第43話 愚鈍のロマ

   愚鈍のロマ


「よろしくなぁ~」

 愚鈍のロマ――。髪は黒と白、と少し変わった色味であり、それほど長くはないけれど、何よりほとんど梳られておらず、ぼさぼさというより、寝起きという印象をうける無造作ヘアである。

 腕が長くて、細身のスタイルもモデルのようだけれど、本人がオシャレを意識している風もなく、垂れ目でおっとりした印象は、実際の行動にも現れていた。のんびりとした語り口調もそうだし、動きも非常に緩慢で、まるでおばあちゃんのように、立ち上がる際には「よっこいしょ」と呟き、歩くのもとても遅い。自ら「筋肉がないんですぅ」というように、動くことがすでに億劫なようだ。

 そんなボクとロマの二人は、ウィッスバーテンに来ていた。ここは温泉地として有名で、観光地でもあった。ボクたちがここを宛がわれたのも、ラーメン川の支流であるマロン川がダックスフントの街につながるのだけれど、そのラーメン川の畔にこの街は隣接するから。要するに、逆にすすめば船旅だけでこのウィッスバーテンの街にたどりつくからだ。つまり実力が未知数のロマと、人族でまだ冒険初心者のボクとのコンビなので、移動するだけで魔獣に襲われて全滅したりしないよう、そこは配慮してもらった、ということである。

「ロマはどんな戦い方をするの?」

「私ぃ、戦いませんよぉ」

「え? でも冒険者なんだよね?」

 剣などをもっていないので、魔法使いだと思っていたが、そうでもないらしい。

「私は戦わず、他の人に戦ってもらいますぅ」

「戦ってもらう? 支援魔法ってこと?」

「そうですねぇ……」と言いながら、ナゼか着ている服を解き始めた。「な、何を……」ボクが焦っていると、彼女を覆っていた布は抱っこ紐のようになり、それをボクに示してくると「はい、おんぶぅ❤」と求めてきた。

「え、おんぶするの?」

「私ぃ、相手にふれていた方が、力が使いやすいんですぅ」

 何だかよく分からないけれど、彼女をおんぶして、ボクの背中に抱っこ紐で固定すると、街の外にでる。しかし当然、二人分の重さを抱えるボクにとって、それはハンデであり、どんな支援魔法かは分からないけれど、このままでは危険であることが明らかだった。

 三体の魔獣が近づいてくる。抱っこ紐でしっかりと縛り付けており、その点は動きやすくて両腕も空いているけれど、成人女性であるロマを抱えたまま、この三体の魔獣と戦うのは明らかに自殺行為、死亡フラグが立ったも同然だ。かといって放りだすわけにもいかず、絶体絶命である。

 もうダメだ……。と思ったのも束の間、急に魔獣の動きが止まった……いや、極端に遅くなった。そのゆっくりと動く魔獣に、トドメをさすのは簡単だ。たとえ成人女性を背負っていたとしても、近づいてボクのもつ、小型の槍のような剣で一刺し、だけで終わる。

 あれ……? ボクの動きも速くなっている……? ただ、魔獣が倒れてぴくりとも動かなくなると、ボクの時間も元に戻った。

「私ぃ、時間を操作できるんですぅ。あっちの魔獣さんがつかうはずの時間を、あなたに移したんですよぉ」

 その後で分かったこともふくめ、ロマの能力を考察すると、ある一定のエリアの中で、彼女は時間を自由に付け替えることができるのだそうだ。これをアニメで例えると、1秒間で24分割された絵をつかって、滑らかな動きをつくりだすのがアニメーションだ。日本では大体、3コマで一枚の絵を用いるので、1秒間で8枚のセル画を用いるけれど、その使えるセル画の比率を変える、ということになる。例えば魔獣に4枚、ボクに12枚のセル画をつかって動きをつける。すると、1コマで動ける範囲は限られる、大きく動くような、絵と絵のつながりを無視すると、物理法則から外れることになり、動くことすらままならなくなる。よって相手は4枚で動ける分の範囲でしか動くことができず、その間にできることは少なくなる、一方、ボクの方は滑らかで、その分だけ動ける範囲もできることも増える、というのが彼女の力の仕組みのようだ。

 つまりこれは時間を付け替えているだけで、全体の時間を変えるものではない。周りからみれば、魔獣が極端に遅く、ボクが異様に速く動いた、となるだろう。体感的にみると、ボクにとっては早く動いている実感はなく、ただ魔獣がとても遅くなったという感じで、違和感をもつこともない。

 特殊な魔法? スキル? よく分からないけれど、これが三大冒険者に数えられる、その所以だと思われた。何しろ、魔法防御術(マジック・キャンセル)のような特殊な技でももっていない限り、ロマのエリアに入ったら、ほぼ無敵といえるのだ。ただ、本人の動きは遅くて筋力もないので、速くなっても筋力のなさが致命傷らしく、あくまで他人に戦ってもらう、が彼女の基本スタイルであるらしい。

 ただし、ボクはそれこそ速く動けたとしても、ずっとロマを背負って戦うので、ロマの重さがずっとかかったままだし、筋力が強くなっているわけでもないので、疲労感はマックスである。特に、魔獣は動きが遅くなっているので、その分こちらが近づいていかなければならず、歩く距離も倍。ロマを背負ってのたのたと右往左往しながら、動きの遅い魔獣を倒していくという作業がつづく。

 ただ、魔獣が多ければ多いほど、相手の時間を奪ってボクに付け替えられるので、外からみるとまるで強烈な早回しになったボクが、少しゆっくりとなった魔獣に近づくと苦もなく倒していく、という何だか奇妙な絵面になっているだけに違いない。むしろボクがすごい能力者としか映っていないのかもしれず、その分働いている感も半端なくて、能力者というより体力勝負という感じだ。

「す、すごい魔法だね……。ロマ? あれ、ロマ?」

「すー……、すー……」

 ロマはボクの背中ですやすやと眠っていた。彼女の場合、眠っていても魔法は発動できるようなので、討伐には特に問題ないけれど……否、眠られると余計に重く感じられるので、問題大有りだ。ただ下手に起こすと変なことが起こるかもしれず、今はひたすら止まっている魔獣を殺すことだけに専念することにした。


 一日、二日、三日と、ロマを背負いつづけて戦うので、ボクは日々、疲労困憊の度合いを深めていく。

 しかも毎回その密着した背中にはぐっしょり汗をかくので、滅茶苦茶に気持ち悪い。そんな中でもロマはぐっすりと眠れるのだから、肝が据わっているというか、気にもしていない、というか……。むしろ、彼女は変温動物であるナマケモノの猩族なので、温かいボクとくっついている方が心地よいらしく、よく眠っている。これは体力の消費を抑える意味もあって、彼女にとってふつうの行動だ。

 細身なのに、筋肉のないぷにぷにの体、すぐに眠ってしまうその無防備さ。ロマというのは確かに〝愚鈍〟という飾り名がよく似合う。ただそれと同時に、ぽよんとしたものがボクの背中に押し付けられてくるのは、また何とも……。

 しかも汗でぐっしょりするぐらい互いが密着しているのだから、尚のことその感触がダイレクトだ。この世界で、人化した元動物である猩族には発情期というものがあって、それ以外の時期は異性を意識しない、という。彼女は今、ボクに胸を押しつけていても気にせずぐっすり眠れる、ということだけれど、ボクとしては長引けば長引くほど、感触を楽しめ……否、その重さに疲弊するので、とにかく早くスローモーションとなった魔獣たちを討伐していかないといけない。

 とにかく三日間、ボク一人が疲弊する形で、魔獣討伐を行った結果、この辺りにいる魔獣はあらかた倒し尽くした。まるで苦行を達成した後のように、すがすがしい気持ちになる。ほとんど動かない相手であり、戦っているという実感もなかったけれど、街の外で倒した魔獣の数をみると、自分の努力を実感することができた。

「ご苦労様でしたねぇ」

 ロマがそういって、背中からギュッと抱きついてくる。抱っこ紐でしっかりと固定されているけれど、彼女はずっと寝ている間もボクにしがみついていた。その力は強く、元々眠っていても木から落ちないようにする、ナマケモノの性質を強く受け継いでいることを実感させられた。

 その日の晩、ウィッスバーテンの街に、意外な来訪者があった。アイとタマが、この街にやってきたのだ。二人ともボクらより東の街をより多く巡っているはずで、ここで出会うはずもないのだけれど……。

「二人ともどうしたの?」

「アンタと引き離したら、絶対にアイが奮戦すると思っていた。案の定、とんでもない数の魔獣をなぎ倒してきたわよ」

 三日がかりでウィッスバーテンの街の周辺を倒していたボクたちに比べ、それは圧倒的な数のはずだ。

「オニさんたちが温泉地にいるって聞いて、どうしても一緒に入りたくて……」

 それがアイの活力――。かつて、スカンク国の旅道都市ヘジャで、魔獣の群れに襲われたときも、ボクを守るために二千頭もいる魔獣に立ち向かった。恐らくそれ以来の、大量の魔獣討伐になったことだろう。

 元々、アイの戦い方は後方を顧みず、ひたすら魔獣を倒す殲滅戦を得意とする、攻撃型の魔法をつかう魔法剣士だ。しかしこれだけの数の魔獣を相手にして、怯まず倒していくのはそれだけの能力、圧倒的な力量差を求められる。アイにはそれがあった。そしてそこに〝ボク〟というスパイスが加わると、その力が何倍にもなり、とてつもない力を発揮する。しかも今回はボクと温泉に入りたい、という動機であり、どうやらタマに上手く転がされた、ということのようだ。

「じゃあ、温泉に入ろうか」


 ウィッスバーテンは温泉地で、しかも観光地――。この辺りは水路をつかって行き来することもできるので、魔獣がいて旅がしにくいとされるこの世界でも比較的栄えている、といっていいだろう。

 ボクらが泊っているのは温泉旅館であり、大小の浴場が楽しめるようになっている。ここは観光地であるためか、それとも寛大侯の統治下であるためか、ペットであるボクにも寛容で、猩族が入る温泉に、ペットであるボクも入っていい。むしろその寛大侯から命を受けて、ここに魔獣退治に来ているので、仕事に対する報酬という形での特典かもしれない。あり難く温泉に浸からせてもらう。

 しかも露天風呂――。リバービューの絶好の土地で、川岸から湧きだす温泉が引きこまれていた。洗い場というものはなく、十人ぐらいがいっぺんに入っても、まだ余裕があるほどの広さの湯船がぽつんとある。

 タマとアイは、ボクが恥ずかしがることが分かっているし、特にアイは照れ屋なので、タオルを巻いて湯船に浸かるときだけ外すようにしてくれる。ただ、ロマはぷにぷにの体を隠すこともなく、ボクの前でも平気で、全裸で歩いていく。この世界では発情期があり、それ以外では異性を気にすることもないので、これは自然な行動であって、お風呂は混浴が基本だし、男女が全裸であっても気にしないのがふつうだけれど、さっきまでそのぷにぷにの体がボクの背中にあったこともあり、妙にその柔らかそうな体を意識してしまう。細身なのに、ぷにぷにという奇跡の体も、ほとんど動かない怠惰な性格によって為されたる結果だと思うと、妙に納得してしまう。

 しかしボクが意識していると、アイが不機嫌になることもあって、なるべくみないようにして、四人で湯船につかった。ちなみに、ボクの隣にアイが並ぶのはいつものことで、これはボクに裸を見られると恥ずかしいのと、ボクの近くが安心する、との理由による。アイもスタイルは抜群であるけれど、そこはまだ若干の幼さもあって、〝巨〟をつけて語れるほどのことはなく、その辺りに若干のコンプレックスもあるようだ。

「はぁ~、ごくらく、ごくらく~」思わずこうつぶやいてしまうのは、何でだろう? ボクがそう呻くと、タマは「何を言っているのよ」とつっこんでくるので、どうやら猩族は異なる感想をもつようだ。ここではキリギリス教みたいな宗教はあるけれど、死生観についてはよく分かっていない。

「三日間、ロマを背負って戦っていたんで、もうへとへとだよ」

「背負って戦った?」

 ボクがロマの能力を説明すると、タマも興味をもったようで「すごいわね。どれぐらいの敵を止められるの?」

「数は決まってないですよぉ。範囲と割合だけですぅ」

「敵の動きを封じて、その間に仕留める……アイと組ませたら、さらに最強ね」

 タマが舌なめずりしている。ただ、アイがロマを背負って戦っている図はどうにも想像できない。アイはどちらかというと、身軽に動いて戦うタイプなので、その場合はやっぱりボクが背負って、アイについていく感じだろうか……。その光景を想像するだけで、自分の苦労が忍ばれる……。

「でも、これで魔獣を駆逐しつくしたのかな?」

「元々、この辺りは山がちな地形で、野生動物が少なかった、とされるから、魔獣が増えれば動物も減っていき、この辺りの供給源は、大体絶つことができた……と思うわ。後はこの州にいる冒険者たちでも、何とかなるでしょう。私たちは当初の目的通り、ここからウグイス国に向かう」

「えぇ~、もう行っちゃうんですかぁ。残念ですぅ~」

 ロマはそういって、嫌々をするように体をくねらす。

「アンタも一緒にくる?」

「寒いの苦手ですぅ。アルパカ山は越えられませぇん」

「夏のこの時期でさえ、ウグイス国にも行けないぐらい寒がりだったら、南に行くには船旅しかないかもね。南に行きたい?」

「行きたいですぅ。寒いの嫌ですぅ」

「だったら、あんたが背負ってアルパカ山を越えてあげたら?」

「……え? マジで……」

「大真面目よ。だって、ずっと背負って戦っていたんでしょ? そのまま山越えだってしちゃえばいいじゃない」

 そんな簡単なものではないけれど、きっとタマの中ではロマを戦力に加えたときの、そのソロバン勘定に忙しいはずだ。ボクが背負って連れていけるのなら、カナリア国でも戦力になってくれる、と考えているのだ。

 ロマが「それは申し訳ないですぅ」と言わなければ、あのタマの怪しく輝く目からすると、間違いなくボクが背負っていく方向で話がすすんだはずだ。

「それより、魔獣を倒したけれど、まだフィルに話していないよね。ボクたちがウグイス国に行くことを……。当然、フィルからは引き留められそうだけど……」

「ま、その当たりのことも考えてあるわ。タマにお任せ!」

 自信満々にそういって、タマは湯船の中でバッと立ち上がった。ただ、自信をもつには頼りない、その幼児体型とのギャップ以上に、不安を感じさせるものであった。


 ダックスフントの街――。

 タマはテッペン方伯フィルに向かって、こう切り出した。

「狼と狐の話を知っていますか?」

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