第二十一幕 初陣

第二十一幕

 木々に囲まれた背の低い草が並ぶ拓けた平地。その中心には、焚火が煙を上げている。地面に近い草の葉には所々、雪がまだ残っており、地面はぬかるんでいる。平地の奥には、洞窟が不気味に口を開けており、入り口天井には木の根が所狭しと垂れ下がり、そこから水滴が落ちては現れ、化け物の顎の様である。

 潜んでいる茂みの間から見えるのは、焚火の周りに四人点々と居る。剥き出しの木の根に座りお椀の中身をかきこんでいる者、岩に座り刀の手入れをする者、火の近くで手をかざして温まる者。

 二人に一番近くの者はしゃがんで、草履を結び直している。皆、何かの毛皮を羽織っており、腰にはを巻いている。毛皮は、どの者のも色あせており、長らく男たちが賊として過ごしている事を物語っている。

 さて、山賊は、全部で六人のはずだが、ここには四人だけである。

 賊たちを見ている権兵衛は全身が心臓になったかの様に脈だっており、息が細い。

 「権兵衛、大事か?そろそろ出るぞ。目の前の男をやる。お前は、俺があの男をやったら、椀をかきこんでいる男に向かっていけ。」

 新之助が、権兵衛にささやく。が権兵衛は、返事もなければ身じろぎもしない。

 「おいっ。権。」

 新之助に肩を叩かれ、慌てて叩かれた方へ向く権兵衛の顔は、明らかに血の気が引いていた。

 「お前、大事か?無理なら帰れ。」

 「な、ないが。いけるわ。」

 「ほんまか?俺は、目の前の奴をやるから、遅れて出て、椀の男をやれ。やったら直ぐに近くの藪に飛び込め。ええか?」

 「お、おう。」

 返事をしながら権兵衛の心臓は、いよいよ口から飛び出す程、暴発していた。

 しかし、ここまでの二人の会話が、山賊に聞かれていないのは、山がすっかりと目を覚まし鳥たちの会話で、賑わっていたからである。

 新之助は、権兵衛と目を合わせ、直ぐに山賊の方に向き直し、権兵衛に背中を向ける。権兵衛は、その背中をただ見送る。


 「おいっ、オメエは、まだ草履を結んでんのかよ!?もういい加減にしとけよ。」

 「うるせえ。黙ってろ!こいつがきちんと結ばってねえと。具合が悪りいんだよ。」

 草履を屈んで結んでいる男は、お椀をかきこんでいる男に後ろから声をかけられ怒鳴る。

 「さよか。まあ、今日の獲物は上物も上物。力入るわな。」

 「そうじゃ。これは、しくじらねえ為のゲン担ぎだで。」

 言いながらも、結び続けるがどうも具合が良くない。結んでは、ほどき、頭をかしげを繰り返している。こういう物は一度気になりだすと、もはやどれが正解なのか分からなくなるものである。

 「ちぇっ、どうもキマラねえ・・。」

 舌打ちしながら、尚も結び続けている。

 「お、おいおい。オメエ何だ!?」

 背中にお椀の男の怒鳴り声が聞こえると同時に、草と残雪を踏む足音が近づいてくるのを聞く。草履の男は、音のする方へ顔を向ける。そこには、薄青色の薄手の着物を着た若い男が見える。

 その男は、刀を握っている。

 「何だ?おま・・。」

 ヒュッ

 風切り音と共に、草履の男の左の手首から手先が飛び、地面の草や残雪に赤いものが四散する。

 「ぎいやぁぁー。て、手がぁぁー。」

 斬られた左手首を押さえ、叫ぶ草履の男。手首からは、血が溢れ、押さえた右手を覆い、地面に滴り落ちている。

 「何しやがるっ!」

 お椀の男は、お椀を捨て立ち上がり、刀を抜く。そのまま草履の男を斬った薄青の男、新之助に向かって動き始める。

 「ぐっっ!」

 お椀の男の背中に衝撃が走り、しまったもう一人おったのかと後悔する。

 背中を斬った権兵衛は刀を振り下ろした刹那、浅かったと後悔する。恐る恐るお椀の男に近づき、無防備な背中に斬りかかるだけで良かったのだが、腰が引け踏み込みが甘くなった。

 案の定、背中を斬られた男は、振り返る。その表情は、怒りが見て取れる。振り返った先には、顔を青白くして、刀を握りしめている、薄茶色の着物を着た若い男が立っている。その男の構えはいかにも素人然としており、こんな奴に不覚を取ったかと余計に腹が立ってくる。

 「・・・小僧よくもっ・・。」

 男は、腹の底から野太い声を上げ、刀を抜き権兵衛に詰め寄る。

権兵衛は、刀を構えながらじりじり後ずさりする。その刹那、男が刀を袈裟に振り襲い掛かる。

 「ぐうぅっ・・。」

 権兵衛は、刀で受け止めるが、男の振った勢いが強く、衝撃で更に後ろに下がる。刀と刀がひしめき合う金属音が身体に響く。

 「おらぁ!」

 男が、力任せに権兵衛を押し込む。

 「うおっ!」

 押された権兵衛は、後ろに下がり、足元の木の根に踵が掛かり、背中から倒れる。刀を合わせていた男も権兵衛に覆い被さる形で倒れこむ。そのまま刀を押し込む男。権兵衛は必死で押さえていたが、徐々に押さえ込まれ男の刀が喉元に近づいていく。

 『こんなところで・・嫌じゃ、嫌じゃ・・』

 権兵衛は、必死に抗っていたが、自分の喉元に近づく刀を止められない。

 「ぐぐっ・・。」

 いよいよ刀が、権兵衛の喉に達する。みるみる喉に食い込む刀から血がにじんでくる。

 「死ねっ、小僧・・・。」

 男が、更に力を込めて刀を押し込んでいく。その表情は、怒り、侮蔑、喜び、が混じった何とも言えないものである。権兵衛は眼を閉じ、男の表情を遮断する。喉に熱いものを感じたまま。

 「ぎっ・・。」

 いよいよかと思われた時、男が悲鳴を上げ、力が緩む。

 男は、背中に衝撃が走り、しまったと思った瞬間血を吐き、目の前が暗くなる。血を浴びた権兵衛の上に男が覆い被さる様に倒れこむ。

 権兵衛は、眼を開いたが、何が起きたのか理解が出来ず、天を仰いでいる。

 「権兵衛っ!立て!走るぞ!」

 天を仰いでいた権兵衛の視界に新之助が飛び込む。

 「お、おうっ。」

 権兵衛は、自分に覆い被さる男を必死にはがそうともがく。新之助も上からはがすのを手伝い、何とか横にのける。新之助は、権兵衛の袖を引っ張り、起こすとそのまま権兵衛を引っ張り、近くの藪に飛び込む。


朝霧の中、粛々と進む花嫁行列。朝陽から昼間の陽に向かい昇る太陽の光はその強さを増し、霧から里の景色を取り戻していく。

 行列の先頭を行く小春は、沿道で見送る里の者達の視線を一身に浴びている。小春を観た者は、皆一様にその真っ直ぐとした美しさに溜息を吐く。そして、まさにこの花嫁は里一番の名家正木家に相応しいと納得していく。

 ただ当の小春自身は、視線こそ真っ直ぐと注いでいるが、沿道の面々に気がいってしょうが無かった。その者の性格を鑑みるにが来る訳無いと分かり切っているが、もしかしたらと思ってしまう。しかし、この姿は見て欲しいが、その者の為ではないこの姿を観られるのもと葛藤していた。だがやはり、この先もしかしたら、もう逢えないかもしれないと考えると一目観たいものだと、どうしても沿道の面々が気になる。

 そうこうしている内に、行列は、城の表門や市場に繋がるいつもの橋に差し掛かっていた。

 小春の眼に沿道に一人立って居るお鈴が映る。

 「おめでとう。小春ちゃん。とっても綺麗・・。」

 「ありがとう。鈴ちゃん。」

 お鈴が、小春に近づき並んで歩いていく。

 「権兵衛は、一緒じゃないの?」

 「うん。今朝から姿が見えなくて・・。お家の方に伺っても朝から何処にも居ないって・・。小春ちゃんの花嫁姿を絶対観るって楽しみにしてたのに・・。」

 お鈴は、心配そうに俯く。

 「大丈夫よ。多分、どこぞで新と一緒に馬鹿やってるだけやから。其のうちひょっこり帰ってくる。心配するだけ損よ。」

 小春は、俯くお鈴の頭を人差し指で突く。

 「そうなんだけど・・・。何だか今日のは胸騒ぎがするの。何か良くないことが起こっているんじゃないかって・・。ごめん。こんな日に、変なこと言って。」

 「大丈夫!権は、そんなにヤワじゃないから。お鈴ちゃんが、信じてやらなくてどうするの?」

 改めて小春は、お鈴の頭を小突く。

 「うん。そうだよね。ごめんね・・。こんな日に、小春ちゃんの方が大変なのに・・。ありがとう。」

 お鈴は、丸い大きな眼に涙を溜めて、頭を下げる。

 「権は、こんなにお鈴ちゃんに思ってもらえて幸せもんだね。」

 「ふふっ。」

 頬を紅くして笑うお鈴。

 「やっと、笑った。これで安心して嫁げるわ。」

 「うん。本当にありがとう小春ちゃん。」

 お鈴は、笑顔で手を振り、小春から離れ沿道に戻る。小春も手を振り返すと、何故か胸騒ぎを覚える。

 「新っ・・。」

 一瞬俯くが、胸騒ぎを振り払うかの様に直ぐに前を向き、歩いていく小春であった。その眼には、真っ直ぐ伸びた路に多くの見物客が映る。

                              第二十一幕【了】

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