第二十三幕 電光石火

 第二十三幕

 「速え・・。」

 藪を走る、新之助の背中を追いながら権兵衛は思わず吐く。それもそのはず、前を走る新之助の背中がどんどんと離れていく。

 

 「来っぞっ!」

 藪が激しくうごめいているのを見ながら、朔兵衛が叫ぶ。

 弓を持つ男は、素早く矢を番え、うごめく藪に矢を放ちまたすぐに次の矢を番える。

 ヒュッ

 矢は、新之助の直ぐ脇を飛び、後ろを走る権兵衛に襲い掛かる。

 「うおっ!」

 権兵衛は、すんでの所で身体を捻じり、矢をかわす。

 藪を抜けた新之助は、真っ直ぐに弓持ちに向かう。

 ヒュッ

 再び、矢が放たれ、新之助の頬が裂ける。しかし新之助の勢いを止める事はできない。矢のように新之助が弓取に迫る。

 「このっ!」

 次の矢を急いで番えようとするが、新之助のあまりの速さに手が覚束ない。

 新之助は、抜刀し刀を振り上げる。

 「疾い。」

 朔兵衛が、思わず吐くと同時に新之助の刀が振り下ろされ、弓持ちの弓と弓を持つ左腕を両断する。

 「うぐあぁ。」

 左腕から、濃い血を噴出させながら、弓持ちが悶絶する。

 「権。」

 新之助は、そのまま走り、弓持ちの後方の藪に入る。

 「おおっ。」

 後ろから来た権兵衛が、悶絶している弓持ちの胴を薙ぐ。

 「な、にい。」

 肚から、血を流し弓持ちがくの字に崩れ落ちる。

 権兵衛は、そのまま新之助の入った藪に消える。

 「ほう。」

 朔兵衛が、二人の鮮やかな所業に感心している中、周りの山賊達は、何が起こったのかと固まっていた。

 しかし、直ぐに思い直し、一人の男が藪に向かって走る。

 「待ちやがれっ、小僧ども!」

 他の男もそれに、呼応して藪に向かおうと動く。

 「追うなっ!」

 朔兵衛が叫び、近くの男の襟足を掴み引き倒す。それに驚き男たちが止まる。一番初めに追いかけた男以外は。

 「な、なんでだよっ!?」

 引き倒された男は、頭を押さえつつ朔兵衛に問う。

 「奴等、ただのガキじゃねえ。追って、バラバラになれば何をされっか分からなえ。それに先頭のガキ、動きが並みじゃなかった。俺でも手を焼く程にな。」

 「朔兵衛がか!?そりゃあ、並みじゃねえな。」

 「だけどもよ。あいつは、どうすんだよ!?追っていっちまっぞ。」

 「あっ!?あの馬鹿は、諦めろ。もう戻らんわ。にしてもどうしたもんか・・。」

 朔兵衛は言い放つと、周りを見回す。すると何かが目に入り、口角を上げる。

 「よし、お前ら良えか。」

 朔兵衛は、男たちを集める。


 「待ちやがれっ、餓鬼ども!」

 新之助達を追いかけている、男は怒号を発しながら、藪を進んでいる。前を進む権兵衛の背中がみるみる近づいていった。

 必死で逃げる権兵衛は、息を切らしながらも高揚していた。

 『斬った。斬ったぞ。俺はやったんだ!』

 両腕に斬った感触が残っている。右手に持つ刀に血が付いているのが目に入り、嘘じゃないとまた高揚する。が、背中に聞こえる草を踏む音が近づいているのを感じ、現実に引き戻される。

 「新っ。新っ、このままじゃと・・。」

 息を切らしながら、前を走っているだろう新之助に向かって声を掛ける。そうしている間にも足音は近づいてくる。

 「今、斬ってやんぞ。ほら、こっちゃ来い。」

 男が息を弾ませ、権兵衛の背中に吐く。

 『も、もうダメじゃ』

 権兵衛が諦めかけた刹那。目の前に新之助が草をかき分け現れ権兵衛とすれ違う。

 「権、反転して向かうぞ。」

 すれ違いざま、新之助は放つ。

 「うおっ!?」

 男は、まさかの奇襲に驚き、襲い掛かる刀を受け止めるが打ち込まれた刀の勢いに体勢を崩す。

 「権っ、斬れっ!」

 「うおおっ」

 反転してきた、権兵衛が男の横腹に刀を突く。

 「く、くそがぁ。」

 男は、横腹から血を流しよろめきながら、二人に斬りかかろうとする。

 しかしその刹那、新之助が、袈裟に斬り伏せる。男は、そのまま倒れる。

 新之助は、刀に着いた血を袖で拭う。その平然とした姿を見ながら権兵衛は、『こいつは、やはり只者じゃねえ』と心の底から感心すると同時に下唇を噛まずにいられない自分が居た。


 花嫁行列は、粛々と進み、里の中心に構えたる城の程近くにある正木家に近づく。正木家に近づくにつれ、見物客は増え沿道に物見遊山の輩が塊となって騒いでいる。こんなにこの里に人が居たのかとどこか他人事のような小春は、珍しそうに見物客を眺めながら進んで行く。

 「程なくして着きます故、御母堂様は、お下がりくださいませ。」

 宇藤が、小春の隣に着き従うお妙に促す。お妙は、小春に近づき手を握る。小春は小さく頷き、唇を固く結ぶ。それを確認したお妙は、宇藤に促され後方へ消えていく。

 

 いよいよ正木家の門が見えてくる。門構えは里唯一の高麗門で瓦に鬼瓦を使用して居り、馬に乗った武者がそのまま通れる程大きい。門外に門火が左右に焚かれて、小春を迎えている。それを見るにつけ、小春の胸は締め付けられる。

 門の前に立つが、敷居を跨ぐ脚が中々出ない。

 「いかがしました?」

 小春の様子に、正木家の者が怪訝そうに声を掛ける。

 小春は、応えず、下を向き眼を閉じる。

 「小春殿?」

 また応えず、下唇を噛んだ後、息をふうっと吐き、眼を開き顔を上げる。そして、脚を上げ正木の敷居を跨ぐ。

 しかしその瞬間、大きな風が吹き綿帽子が飛ばされる。

 風に運ばれる綿帽子を目で追い、小春は胸が騒いだ。

 『新・・』


 「新っ!・・」

 権兵衛の声は、左腕から血を流している新之助に届く。

新之助の鼻先には、槍の穂先が鋭く光っている。声の主の権兵衛は、男に後ろから押さえられ、首元に小太刀が付けられている。

 「ったく。手こずらせやがって。おら、あいつがどうなってもええんか?さっさと、刀を捨てやがれ!」

 槍を鼻先に向けたまま、槍持ちはイヤらしく笑う。

 「新っ。すまねえ・・。」

 小太刀を首に突き付けられ、権兵衛が情けなく声を上げる。

 「おらっ。言う通りにしねえか。こいつの首を搔っ切るぞ。」

 首の小太刀が喰い込み、血が滴る。

 「新っ。・・」

 新之助は、右手で刀を握り黙って立ち尽くす。左腕から地面に血が流れ落ちる。

 「聞こえねえのか。さっさとしねえか。」

 槍の男は、槍を引き、右腕を狙って槍を突き伸ばす。

 新之助は、肩を後ろに引き、槍をいなす。

 「てめえ・・。」

 避けられた槍の男は、顔を真っ赤にして睨め付けている。

 「何してやがる。動くんじゃねえ!」

 権兵衛を押さえていた男が声を張り上げ、権兵衛を押さえている力を強め、更に小太刀を首に喰い込ませる。みるみる首からの血の量が増える。

 「新っ・・。」

 脂汗を額いっぱいにかきながら、権兵衛はか細い声を出す。

槍の男は、もう一度、槍を右肩に突き放つ。

 「ぐっ。」

 今度は、新之助の右肩端に槍が突き刺さり、着物が破れ、血が弾ける。

 「さっさと、刀を捨てろい。」

 槍を突き刺せ、満足気の男は捲し立てる。

 「新っ・・。」

 ついに、右手から刀が離れ、地面に落ちる。

 「ようし。オメエのせいでこっちゃ散々じゃ、楽にゃ死なせんぞ・・。おおい、俺の分も存分に痛めつけてやれよ!」

 権兵衛を押さえている男が槍の男に叫ぶ。

 槍の男は、頷き、口の端を歪めて笑う。

 「新っ・・。」

 「おめえは、黙ってみてろい。」

 権兵衛の眼には涙が溜まっている。

 「おらっ。」

 槍の男は、槍の柄を横に回転させ、新之助の頬を殴り付ける。

体を崩す新之助だが、何とか踏ん張る。頬は真っ赤に張れ、口元から血が流れる。

 「まだまだ。」

 今度は、柄が水月を突く。

 「うぐっ。」

 これには、堪らず、腹を押さえうずくまり、そのまま吐いてしまう。

 「新・・。」

 新之助の打ち据えられる様を見ながら、権兵衛が涙を流す。

 槍の男は、うずくまる新之助を柄で滅多打ちにする。新之助は、身体を丸め打たれるまま動かない。

 辺りには、鈍い打撃音が響き続ける。

 「もう。ええじゃろ。」

 それまで黙って見ていた朔兵衛が声を上げる。

 「ああ・・。そうじゃな。」

 息を切らしながら、槍の男が手を止め、槍を構え直す。

地面にうずくまったままの新之助は動かない。

 「おら、立て。」

 槍の男の促しに新之助の身体は反応しない。

 「立て言うのが、聞こえんのか?」

 言いながら、槍を左肩に軽く突き刺す。槍を抜くと、ゆっくりと身体を起こし、ふらふらと立ち上がる。その姿は、着物は所々敗れて血が滲み、顔は血だらけであった。最早、じっと動かずには立って居られない新之助であったが、その眼は光っている。

 「何じゃ、その眼は?まだどうにか出来ると思うとんのか!?ふんっ。ほんに気に入らん小僧じゃ。今、終わらしちゃる。」

 槍の男は、穂先を新之助の首に向け構える。

 「新・・。」

 「よう見とけ。お前のせいで死ぬ男の様を。」

 「新・・。すまねえ・・。」

 権兵衛の顔は、涙で濡れ、視界は歪んでいる。

 「あの世で、俺等の仲間に詫びを入れろ。」

 槍の男は、腰を落とし穂先を突き伸ばす。

 穂先が、新之助の首元に迫る。

 権兵衛は、思わず眼を瞑ってしまう。


 「新。もうええじゃろ。充分に役は果たした。小春は無事に正木家に着いたはずじゃ。これ以上やっても・・。」

藪の中で血の付いた刀を袖で拭っている新之助に権兵衛が上目使いで問う。

 刀を鞘に納めながら、黙って居る新之助。

 「おいっ、新?」

 「嫌、だめじゃ。ここでやめたら。後々、奴等に何されるかわからねえ。それに細田兄弟が真っ先に殺される。ここまできたら終いまでやるしかねえ・・。」

 「終いまで・・。」

 思わず、権兵衛は唾を飲み込む。

 「無理にとは言わん。お前が、行かずとも、俺一人でやる。」

 「なっ・・、やらんとは言っちょらん。行くっ。行くわっ。」

 「お、お前ら・・じゃ、無、理じゃ・・。」

 二人は、驚き、声のする方へ、刀に手を掛け向く。声の主は、二人に斬られた男からであった。地面にうつ伏して、小刻みに震えながら、顔だけ何とか上げている。

 「お、お前ら・・。さ、朔兵衛、の、お、恐ろし、さ、知ら、んか、ら。」

 「朔兵衛?」

 「ほら穴から出て来た男じゃな。やつだけ、何ぞ違っていた。」

 「せ、せい、ぜい。無、駄に、あ、がけ。して、さ、さっさと、し、ね・・。さ、きに地獄、で、まっとる・・。」

 男は、そのまま息絶える。

 「新っ・・。」

 権兵衛は、不安な面持ちで新之助に顔を向ける。それには、応えず、新之助は、男から踵を返し、朔兵衛達、賊が待つ平地に向かって歩き出す。権兵衛は、それに慌てて付いていく。

 「お、おい新。」

 「やることは、変わんねえ。俺が先に出て、お前が後から出て、二人で一人をやる。やったら、直ぐに藪に入る。とにかく、動きを止めちゃならねえ。」

 

 藪の中から平地をのぞくと、朔兵衛と槍持ちの男二人だけが、火の周りに陣取っていた。

 「どっちをやる?」

 権兵衛が、二人の賊を見ながら問う。

 「槍持ち。」

 「分かった。」

 「よし。行くぞ。ええか?」

 権兵衛が黙ってうなずく。それを見た新之助が何の迷いなく藪を出て行く。


 藪の動きを感じて、朔兵衛と槍の男は、構える。

 「来た来たぁ。」

 槍の男が、穂先をこちらに向かってくる新之助に向ける。

 「こいつ、速えぇ。」

 槍の男は、新之助の向かってくる速さに驚愕する。刀を抜いた新之助がみるみる槍の男に迫る。

 「やっぱ、速えぇ・・。」

 権兵衛は、どんどん離れていく新之助の背中を必死に追いかける。新之助が、槍の男の間合いに迫る刹那、権兵衛の視界に地面が迫る。

 「えっ!?」

 手を伸ばし、何とか顔面を地面に着くことは防いだが、何が起きたか頭が追いつかない。直ぐに立とうと地面に着いた手に力を込める。しかし、背中に何かが覆い被さり、その重さで立つことが出来ない。またも理解が追いつかない内に、自分の首に何かが巻きつき、とんでもない力で締め上げられ引っ張り上げられる。

 「ごはっ!」

 権兵衛は、思わずむせ込み、何が何だか分からず立たされる。そして、自分の首を締め付けているのが、何者かの腕であり、首に刃物を付きつけられている。

 『だ、誰じゃ‥?』

 何もかもが理解できない権兵衛は、頭の中で、思考を回転し続ける。

 「おいっ。小僧。」

 権兵衛を締め上げている男が、新之助に向かって声を上げる。

槍の男に今にも斬りかかろうとしていた新之助は、声に驚き、脚を止め、振り返る。


 「権兵衛!」

 権兵衛を締め上げている男は、左手首の先が無く、血まみれの布で手首を巻いている。この男は、新之助が最初に斬った草履を結んでいた男である。

 朔兵衛は、その様を見て、にやりと口角を上げる。

権兵衛を締め上げているのは、左腕で、右手で小太刀を首に突き付けている。権兵衛を締め上げている、左腕の力が尋常じゃなく、権兵衛は、動けないのは勿論の事、下手に逆らえば、首の骨が潰されるのではないかと恐怖を覚える。

 「新っ。すまねえ・・。」  

 権兵衛が情けなく声を上げる。

 「さっさと、刀を捨てろい。」


 『俺が、あんとき、あそこで行くのやめときゃ、こうならずに済んだのに・・。新っ。ほんにすまねえ・・。勘弁してくれ。俺も直ぐに逝くから・・。あぁ鈴に逢いてえ・・。』

 新之助が槍の男に今にも首を突かれる様を見ながら、権兵衛は、心の中で慚悔にかられている。

 槍の男の穂先が新之助の首に襲い掛かる。

権兵衛は、思わず眼を瞑る。

 

 「ぐっ。」

 呻き声が聞こえ、権兵衛は恐る恐る眼を開ける。

そこには、槍の男の右胸に矢が刺さっている場面が映る。

 「何っ!?」

 同時に権兵衛を締め上げている男の右太腿に矢が刺さっている。

動揺したのか男の権兵衛を締め上げる力が緩む。その刹那を逃さず権兵衛は、男の腕をすり抜け、地面に転がっている自分の刀を取り、締め上げていた男に切先を向け構えながら、大いにむせ込む。

 「新っ!」

 権兵衛は、やっとこ声を絞り出し、新之助もそれに応えるように地面に落とした水切りを拾い上げ、構えを取る。

対峙する、新之助と槍の男、権兵衛と片腕の男。

 槍の男が踏み込もうとした瞬間、またもや矢が男に襲い掛かる。

今度は、すんでのところで、矢を弾く。同じく、片腕の男にも矢が飛んで来る。これもかろうじてかわす。

 「ちっ、鬱陶しいのう。」

 片腕の男が、刺さった矢を抜きながら、悪態を吐く。

 離れて二組の様子を眺めていた、朔兵衛が何かを悟った様子で頷く。

 「良しっ、俺が矢を放っている奴等を始末する。お前らは、そのままそいつ等を殺っちまえ。」

 「おうよ!」

 「元よりそのつもりよ!」

 朔兵衛は、二人の返事を聞いてるのか、素早く藪に飛び込む。


 「おいっ。おめえら、もう良えから。さっさとそこから逃げろ!」

 慌てて、権兵衛が叫ぶ。権兵衛には、矢を誰が放ったのか分っているようであった。

 「お前、人の心配してる場合じゃねえぞ。俺は、腕一本でもお前を殺れるんだぞ!?」

 逆手に持った、小太刀の剣先が光る。

 権兵衛は、正眼に構えたまま、男の動向を探る。迂闊に踏み込み懐に入られれば、取り回しの効く小太刀にて良い様にやられることは権兵衛も理解していた。ここは、間合いを保ったまま、男の出方を待つに限る。

 

 一方、新之助は視界が歪み、意識が遠のくのを必死に押さえながら構えていた。相も変わらず、十文字の穂先は、新之助を捉えて離さなかった。

 穂先が十文字でなければ、突かせた隙に、身体を捻り躱した後に踏み込む隙もあろうが、十文字となると、身体を捻っただけでは、左右の鎌に刈り取られてしまう。まして、今の身体の状態でまともに踏み込む事が能うのか。新之助は、必然と下がりざるを得なかった。

 「まっさか仲間が居たとはなあ。だども、朔兵衛に追われたら最期、ただでは、すまんど。」

 槍の穂先が新之助の眼の先で光る。


 「あの男は、朔兵衛というんか?確かにあれは、只者じゃねえな。」

 「ほう・・。お前、分かるんか?あいつは、赤鯱内でもめっぽう強くて、唯一お頭と互角に渡り合えるやつじゃ。赤鯱狩りん時も、お頭と侍を斬った数は、十や二十じゃ効かねえ。まあ、お前には関係ねえこった、ここで俺に殺られんだかんなっ。」

 言葉尻と共に穂先が飛んで来る。新之助は刀を立て鎌に当て受け止める。会話の間の内に少しずつ力が戻るようになってきた。

 「ちっ、この矢のせいで上手く槍をしごけねえ。さっさと抜かねえと、肉が締め付けてぬけなくなっちまう。さっさと死んでくれや。」

 再度、穂先が伸びて来る。新之助は、刀を立てたまま、身体を右に捻り槍をいなし、そのまま踏み込み男の右胸に突きを放つ。

 しかし、男が戻した槍に弾かれる。再び、踏み込もうとした新之助の目の前に穂先が捉える。

 「ぐっ・・。」

 男の顔が痛みに歪む。右胸の矢から血が滲んでいる。

 「小僧・・。」

 男は、『涼しい顔して嫌な攻め手をしやがる』と新之助の顔を見て思う。

 一方新之助は、自分の足を小さく二、三度踏み、足趾に力が戻って居る事を確かめる。

 「良しっ。」

 小さく呟き、穂先に向かって踏み込む。

 「なっ!。」

 まさか、自ら穂先に向かってくると思わず、踏み込みの疾さも相まって、槍を突き出してしまう。

 突き出しを、左に避けながらそのまま間合いを詰め刀を右から横に薙ぐ。穂先の鎌が新之助の右肩にわずかに触れ、衣が裂ける。

 『はっ、疾えぇ。何じゃこいつは・・。』

 新之助の身体が自分にみるみる近づいてくるにつけ男は槍を戻せず、心で吐き捨てる。

 男の首から上は、宙を舞い、槍を握ったままの身体が残っている。

 男の頭が地面に落ちると待っていたかのように身体も崩れ落ちる。

 斬った新之助は、堪らず膝を地面に着き、せき込み、地面に吐しゃ物を落とす。その中には、血が混じっていた。

                              第二十三幕【了】

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