第十五幕 春遠し

 第十五幕

 里の山中、山の雪はまだまだ深く、人が歩くには足を取られる。山の木々は深く地面に落ちる光は少ない。この時期、わざわざ山に入るものは殆ど居ない。里の春をどの生き物も待ちに待っている。

その藪の中、男達の話し声が聞こえる。

 「うぅ寒い。腹も減ったし、ひもじいのう。」

 「ほんに。喰いもんと言えば、蓄えとった木の実ばかり・・それも底を着いて最近じゃあ木の皮じゃ。そんなもんじゃ腹は膨れん。猪鍋喰いてえなぁ。」

 「それもこれも、赤鯱狩りのせいじゃ。あれのせいで一家は散り散り。お頭も行方知れず。お陰で全然稼げねえ。」

 「ほうじゃのう。それまでは、冬だと言うのに毎日豪勢な飯ばかり。酒も女も好きなだけ。それが今は何じゃ!凍えて、飢えて、冬を越せるのかどうかも分からん始末。」

 「ほんとに憎ったらしいのう、城の連中は。」

 「その中でも、あの男じゃ。先陣切って仲間をバタバタ切りおった。確か・・。」

 「ま、ま・・ま・・?」

 「正木じゃろうが、この馬鹿!」

 「おう。そうじゃった。そうじゃった。正木じゃ。」

 「あの野郎が来なければ、いつものように追い返してやったものを。」

 「ほうじゃのう。奴が来た途端に皆怯んでしもうてそこから負け戦じゃ。憎ったらしいのう。」

 「どうにかこの恨みを晴らしてやりてえが、奴は強すぎる。まともに当たっても返り討ちが関の山じゃ。じゃからといってこのままだと腹の虫が収まらねえ。どうしたもんか・・。」

 「ほうじゃのう・・。」

 話している男たちは皆一様に悩んでふさぎ込んでしまった。男達は、赤鯱の残党で赤鯱狩りを逃れた後も行くあても無く相変わらず里の山に住み着いて居る。皆肌が浅黒く、髭は無精髭、髪も伸び放題に伸ばしており誰ひとり綺麗に纏めているものは居ない。殆どの者の歯は所々欠けており、黒ずんでいる。格好は肩出しの動物の毛皮を羽織って居る者、腰に毛皮を巻いている者も居り、頭に似合わない星兜や鉢を被る者も居る。武装は刀は勿論の事、槍を持つもの、弓を背負っている者、変わった所では鎖鎌を腰に掛けてる者もいる。


 「・・・そういや、正木は近く嫁取りをするそうじゃ。」

ふさぎ込んでいた男たちの一人が何かを思いついたように口を開いた。

 「嫁取り?それがどうした?目出てえ話じゃねえか!まさか祝儀でも渡すなんて言うんじゃねえだろうな?」

 「馬鹿っ!そんなこっちゃねえ。黙って聞け。良いか・・。」

 「何じゃ、なんぞ考えが有るなら早よ話せ。紛らわしいんじゃ。」

 「正木の嫁を奪っちまうってのはどうじゃ?」

 「何っ!?」

 「嫁を奪ってどうすんじゃ?」

男達は、一斉に騒ぎ出した。

 「うるせえ。だから黙って聞け。」

 「じゃったら、早よ話せ!」

 「・・良いか。何でも正木の嫁になる女子は、あの赤鬼のとこの孫娘らしい。」

 「何っ!?あの赤鬼のとこの娘か!?」

 「こいつは・・。」

男達は、互いに顔を見合わせている。ここでも赤鬼こと源右衛門の勇名は轟いている。

 「その孫娘なんじゃが。どうやらえらくべっぴんらしく、正木はぞっこんらしい。何でも正木には他所の国の姫君から婚礼の申し込みがあったが、正木は全部断って赤鬼の孫娘に申し込んだそうじゃ。」

 「ほう・・。それほど惚れ込んでいるんか。」

 「姫君を断る程とは、どれほどのべっぴんなんじゃろうな?」

 今度は、男達は色めき立っていた。

 「その惚れ込んどる嫁が輿入れの日に奪われたらどうじゃ?さ 

 ぞ悔しかろうよ?そんでな、その奪った嫁をダシに金を巻き上げるんじゃ。それか正木の首でも良え。惚れ込んでる嫁を人質に取られたんでは、無下にも出来まいて。」

 男達は、食い入る様に耳を傾けている。

 「じゃが・・・、もし断るような事が有ったら・・。」

 「有ったら?」

 「奪った嫁を犯しまくってから殺して返してやればええ。それはそれで、正木に恨みを晴らせる。まぁどの道、嫁は味わわせて貰うがの。」

 「ごくっ。」

 男達が生唾を飲み込む音が聞こえる。

 「ほう。そりゃぁ良えのう。姫君を超える女子を是非とも味わいたいもんじゃ。」

 「そうじゃのう。もう暫く女を抱いてねえしな。」

 「堪らなんのう。今から興奮するわ。」

 男達の眼はギラギラと鈍く光、鼻息は荒くなっている。さなが

ら獣の集団である。

 「・・でもよ。そんな上手くいくんかの?赤鬼んとこだと玄武流ちゅう道場じゃぞ。手練が大勢居るんじゃろ?何より赤鬼が出てきたら俺らじゃ太刀打ち出来んぞ?」

この空気に一人が、水を差す。すると先程までぎらついていた

男達は急に眼が覚め、不安気に顔を見合わせる。

 「そうじゃ。良く考えたらそんなの上手くいきっこねぇ。下手したら全滅じゃぞ!?」

 「そうじゃ、そうじゃ。危うくおに乗せられるとこだったで。こんなとこで犬死はゴメンだ。」

 今度は、一斉に寝返り、言い出した男を責め立てる。

 「それが、上手くいくんじゃ。良く聞け。」

 責め立てられて居る男は冷静に返す。

 「何が、どう上手くいくってんだ!?」

 「良えか。今や正木の婚礼の事は里中の連中が知っている。奴が皆の前で告げた事も有るが、正木は里で名が通っておる。ましてこの里は狭い。婚礼当日は、里中が祭り騒ぎじゃきっと。となれば、皆浮き足立っているに違いねえ。そこに付け入って嫁を掻っ攫うのよ!幸いにも俺らは、最近里に降りて仕事はしてねえ。誰も赤鯱が襲って来るとは思って居んめえ。守りも薄いはずじゃ。そこで、二手に別れて輿入れを襲う。先ず輿入れ行列を正面から襲い従者を引き付ける為に直ぐに引く。そんときゃ、相手が追いやすいように、不様に逃げるんじゃ。そうして行列が乱れている間に正木ん家の迎えだと装おって輿を預かりそのまま連れ去るんじゃ。どうじゃ?」

 「・・・ほう。確かにこれなら上手くいきそうじゃの。」

 「馬鹿。赤鬼はどうするんじゃ?赤鬼の弟子達も二岡を始め手練ばかりじゃぞ?唯でさえキツイのにそこに赤鬼が加わったらどうにもならんぞ?」

 「それなんじゃが、赤鬼はどうやら最近身体が優れないらしく昼間も床に着いている程らしいぞ。恐らく輿入れの行列には参加出来まい。次に二岡じゃが、輿が襲われた時にきっと奴らは輿から離れまい。そこへ正木の使者だとバレずに奴らから輿を受け取れば戦う事も無く済むんじゃ。」

 「赤鬼が?お前良く知っとんな。それが本当なら有難いのう。それにしても赤鬼も人の子という事かよ。じゃが二岡はそのまま輿の護衛として着いて来るんじゃなかろうか?」

 「そこは、正木家の隠れ屋敷にお連れする故正木家以外の立ち入りは遠慮してもらおうと一喝すれば引くじゃろう。何といっても正木家は里随一の家老を擁している家柄。一道場侍が逆らえるもんじゃねえ。それに奴らも家老家と事は構えたく無いに決まっている。」

 「ほう・・。お前は、知恵が回るのう。」

 「うむ。これならイケるのう。」

 「こりゃあ気合い入れにゃあな。」

 男達は一転、感心してやる気を漲らしている。

 

 ガサッ ガサガサッ

 

 その時、男達の近くの薮が音を立てて揺れる。

 「誰じゃ!?」

 男達が一斉に殺気立つ。藪に向かって武器を向けてジリジリと近づく。一気に緊張感が増す山中。男達が持つ刀や槍が山に落ちる僅かな光で揺らめく。

 その時、藪の中には権兵衛の弟分二人、細田彦兵衛・保次郎兄弟が震えながら潜んでいた。

 細田兄弟は、背は高いものの線は細く女子のようにしなやかである。顔も、瓢箪の様に細長く正に青瓢箪である。その顔付きは両の眉毛は離れており眉尻は下がり、眼は細く垂れている良く言えば優しげ、悪く言えば、弱々しい。この兄弟は、双子という訳では無いが、背の高さが弟の方が若干高い他は、とても良く似ている。その青瓢箪二人が、大きな身体を目一杯縮めて潜んでいる。

 「早う出てこい。悪い様にはせん。」

 男の一人が誘うように声色優しく藪に向かって発するが、その手に持つ槍の穂先が鈍く光る。

 「そこに居るのは分かっておる。出てこんなら突っ殺すぞ。」

 藪からの返事が来ない事にしびれを切らした別の男が、凄みを効かせて発する。男達の武器が更に藪に近付いていく。

 藪の中の二人はその声、気配に震え歯が音を立てないように必死で押さえていた。二人共、を写したく無いようでギュッと眼を瞑っている。

 その時、細田兄弟のすぐ横の藪からつがいの鳩が飛び立った。

男達が一斉にその方向に向き武器を構える。そのまま空に向かう二羽の鳩を見送る。

 「何じゃ、鳩か。」

 「つがいかよ。イチャつきやがって。」

 「そろそろ日が暮れる。戻るべ。」

 男達は鳩を見送った後、武器を納めて隠れ家に戻ろうと踵を返した。

 「ほ、ほえっくしょん。」

 男たちの背中の藪から声がする。急いで男達は、武器を構え声のした藪に向く。

 「馬鹿。」

 「ご、ごめん。我慢できんかった・・。」

 声の主は、細田弟、保次郎であった。くしゃみを必死でこらえていたが男たちが引き返したのに安堵して気が抜け出てしまった。

それを兄、彦兵衛が小声で嗜める。二人の命運は風前の灯火である。二人共、どうしようもなく震えている。汗が尋常ではない。

 「おい。もう出てこい。突っとすぞ。」

 カチャ、一人の男の刀の音がする。それに細田兄弟の血の気が引いていく。

 「もうええじゃろ。殺っちまおう。」

 「ほいだな。身ぐるみ剥がしてしまうべ。」

 男達は今にも二人が居る藪の中に武器を突き刺す勢いである。

その時、ヌッと藪から大きな影が伸びる。男達はそれに少し驚き後ずさりしたが、よく見ると背こそ大きいがガタガタと震えている細男が立っている。

 「馬鹿。何で保次郎。立ったんじゃ!?」

 まだ屈んで居る彦兵衛は立ってしまった保次郎に向かい小声で責める。その顔はいつにも増して青白く、眼には涙が浮かんでいる。

 「おい。もう一人居るな?出てこなんだらこいつを今すぐ殺るぞ!?」

 男が、今だ屈んでいる彦兵衛を脅す。それに驚き、固まる彦兵衛であったが、直ぐに観念しておずおずと立ち上がる。

 「何じゃ!?コイツらでっかいのう。」

 「しかっし、見てみぃ。ガタガタ震えとるぞ。」

 「ほんまじゃ。だらしないのう。そんなに怖いんか?え?」

 言いながら、一人の男がいやらしくニヤつきながら、細田兄弟に近づき刃を向ける。兄弟は、一層震える。保次郎の股がじんわり濡れており足元に積もる雪に黄色の模様を作っている。

 「おやっ!?おいおいこいつ、漏らしとるぞ。」

 「うえっ!汚ねえ!勘弁しろよ。」

 「ったく、情けねえ。お前ついてんだろ!?しかし臭えな。」

男達は、歪んだ笑顔を浮かべながら保次郎を馬鹿にしている。

「さっさと済ましちまおうぜ。」

「あぁ、んだな。お前たちさっさと出てくれば良かったものを。まぁどのみち聞かれちまったからには死んでもらうがな。」

兄弟を囲んでいる男達は、得物に力を込める。

「ひっ。」

兄弟は、いよいよかと観念しぎゅうっと眼を瞑る。

「おいっ。ちょっと待て待て。」

遠巻きに見ていたひとりの男が声を上げる。

「何じゃ!?お前が殺りたいんか?」

「そうはいかん。これは、俺らが殺る。」

止められた男達は、声を上げた男の方へ振り返り返す。

「馬鹿っ。んなんじゃねえ。お前ら、腰を見てみろ。」

「あっ!?」

言われた男達は、兄弟の腰を見てみる。

「あっ・・。」

男達は、兄弟の腰に差さる刀に気が付く。

「ようやく気付いたか。おい、お前ら名を何と言う?」

後ろの男は、呆れたように溜息を付いた後、兄弟に尋ねる。

「ほ、細田彦兵衛。」

「保次郎・・。」

二人は、震えながら答える。

「はて細田、細田・・。もしかして、黒田家の・・?」

後ろの男は、兄弟に返す。

「そ、そうじゃ。細田家は、代々黒田家に仕える下級武士じゃ。」

彦兵衛が答える。もちろん声は震えている。

「やはりそうか・・。おいっ。得物をしまえ。下級武士といえども武士は武士。そこのガキを殺ったとあったら面倒な事になる。

それに黒田家は、代々この里の侍大将の家柄と聞く。殺るのはやめだ。」

 後ろの男は、兄弟を囲んでいる男達に指示を出す。

 「でもよう。下級武士なんだろ!?上手くやれば、バレやしねえよ。下級武士のガキが帰って来なかったくらいじゃ、騒ぎになんねえよ。」

 「ダメだ。この里は狭い。直ぐにそんなことは知れ渡る。」

 「大丈夫じゃねえか!?お前は、ちょっと細けえとこがあるからな。」

「あっ!?俺の言った事に従えねえのか!?」

後ろの男の雰囲気が一気に変わる。腹の底が冷えるような声を発し眼光鋭く男達を射抜く。

「わ、悪かったよ。そんなおっかねえ顔をすんなよ。」

「そ、そうだ。朔兵衛。お前の言うことに間違いはねえ。や、殺るのは止めだ。なあ。」

「ああ。止めだ。止めだ。」

兄弟の周りを囲む男達は、怯えたように朔兵衛に返し、得物を下げる。

朔兵衛は、ゆっくり歩を進め兄弟に近付いていく。周りの男達は朔兵衛に道を開けるように下がっていく。

兄弟は、殺されない事が分かり安堵すると思いきや、朔兵衛が近づくにつれその禍々しい氣に当てられ先程より怯えている。

「お前ら、さっきの話し聞いたな?」

朔兵衛の声に兄弟は、首を激しく横に振る。

「嘘付くんじゃねえ。もう一回聞くぞ。話を聞いたな?」

二人共首を縦に振る。その様子は、まさしく蛇に睨まれた蛙である。

「よしっ。お前らの命は取らねえでおいてやる。その代わり、祝言の日取りと、輿の道順を探って俺らに知らせろ。もちろん聞いた話を誰にも漏らすんじゃねえぞ。もし漏らすような事があれば・・。」

朔兵衛は、腰の刀に手を掛け、カチャと鍔を鳴らす。その様子に兄弟は、生唾を飲み込み首を何度も縦に振る。

「よしっ。物分りの良い小僧共だ。長生きするぞ、お前たちは。」

満足気に兄弟の肩を叩く、朔兵衛。兄弟は、熊にでも叩かれたような衝撃を肩に受けていた。やはり、逆らえばただでは済まない。改めて、確信した二人であった。

「よしっ。五日後にここに来い。それまでにさっき言ったこと探っておけ。いいな!?」

兄弟は、首だけを縦に何度も振る。

「お前らもう行って良いぞ。俺らも撤収すんぞ。」

朔兵衛は言いながら、兄弟に背を向けて仲間達に声を掛ける。

「そうそう。帰りは、熊に気を付けるこったな。冬眠から中途で覚めたやつは腹を空かして血の気が多いからな。」

背中越しに、兄弟に忠告する朔兵衛であったが、二人は、この男なら、腹を空かした熊ですら倒せてしまうんじゃないかと想っていた。

男たちが去ったのを不動の姿勢で見送った二人は、その場にへたり込む。そして、二人してガタガタ震えて泣き出した。

                               第十五幕【了】




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る