第47話 峠超え
峠超え
「ふわ~……」
隣でモモが大あくびをしている。ペロンの街で、ロマの能力が暴走させられたことで、みんなは睡眠時間を削られた形だ。
今日はボクもロマを背負うことはせず、幌馬車の中で、全員が寄り添うようにして眠っている。ボクは護衛の任務もあるので、馬車をあやつるモモの隣にすわって、魔獣が近づいてきたらすぐに対応できるようにしている。この中では、ボクだけががっつり眠ったことになっているので、要するにボクが当番にさせられた形だ。
ただモモと二人きりになっていたことで、考えていたことを伝えることにした。
「この国では、魔獣がいるから宅配業を営むのが難しい……と言っていたよね。なら、例えば元冒険者や、そろそろ危険な冒険をやめて簡単な仕事をしたい、という冒険者を雇えばいい。恐らくそういう冒険者も多いだろう。事業を拡げたことで人手も欲しいところだろ。これまではサラ家の一族で賄えていたかもしれないが、ここではそうして元冒険者を雇うことで、事業を拡げていくことを考えた方がいい」
「元……冒険者?」
「面接……というやり方を知っているかい? ここでは冒険者の情報は得られやすいから、その実績をみて、魔獣に襲われても大丈夫そうな、優秀な元冒険者による宅配のネットワークをつくるんだ。幸い、ここは魔獣の数も少なく、実力がそこそこの冒険者でも通用しやすいからね。冒険者を引退しようと思っている者、その再就職先として、セカンドキャリアとしてここが受け皿になればいい」
それは神聖ロバ帝国のテッペン州で、テッペン方伯フィルの傍らにいた、フラムをみて思いついたことだ。彼女は、フィルの伴侶になろうという意志の下、冒険者から護衛という任につくことを選択した。その願いが叶うかどうかは分からないけれど、そうやって、若い頃は冒険者をしていても、いずれ家族をもちたい、体力が衰えたときに、新しい仕事をしたい、というときの選択肢も、絶対に必要なことでもあった。そして、それほど魔獣が多くないここで、いざというときの備えとしても、ガテン系の宅配業者を多く雇っておくことが、業態拡大に必要なことだと判断した。
「オニさんのいうこと、試してみます。ふわ~」
モモも眠そうなので、仕方なく馬車の操り方を教えてもらい、ボクが馬車をあやつりながら先にすすむことにする。モモはボクの膝枕で眠る。それはそうで、四畳半ぐらいありそうな幌の中は、すでにアイ、タマ、リーン、シャビーそれにロマの五人が眠っているのだ。お金のない貧乏学生でも、そんなシェアハウスの使い方は嫌だろう。今はみんな、ぐっすりと眠っているので支障もないけれど、起きたらそのぎゅうぎゅうさに、思わずこれは牛車だったのか、と思うにちがいない。
ボクたちはそんなくだらないことを考えつつ、穏やかに、薄曇りの多いウグイス国をゆっくりとすすんでいた。
フライフロッグの街――。そこで食糧を調達し、すぐに出立することにした。先のペロンの街もそうだけれど、この辺りはツェーニンゲン侯により築かれた街、ということだ。フライフロッグはサ~ネ~川の両岸に築かれており、元は武装都市だったようで、聳えるほどの高い城壁に囲まれていた。これは魔獣の少ない、こうした高地にある都市としては珍しい造りで、それはモモが教えてくれる。
「ここはスカンク国、ドイツ国、カナリア国の前身、ロバ帝国と、様々な勢力から影響をうけました。なので、城壁が高いです」
サンベル峠、というアルパカ山脈を超える街道があり、そのためカナリア国を攻めようとする場合の基地となり、カナリア国からすれば、この辺りを押さえておくと防衛がしやすい。逆に相手を攻めるに絶好、そういう位置関係にあるようだ。愈々、ボクたちが目指すサンベル峠を意識できるようになってきた。
フライフロッグにいたとき、目を覚ましてきたのはロマだった。昼間は暖かく、またアイやタマに囲まれていたので、変温動物である彼女にとって、活動できるだけの体温を確保できたものと思われる。
「昨日のこと、憶えている?」
「オニさんが私のことぉ、お風呂に入れていましたよねぇ」
「いや、そこじゃなくて、もう少し前のこと……」
「寝ていたらぁ、何だか生暖かくなってぇ、真っ暗でまた眠っちゃいましたぁ」
「力をつかわれていたって感覚は?」
「あぁ、使われているなぁって感じでしたねぇ」
軽い……けれど、多くの街にいた者の時間を奪って、ボクをプランク時間の長さまで速くしてみせたのだから、かなりの力をつかったはずだ。むしろ、ハーロウは取り込んだ相手の力を増幅する効果ももっているのか? そうなると、かなり厄介なことになる。彼にとりこまれると、魔法やスキルが強力になるのだから、まず彼に捕まらないよう、警戒しないといけないのかもしれない。
「ロマはこの辺り、来たことある?」
ゆっくりと辺りを見回してから「ツェーニンゲン侯の領地ですねぇ」と、意外なことに知っている様子だ。
「神聖ロバ帝国と、ウグイス国ってぇ、独立戦争を戦っていたんですよぉ。今はもう歴史って感じになっていますけどねぇ。この国の人たちは強いってぇ、神聖ロバ帝国の中でも語り草ですぅ」
侯爵はそれこそ軍の指揮官に当たるので、ツェーニンゲン侯の名も知っている、ということのようだ。国民皆兵制をとっているだけに、魔法やスキルといった能力のない者も鍛錬し、兵士として投入しているのだろう。冒険者がいて、ふだんは魔獣と戦うことすらないそれ以外の国とでは、覚悟という点でも異なるのかもしれない。
ボクたちはすぐにフライフロッグを旅立ち、ロージャンプの街に向かう。馬車といっても休憩をとりつつ、ボクたちはロマンス湖の北岸にあるロージャンプへと辿りついた。そこも同じように野営地として起こったのが始まりで、今ではロマンス湖の水利をつかった産業などで発展しており、中々に大きな街だ。
「本当は、このロマンス湖からロール川をくだっていくのが速いんだけど、スカンク国を通らないといけないし、何よりその辺りって、ミストラルって強烈な北風が吹くところなのよね。急流だし、川下りってほど安全でもない。船旅も一般的ではないのよ」
これはタマが説明してくれる。タマにとってはスカンク国のことなので、やっと知った土地にきたという感じだ。元々、このロマンス湖は半分近くがスカンク国の領土。つまり、もう隣は戦争状態にあるスカンク国――。
ただここに来て、意外なことが判明した。「スカンク国と、カペリン国の戦争が終わった?」というのである。
「三日前、唐突に終わったよ。おかげでこの辺りも警戒が解除されたのさ」
停戦協定がむすばれた、ということなので、またいつ破られるかも分からないけれど、元がカペリン国の犠牲、被害をうけ、スカンク国が失った領地を奪還しようと動いたことが、戦争の始まりだ。スカンク国が利を得ようと策動した結果として失敗し、利よりも理を優先すれば止まることも必然だろう。
「もしかしたら、神聖ロバ帝国の内紛を優先させたのかもしれないわね」
「そうなると、ピューマ同盟に有利ってことかな?」
「そうでしょうね。直接攻めこむようなことはないでしょうけれど、ピューマ同盟に軍事支援を行うつもりでしょうから、勢力的には面白くなってきたって感じかしらね。問題は、これが宗教的な意味でも対立軸を抱えているってことよ。宗教的にみると、スカンク国は皇教派に近い、守旧派とみられていて、ピューマ同盟とは距離がある……。果たして、どこまで肩入れするか……?」
この辺りは複雑で、ハムスタブルグ家との対抗心や、諸侯たちの血縁関係など、様々な対立軸があるので、どちらがどの勢力に加担するか、判断も難しいのだそうだ。ただ、ダックスフントの街で、テッペン方伯フィルは、かなり確信的にスカンク国からの支援を信じていた。きっと何らかの約束もあるのだろう。
「私たちは予定通り、サンベル峠を越えてカナリア国に向かう。ただ難しいのは、峠を越えてもスカンク国がつづくから、そのときは……」
「首輪だね。もう分かっているよ」
「それだけじゃない。きっと、まだ厳戒態勢は解けていないから、人族はより厳しいことになるかもしれないわよ」
先にも記したように、この辺りは古代のロバ帝国、スカンク国など、様々な勢力が入り乱れて領有権を争っている場所だ。スカンク国はアホ毛モン戦争以来、領土を減らしたと言ってもまだ西側の大半を治めており、この大陸の盟主と呼べる存在でもあるカナリア国は半島にあるけれど、その上の部分は今、大半がスカンク国の領土となっており、陸路でもカナリア国にたどりつくのは大変だ。
東で多くの領地をもつ神聖ロバ帝国、西で多くの領地を有するスカンク国は、時に相争うことにもなっている。そのスカンク国で、ボクたちがどういう扱いをうけるのか……。旅道都市ヘジャでのことが、どういう扱いになるのかも、まだ分かっていなかった。
ロージャンプから南下し、さらに標高が高くなってきた。峠といっても、二千メートルを超えるところだ。夏といってもかなり肌寒い。冬だと大量の雪で峠も閉ざされる、ということなので、避暑地としても寒すぎるほどだ。街道があるので、ぽつぽつと旅人目当ての居留地もあるけれど、冬は完全閉鎖するらしい。
峠までくると、モモとはここまでとなった。スカンク国まで彼女を連れていくわけにはいかないし、何よりこれは仕事。彼女にとってはボクたちをこの峠まで連れていく、という仕事であり、そこを逸脱するわけにもいかなかった。
「オニさんに言われたこと、試してみます」
「うん。ここでも君たちのサービスを広げていけば、きっとこの国の猩族にもみとめてもらえるから」
そういって、手をふってモモと別れた。ここからはボクがロマを背負い、山越えとなる。しかもアイに首輪をつけられて……。
「この峠は昔から遭難者も多かったんやて。そんで、大型の犬を飼っといて、捜索させたりもさせていたそうや」
リーンがそういうのが不思議で、ボクも「リーンも犬の猩族だよね。犬をそうやって使っているのって、気にならない?」
「うちらはここで人化動物なんてもんになったけど、彼らはそうなれへんかった。もしかしたら、次の世界ではなれるのかもしれんし、今でもなりたないのかもしれん。特に何も思わへんよ。うちはその前の世界、みたいなもんも知らんし……」
リーンはこの世界で世代を重ねた者なので、ボクたちがいた世界を知らない。つまり自分が犬であった記憶がないので、これは仕方ないのかもしれない。アイをみると「私も、特には気になりません」と応じる。
アイの場合、他の犬について全般興味なさそうだったので、そういうものかもしれない。彼女にとって、ボクと一緒の世界でクローズしていたら、それで十分なのだ。
「うぅ……。しかし寒いッス。ロマを貸して欲しいッス」
「じゃあ、シャビーが背負うかい?」
「それは嫌ッス! あっしの足技が生かせないッス」
「こんな寒くちゃ、魔獣もいないだろ……」
実際、ほとんど魔獣と遭遇することもなく、ボクたちは峠を越えてスカンク国に入り、そこで一泊することになった。そこは一軒だけ、ぽつんと立った一軒家であり、今はスカンク国だけれど、それこそ国境線が変わるたびに所属が変わる、といった場所でもあった。宿泊所というのではなく、ホスピスといった形式であり、救護所、休憩所というに近い。峠を越える旅人のための施設だ。
こうして建物の中に入っていれば、魔獣の脅威からも逃れられるし、寒さもしのげるといったことで建てられている。
当然、そこは宿泊もできるので、このままここで泊ることにした。
「ゆるりとご逗留ください」
上品な女性の猩族が、そういって温かく迎えてくれる。驚いたのは「ワン! ワン!」と、本当に大型の犬がいたことだ。
「冬にはこの子が活躍してくれるんですよ。遭難した者を捜索したり、そこに食事を運んだりします。今は、私の話し相手です」
彼女は恐らくクマの猩族と思われる。体は大きいけれど、穏やかな性質らしく、フライヤと名乗った。
「私はここで、旅人のお世話をしております。ふだんは薬草を採って、薬を売っていて、勿論薬の提供や、治療も行うんですよ」
フライヤはそういって、忙しそうに薬草を煎じている。ボクらは山越え用に食糧は多くもち運んでおり、素泊まりをお願いしたので、食事の準備をする必要もなく、今は暖炉の周りに集まって、みんなで温まっている。フライヤの隣には白と茶の大きな犬が横になっていて、何だか穏やかな時が流れている。
「こんなところに一人でいると、何かと大変では?」
タマがそう尋ねると、フライヤは首を横にふった。
「私はキリギリス教の信徒。ここで旅人を癒す仕事に従事しているのです。大変なことなど何もありません。すべては神の思し召し……」
旅人が苦労することを見かねて、ここにホスピスをつくったのは、教会らしい。確かに、総本山ともされるハリセンボンにある皇教庁がここから先にあるのだ。教会へやってくる旅人のためにも、街道を整備し、峠の安全を守ることが必要になったのだろう。食糧も麓から運んでくれるし、生活には何の支障もないのだそうだ。ただ淋しく、冬の寒さは厳しく、魔獣の脅威もあるので、必ずしも幸福とはいえない。それを信仰心で補っている、ということかもしれない。
素泊まりのボクたちは、二階の大部屋で雑魚寝だ。ボクたちが眠りにつくと、すぐ階下から悲鳴が聞こえてきた。慌ててボクたちが下りると、フライヤが慌てふためいている。そこにはさっきまでいた大人しかった大型の犬が、苦しそうに体をくねらせながら、徐々に肉体が大きくなり、皮が裂け、そこから血が噴きだしている。
「魔獣化よ!」
タマの言葉に、パッとアイが飛びだしてその首根っこを押さえ、フライヤの方をみる。このまま放置していたら、恐らく魔獣となってフライヤたちを襲うだろう。これまで、唯一の話し相手として、一緒に過ごしてきたフライヤに、その覚悟を問うための間だ。
フライヤも、じっと相棒をみつめる。牙を剥いて、目を逆しまにして、今にも襲いかかろうとするかのようだ。彼女もすっと目を逸らして「お願い……します」
アイがトドメをさす。フライヤも悲鳴のような、相棒の雄叫びを耳にして、がっくりとヒザをついた。
「これまでも何度か、こういうことがあったそうです。でも、オッタルになってからはそういうこともなく、これまで一緒にやってきたのに……」
動物であれば、人に飼われていようと、そうでなかろうと、魔獣へと変化することがある。草食動物は比較的なりにくい、とはされているけれど、それとて経験則によって、そういう傾向がある、というだけだ。こうして大型の犬であれば、肉食でもあるので魔獣化しやすい面もあっただろう。
ただ……、気になったのは、魔族がいると動物が魔獣化しやすい、という。もしかしてボクたちが来たことで、魔族がこの辺りにも来ているのか……? ペロンの街にいたとき、ハーロウが現れたこともあって、ボクらは魔族に狙われていることも感じていた。
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