第48話 牙狼聯隊

   牙狼聯隊


 ボクたちはアルパカ山脈を下っていた。下りは楽だろう、と思われがちだけれど、山登りをしたことのある人なら、下りの辛さが分かるはずだ。上りは筋肉をつかうので、酸素を多くとりこむこともあって、心肺機能に負担がかかる。一方で下りは筋肉でブレーキをかけつつすすむため、少しずつ筋肉が壊れていく。その結果、急に力が入らなくなったり、痛みがでたりするのもこのころだ。

 モモのおかげで、上りは馬車に乗せてもらった分、まだ余裕もあるけれど、ナマケモノの猩族であるロマを背負っての山下りは、中々に大変でもあった。

 しかも首輪をつけられ、アイにリードをもたれている。これはボクがペットという設定なので仕方ない。この世界では、人族はあくまで人化動物である猩族のペット、もしくは奴隷などの労働力として期待されているに過ぎない。

 まさにロマを背負って山越えするのは、馬や牛のように働く動物的な位置づけを痛感させられるものだ。

「オニさん、大丈夫ですか? 重くないですか?」

 アイは心配して、そう声をかけてくれる。だからといって、交替することができないのは分かっており、ボクも額の汗をぬぐいつつ「大丈夫だよ」と答えるしかない。このパーティーで戦闘となったら、主力はアイ、そしてタマなのだ。彼女らが臨機に対応ができるようにしておくことが必須で、サポート的立場のボクなら、不意の行動ができずとも影響が少なくて済む、ということだ。

 それを実感させられる事態が、すぐに起きた。少し広い野原のような場所にくると、魔獣にとり囲まれたのだ。この辺りはまだ標高も高くて、野生動物も少ないはずで、魔獣化したとしても、数は少ないはずなのに……。しかも、相手は大型のオオカミが魔獣化したもので、それが百体以上はいる。黒くて艶やかだった毛並みは、魔獣化すると肉体の崩壊に伴って、ぼさぼさで張りもなくなり、みすぼらしくもなる。ただ見開いた目は明らかに敵意を浮かべ、牙を剥きだしてこちらに迫ってくる。

 ただ、このパーティーは実力者揃いであり、恐るるに足りず……と思っていたら、魔獣の後ろから三人の猩族が現れ、状況が一変した。

 耳がピンと立ち、髪からのびる黒い毛並みが背中まで覆う。上半身は服を着ておらず、そこに甲冑のようなものを当てるのも、肉体のアピールゆえか……。ただそれ以上に、魔獣にとり囲まれても平然とし、むしろ魔獣たちを使役するような、指揮命令権をもつようなふるまいをするのが、奇妙に映る。

 どうやら三人は兄弟……、もしくは血族ということは間違いなさそうで、周りに屯する魔獣たちも、近い関係にあることを思わせた。魔獣はすでに脳細胞が停止し、本能のみによって、猩族や人族を襲う。それをせず、彼らに従っているとするのなら、本能に刻みつけられた主従関係がある――。つまりそれは、彼らがオオカミだったころの群れ、猩族を含めた一個の部隊だった、ということだ。

「シリウス、プロキオン、ペテルギウス! 我ら漆黒の牙狼聯隊! キサマらをここで殺すために待っていた!」

 冬の大三角形か……。しかしその名称からも、三人が前の世界でも同じところで飼われていて、ここに転生してきた後も一緒にいる、と想定できた。そして、自分たちと同じ仲間のオオカミを集めて飼っていた? しかし魔獣化すると数週間しか肉体が保てないので、彼らの周りにいる魔獣は、ここ数日でそうなったものだろう。つまりボクらがくることを予想し、彼らが魔獣にした……そうとしか思えなかった。

 どういった事情、理由があるかは分からないけれど、彼らはここでボクたちを決死の覚悟で殺しに来た、という決意だけはひしひしと伝わってきた。


 タマとリーンは、ペテルギウス率いる魔獣軍団と対峙する。ペテルギウスのつかうスキルは厄介だ。一瞬、まばゆいばかりの光を放つ「フラッシュ」というスキルであり、一、二秒の間は視界がふさがれる。リーンは重装兵であり、鎧も強固、多少の攻撃なら耐えられるし、大刀をふり回せば魔獣の接近も妨げられる。しかし魔法使いであるタマを守り、タマの魔法で攻撃しないと活路も開けない。タマも、接近してくる魔獣を攻撃するため、細かい魔法で対応せざるを得ず、ペテルギウスまで攻撃が回らない。しかも、魔獣もペテルギウスの統制により、魔法を回避してくる。本能によって動くだけで、直線的に攻撃してくる魔獣より、よほど厄介な相手でもあった。

 ボクとシャビーは、プロキオン率いる魔獣たちと戦う。 ボクはロマを背負ったままだし、シャビーは足技が基本で、足首から地面に向けて伸びる刃で戦うのが基本だ。四つ足の魔獣に対しては、しゃがむような形でしか攻撃できず、明らかに不利。しかも魔獣の速度についていくのがやっとで、魔獣の相手だけで手いっぱいという感じだ。

 ボクは背中にいる、すやすやと眠るロマを背負っているだけでも大変なのに、魔獣とプロキオンを相手にしないといけない。

 左の上腕にとりつけられた盾と、槍という二つの武器もあるので、何とかしのげている。しかも、剣士であるシリウス、ペテルギウスに比べ、プロキオンの体術はそれほど優れている感じもない。むしろ魔獣が中心で襲ってくるため、ボクでも対応できる。プロキオンはチラッ、チラッとシリウスの方を気にしているので、やはり最強でもあるアイとの戦いが気になっているのかもしれない。

 そのアイとシリウスの戦いは、まさに死闘だった。恐らく、シリウスのスキルは分身。自分の分身をつくりだして、それで攻撃をしかけるというものだ。しかも、それはただの偶像ではなく、攻撃をされればダメージを負う。一方で、アイが攻撃をしかけるとあたかもそれが残像であったかの如く、ふわりと消えてしまう。

 アイは優秀な魔法剣士であるけれど、魔法だって無限につかえない。その一方、スキルは能力そのものの効果は小さいものの、魔力などをつかうこともないので無限だ。その差もあって中々攻撃をしかけにくい。しかも、魔獣を自在にあやつってくるので、まるで何十人もの相手と対しているようなものだ。

 どうやら、相手はボクたちの戦い方を熟知し、そして作戦を練ってきたようでもある。分散させられて戦っていることもそうだ。ボクらは徐々に削られ、疲弊していく中で、必死の戦いを強いられていた。


「大地の果て……、そこに見るは壁……、誰も過ぎ越せぬもの、未踏の壁(エンド。オブ・ウォール)!」

 タマが隙をみて、その魔法をつかうと、彼女の周りに光の壁ができた。ボクたちが飛び込んでも何も問題ないけれど、魔獣や、シリウスたちはその光の壁を越すことができない。これは魔法であってもはね返す壁であり、一息つくことができた。

「ペテルギウス、いう奴はホンマ厄介や。あの光で一瞬、目がくらくらさせられる。その間に魔獣ががりがり削ってくる。もうイライラが募るわ!」

 憤懣やる方ない、とばかりにリーンも地団駄を踏んで悔しがる。

「プロキオンの方は、恐らく魔法使いだと思われるけれど、ボクとシャビーでは、その魔法使いに近づくことさえできない。魔獣の相手で手いっぱいだ」

「シリウスのあの分身は、見たこともないし、意味不明……」

 アイも戸惑っているけれど、巨大な魔法で一掃したくとも、うまく散らばられて、攻撃を一点に集中できない形だ。

「こんなときに眠っていられるロマが、羨ましいッス……」

 シャビーはそういうけれど、ロマの場合は寒くて体が動かせない、といったところであり、彼女の能力があれば戦えそうではあっても、こればかりは難しい。

「ないモノねだりをしたって仕方ない。とにかく、各個撃破は通用しない。一斉に魔獣の数をけずって、こちらが有利にならないと、このままじり貧よ。この結界を解くと同時に、アイは魔獣たちを蹴散らして。その間に、私がこの辺り一帯に大きな魔法を展開する。リーンとシャビー、それにアンタたちは私を守りなさい。まずは魔獣の群れを掃討する。それから三人を倒すわよ」

 タマの指示に、全員がうなずく。

 光の壁が消えると同時に、アイが「レイジング・ストーム!」と叫ぶと、彼女の周りから風が舞い上がって、それが魔獣たちを吹き飛ばす。ボクらの周りに屯していた魔獣が、一斉に遠ざかった。タマが詠唱を開始すると、ボクたちはその周りをとり囲んで、魔獣が近づけないようにする。アイだけは三人の猩族をけん制するため、敵の中にとびこんでいく。

 ただ、ボクとリーンは魔石による守りのついた防具を身につけており、ある程度の攻撃には耐えられる。元々、サポート的な戦いをするような装備なのだ。しかし、シャビーは前にでて攻撃を仕掛けるタイプであり、防衛には適していない。

 アイの牽制をかいくぐって接近してきたペテルギウスも、それに気づいてシャビーへ攻撃を集中してくる。シャビーに「フラッシュ!」を仕掛け、視界を奪うと、一体の魔獣がトドメをさそうと、シャビーにとびかかった。

「危ない、だよッ!」

 そのとき、まるで風のように一瞬にして、何者かが脇から飛びだしてきて、ペテルギウスさえ追い越すと、もっていた短剣を魔獣に突き刺して、シャビーを守った。

「……咆哮の果て、すべてを燃やし尽くせ、煉獄の大火(パーガトリアル・コンフラグレーション)!」

 その間に、タマが詠唱を終えると、炎がまるで渦を巻くようにして、ボクらの周りを包んでいく。すでに肉体が腐りつつある魔獣に対して、炎による攻撃は覿面だ。しかも辺りを焼き尽くさんばかりの激しい攻撃であり、飛び上がることもできない魔獣に対して、地を這うような炎がその半数以上を焼き尽くしてしまった。

 高く飛び上がってその炎を回避したアイは、その隙を見逃さない。同じように飛び上がってその炎を回避していたペテルギウスであるけれど、圧倒的にアイの跳躍が上回っており、頭上からその剣を一閃してみせた。峰打ちだったにも関わらず、一瞬にして相手を気絶させてしまうほどの威力だ。

 アイはすぐに残りのシリウス、プロキオンに向かう。何かを唱えているプロキオンをみて、先ほどから感じていた不自然さもあり、ボクもアイに向かって「二人同時に、何らかのスキルをつかって、分身しているようにみせかけているんだ! どちらか一人でも倒せれば、その敵は倒せる!」と叫んだ。

 シリウスはもう隠す必要がない、とばかりに「影分身!」を唱えると、複数のシリウスが現れた。そしてそれを、プロキオンが転移魔法をつかって、残像の影に本体を隠すことで、攻撃を退けていたのだ。

 しかし魔獣を減らしたことで、タマの護衛をする任はボクとリーンだけでも済む。その間、シャビーがプロキオンに向かって攻撃をしかける余裕ができたのだ。元々、前衛で戦うことが得意なシャビーであり、かつ蹴りを主体とする変則的な戦い方。相手は魔法使いで、元々剣術などは劣ることもあって、徐々に押し始める。そもそも、シリウスをサポートする魔法さえ邪魔できればいいので、シャビーもひたすら攻撃をしかければいい。

 プロキオンの転移魔法が遅れることで、アイの攻撃が当たり始める。シリウスも、分身に隠れて攻撃することに限界を感じたのだろう。堪らず自分で攻撃をしかけてくるけれど、いくら体格が大きく、力が強くても、剣技でアイに敵う者はいない。軽く相手をいなすと、その腹に峰打ちの剣を当てた。

 そうなると、残りのプロキオンも簡単に退治でき、また残った魔獣も掃討し、三人を拘束すると、ホッと一息つくことができたのだった。

 そして……。「チャム⁉」

 魔獣すら超えるとんでもない速度でとびだし、シャビーを救ったのは、ウサギの猩族であるチャムだった。


 チャムはもじもじしている。あるぴょんの国から、神聖ロバ帝国を調査する目的でついてきた諜報員――。神聖ロバ帝国の首都、ペクチンでボクらが絶望的な状況に陥ったとき、アイを殺そうとした。元々、そういう使命をあるぴょんの侯爵、モデレイトから与えられていたからだけれど、それでボクたちに捕まり、後に釈放された身だ。

 彼女は走力特化型の冒険者、戦闘力そのものは大したことなく、とにかく脚力だけが彼女の特徴――。否、もう一つはその豊満なボディーを惜しげもなく曝すよう、薄い布で、下着のような服を着るのも特徴だった。

 さすがに寒い峠超えをするためなのか、下着のようなものの上に一枚羽織っているけれど、それはシースルーのようにスケスケで、それでどこまで寒さを防げるのかもナゾだ。ただ、直接肌を露出するのではなく、そうしたチラリズムの方が、エロ要素高めになると感じるのはボクだけだろうか……。

「何しているの、アンタ?」

「あ、あの……、その…………えとね。また仲間に入れて欲しい、だよッ!」

「アンタはモデレイトの下で、諜報員をしているんでしょ?」

「も、もう諜報員は辞めたんだよ。絶対、二度と、あんなことはしないから、赦して欲しいんだよ!」

「それを信じられると思う?」

「私、みんなといるとき、すごく楽しかったんだよ……。でも、モデレイト様から『あるぴょんのために、いざとなったらアイを殺せ』って命じられていて、つい……。でも本当に、もうあんなことはしない。絶対、絶対しないから、もう一度、仲間に入れて欲しい、だよ~……。え~ん」

 チャムは泣きだしてしまう。タマもそんな相手をこれ以上責めることもできず「アイが赦すなら、いいんじゃない」と、匙を投げてしまう。タマはすぐに、拘束した三人に向かう。

「アンタたち、何者? 何で私たちを狙ったの?」

「ふふふ……。キサマたちはもう終わりだよ。我ら一族、すでに覚悟の上。オマエたちはあの人たちに逆らった。先に地獄で待っているぞ」

 そういうと、三人とも口をもごもご動かすと、すぐに血を吐いて倒れてしまった。もしかしたら、口の中に毒の入ったカプセルでも仕込んでいたのだろう。仲間として、一緒に暮らしていたオオカミたちを、魔獣にしてまで襲い掛かってきたのだ。もう自分たちも死ぬ覚悟だったということか……。

 魔獣にすることができる者……。もしかしたら、それは魔王なのか? ボクらがキリギリス教の総本山に近づいていることもあるのか? ペロンの街で現れたハーロウといい、ちょっかいをかけてくるのが多くなってきたのも、そうしたことを実感させた。

「アイはどうする?」

 ボクがチャムの処遇について尋ねると「私はどっちでもいいです」と応じる。殺されかけたといっても、実質的な被害はなかったわけだし、他者にあまり興味をもたないアイだけに、群れという意識が希薄なのだ。多分、それはボクと一緒にいればそれで十分、ということでもあって、チャムを赦すこととなった。

 ただ、チャムがもじもじしながら「あのときから、ずっとオニさんのことが脳裏に焼き付いてしまって……」

「あのとき?」

「オニさんが私の中に入ってきて、ぐちゃぐちゃにかき回していったじゃないですかぁ、私のこと。あのとき、だよ」

 言葉が悪いけれど、恐らくそれはテトの能力をつかって、ボクが彼女の心の中に入ったときだ。彼女の心を変えられないかと潜ったものだけれど、ここにきてその効果があった、ということか……。

「あれ以来、オニさんのことが忘れられなくて……。あ、でも、アイさんがいるから、私は愛人でかまわない、だよ❤」

 アイは目を丸くするけれど、いくら他者に興味ないといっても、ボクが関わってくるとまた別だ。年中発情期、ウサギの猩族チャムだけに、その燃え上がらせた火種は、熱いことになりそうだった。

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