第49話 再会

   再会


 オリゴの街に到着する。

「ここはサボリマ辺境伯が治めていて、今はカナリア国よ」

 タマの説明に、ボクが首を傾げる。「どういうこと?」

「サボリマ辺境伯は、元々がスカンク国の貴族なんだけど、政治力に長けていていね。そのときの情勢で動く。そのお陰である程度の独立を保つ一方、どちらかに帰属したり、独立の動きをみせたり、とにかくお忙しいのよ。そして、オリゴはそのサボリマ辺境伯が、その中心に据える都市――」

 タマはそう言った後「だから、ここでサボリマ辺境伯の協力を得たい、と思う」

「大丈夫なんか? そない政治力に長けた御仁やなんて、うちらもうまく利用されるんとちゃうか?」あるぴょんでモデレイトにより痛い目に遭わされていることもあって、リーンも警戒しつつそう言った。

「サボリマ辺境伯は、それこそ皇教ともうまく付き合うなど、柔軟さがあることでも知られている。今のカナリア国が、ほとんどバラバラでまとまりもなく、いずれ自分たちがカナリア国を再建する、とすら考えている。つまり現状の統治に楔を打ち込もうとする私たちに協力するだけの、動機がある」

「動機があっても、協力してくれるかどうかは別、ちゃうか?」

「ま、そうだけどね。会ったら分かるわよ」

 タマはそんな含みを残す。「とにかく、ここカナリア国でも、私たちは危ない目に遭う可能性もあるってこと。だから協力者の存在は必須」

「でも、アイもタマも、この国の冒険者だったんちゃうん? よう知っとるやろうし、仲間もおるんちゃうか?」

「色々とやらかしているからね……」

 タマは肩をすくめるけれど、ヴィエンケの街で、ボクとアイは街をほとんど壊滅させてしまった。ヴィエン家が人族を捕らえてアリの猩族と交尾させ、労働力を得ようとしていた。ボクがそれに択ばれてしまったことでアイがぶち切れ、その街の有力貴族の屋敷を丸ごと崩壊させたのだ。元々、不正に鉱物を採掘するための労働力として、人族をつかったことが原因だけれど、街の人はそんなことも知らないし、ボクたちは有力貴族に反発して大暴れし、街を崩壊させた、ただの極悪人だ。

 それに、スカンク国との境であるヘジャでは、魔獣の群れの襲撃に際し、冒険者を捨て駒にした街に反発し、旅費にと誰もいなくなった宿から、たんまりと貯めていたお金をふんだくったりもしたものだ。あれはスカンク国側のできごとだけれど、あまりよい評判もない、というところである。

「ふわ~……。暖かいですねぇ」

 やっとボクの背中でロマが起きた。でも、人肌が温かいらしく、ボクの背中から下りる気配もなく、逆にすりすりしてくる。

 それと、ボクの右腕にしがみつくのはふたたび冒険に加わったチャムだ。ボクが彼女の心にもぐりこんでしまったことで、ボクのことを恋焦がれる、という厄介な展開にもなっていた。カナリア国に入ったので、ボクの首輪はとれているけれど、アイもボクの傍らにいて、ぷりぷりと怒っている。ボクが女の猩族に囲まれる形になっているので、嫉妬しているのだ。ボクとしてはどうしようもないけれど、前にもあったことであり、アイのパフォーマンスが落ちるといわれているので、この状況は何とかしなければならない。モテモテなのに困るのはラノベ主人公の定番でもあるけれど、この状況が果たしてモテモテ……と言えるのかどうか。はなはだ疑問ではある。


 タマがコンタクトをとると、すぐにサボリマ辺境伯と面会できることになった。サボリマ家の現当主は、トンマーゾ。豪奢な屋敷に案内されると、かなり高齢の、ネコの猩族である男性がすわったまま迎えてくれた。

「久しぶりだニャン、タマよ」

 語尾に〝ニャン〟……。以前、ネコの猩族であるタマが「ネコの猩族だけが、語尾につけているのが馬鹿馬鹿しくて、つけなくなる」と言っていたけれど、高齢の男性である彼がそうするのは、些か……どころか、かなり滑稽にみえる。しかし人化動物であり、人に近いとはされるけれど、口の横にピンと立った髭が伸び、目から鼻すじにかけてすっと伸びるなど、かなり先祖返りをしているようにも見えた。この世界の貴族は、血の濃さも必須とされるので、そうして同族で結婚をくり返すと、どうしても動物の部分が濃くなるのかもしれない。

「お久しぶり、トンマーゾ。死んでいなくて何よりだわ」

「相変わらず、口が悪いニャン。いつ以来かニャン……?」

「あんたが喉に骨をひっかけた……とか、大騒ぎして以来よ」

「ハハハ……。魚は好きニャンだが、小骨が厄介だからニャン」

 トンマーゾはかなり高齢のようで、立ち上がることさえできないようだ。すわっているのも車椅子で、上半身から体のほとんどをマントのようなもので隠す。傍らにはお世話をするための、猫耳のメイドが付き添う。

「お主は厄介ごとしかもちこまんからニャン。何の用ニャン?」

「私たち、世直ししたいと思っているの。手を貸して」

「ハハハ……。ここに来たころも、そんな青臭いことを言っていたニャン。焼け木杭に火がついたニャン?」

「これだから、昔の知り合いには会いたくないのよ。焼け木杭じゃない。新しい燃えサシに火がついているの。私たちのこと、話しぐらいは聞いているんでしょ。今さら説明する必要ないわよね?」

「悪評は耳にしているニャン。かなり世界をひっかき回してきたニャ~。お蔭で、こっちも忙しくなってきたニャン」

「アンタだって、この世界の既存の価値観、ひっくり返したいんでしょ?」

「ひっくり返してもらったら困るニャン。ワシも貴族社会の一員。この世界のシステムで利を得ている身ニャン」

「アホ毛モン騒動の後、スカンク国から離れてカナリア国にくっついたのだって、いずれ独立を考えてのことでしょう? サボリマ家が国をもって、大陸でのし上がっていく……。そのために貴族社会も変えていく……ちがうかしら?」

「タマは相変わらず、熱血ニャン。世の中、そう簡単にいくもんじゃニャい……。そう悟ったと思っていたが……」

「大人になれって、昔から言っていたわね。でも、大人になったのよ、これでも。そうして大人になって、改めて気づいたのよ。このままじゃいけないってね。この世界を、裏で牛耳っている奴らがいる。誰もがそれに縛られ、不幸になっていく。そんな世界じゃ、やっぱりダメなのよ」

「青臭いニャ……。この世界の裏側について、色々と知ったニャン? ならば、巻かれるのが得策ニャン」

「私たちはまだ若いのよ。特権でしょ。社会の風潮に逆らうのって」

「タマが若いニャ……? 閉塞感に突き動かされて、社会を変えたくなるのは、まぁ若い者にしかできニャいが……」

「教会に莫大なお金を積んで、国家としてみとめさせる……なんて回りくどいことをしていたら、その前に死んじゃうわよ、トンマーゾ」

「直言居士も、若者の特権ニャ……。直接支援はできんニャ。ま、昔からの誼ということもあるから、資金、物資の援助はするニャン」

「保険ってことね。あり難く受け入れるわ。ま、期待はしておいて。結果については保証しないけど、引っ掻きまわしてくるから」

「気を付けるニャン。教会の真の恐ろしさは、我々も知らんニャン」

「肝に銘じておくわ。二度と会うことはないかもね、クソ爺」

「ワシより先にくたばれニャン、バカ娘」

 けなしているようでいて、お互いによく知っている、親密だからこそできる会話だった。


「トンマーゾと知り合いだったの?」

 屋敷をでてから、ボクが尋ねてみた。

「腐れ縁よ。私はこの辺りに転生してきた。駆けだしの冒険者だったころから、彼の依頼を受けていたからね。衝突もしたし、お酒も酌み交わしたりしたわよ。私が冒険者として独り立ちしてからは、会うことも少なくなったけれどね」

 タマの政治力は、もしかしたらトンマーゾから引き継いでいるのかもしれない。タマがカナリア国、スカンク国、カペリン国を主に活動の場としていたのも、ここにまた戻ってくるのが前提だったのか……。彼女にとって悪い記憶でないことは、よく伝わってきた。

「親びんの親びんなら、アッシにも親びんッスね」

「親びんって呼ぶな!」

 タマはシャビーにそう怒ってみせるけれど、サボリマ家の後ろ盾をうけられたことはとても大きい。これまで、神聖ロバ帝国のピューマ同盟とは連携できたけれど、それ以外は孤立無援の状態だったからだ。有力な貴族であるサボリマ家と協力できれば、情報という点でもメリットがあるはずだった。

 ここから海沿いに行くと、またスカンク国に入るそうだ。この辺り、国境線の引き方がボクの知る世界のそれと異なるけれど、中世においてはほとんどこの国は分裂しており、むしろスカンク国はロバの街の辺りまで領土としていたのだ。ただ、アホ毛モン戦争の後、スカンク国が領土を後退させたのはこの世界でも同じ。それでもまだこの半島まで食い込むなど、微妙な違いもあった。

 本当はここから南下して海に出て、さらに港から船をつかって南下するのが速い。ただし、タマは「フォー川を西に向かって、アゴヒゲ海にでる。海路、ぐるりと巡って、ロバの街をめざす」と、意外な提案をしてきた。

「結構、かかると思うけど……」これはアイが指摘する。この辺りを地盤としていたのはアイとタマだけなので、二人だけがよく知っていた。

「南は、それほど高くないけれどまた山があるし、街道も一本だから待ち伏せされやすい。川を下るのも一本だけど、船を特定されなければ攻撃をうけることもないからね。ロマは切り札になるから、眠ってもらっても困るし……」

 山歩きをすると、またロマが眠ってしまう、と考えているようだ。

「暖かいところに連れてきてもらってぇ、私ぃ、がんばりますよぉ~」とロマは呑気に張り切っている。神聖ロバ帝国では三大冒険者(トリプレット)に数えられただけに、その能力は恐らくどこでも通用するだろう。タマも戦力として期待するからこそ、彼女が来たかったのに、諦めていた南の国まで連れてきたのだ。

 タマの主張するフォー川を下る案に決定した。アイも、特に異論があるわけではない。この半島はサポニン山脈が中央をつらぬき、それを迂回するか、越すか、という選択は常に迫られるからそうしたまでだ。

 船旅はやはり楽であり、魔獣に遭遇することもなく、穏やかにすすむことができる。ただし穏やかでない事態が、ボクの周りにはあった。

 ボクのヒザは、左にチャム、右にアイが占領しており、起きているはずのロマはボクの背中に乗っかってきて、そこで眠っている。

「うちも雑じろうか?」

 リーンがからかってそういってくるけれど「勘弁して」というしかない。チャムの愛人宣言以来、アイも意識してずっとボクの傍にいるようになり、ボクに体をくっつけていることが多くなった。昔から、ボクの右のお尻から太ももにかけてが、アイの定番の居場所だった。和室ですわっているとき、ソファにいるとき、ボクは右側を空けるようにしていた。家族が家にいないときは、比較的離れたところにいるのに、誰かが家にいると、大体ボクの右側を定位置としてボクにくっついてきたからだ。多分、そこが一番落ち着ける場所。他に誰かがいると、それだけで緊張し、ストレスになるので、ボクとくっつくことで少しでも落ち着こうとしているように見えた。

 今も恐らく不安なのだ。ボクがチャムに靡いて、自分から離れていってしまうことに……。アイは幼いころから周りと引き離され、ペットショップのケージに入れられた。そのせいか、一人になることに極度の不安を覚えるようで、しかも誰と一緒でもいい、というのではない。自分のことを分かってくれて、しっかりと向き合ってくれたボクと一緒がいい。ボクだけがいればいい、というタイプだ。

 多分、今だったら超有名な魔法剣士であり、ちやほやする者もいるだろう。しかし、そうした相手にアイは興味を抱くこともない。彼女はあくまでボクとの世界で完結する、それを望むのがアイだった。


 フォー川は農業用に用いられることも多く、下流にいくほど辺りに田畑が広がる。魔獣にみつからないよう囲われているので、どこまでも農地ということはないけれど、堤防の中を農地にしているような、そんな形でもあった。

 船を乗り換えるときぐらいしか、船を下りる必要もないのだけれど、ある意味では予想外のことが起きていた。

 神聖ロバ帝国でボクたちは評判になった。そのため、有名人となったアイを一目見ようと、街の中を船に乗って下るときも、見物者が後を絶たないのだ。

「ほら、アイも手をふってあげなさい」

 タマに促されて、アイも手をふる。観客は喝さいを上げて見送ってくれる。

「この辺りは、皇教に対してもあまりよい感情を抱いていない者が多いみたいでね。どちらかといえば搾取される側だし、それも当然よね。信仰心なんて、所詮は飯のタネさえ提供してくれないなら、いずれ冷めるものよ。でも、社会システムに組みこまれている以上、所属しないわけにいかない。従わないといけない。だから鬱屈した感情もあって、キリギリス教に一発かましに行く私たちのことも、注目が集まるんでしょ。それに、この辺りはサボリマ辺境伯の影響も強いしね」

 キリギリス教は国家統治に対して、諸侯にお墨付きを与えるのが仕事、という形であり、庶民への恩恵が少ない面もあるようだ。

「特に農業地帯やと、搾取も激しいやろな……」

「何でッスか?」

「カネは諸侯からふんだくれるやろうけど、食糧はそうもいかんからな。安定供給を目論むんやったら、この辺りからむしり取るのがてっとり早い」

「みなさん、大変なんですねぇ」

「私たち、期待されちゃっている、だよ~」

 みんなも自分たちの置かれた立場、責任の大きさに気づき始めたようだ。

 川下りには、川下り用の船があるので、海に出る手前の三角州で、船を乗り換えようとしたとき、意外な遭遇があった。

「アイさ~ん! オニさ~ん!」

 波止場から手をふってくるのは「ルツ⁈」そう、ブサイクハンブンの港で、海路によってカナリア国に向かうため別れた、人族のルツと、イタチの猩族であるテトがそこで待っていたのだ。

「アホ毛モン……じゃなかった、ジャンノは?」

「こっちに向かっているって噂を聞いて、ここまで送ってくれたんだけど、昨日いなくなっちゃった。やることがあるって」

「テトはどう? 鍛えられた?」

「自分の能力について、色々と教えられた。でも、もう勘弁……」

 ルツは知識欲も高く、判断力も抜群。テトは人の心を操れる能力の持ち主……。まだ子供だけれど、二人とも間違いなく戦力になってくれる。ボクたちはキリギリス教の総本山に乗りこむ前に、体制はととのっていた。でもたった一つ不安があるとすれば、それはアイの心に潜んでいるのかもしれなかった。

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