第45話 未知の国

   未知の国


 ラーメン川を遡上してくると、その最終港湾都市に行きつく。

 ガーゼル――。ウグイス国の唯一の貿易港であり、スカンク国と、神聖ロバ帝国と、その二つに囲まれた、産業都市でもある。これより川上は流れが急峻で、大型の船で遡上することができない。また、ラーメン川はここから東に向かってすすみ、ウグイス国からは離れていくことになるので、このガーゼルを船旅の最終地とすることになる。


「お世話になりますぅ」といって、ナマケモノの猩族、愚鈍のロマは服と一体となった抱っこ紐を、ボクに向けて差しだしてくる。覚悟を決めてそれをうけとると、彼女を背負った。背中にしばると、すぐに彼女はぎゅっとボクにしがみついてきて、すやすやと眠り始める。すでに標高も高くなり、昼間以外ではかなり寒くなっているためか、少しでも眠って、体力温存をはかっているのだ。柔らかく、生暖かいものがボクへと押し付けられてくるけれど、そこは咳払いをしてごまかした。

 しかし時間操作の能力使い、としてタマが熱烈にオファーをだしたので。ボクが背負って連れていかなければならない。背負わざるを得なくなった、という事情だった。さすがに、ボクが大変というのでリーンがいつもボクの背負うリュックをもってくれ、徒歩でボクたちは船を下りた。

「この近くまでは来たことがあるけれど、ウグイス国には入ったことがないのよ。私にとっても未知の国ね」

 タマはそう言った。「どうしてウグイス国には来なかったの?」

「ウグイス国は、国民皆兵の体制をとっていて、冒険者を必要としていないのよ。冒険者に払うお金があったら、仕事の手を止めてでも自分たちで戦う、という方針でね。なので、冒険者はウグイス国には来ない」

 ここにも魔獣はいるけれど、山がちだとそれこそ野生動物も少なく、魔獣化しても数が少なくて済むので、それでもやっていけるのだろう。むしろ戦争になったとき、兵士の数や質に不安を残すけれど、この国の猩族はその道をえらんだ、ということだ。

「私も街とか街道とか、さっぱりよ」

「ヌートリア国に行って、そこからアルパカ山脈を超えるのは?」

 これはアイが提案した。タマはスカンク国、カナリア国、カペリン国が主戦場で、アイはカナリア国、スカンク国、ヌートリア国を転戦していた。アイにとって、ヌートリア国なら道案内ができる。

「ヌートリア国は、ハムスタブルグ家の所領だからね。ドリフ王フェルディナンドの影響力が強く、今は近づかない方がいいでしょう。ちなみに、このウグイス国も元はハムスタブルグ家の所領……というか、元々この辺りの出身だとされるけれど、ここではその所領を徐々に小さくしていって、ウグイス国として独立してからは、ほとんどハムスタブルグ家の影響はうけていない。むしろこの辺りよりも発展しそうな国々に進出しているから、ここに関わらなくなったって感じかしら」

 ハムスタブルグ家は、今やこの大陸の大半の所領をもつのだ。家というだけに、たくさんの分家もあり、それこそ一族で支配している、といってもいい。そして、ボクたちはそのハムスタブルグ家と対立する立場にあった。

「なので、私たちはサンベル峠を越えたいと思っている」

「サンベル峠……。うちでも聞いたことがあるわ。そこ、アホ毛モンがカナリア国に攻めこむときに超えた、いう峠のことやろ?」

 リーンの言葉に、思い出したのはルツが見せてくれた、アホ毛モンの挿絵だ。かわいらしいポニーに跨ったアホ毛モン……ジャンノが、勇ましく手をつきだしていた。あれがサンベル峠を越えるアホ毛モン、として有名な絵だ。

「ちなみに、ここにはギルドがないから、冒険者の情報網がつかえない。ここからは独力で、私たちはサンベル峠までたどりつかないといけない」

 タマは気を引き締めるよう、そう宣言してみせた。船便もなく、徒歩で向かうにはあまりに途方もない道のりだけれど、ボクたちはすすむしかない。特に、ボクはロマを背負って踏破するのだった……。


「神聖ロバ帝国をでるのは、初めてっス!」

 シャビーは見るものすべてが珍しいのか、そういって辺りを見回している。まぁ、彼女の場合はそうやって観光したところで、どうせすぐ忘れてしまうだろうけれど……。

「しかしガーゼルは文化、芸術にも力を入れているんやな。ハンバーグにいたころを思い出すわ。博物館や美術館だらけや」

「私たち、観光しに来ているわけじゃないからね。とにかく、サンベル峠に向かう手段をみつけないと……」

 タマはそういって聞きこみをするけれど、全員が歩いていくしかない、という。この世界ではアホ毛モンが鉄道をつくって、運営していたりもするけれど、通常はまだまだ鉄道網を敷くレベルの文化水準には達していない。街道というものも、魔獣がいて中々整備されにくく、そこを往来する者も少ないのが現状だ。特に、冒険者なら魔獣への対処もできるし、街を移動して仕事を請け負ったりするので、街道もよく利用するのだけれど、冒険者のいないここではそれも期待しにくい。

 小さな水路が小刻みにつづくので、そこを小型の船をつかって行けばいい、という話もあった。この辺りは山岳地帯に入りつつあり、平地にあったような船をつかった輸送路は確立できていない。所々にある急流、滝を避ける意味もあって、船で一足飛びに街の間を移動することができないのだそうだ。

 しかも冒険者への憧憬であったり、感謝であったりといった意識もなく、協力も中々得られそうにない。そもそも冒険者自体、何でいるの? という目でみられがちだ。基本的に寛容な国で、冒険者なども受け入れてはもらえるけれど、仕事がないのだから、長居できるような場所でもない。冒険者にとっては通過点にしかならないのだ。

「徒歩と、小刻みに船などを利用するしかないか……」

 タマも諦めモードでそうつぶやく。

 ボクたちはいきなりつまずいた形だけれど、これは誰もこの国のことを知らないので仕方ないことだ。そんな途方に暮れていると……。

「アイさ~ん! オニさ~ん!」

 そう呼びかける声に気づく。そちらをみると、馬車をあやつって、大きく手を振って近づいてくる者がいた。

「モモ⁈」

 ボクが驚いたのも無理はない。そこに現れたのは、サルの猩族の少女、モモだった。カペリン国で、みんなとはぐれて川で生き倒れていたボクを助けてくれ、後にオクトパス国で、山賊であった彼女と再会したとき、ボクは彼女の命を救った。そういう間柄だ。

「どうしたの? こんなところで?」

「オニさんから、仕事のやり方、教わった。ギルドのないところで、人とモノの移動を請け負う仕事……。オクトパス国で大成功して、ギルドのないウグイス国でも……となって、支社をつくった」

 若干、たどたどしい喋り方だけれど、これは純血主義をとっていたサラ家の方針により、人化の度合いが薄まったため、と推測される。

 サラ家はかつて、オクトパス国で独裁政治を行っていた。一族としての数が多く、富裕でもあって、経済的にオクトパス国を乗っ取り、そのまま一族を重用して独裁体制を築いていたのだ。しかしその後、クーデターが起きて失脚、それどころか、資産も没収されて没落した。一族の結束は強く、みんなで山賊として国をまたいで流浪し、生きていたのだ。

 生き倒れていたボクを救ってくれたのは、単なる彼女の優しさだった。その後、山賊としてボクの乗っていた馬車を襲ってきて、アイに返り討ちにされた。ただ、命を奪うことまではせず、アイの圧倒的な力に心酔した彼女たちに、ボクが仕事をお世話した。それまでリーンが行っていた、宅配業を組織化することを教えたのだ。冒険者になろうとしていた、リーンの使っていた馬車をゆずり、それで郵便や、モノを運搬する仕事を請け負えばいい。そうすれば一族を養うことができ、また数の多い彼女たちなら、ネットワークも広く築くことができる。それが当たり、このウグイス国でも支社をつくるほど、発展したらしい。まだ半年も経っていないけれど、見事な発展だ。

「支社までつくれるほど、成功したんだ?」

「オニさんが教えてくれたジャムが、物凄く売れた。お荷物がないときも、ジャムを運んで、違う街で売った」

 ジャムとは、ボクが目を覚ましたとき、食べられるようにとモモが置いていってくれた果実を、酸味が強いから砂糖を加えて煮詰めばおいしくなる、と教えたものだ。元が野生になっている果実で、栄養価が高く、清冽な味を楽しむならジャムがいい、と教えた。原価が安くてぼろ儲けができたのだ。そしてその認知度で、宅配という仕事にも好影響となった。それが短時間で規模を大きくできた要因だろう。

「もしかして、この国でも宅配を?」

「はい。オニさんたちの噂、ここにも聞こえてきました。神聖ロバ帝国から、ここにくるんじゃないかと、待っていました。オニさんのこと、お運びしますよ。どこでも」

「じゃあ、サンベル峠にも……」

「任して下さい。どこへでもお連れします。だって私たち、サラ・ザル宅配便ですから!」

 意外な助っ人が現れてくれたものだ……。もしオクトパス国で、山賊として襲ってきた彼女たちを、ただ懲らしめて追い払っただけだったら、こうなってはいないだろう。彼女たちがきちんと生活ができるようになって、こうしてその仕事で貢献してくれることが、今は嬉しくもあった。


「オクトパス国には、ほとんど魔獣がいなかったので、宅配も楽だったんですけど、ここでは魔獣もいるので……」

「大丈夫。ボクたちは冒険者だから、魔獣がでてきたら、ボクたちが戦うよ」

 モモはホッとした様子だ。きっとここでの事業は、あまり上手くいっていないのだろう。確かにギルドがないので、手紙の輸送や物資もそうだけれど、モノを動かすことが重要となってくるはずだ。しかし魔獣がいるから、どうしても冒険者と同じように、魔獣と戦うことも必要となってくる。馬をあやつる馭者としての能力と、魔獣とたたかう能力と、その二つを必要としなければならないのだ。

 ボクたちは、彼女の用意してくれた馬車に乗りこんだ。幌のついた荷車は、魔獣に人の姿をみせないようにするためであり、この世界の陸の旅では必須の装備ともいえた。中は四畳半ぐらいの広さがある、かなり大きなもので、馬も二頭牽きだ。恐らく、ボクたちのために彼女が準備してくれたのだろう。

 ボクはロマが起きないように、ゆっくりと床にすわって、ホッと息をつく。このままロマを背負って歩くのはかなり大変で、すわっていられるだけでもあり難い。

 タマは警戒するため、馭者の隣にすわっている。幌の中は五人なので、少し広く感じる。

「オニさんは、ロマを下ろさないッスか?」すわってもロマの抱っこ紐を解かないので、シャビーがそう尋ねてくる。

「ぐっすりと眠っているし、寒いと死んじゃうって言っていたから……」

 ナマケモノの猩族で、変温動物の性質を受け継いでいる彼女は、寒いところにくると体温が低下し、死んでしまうらしい。

 ただその言葉に、ぷりぷりと怒っているのが、アイだった。

「私も寒いの、苦手です! 死んじゃいます‼」

 そういうと、こちらがいいとも言っていないのに、アイはボクの足に乗っかってきて、そこにちょこんと座ると、そのまま背中を預けてきた。

 もしかしたら、ロマがずっとボクに背負われていることに、少々どころでない嫉妬を覚えていたのかもしれない。ただ、ボクが連れていくしかなく、仕方ないと諦めていたものが、ここに来て爆発したようだ。

 アイは決して寒がりというわけではなく、むしろ暑がりだと思っている。柴犬は毛が抜け代わって夏毛になるけれど、夏には熱い日中、簾の中でよくぐったりしていた。ここは少し肌寒くて、むしろ過ごしやすいくらいだけれど、温かい方が眠り易いのと、ボクにくっついているとよく眠れたらしく、今もすぐに眠りに落ちてしまった。

「ホント、アイはオニさんにくっつくと、すぐ寝るッスね」

「このギャップが可愛いところやないか……」

 リーンとシャビーはアイよりも年上だけれど、アイの方が実力は上とみとめている。彼女たちにとっても、子供っぽいアイの姿は、むしろ好ましく映るようだ。

「しかし、こない馬車での旅やと思いだすなぁ」

 リーンの言葉に、シャビーも「何をッス?」

「私が出会ったときのことや。アイたちに会ったのも、私が宅配業をしているときやった。山賊に襲われたとき、華麗に退治してみせたアイの姿に、もう一度冒険者にもどろう、思うて頼みこんだことで、うちもこうしてパーティーに入れてもろうた。その山賊をやっとったモモたちが、今やこうして私のしていた宅配業を継いで、この国でも事業をすすめているんや……そう思うと、感慨深いもんもあるわ」

「年寄り臭いッスよ」

「うるさいわ! うちもカペリン国と、オクトパス国しか知らんかったのが、こうして色々な国を旅して、感じるもんもあんねん!」

 リーンの場合、独裁政治を布いていたサラ家を打倒するため、祖父が軍を率いてクーデターを起こした。国を変えることに成功した後、民政を促して自らが退いた、という英雄的な存在でもあった。そんな祖父の姿にあこがれ、自分も世のためになると冒険者をめざして、一度挫折した経緯もあった。

 その自分の祖父が倒した、独裁政治をしていた一族が没落した後で、こうした形で活躍する姿をみるのも、また感慨深いものがあるだろう。彼女がボクたちの旅に協力するのも、祖父への憧憬もふくむはずだった。


「ここがペロンの街です」

 ボクたちが辿りついたのは、この国の首都である街だった。ただ、ここは連邦制を布くように、それぞれの街が独立した形であり、パンサー同盟のような都市共同体が、神聖ロバ帝国やスカンク国など、強い隣国に従わずに対峙するため、国としてまとまりをもつ、という形である。なので、首都といってもこの国で最大の規模でもない。地理的にこの国の中心に近いところにあり、州が集まりやすい地ということで、ここが首都になったのだ。いわば、交通の要衝ということでもある。

「ペロンの街は高い城壁と、時計塔、有名です」

 確かに、城壁の外からでも時計塔がよくみえる。この世界でも時計はあるけれど、まだ大きな置時計のようなものでしかなく、しかも高価だそうだ。

「ここは時計細工が有名で、時計塔は広告塔です」

 なるほど、高額である時計を売るために、あの時計塔があるのは効果的かもしれない。街に入ると、面白い地形であることに気づく。川がU字型に蛇行して流れており、まるでそこが舌のように見えるのだ。元々、そのア~レ~川の近くにある小高い丘を開発して街となったが、そのうち川までふくんだ大きな街へと発展した。上空からみると、恐らく三列に連なった家並みに見えることだろう。

「今晩はここで一泊ね」

 タマは警戒して馭者の隣にすわり、警戒していたので、疲れた様子で馬車を下りる。ボクの背中ではロマがすやすやと眠っており、まったく起きる気配がない。

「冬眠しているんやろうか……?」

 リーンも心配で覗きこむ。ただこの後、ロマをめぐってトラブルが起きることを、このときはまだ知らない。そしてボクたちを追う者がいることも、まだ知らなかった。

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