第二十幕 獣道
第二十幕
獣道を踏む音と鳥の鳴き声だけが響く山中。獣道は二人の腰の高さ程の笹が生い茂り、木々は、周りには無く空が良く見える。新之助と権兵衛は粛々と山を登っていく。
「しっかし、何でこんな事になったんかのう?ただ、あの二人をつけただけなんに・・。」
権兵衛がぼやく。
「だから、嫌なら来なくもええんじゃぞ!?」
「嫌とは、言うとらん!・・ただ、つい先刻までいつもと変わらん日だと思っとったんに・・急に、命のやり取り何ぞと・・。」
「別に、そんなもんじゃろ?何かが起こる刻は、こっちのことなぞ気にはせんで急に起こるもんじゃ。」
新之助は、山を登る足を止めずに返す。
「そ、そうかもしれんが、お前は、何とも思わんのか?し、死ぬかもしれんぞ。」
「う~ん・・。今更、思っても何にも成らんじゃろ!?んなことより今出来る事をやらんと。」
新之助の足は、止まらない。
権兵衛は、急に母親を亡くして、父子で大変な想いをしてきた新之助の身の上を思い出し、ここまで新之助が乗り越えてきた重み強さを感じた。それと共に何一つ欠ける事無く暮らしてきた自分と比べてしまい、恥ずかしいとも感じた。
それを悟られまいと、権兵衛は登る足を速めて新之助を追い越す。
「そんなに気張ると、戦る前にへばるぞ。」
新之助は、登る速さを変えずに権兵衛をたしなめる。
「へばらんわっ!お前とは、鍛え方が違うんじゃ!」
とは、言いつつ権兵衛は、足を落とし新之助と並ぶ。
「ところで、新よ。お前、このまま敵陣に突っ込む気か?なんぞ考えでもあんのか!?」
「ほうだな・・。有るっちゃ有る。」
「どんなだ?」
「一人一人やっていく。」
「へっ?」
「だから、一人ずつやっていくんじゃ。」
「お前、馬鹿かっ!そんなの当たり前じゃろが!策でもなんでもねえじゃろ!」
権兵衛は、思わず新之助の肩を叩く。
「違う。一人倒したら、直ぐ引いて、また一人とやる。」
「何っ!?」
「むこうのが数が多い。だから絶対に囲まれちゃなんねえ。一人、一人とやれる様に、常に動いて、引いて、的を絞らせねえようにする。一刀でやれなそうなら直ぐに引いて姿を隠すんじゃ。して隙を見て打つ・・。」
「ほう。囲まれねえように動きを止めねえか・・。お前いつの間にそんな知恵を。」
新之助の思わぬ考えに権兵衛が感心する。
「お前たちと良くやっていた山賊遊びからじゃ。いっつも、俺が、小勢で大勢のお前等と戦らねばならんかったからな。」
「ほうっ。確かに、お前がムキになって動きが止まってる時ゃ、囲んじまって、滅多打ちにしたもんだで。逆にお前の動きが止まらん時は、てんでバラバラにされてお前に良い様に打たれてったな・・。こりゃ上手くいくかもしんねえな。」
鼻息荒く捲し立てる権兵衛の足が速くなる。
ずいずい進んでいく権兵衛を尻目に新之助は、一歩一歩しっかりと踏みしめていく。
ガサッ
急に目の前の藪が大きく揺れ、音を立てる。勢いよく進んでいた権兵衛は、後ろに飛び退き鞘に収まる刀に手を掛ける。
ガサッガサッ
更に権兵衛の目の前に藪が音を立て揺れ動く。
権兵衛は、その場でいつでも刀を抜けるように腰を落とし、唾を飲みこむ。
「し、新は下がっておれ。」
小声で後方に居る新之助に権兵衛は伝える。
藪と権兵衛の睨み合いが続く。
新之助は、ゆっくりと権兵衛の背中に近づいていき、刀に手を掛けたまま身じろぎ出来ない権兵衛の背中を軽く叩いた。
「ひゃっっ!」
今度は、前方に飛び退く権兵衛。音のした藪からは、小さな白いうさぎが飛び出し、慌てて別の藪に飛んで消える。
「上手くいくかのう。」
新之助は、股を広げて前かがみに崩れている権兵衛に向かいつぶやく。
「あ、当ったり前じゃろが!」
素早く体勢を立て直し、何事も無かったかのように権兵衛は再び歩き出す。と思ったが、直ぐに立ち止まり
「な、何をしとんじゃ、早よ来い。」と新之助を促す。
「へいへい。」
新之助は、足を速め権兵衛に並ぶ。その顔は、微笑んでいた。
「源爺様も何もこんな日に朝稽古に行かなくても・・。」
小春が、口を尖らせている。
「仕方ないでしょう。小春が、嫁に行ってしまって気落ちしているお弟子さんが沢山居るから氣合いを入れてくるとおっしゃってたわよ。養父上らしいと言えば、らしいじゃない。道場に行って居たほうがお身体にも良いようだし。」
お妙が、微笑みながら応える。
「私がお嫁に行くと気落ちする人が居るなんて、良く言ったもんだわ。全く、自分の身体の事も考えないで・・。」
「ふふっ。小春、あなた自分で気づいて無いでしょうけど、あなたを見初めて居る里の若い衆は多いのですよ。」
「はあ。」
気のない返事を返す小春に、また笑うお妙。二人は、これから進む輿入れの行列の中に居る。外は、まだ朝霧が残っており、朝日に照らされ目の周りが白く反射し、眩しいほどである。
「今日は、暖かくなりそう。」
朝陽に向かい眼を細めて、お妙がつぶやく。
獣道を登り続ける二人の周りにはいつの間にか、木々が囲み空は塞がり冷気が二人を包んでいた。笹をかき分け進むと、不意に空に立ち昇る煙が目に入る。
新之助は、素早く権兵衛の袖を強く掴みしゃがむ。
「何じゃっ!?」
「おったぞ。」
訝しがる権兵衛に顎で促す新之助。示す方を見た権兵衛は、眼を見開き、唾を飲む。
「ええか。こっからはゆっくり進むぞ。もちっと近づかねえと。」
新之助は、しゃがんだまま進んでいく。
「ちょっ、待てや。」
権兵衛も新之助の背中に慌てて着いていく。
第二十幕【了】
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