第51話 魔王
魔王
「私たちとやろうって?」
タマは強がりなのか、魔族を相手にそう虚勢を張ってみせる。
「頭数だけはそろえているみたいだけれど、あの素早い動きをする人族と、あの犬っころがいなければ、アンタらなんて虫けら以下よ」
どうやらロマの能力について、気づいていないよう……いや、彼女の隣には一時的にロマの能力をとりこんだ、ハーロウという猩族がいる。時間操作の最終兵器が、秘密兵器にならない点は大きい。金髪の魔族はそんな事情を知ってか、知らずか、悠然と「ちなみに、ここら一帯は魔法キャンセルをしている。変なことをされないようにね」
「さすがでございます、ジェニファー様」
ハーロウはそうもちあげてみせる。どうやら自尊心の強い人物らしく、ジェニファーは誇らしげに胸を張った。
「魔法キャンセルをしたら、あんただって困るでしょ?」
タマもそう問いかける。だが、ジェニファーは余裕そうに応じた。
「アンタたちのこと、ちょっと研究させてもらったわ。牙狼聯隊をけしかけてみて、はっきり分かった。アンタたち、あの犬がいないと、ダメダメじゃない。主力はあの犬。それ以外、私の体術に敵うヤツなんていない」
それは痛いところだった。重装兵であるリーンは、あくまでタマやロマ、それにルツ、テトを守る立場だ。ここで攻撃に特化するのはシャビーしかいない。そのシャビーとて、決して優秀な戦闘力をもった冒険者というわけではなく、もう一人のチャムは移動特化型で、戦闘力で期待すべき点はない。
しかも、敵の能力をとりこむ、という稀有な能力をもつハーロウであったり、一族を率いて決死の戦いをしかけてきた牙狼聯隊のような者を使役したりして、こちらの能力を丸裸にされている。それは極めて危険な状態を示していた。
「シャビー、チャム。アンタら二人で、あの魔族を止めなさい。自ら魔法キャンセルをつかっているっていうから、魔法攻撃はない。純粋に速度勝負だったら、アンタらだって何とかなるでしょ」
「え~、自信ない、だよ~」
「お、親びんの命令なら、頑張るッス!」
「リーン、あんたはあのハーロウを食い止めて。あいつは誰かを飲みこむことによって、その能力を乗っ取る。近づかれたら、終わりよ」
きっと、ハーロウが誰かの能力をとりこんだら、その時点で魔法キャンセルを解除、その能力をつかい、また最も優秀な魔法使いである魔族、ジェニファーがその強大な魔法によって、こちらを一掃してくるだろう。ハーロウの武力はまったく分からないけれど、リーンの防衛力に賭けるしかない。
ハーロウはゆっくりとこちらに近づいてくる。魔法使いであるタマとロマは、魔法キャンセルが利いている間は何もできない。
「任しときや。うちかて、これまで何遍も戦ってきたんや。同じ猩族やったら、持ちこたえてみせるわ!」
大ぶりの刀を構え、リーンも迎え撃つ姿勢をとる。ハーロウは背中に負ったバンジョーから仕込み刀をすらりと抜いた。それほど剣技に長けている、とは聞いていない。むしろ、体術に長けていたら、ペロンの街で全員が殺されていただろう。
「あなたぐらいの剣技だったら、私もまったく余裕ですよ」
ハーロウはゆっくりと近づいてくる。
シャビーとチャムは、魔族であるジェニファーと戦うけれど、まったく敵うはずもない。全員がぎりぎりの戦いを迫られていた。
アイはがっくりとヒザをつく。ボクの父親、この世界の創造主たる魔王から「すぐ死ぬ」と宣告されたのだ。しかも相手は前の世界で一度、自分のことを蹴り殺してきた相手――。嫌でも〝死〟を強く意識する。かつて世捨て人のように無謀な戦い方をする、と言われてきたけれど、ボクと出会って生きる意味を見出した。今の彼女にとって、そのショックたるや想像を絶するものなのだ。
ボクは、そんな彼女を守るため、論破を試みることにする。
「魔法による呪いが、必ずしも死につながるわけじゃない。とある人は『魔法により死なない呪いにかかった』と言っていた。オマエだって死んでないじゃないか」
「あくまで可能性の問題だよ。オレだって、この世界のすべてを知り得ているわけじゃない。もしかしたら、この異世界を創る力を与えてくれた者が、嫌がらせをしている、そう疑っているぐらいさ」
あれ……? その答えにもやもやした、すっきりしないものを感じたけれど、形になることもなく通り過ぎていった。
「お前こそよかったじゃないか。無能転生なんて役立たずで転生したから、この世界でよろしくやれるんだぜ」
魔法という力を得たら、呪いをうける。だから魔法なんてすごい力はもたず、安寧に過ごしていた方がいい、というのか……。
「人族が無能転生、なんて呼ばれているせいで、虐げられ、生きにくさを抱えている。それの何がよかった、というんだ? オマエの創った世界なんて、欠陥だらけじゃないか。もうすぐで産業革命? そんなことが起こるはずないだろ。だって、蒸気機関よりも便利な魔法がある世界だぜ。いくらここで実証してみせたって、アンタの学説が実世界で通用するわけじゃないんだよ、教授」
そう、父親は学者だ。歴史における社会、生活様式などを検証し、その構造を解き明かし、それを現代に生かすという社会構造システム学を提唱している。それはゲーム理論や行動経済学などを内包し、実証に基づく人類に最適な社会、システムを構築することをめざしているものだ。
「父親のことを否定して、小バカにしてみせる。昔からそうだったよな、お前……」
「そうじゃない。欠陥があるから、そう指摘したまでだ。そのまま失敗するまでつづけた方がよかったのか? 多くの人に迷惑をかけ、学会から追い出されてまで……」
そのとき、強烈な魔法が襲ってきた。雷撃が切り裂くような激しい轟音と、衝撃だったけれど、左腕の盾で何とかそれを防ぐことができた。
父親をみると、メガネの奥から人をみているとは思えない、虫けらに対してさえもう少し穏やかな瞳をむけるだろう、と思われるほどの冷たい視線をむけてくる姿があった。高校生のときまで、ボクはその視線がすごく怖かった。嫌だった。生きていることにさえ絶望した。でも今はちがう。
グッと見返した。だがそんなボクに、父親は吐き捨てるように言った。
「その汚らわしい口を閉じておけ、クソ坊主!」
「この……、ちょこまかと動くなや!」
ハーロウも決して素早い方ではないけれど、重りをつけたまま蚊を追うようなもので、重装兵であるリーンの攻撃はまったく当たる気がしない。
しかもシャビーとチャムは速度勝負が苦手、と踏んでジェニファーに攻撃をしかけているのだけれど、軽くあしらわれる、そんな状況だった。
ジェニファーに見透かされたように、リーンもシャビーもチャムも、決して冒険者としての能力の高い方ではない。主力であるタマやロマの魔法が封じられている以上、戦闘力で劣る三人で防がないと、展望も開けないのだけれど、ジェニファーによる攻撃でシャビーとチャムが弾き飛ばされ、リーンが気をとられている隙に、ハーロウに突破された。
マズイ! そう思ったけれど、ロマに近づくハーロウのことを止める術もなかった。またロマ本人がどん臭く、逃げ遅れたのだ。口の端がめりめりと裂けて、ぱっくりと胸の辺りまで開くと、そのままロマを飲みこんでしまう。
ハーロウがロマを飲みこんだことを確認し、ジェニファーも魔法キャンセルを解除する。もちろんそれは、時間をコントロールすることで、圧倒的に有利な立場になったのだ。その魔法をつかって、ここにいる相手を一掃するつもりだ。
ただし、ハーロウは時間をコントロールすることはできても、このスキルには重大な欠点もあった。それは相手を飲みこんだことで、体重がその分もかかってくる、ということだ。二人分の重さは、嫌でもハーロウの動きを鈍くする。だから、ペロンの街で最初にとりこんだときも、椅子にすわって自分から動くことはなかった。この弱点を知られたら狙い撃ち……、それをよく分かっているのだ。
しかし、時間操作はやはり素晴らしい……。自分の動きが遅くなっても、相手に気づかれることもなく接近し、命を奪うこともできる。能力を行使するのはあくまでロマなので、細かい調整は利きにくく、ご主人様であるジェニファーまで動きが遅くなっているけれど、それもまた素晴らしい……。
彼は人族に殺された。何本も銛を撃ちこまれ、苦しみ、喘ぎながら、殺した奴らと同等か、それ以上の力が欲しい……そう願った。そしてここに転生してきて人化され、願ったように魔法を行使できるようになった。ただ厄介なことに、自分で魔法をつかうことはできない。あくまで増幅するだけ。大きな口で飲みこめば、相手の能力を奪ってつかうことができる、という代物だった。
彼が魔族に従っているのも、いつか相手を飲みこんで、その力を奪ってやろう、とすら考えている。そして、人族へ恨みを返すのだ……。彼を殺し、その肉を喰らった憎い人族を根絶やしにするのだ……。
重い腹をかかえて、きびきび動くのは厳しい。まずは幼い人族の少女ルツに近づく。こんな奴、いたか……? まぁ、いい。まずはこの少女を殺そう。そういえば、あの人族の男はこの重さを背負って峠を越えた……と聞いたけれど、人族はそんなことまでできるのか? やはり人族はすべて殺すしかない。
ハーロウも、手にしていた仕込み刀を振り上げた。恐怖する暇すらないだろう。それが少し口惜しくもある。どうせなら、のたうち回るほどに苦しみ、恐怖に引き攣った顔を見せて欲しいのだけれど、それはまたの機会にしよう。残りもいる。早く人族なんて殺して、他の連中も血祭りに……。ハーロウは怪しく微笑んだ。
魔法をはじき飛ばしてみせたボクの盾に、父親は好ましくない目を向けてくる。
「やれやれ……。無能のくせに、随分と強気に出ると思ったが、そんなところに隠し玉を仕込んでいたか……」
「隠してはいない。これには魔石の効果を付与してある。アンタがこの世界で魔法をつかえる余地を残した以上、こうなるだろ」
「それとて、その犬っころのお陰だろ。お前が威張ることじゃない」
ボクはちらりとアイを見下ろす。まだショックで項垂れたまま、そこに座りこんでいる。死の間際について記憶する彼女にとって、また自分にその死を与えた相手を目の前にして、未だに立ち上がれないのだ。
魔法による呪い、副作用で死ぬことはない……。それは先ほど、父親から「知らない」との言葉を引きだしたので、否定できる。ここからは生きる希望を見つけてあげよう、そうでないと彼女を絶望の淵から救いだすことはできない。
「どうしてボクを生かしておいた? そして、この街まで導いた? 途中で撃退することも、殺すことだってできたはずだろ?」
「自分の息子を仲間にしようと思っただけだ」
「そんな殊勝な考え、父子の情なんてもっていないはずだ」
「お前のことを先にみつけたのは、マリアだ。やはり彼女はすばらしい。そんなマリアから懇願されたら、生かしておくしかないだろ?」
本当にそうだろうか……? マリアも感情が壊れた子だ。肉親だからと言って、特別視するだろうか? マリアとの会話を思い出せ……そこに答えがあるはずだ。
マリアはボクのことを「諦めない」つまり「仲間にする」と語った。ボクにその素養があることをみとめていた。ただそれは兄だから……ではなく、ボクに利用価値あり、とみなしていたはずだ。それがマリアという少女の価値観であり、彼女は「仲間になりそうだから」ボクを誘う、と語っていた。
そして「君の力を試すため」に「マッチョロードを壊滅させた」と……。
恐らくマッチョロードを壊滅させたのは、当初の目的でもあったはずだ。それはカペリン国を弱体化させ、スカンク国に攻めさせる余地を与え、その隙に宗教改革をめざす、神聖ロバ帝国の勢力をつぶす……。そしてそれが、三十年戦争という前の世界の出来事とも重なってくることでもあった。
合理的、かつ能動的にそれを受け入れるだけのメリットがないと、誰の指示にも従うこともないし、それこそ判断しないはずだ。彼女は言った。「魔王に従う? ちがう。魔王の目的に同意している」と。つまりそれは、父親の実証に協力する、ということ。彼女にとってそれが合理的、かつ能動的なのだ。
何だろう? さっき感じたもやもやと、そこにある違和感が近づきそうでいて、また離れてしまうのを感じる。
父親は嘘つきでもある。自分のためなら、嘘をつくことも厭わない。マリアはそうした嘘をつくことはない。魔法、呪い、この世界の成り立ち、そして無能転生……。
「分かったよ。ボクを仲間にしよう、仲間にすることにこだわっていた理由が……。むしろ逆だったんだ。魔法使いになる条件、それは死への恐怖――。死の記憶――。ふつうの人だったら、とてもではないけれど耐えきれないほどの精神的な負担、苦痛――。でもごく稀に、その恐怖を超越、凌駕して克服できる者がいる。それが魔法を使える魔族となる。オマエはそれを恐れた。ボクたち家族はどこかそうやって死についてもきゃ監視する気質をもっている。だからマリアはボクを試した。オマエは、ボクを死から遠ざけようとした。ボクが魔法をつかえるようになったら、アホ毛モンのようにオマエがしようとしている実証を邪魔するかもしれないからだ」
父親の目元はすでに笑っておらず、正しい指摘をされたことで、反論もできない。この辺りは学者であり、嘘で糊塗するだけの材料に乏しいとなったら、沈黙する。
「アホ毛モンが言っていた。それは『呪い』だって。死を実感して、体感しているからこそ、最初にこの世界に来てつかう魔法は、死を回避するためのものになる。その結果、彼女は『歳をとらない』呪いにかかった。同じようなことはオマエたちにも起こった。それを副作用、という言い方をするんだ」
この推測を補完したのが、アイの話だった。つまり〝死の記憶をもつ者が、強大な魔法をもつ〟のだ。
「でも、どうして人化動物……猩族は魔法をもって転生する者が多いんだ?」
「畜生なんて、死んだことすら理解できていないからだよ。人間は色々と考えすぎて、耐え切れずに、すぐ死んでしまう」
「いや、違うな……。動物は、必死で生きている。生きようとする。アイが語っていたよ。アンタに蹴られたその日、ボクが帰ってくるまで、ボクに一目逢いたくて、ずっと生きつづけていたって……。彼女たちは生きることに、常に必死なんだ。畜生なんかじゃない。学ぶべき点の多い、ともに同じ世界で生きている仲間なんだよ! それを実証とかいって、自由に生死を操ろうとする。オマエみたいなヤツの方が、よほど畜生じゃないかッ⁉」
「お前はいつもそうやって、反抗的だったよなぁ、あぁん! 父親に対しても、何様のつもりだ、こらぁぁぁぁッ!」
無能転生であるボクにも、父親の周りで魔力が高まっているのを感じる。彼の地雷を踏んだのだ。短気で、キレると何をしでかすか分からない。小学生だったボクに向け、1kg以上あるガラスの灰皿を投げつけてくることだって、平気なのだ。
「一瞬で消し飛ばしてやるよ! 死の記憶なんて抱く暇もなく、なッ‼」
アイを抱えて逃げようとする。でも、その強大な魔法は、例え遠く離れたとしても助かる見込みすらないほどだった。ボクはアイを庇うよう、アイに覆いかぶさる。強烈な衝撃波がボクの背中から襲ってきた……。
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