開き、白い肌襦袢姿の小春が三つ指を立て頭を下げている。
「そんなところに居ては、身体が冷えます。ささっどうぞお入りください。」
部屋で待っていた、白い肌襦袢の正木は、小春を部屋の中に誘う。部屋の真ん中には、厚めの布団が敷いてあり、隅に火鉢が置いてある。火鉢の向かいに蝋燭が火を灯している。
襖を静かに閉め、そそっと布団の上に座る正木の方へ歩み寄る小春。
自分の目の前に座る小春を眼にし、正木は思わず唾を呑み込む。それもそのはず、肌襦袢姿の小春は、若い身体の張りと女としての色香を仄かに匂わす雰囲気が滲みでている。正木でなくとも今の小春を目の前にすれば、男達は唾を呑むであろう。それほど、今の小春は、大人の女に成り切れていない刹那の魅力を見事に体現していた。
無言の小春をもう一度見ると、微かに震えている。
「少し話しませんか?」
正木は微笑みながら、小春に静かに囁く。思わぬ、申し出に小春は、小さく頷く。
部屋の隅の蝋燭が白く揺れる。権兵衛は、うんうんと汗を出しながら唸っている。傍では、お鈴が懸命に権兵衛の汗を拭っていた。不意に部屋の障子が勢いよく開き、冷気が部屋に入ると同時に熊の様な大男が入ってくる。
「黒田様。」
大男を見るなりお鈴が、頭を下げ、その場から一歩下る。大男は、大股で進み、ドカッとお鈴が居た権兵衛の枕元に座る。
「おう、権兵衛。男に成ったようじゃの?」
「ち、父上?」
大男は、現黒田家当主、侍大将黒田紋次郎である。紋次郎は、口の周りは真っ黒く尖った髭が不精に生え、眉毛も一本一本が針の様に尖って、口鼻は大きく、肌は浅黒く正に熊の様である。
紋次郎は、その大きな体躯を活かして槍働きはもちろんの事、豪快な気質と竹を割った様な性格、何事にも動じない豪胆さを意外にも外交に役立て、正木小五郎の片腕として里の外交に各地を飛び回っている。その為、家に居る事がほぼ無く、この度も外交先から戻った所、細田兄弟の文を見て駆け付けた。因みに、小五郎と紋次郎は『里の二熊』と称されており、小五郎は酒好きもありいつも赤ら顔をしていることから『赤熊』、紋次郎は見たまま黒熊と呼ばれ愛されている。
その黒熊がくるりと背中を向けていたお鈴に向き直り、頭を下げる。
「お鈴よ、此度も愚息が面倒を掛けた。これに懲りずにこれからも頼む。この通りじゃ。」
「黒田様。頭をお上げください。面倒などと思っておりませぬ。何でもお申し付け下さい。」
両拳を付き頭を下げた紋次郎は、再び権兵衛に向き直り
「聞いたか!権兵衛。全くお前には勿体ない女子じゃ!一生お鈴の尻に敷かれるがよいぞ!」
大きな声で捲し立て、大笑いする。
「父上・・。」
「まあ。黒田様。」
お鈴も笑い出す。
「・・・父上、新が・・。新之助が・・。」
「うむ。あやつが居なんだ、お前は死んでいたじゃろ。礼を言いがてら見舞って来る。そのまま、儂は、赤鬼殿の所に行く。ここはお鈴に任せておけば、問題ないからの。頼んだぞ、お鈴。」
「はい。お任せください。」
頭を下げるお鈴の肩をグッと掴み、紋次郎は部屋をドカドカッと出て行く。
新之助は、静かに息をしている。薄暗い部屋のせいか顔に血色が無く蒼白い。其のそばで、十兵衛が新之助の手首を取り、脈を取っている。
無造作に襖が開き、紋次郎が入ってくる。部屋の中で十兵衛の手伝いをしていた、細田兄弟は、作業の手を止め紋次郎に頭を下げる。
「いつでも、騒がしいな。お前は」
十兵衛は、脈を取り続ける。紋次郎は、大股で新之助の枕元に座る。
「良くないのか?」
紋次郎は、新之助の顔を見るなり声を低くし十兵衛に問う。
「ああ。だが、手は尽くす。」
紋次郎は、新之助の方へ深々と頭を下げる。
「新之助。お前の働きのお蔭で権兵衛は生還出来た。又、里への平和も守られた。誠に忝い。」
紋次郎のこの自分の軸で人として認めた相手には、年齢、身分の別なく礼節を尽くせる所が、紋次郎最大の特徴であり、里の外交に大いに役立っている。またこれは、嫡男権兵衛にも脈々と受け継がれている。
紋次郎は、頭を上げ、淡々と口を開く。
「こやつらが討ったのは、赤鯱の副将、高木朔兵衛だったそうな。」
「ほう。そりゃ、大物を討ったのう。あの高木をか。」
始めて、紋次郎に顔を向ける十兵衛。
「うむ。赤鯱狩りでも姿を捉えられなかった奴じゃ。大蛇の朔兵衛の異名を持つ。狙った獲物は、どんな手を使ってでも絡めとる。腕も相当だが、頭も切れる。こやつを捕らえられずに野に放ってしまった事が、どれだけ里の脅威になっておったか。頭領が未だに行方知らずだが、こやつが消えてくれただけでも大いに里が救われる。」
紋次郎の弁に熱が入る。
「更に、他にも大蛇と同様に隠れていた、幹部連中も討っておる。」
「ほう。そりゃ、赤鯱狩りよりも武功一等ではないか。結局、あれでは、頭領はじめ、幹部はほとんど捕らえられて居なかったな。」
「うむ。故に、こやつは、これからの里の為に生きていて貰わねば困る。よろしく頼むぞ。」
「お前に頼まれなくても。手は尽くす。」
「うむ。」
紋次郎は、頷いた後、立ち上がり、踵を返す。部屋からでる中途、頭を下げている細田兄弟の肩に触れ、
「お前たち、此度はよう知らせてくれた。ええか、黒田家の名に掛けて、必ず新之助を救うよう努めよ。こやつは、黒田家の恩人じゃ。良いな?」
「はっ。」
細田兄弟は、いつになく力強く返事を返す。
「頼んだぞ。」
言いながら、紋次郎は出て行った。
当の新之助は、黙って眼を閉じたまま顔は依然として血色なく蒼白い。
小春は、正木の向かいに正座し、手を膝の上でギュッと掴んでいる。春に向かっているとはいえ宵は冷えるのか、その手は小刻みに震えている。
すると、震える手に血管の浮く大きな手が覆い被さる。その瞬間、小春は、飛び上がりそうになったが、その手の温かさに身を委ねる。
「・・・怖いですか?」
正木にそう問われ、小春は、俯き首を振る。
「ふふっ、私もですよ。」
そう言って、笑う正木の手も小刻みに震えていた。それに気づくと、小春は、顔を上げ正木に笑みを向ける。
「始めて、こちらを向いて笑ってくれましたね。」
「そうですか?」
「ええ、そうです。」
そう言うと、二人は笑いあった。
しばしの沈黙の後、正木は、小春の両肩を抱き、布団に寝かせる。
小春は、布団に仰向けになり、静かに眼を閉じる。
布団に仰向けになった小春の白い太腿が襦袢の間から露わになる。その何にも穢されていない太腿を眼にした正木は、思わず唾を呑み込む。そしてゆっくり、小春に覆い被さるのであった。 第二十八幕【了】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます