第十一幕 熱情

第十一幕

 仕合は更に進む。正木は、次の仕合は、危なげなく勝ち進んだ。

 「後一つで正木は勝ち残りか。次の仕合で、正木の最後の相手が決まるのう。」

 「んだな。坂田ちゅう、長岡、鎌谷を破った小僧か、赤間ちゅう奴だか・・。破ってきた面々を見ると、坂田が硬いかのう。まぁ、どっちが上がっても正木の勝ちは、揺らがんじゃろな。」

 「ほいだな。」

 観衆は、最早正木の勝ち残りは硬いとして、次の仕合の結果よりも正木が如何に勝つかに興味が有る様であった。この里の最強の武士もののふとして、守りを担う男の勝ち方を早く拝みたいと誰もが思っていた。

そんな中での、二人の入場である。


 「赤、赤間善助。白、坂田新之助。」

 立会人が名乗りを上げる。


 「新。周りの奴の言うこたぁ気にしなくてええぞ。勝ってこい。」

 新之助を送り出す権兵衛の声は力強い。権兵衛は、新之助の背中をバンッと気合入れに叩く。

 「行ってくるわ。」

 新之助は、ただ反対側に居る相手に眼を向け進む。

その顔は、早くも戦いが始まっているかの様な精悍さがある。

  

 「・・新。」

 仕合場に歩を進めている新之助に右側より女子の声が掛かる。

そちらに眼を向けると、小春が帯の前で手を結び心配そうな顔でこちらを見ている。新之助は、歩みを止めず小春に小さく頷く。小春も新之助をまっすぐ見ながら頷き返す。手に力が入る。

 新之助は、直ぐに視線を前方、赤間に移し小春に背を向ける。

その背中を小春は、黙って見送る。小春は、新之助の仕合場に向かう表情を見るに付け、何故か不安感が大きく影を覆っていた。

小春の帯の前で結ばれた手は、爪がお互いの手の甲に深く食込んでいる程、力が入っていた。


 新之助が仕合場に着く。

赤間善助も仕合場に着いた。赤間は、自分に向けられてる視線に気付き、新之助に視線を向ける。

 新之助の眼を見て、赤間は、『ほう』という表情をする。

二人の視線が氣がぶつかる。

その空氣にざわついていた観衆が一斉に二人に注目を向け、音が消える。


 「新之助の奴、生意気にも氣を飛ばして相手を試しておる。相手の赤間という男が余程気に入ったと見えるわ。」

 源右衛門は、新之助の様子に思わず笑がこぼれて呟く。

 「赤間もそれに応えて、氣を発しておるのう。二人の空氣が熱くて重いわ。皆もそれを感じてか俄然注目しておる。」

 御館も楽しそうに返す。


 「両者、構え。」

立会人の声に二人が構える。

両者共に正眼の構えを取る。二人の空氣の密度がより一層濃くなる。

 新之助は、珍しく自分の胸が高鳴っていることを感じていた。

いつもより、木刀を持つ手に力が入って居る。

 一方、赤間は、氣を発しては居るが、余計な力は入って無いように見受けられた。新之助には、眼の前の赤間が大きく写っている。

 赤間は、中肉中背といった感じで、肉体は細く引き締まって無駄が無い。髪は太く長い為、頭頂よりやや下の後ろで縛って居る。

無精ひげを多少、頬や口元に生やしており、左頬に斜めに傷が走っている。眼は長く黒目がはっきりしており、眉毛は濃すぎず丁度いい。鼻筋もスッキリ通っており、小綺麗にしていれば、かなりの美丈夫である。


 「あら、あの男。良く見れば、いい男じゃない!?」

 「あんた、この浮気者!団十郎様が有りながら!団十郎様の他に良い男何て・・・あらら、確かにあれは良い男じゃないの!?」

 正木に黄色の声を送っていた娘たちが、赤間の容姿に気付き色めき立っていた。

 これに気付いたのか、赤間が娘達の方に顔を向けて、微笑みながら軽く会釈をした。

 「きゃー!!赤間様―!」

それに一気に沸騰する娘達。正木への一途な想いは吹き飛んでいた。


 新之助は、一気に間合いを詰め、余所見をしている赤間の頭目掛けて袈裟斬りに木刀を振り下ろす。

 余所見をしている赤間の頭に木刀が当たろうとした刹那、木刀と木刀がぶつかる音が響く。新之助は、止められた木刀から、下から上に有り得ない圧力が伝わり、宙にふわりと浮かされそのまま後方に吹っ飛ばされる。何とか着地した新之助は、体勢を直ぐに立て直して構えを敷く。

 

 ・・・しかし、赤間が攻めてくる気配が無い。

 「非道いな、お主は。始めの合図も無しに、しかも余所見をしている相手に不意打ちをするとは。」

 赤間は、多少笑みを浮かべながら、力の抜けたような声で、新之助に話しかける。その姿勢は構えを解き、木刀を肩にポンポンと当てて居り、仕合中とは思えない様子である。

 

 「赤間、仕合は当に始まって居る。貴様が余所見をしている間に合図を出したわ。太鼓もなっておる。」

立会人が、呆れたように割って入り赤間に返す。


 「なんじゃ。そうであったか。それは、すまん事をした。この通りじゃ。」

 赤間は、木刀を持ってない方の手を顔の前方持ってきて拝むように頭を下げる。その様子も見るからに脱力しており、端から謝る気が無く、新之助をおちょくっていると誰の目から見ても明らかであった。

 その新之助は、先のやり取りを全く聞いていなかった。いや聞けなかった。新之助は、先程の木刀に伝わってきた圧力に唯々驚嘆していた。それほど、赤間の圧した力が新之助には常軌を逸しており、体験したことの無い、ましてや想像すら出来ないものを感じた。

 『おもしれぇ。やっぱりこの男と当たりてえと思ったのは、間違い無かった。』

 新之助は、驚きとは裏腹に心に想う。新之助が、仕合会開始直前に肌が粟立つ程に求めた相手が赤間だったのである。

桁違いの膂力を持つ、赤間に勝つか負けるかとは微塵も思っていなかった。

ただ、仕合をする。

この事が新之助の今の最大の目的であり喜びであった。


 自分の発した言動に、存外反応の無い事を不思議に思った赤間は、新之助を凝視する。

赤間は、その様子が、どうやら自分が圧した事で驚いているのだと理解する。

 「じゃあ。いま少し驚いてもらうとするかね。」

 軽く言い放ち、赤間は新之助に襲い掛かる。

一気に間合いを詰め、袈裟型に木刀を振り下ろす。

新之助は、その疾さに受けるのがやっとで木刀を頭上に横にして受ける。木刀のぶつかる音が短く鳴り、又、同じ音が鳴る。

赤間は、袈裟を受けられた刹那、直ぐに取って返し逆袈裟にて打ち込んでいた。尚も、木刀の当たる音が、短く鳴り続けている。

赤間は、連続で袈裟と逆袈裟を交互に打ち込んでいる。その一打一打の疾さと鋭さ、重さが尋常ではない。新之助は木刀を同じ場所に構えたまま動くことが出来ない。稲妻の如く打ち降ろされる、赤間の木刀を唯々凌いでいた。

 何打受けたか、新之助の手が痺れはじめて居た。

しかし、同じ拍子で一定に打ち込まれる赤間の攻めに、反撃の隙を伺ってもいた。

 

 その時、突如、赤間の稲妻が変化をし、首を狙い突きが飛ぶ。


 「ひっ。」

仕合を観ている小春は、思わず声を挙げ、眼を瞑る。その小春に背後から、肩に触れる手があった。


 新之助は、突きを身体ごと捻り躱し、稲妻を受けていた木刀をそのまま突き込んでいる赤間に振り降ろす。

ブンッ

 新之助の木刀が空を切る音が鳴り響く。

赤間は、素早く後ろに飛び退いて、新之助の攻めをやり過ごした。

 「おお。恐いのう。必殺の突きをああも簡単に避け、反撃するとはのう。」

 赤間は、笑みを浮かべ軽口を叩く。

赤間によけられ構え直した新之助の木刀を持つ両手は、痺れて居た。正直、良く振れたと自分でも思う程である。

 『この男の底が見えない。』

新之助は、心に思う。遊ばれているようにも思える。あのような単調な攻めでなく、まともに崩しに掛かりに来ない事がその証であった。それでも手が痺れ、汗が噴き出している。

 『この男の本気を引き出したい。』

 新之助は、眼の前の男の圧倒的な強さに対する恐怖よりも興味が勝っていた。小春の気持ちとは、裏腹に。


 小春は、肩に手が触れられているのを感じ、思わず身動ぎ肩に触れている手を退ける。

手の出処に顔を向けると、正木が笑顔で立っていた。正木の額部分には、血止めの包帯が巻かれている。

 「これは、失礼致した。小春殿が怯えておった故、紛れればと思い触れ申した。」

  飽くまで、正木は笑顔を崩さない。其のさまに、小春は多少のイラつきを覚えた。

 「ご心配にはおよびませぬ。許嫁とはいえ、まだ婚礼は済んでおりませぬ。気安く触れてくださいますな。」

キッと眼を光らせ、正木を見据える。

正木は、気圧され笑顔が消え途端に真顔になる。

 「誠にすみませぬ。どうか、ご容赦下さい。」

 正木は、真っ直ぐ頭を下げ許しを乞う。謝りながら正木は、この嫁には尻に敷かれそうだと空気の読めない事を思う。

 「別に構いませぬ。それより今は、取り込んでおります故。」

 小春は、早く仕合の続きを見届けたいと軽く正木を一瞥し、直ぐに顔を仕合場に向ける。

 正木は、いたたまれなくなったが、去ることはせず、黙って隣に立ち仕合を眺める。


「さあ、続きをやろうかあ。」

赤間は、言葉を発しながら、新之助に襲い掛かる。

新之助は多少痺れが収まった手に力が入るか確かめ、迎撃に備える。

一気に間合いを詰める赤間。その動きは無駄がなく、分かっていても簡単に懐に入られてしまう。

新之助の頭上に赤間の木刀が、振り掛かる。新之助は木刀で受ける。今度は、逆軌道にて新之助の頭を襲う。またも木刀で受ける。

また先程と同じ展開かと思われた、次の攻めで突如、顔を真正面に突きが飛ぶ。新之助は、顔から身体を捻り避ける。

 突きを避けたがまたも、赤間の木刀が新之助の頭上に降る。

それも木刀で受ける新之助。赤間は、先程の稲妻に加え、不意に

顔面への突きを混ぜて攻撃を続ける。その攻撃を下がりながらも凌ぐ新之助。いや、下がりざるを得なかった。先程の稲妻に比べ赤間の圧力が増しているのが大きな要因である。

 新之助の木刀を持つ手の痺れが増してきた。涼しい顔をして、打ち続ける赤間。赤間の攻めは至極単純であったが、反撃に転じれない。赤間の攻撃が疾いのは、言うまでも無いが、何よりも一つ一つの動作の継ぎ目に無駄がなく隙と言えるものが無かった。故に反撃に転じれない。防ぐことで精一杯なのである。

いよいよ負けを覚悟しながら受け続ける新之助であった。それほど圧倒的な実力差を肌で感じていた。


どれほど受け続けたであろう。新之助には、刻が止まったかの様に長く感じ、身体が重く、軋んでいる。まるで自分の身体とは思えなく成ってきていた。

その時、新之助の頭上目掛け、袈裟型に軌道を描いていた赤間の木刀が、新之助の木刀に当たる手前で揺れて消えた。

新之助は、刹那に先程までの顔面に来る突きの軌道と何か違和感を感じた、と同時に肌が粟立つ。

咄嗟に木刀を鳩尾の前まで下げる。瞬間、木刀に衝撃が走る。受けた腕が圧され、自らの水月を打ち、「うっ。」と下がる。

赤間は、袈裟から変化をして、胴を薙にいったのである。

 「これも、防ぐかよ。何ともまあ。顔から下に一度も打ち込んで無かったというに・・。」

 よろめいている新之助に向かって、多少苦々しく発する。


 「新之助は、良くぞ防ぎましたな。あの技にて、赤間の相手は軒並み腹を打たれて悶絶していたと言うに。」

 源右衛門は、防戦一方の新之助を褒める。

 「意識を顔から上への攻撃で、上に集中させておき相手が疲れて来たところを意識の無い胴へ攻撃する・・。何ともえげつない攻めじゃのう。あれだけ無駄の無い動きをするあやつなら正攻法でいっても圧倒できそうじゃがの。」

御館は、赤間の実力を認めながらも、皮肉を述べる。

この二人から見ても、仕合場の二人の実力の差は歴然としていた。いや、この仕合を観ている者ほとんどがそう感じており、最早勝敗は見えていた。ただ二人を除いては・・。


 『赤間は、確かに強え。でも新がここで終わるとは思えねえ』

 権兵衛は、心の中で独り呟く。

 「小春殿。坂田殿は、まだまだ終わりませぬぞ。氣が充実しておる。」

 正木は、肩が小さく震えている小春に声を掛ける。

小春は、それには応えず、手を握り締め仕合場から眼を離さない。

小春としては、唯々無事に終わって欲しい一心で、勝敗なんぞどうでも良かった。


 新之助の肩が、激しく上下に動いている。手の痺れが強く、腕にまで痺れが及んでいる。木刀が重く、握った感触が鈍い。汗が地面に次から次へと滴り落ちて居る。新之助の足元に汗が雨の如く落ちていたが、そこ以外にも地面に水滴の模様が浮かぶ。

 

 「あっ、雪だ。」

 「降ってきたか。今日は冷えるわけだで。」

 今冬初の雪が里に舞い降りる。見る見る、中庭の地面が白く染まっていく。観衆は、思い思いに蓙を頭から被ったり、用意の良い者は、蓑や笠を被って雪を凌ぐ。

小春は、雪が降る事も構わない様子で仕合を見守る。小春の髪や肩、眉毛や長い睫毛に雪が積もって居る。見かねた正木が、自分の羽織を小春の頭に被せる。

小春は、一瞬驚き身体が身じろいだが、正木の方を向き頭を下げながら、被さられたものを取ろうと動く。

 「有難いですが、正木様も仕合を控えておられる身。冷えては仕合に響きます故。」

 言って、羽織を返そうとするのを正木は制す。

 「いえいえ。心配には及びませぬ。寧ろ、ここで小春殿に雪を積もらせたままにしておく方が、武士として名折れになり申す。

ここは、某の顔を立てると思って羽織ってくださらぬか。」

 正木は、あくまで笑顔で返す。

小春は、この笑顔に負けたのか、頭を下げおとなしく羽織を頭から被る事にした。それを見た正木は、満足気に独り頷く。


 権兵衛も独り、雪に積もられ仕合に集中している。肩で息をしている新之助を見るにつけ、自分と同化してしまったかのように自分も息が荒くなっている事に気付いていない。こういう処が権兵衛の良いところである。情に厚く、自分の近しい人間の痛み、悲しみ等を察する事に長けている。感情移入しやすく、相手の感情を自分の事の様に共有する事が出来る。目の前の相手が悲しんでいれば共に悲しみ、喜んでいれば我が事のように喜ぶ。

 そんな雪まみれの権兵衛の頭に白い手が伸びる。白い手は、権兵衛の頭の雪を優しく払い落とす。始めは気づかなかったが、頭に違和感を覚えた権兵衛は、頭に手を伸ばす。権兵衛の手と白い手が触れる。白い手の動きが止まる。白い手は、華奢でしなやか、そして温かい。権兵衛は、白い手に触れたまま手の出所を探し振り返る。そこには、お鈴が頬を染めて佇んでいた。その瞳は多少潤んでおり、上目遣いで権兵衛を見つめている。小さな唇からは白い息が小さく漏れており、唇の色は鮮やかに浮かんでいる。その様に権兵衛の胸は高鳴る。今まで師範代の娘としてしか見ておらず気づかなかったが、お鈴は、肌も白く顔立ちも良く整って居る。何より、その顔に女の色気がほのかに香っている。

 二人は、手を触れ合ったまましばし見つめ合う。二人の周りの音が、風の冷たさが消える。

 権兵衛は、ようやくお鈴の手に触れている事に気付き、慌てて離す。

 「頭に、雪がたくさん積もって居たから。」

 お鈴は、恥かしそうに発する。

 「おお。そうか。すまんの。」

 権兵衛は、何と応えて良いか分からず、それを悟られまいと応える。

 「ううん。風邪引くといけないから。はい、これ。」

 首を振りながらお鈴は、厚手の羽織を差し出す。

権兵衛は、お鈴の一つ一つの言動に胸の高鳴りが止まらない。

 「これは・・?ええんか?こんな良え羽織。」

 「うん。頭から被って。温いから。」

 「お鈴は?」

 「私は、これ。」

 お鈴は、言いながら自分が羽織っているものを頭に被せる。

 「ほうか。それなら、ありがたく。」

 権兵衛は、安心して羽織を受け取り頭から被る。

 「うん。」

 それを見たお鈴は、嬉しそうに笑顔を権兵衛に向ける。

その満面の笑みを向けられた権兵衛は溶けそうになる。

 「ここで、一緒に観ても良い?」

 「お、おう。ええぞ。」

お鈴に見とれていた権兵衛は、我に返り返事をする。

 「新。どうかな?相手が強いけど・・。」

その言葉に権兵衛は、思い出したように仕合場の新之助に意識を向ける。

 「まだまだ、こんなところで終わるような奴じゃねえ。押されてはいるが、眼が死んでねえ。あいつの諦めの悪さは、折り紙付きだで。」

 「うん。そうだね。私も新を応援する。」

 お鈴は、微笑みながら応える。新之助の話題になった途端に饒舌になった権兵衛の様子が微笑ましかったし、何故か嬉しかった。

 「おう。生意気な奴だけど応援してやんねえと。」

 同じ格好をして雪を防いでいる二人が、仕合場の新之助に視線を向ける。二人は、心身共に温かかった。


 肩で息をしている新之助に雪は積もらない。身体から湯気が立ち込めている。それは、向かいに立っている赤間も同じであった。しかし、赤間に息の乱れは無い。


 「さて、そろそろ終わりにするかね。今まで、良く凌いでくれたのう。」

 赤間は、木刀を右肩に担いで軽く言い放つ。その後、ふわりと

構えを戻す。


 『振りの疾さと勁さが尋常じゃねえ。何であんな疾く勁く振れるんじゃ?』

新之助は、水月の痛みと荒れている息を整えながら、自問する。

自問しながら、眼を閉じ赤間の動きを頭の中で描き出す。赤間の

動き、振りが鮮やかに浮かぶ。新之助は、持って生まれた才能の

みで剣を振って来たが、始めてその才能が通用しない相手を目の

前にして、改めて相手から剣を学ぼうとしている。

 

 「眼なんぞ閉じて、座禅かね?構わず攻めさせてもらうぞ。」

 赤間が、間合いを徐々に詰め出す。


 木刀の届く間合いまで、半歩の距離まで詰めたその瞬間に、新之助が、突如開眼し赤間に襲い掛かる。赤間は、驚いた様子も無く、受けに回る。しかし、赤間は、新之助の攻撃を受けて驚く。新之助の振り方が自分の振り方と瓜二つだからである。それだけではなく、振りの疾さと勁さにおいても尋常では無い。


 『剣を振る時には、小さく、鋭く、疾くなんじゃ。勁く振る為に大きくするこたないんじゃ。寧ろ、余計な力を抜いて振る方が正しいんじゃ。』

新之助は、赤間に攻撃を加え続けながら思う。


 直ぐに、反撃に転じれると高を括っていた赤間は、新之助の攻めが格段に鋭くなってることで舌を巻いていた。


 新之助の攻めに観衆から歓声が上がる。


 「やっぱり、新の奴はただもんじゃ無いわ。」

 権兵衛は、新之助の攻めを見て思わず口から出る。

それにお鈴は、黙って頷く。お鈴は、自分の父親が新之助に破れはしたものの、別段気にしている様子は無かった。元々、剣の勝負に興味があまり無いという事もあるが、小さいころからお互い知っている幼馴染という事と、何より父に自分の言えなかった気持ちを皆の前でとはいえハッキリ伝えてくれた事が嬉しかったのである。これで気兼ねなく、密かにずっと想ってきた権兵衛に対して行動できる。お鈴も女なのである。


 新之助は、上中下と攻めに攻めている。先の赤間の攻め同様稲妻の如くである。赤間は、受けに徹している。辺り一面白くなっている仕合場に新之助の木刀の音が響いている。


 「がっ。」

 突如、声を発し新之助が、後ずさりする。下がった新之助は、お腹を押さえている。赤間が、新之助の上段を受けるのに合わせて腹を蹴ったのである。急な事で観衆もどよめく。


 赤間は、そのまま新之助に悠然と向かっていく。新之助は、悶えながらも、構えを敷く。赤間の袈裟が飛んでくる。必死で新之助は受ける。

 「ぐっ。」

 またもや、新之助から声が漏れる。赤間の袈裟の重さが先の稲妻を遥かに越えていた為、受けた衝撃が腹や全身に響いたからである。衝撃で、膝を着きそうになるのを堪える。赤間は、そのまま顔を突きに来る。これもかろうじて躱すが、かすったのか頬から血が流れる。続いて赤間は、胴を薙に来る。受ける新之助。木刀から衝撃が走る。身体が軋むのが分かる。明らかに赤間の一撃一撃が疾さより重さを重視したものに変わっている。赤間は、また袈裟を狙う。必死で受ける新之助。汗が、冷たい汗に変わっていた。衝撃が骨まで軋ませる。木刀を離さないように、膝が折れないように歯を食いしばる。新之助は、地面を掴むように足に一気に力を込め、そこから足首、膝、腰、胸、肩、肘、手首、木刀へと力を伝え受けた木刀を撥ね返す。赤間の身体が僅かに宙に浮き後方に飛び退く。

赤間は、驚いた眼をしている。

新之助は、汗が滴り落ちている顔をして、激しく呼吸をしながら眼は赤間を捉えている。


 新之助は、大きく深呼吸をした後、もう一度足先に力を込める。膝を屈めて重心を前方に移す。

赤間は、新之助が来ると、迎撃の体勢を取る。

小春は、胸の鼓動が激しく、唯々祈る。

新之助は、かっ!と眼を見開き、地面を蹴り赤間に飛び向かう。

交叉する両者。

どうっ、と一人が倒れる。


 「勝負有り!勝者、赤間善助!」

 立会人が勝ち名乗りを挙げる。

赤間は、例によって御館に深々と礼をして仕合場を去る。


 新之助が、胸を押さえ口から血を吐き出し倒れている。白い地面が紅く染まる。そこに駆け寄る人物があった。

小春である。小春は、手拭いにて口元の血を拭き取り、声を掛ける。その瞳には、光るものが有る。

 「新、新っ、新っっ!」

 小春は、新之助を揺らしながら、必死で声を掛ける。

 「小春。あんま動かしちゃいけねえ。」

 遅れて駆けつけた権兵衛が、嗜める。

 「権兵衛・・。」

 権兵衛を見つめる小春の眼には大粒の涙が溜まっていた。それを向けられた権兵衛は、胸が痛くなった。

 「うっ。」

 新之助が、うめき声を上げる。その後、苦しそうに咳き込む。

血の混じった血を吐き出す。小春は、ホッとした表情で、新之助の頭を自分の膝に乗せて膝枕をして口元を拭いてあげた後、胸を摩る。新之助は、苦しそうに呼吸をしていたが、自分の顔に暖かい雫が当たっているのに気付き眼を開けそちらに眼を向ける。

 小春が、大粒の涙を流し自分の胸を摩っていた。

 「小春・・・。」

 新之助と小春の視線が交わる。

 「新・・。」

 小春が胸を摩っていた手を新之助の頬に移動する。

 その手に力無く触れる、新之助。小春の手は、暖かった。

 「良かった・・。眼を覚まさないかと思った・・。」

 言って、また涙を流す。新之助は、乱れている呼吸のまま、小春の頬に伝う涙を拭う。

 「・・・馬鹿じゃのう・・。死ぬ訳ないじゃろが・・。」

 新之助は、力無く小春に笑いかけ、激しく咳き込む。

 「小春。新を運ばんと・・。」

 見かねた権兵衛が、小春に声を掛ける。

小春は、小さく頷く。二人は、新之助を起こし、権兵衛が新之助をおぶる。三人は、雪が強くなっている仕合場を後にする。

正木は、黙って見送っていた。

 「仕合場の除雪の為、暫し中断とする。」

 立会人が、大声で伝える。

折りからの雪が仕合場を白化粧している。仕合に支障が出る程積もって来たため、除雪が必要になったのである。

城勤めの者達が早速、作業に入る。仕合場が、観衆の話声で喧騒に包まれる。

                               第十一幕【了】

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