第42話 テッペン州

   テッペン州


 神聖ロバ帝国、テッペン州――。州を名乗っているのは、一つの都市だけではなく、複数の都市をまとめて統治するから。

 元々、この辺りは山がちで、北にはそれほど高くない山脈があり、南には比較的平らな土地が広がり、そこに都市が点在する。平らといっても標高は高く、また盆地のようなもので夏は暑く、冬は寒い。そんな土地柄だ。

 神聖ロバ帝国は、神聖を名乗っていることでも分かる通り、キリギリス教のトップである皇教から王権をさずけられ、一定の範囲に影響力をもつ、という形の国家体制だ。その領域には複数の属州のような形をふくんでおり、テッペン州もその一つである。つまりテッペン州、パンサー同盟など、都市群も神聖ロバ帝国としてまとめられるけれど、それぞれ独立心が強く、そのため内紛などのもめごとも起こりやすい。

 ボクたちはベンザ―川を遡上し、途中で支流へと入って西進、一旦船を下りて川を変え、そこからラーメン川へと入り、そこを遡上してテッペン州へと辿りついた。複雑な航路を辿っているけれど、行く先々でその土地を反皇教派でまとめていく、という目標があるので、むしろ遠回りするぐらいでちょうどいい。実際、冒険者アイのパーティーは歓迎され、各都市で反皇教派の旗幟を掲げさせることに成功しつつ、ここまでやってきた。

 そうやって反皇教派を標榜しつつ、反皇教派を率いるリーターとなったテッペン州に入ったのだから、民衆から大歓声で出迎えられる。船が都市に入ってきただけで、下りる前から紙吹雪が舞うほどだ。

「すごいッスね~」

 シャビーも驚きの声を上げつつ、辺りを見回している。ここ、テッペン州の中でも有数の都市ダックスフントであり、住民が多いのもあって、ボクらは下にも置かないほどの大歓迎をうけたのだ。

 このテッペン州を治めるのは、方伯という侯より上の立場にあり、かつ寛大侯とも呼ばれている。宗教改革という世界的な大変革の時代にあって、多様な考えの者をうけいれてきたのが寛大侯の名の由来だ。その結果、旧来の宗教の形を踏襲する、現皇教派と対立するのは必然であり、そこに重税という問題が重なった。つまりここで起きた内紛とは、複雑で様々な問題を含んでいる。

 ボクたちが船を下りると、マニンゲン侯マルティンに出迎えられた。彼はヒツジの猩族であり、穏やかな性質をもつ。マニンゲンの街は南の端、隣のヌートリア国に近く、まだ戦火が広がっていないこともあって、テッペン州に留まって、色々と今後のことなどを話し合っているらしい。

「来ていただけると思っていました」

 このパーティーの中で、彼とコンタクトがあるのはボクとシャビーだけであり、ボクが応じた。「ありがとうございます、マニンゲン侯。情勢はどうですか?」

「情勢は厳しいといわざるを得ません。我々はジャスミン選帝侯ヨハン殿を味方に引き入れていましたが、その甥であるジャスミン侯モーリッツが皇教派についたことで、ジャスミンの兵が皇教派として動くのが痛い……」

 選帝侯というのは、侯より格上であるけれど、分かり易い例とするなら地元の国会議員と県知事、に近いのかもしれない。選帝侯は国に対して提言したり、国の仕組みに関わったりする立場であり、実質的な地元への影響はない。なので、ジャスミンの都市は県知事の立場で、実際の軍を動かす権利をもった、モーリッツにより皇教派として、まとめられたということであった。

 そしてモーリッツは、まだ若くして軍事に長けた、この国のエリートである。

「こちらがアイ様ですね。テッペン方伯フィル様も、あなたにお会いしたいと常々仰っておりました」

 だから、冒険者アイに期待するところ大、ということだ。アイは軽く会釈しただけだったけれど、これは若干のコミュ障が影響する。彼女が毅然と相手に応対するのは、相手に心をゆるしていないから、自分をみせないようにするためだとボクは考えている。つまり本当はボクにみせるような、ちょっと怠惰で甘えたがり、というのが本質であって、自分を取り繕おうとしているのではなく、若干の緊張がそうさせる。

 最後にのんびりと船を下りてきた、この国の冒険者であるロマが、マルティンの背後にいる冒険者に気づいて「あらぁ、フラムちゃん。久しぶりぃ~」

 そこにはすらりと背が高く、ピンク色の髪をした冒険者らしき女性が立っており、こちらに会釈してくる。冒険者同士なので、こちらも会釈で十分でだ。彼女はそれほど長くないけれど羽のシッポだえる点をみても、どうやらフラミンゴの猩族である。これは後で知ったことだけれど、フラミンゴの猩族は珍しいそうだ。

「私は三大冒険者(トリプレット)の一人、救いのフラムと申します。私はこの街で、フィル様の護衛の任を授かっております」

 救い、というのは少し変わった飾り名だけれど、ここでは名字のようなものであり、自分で考えたのだろう。しかも、三大冒険者というからには、実力も申し分ないはずだ。それが護衛というのは心強いだろうけれど、逆にいえば、それだけ命を狙われやすいことの裏返し、ともとれた。

「実は、ついてそうそう申し訳ありませんが、さっそく頼みたいことがあります」

 フラムはそう切り出した。「魔獣を退治して欲しく……」

「魔獣? このタイミングで?」

「はい。ここは標高も高く、それほど魔獣が多い地ではなかったのですが、ここ連日、大量の魔獣に襲われていて、街の冒険者も疲弊しているのです」

 その要請は冒険者パーティーとしては、むしろ当たり前の仕事であり、さっそく全員が魔獣退治に当たった。

 魔獣は、ふつうに生きている動物に魔の力がとり憑いて、なるものだ。すでに死んでいる状態であるにも関わらず、人族や、猩族を襲う本能だけで動き回る。ただ、長くても数週間が活動限界で、元々動物が少ない土地では、当然のように魔獣の数も少なくなった。しかも、街は高い壁で囲い、その姿を見えないようにしている。脳が破壊され、感覚器官が失われた魔獣は視覚にたよって標的をさだめるため、塀で囲まれた街を素通りするはずなのだ。

 ただし、ボクたちは冒険者、元々そうやって魔獣を倒したり、ダンジョンを探索したりするのがお仕事だ。

 ボクたちはすぐに街の外に向かった。


 その日の夜、ボクたちはテッペン方伯フィルの屋敷に来ていた。そこはお城であり、ここが古くから発展した都市であることを示す。

 フィルは美しい白鳥の猩族だ。布を巻いたようなキャップのようなもので髪をかくすのがもったいないぐらい、その白くて艶のある、またきっとだらりと垂らすと長い髪が美しい。容姿にも優れており、誰もが見惚れて、しばらく時間を忘れてしまい、その容姿を目に焼き付けておきたいと思うほどだ。

 アイはボクが見惚れていた、といったことで嫉妬したこともあったけれど、アイはまだ幼くて可愛らしい感じ、フィルはもう大人で、落ち着いた雰囲気、といった違いもある。しかしここに美形を謳われる二人が集うのは、ある意味で贅沢な状況といっていいだろう。タマも珍しく「へぇ~……」と感心している。

「アイ様、よくお越しいただきました。それに、西側の都市を反皇教派でまとめて下さり、感謝も耐えません」

 フィルは貴族らしく、丁寧な応対をしてくる。

「私たちはドリフ王フェルディナンドから、自分たちの側につくよう圧力をかけられ、断ると捕縛されそうになりました。もう私たちが向こう側に行くことはありません」

 これはタマが応じる。礼節を弁えた対応をできるのが、ボクとタマしかおらず、人族が虐げられるここでは、やはりタマしかこういう貴族と会話できる者がいないのだ。

「しかし戦局、情勢は実際どうなんですか? マニンゲン侯はかなり厳しい見立てをしていましたが……?」

「やはりジャスミン侯が敵方になったのが苦しい。それに、我々はスカンク国に支援を要請していましたが、スカンク国とカペリン国との戦争で、支援をうけることも難しくなりました。今は孤立無援の状況です」

「なるほど、神聖ロバ帝国が唆して、スカンク国がカペリンこくとの戦争に踏み切った、というシナリオがどうにも解せなかったのですが、あなたたちピューマ同盟の後ろ盾となっているスカンク国を、こちらに向かわせないよう、戦争を仕掛けさせたのですね」

「多分、そうでしょう。現在の皇帝、カール五世はカペリン王と称されるように、直接の領地はカペリン国です。魔族によって首都が壊滅的被害をうけたことで、スカンク国が攻めこみやすくなったことは勿論ですが、本来はそうした行為は嫌われるものです。魔族に対しては共通の脅威として、国同士が助け合う、との取り決めもありますからね。それでもスカンク国が決断した背景には、やはり入念な根回しがあったのでしょう。そしてそれは、スカンク国と連携していた我々にとっても打撃となった。むしろ我々の動きがあって、スカンク国にもアプローチしていたのかもしれません」

 でも、それは不自然なことでもあった。何しろ、魔族がマッチョロードを襲ったのは不測の事態だったはず。もしそれは『不測の事態じゃなかった』となるのなら、やはり魔族は協力している……。

「腐っても皇教にしたがう国々も多い。なるほど、叛旗に対しても、中々支持が集まらないということですね」

「そういうことです。スカンク国が盟主となり、今の教会の流れに掉さしてもらう。我々が勝機をえるには、これを一国の内紛とするのではなく、大陸の問題へと格上げし、改革を成し遂げることなのです」

 彼らは神聖ロバ帝国の属領であり、決して神聖ロバ帝国を乗っ取ろう、というのではない。あくまで自分たちの権利を守り、国を改革できればよいのであって、それがこの大陸の規範でもあるのだ。つまり侯爵や貴族とよばれる類は、それぞれ血縁などによって結び付けられ、王統を継ぐ血筋などが、諸侯として遇されているケースが多い。国そのものが転覆してもらっては困るのであって、あくまで自分たちの権利、よりよい条件を得る、というための戦争でもあるのだ。

「しかも、一気呵成にペクチンへと攻めこみ、ドリフ王を捕虜とすることで情勢を一変させよう、との作戦もありましたが、急に魔獣が増えて、襲来したために、兵もそちらに割かれてしまい……」

「このダックスフントの兵は?」

「テッペン州の、他の都市の防衛に回しています。どこも冒険者の数が少なく、迎撃もままならない状況で……」

 ふだん、魔獣が少ないのなら、それを退治する冒険者も少ない。急に魔獣が増えたことで、冒険者だけでは対応もできないのだ。

「私たちも昼、魔獣の討伐にでかけましたが、冬を越すために厳しく鍛えられた野獣が、魔獣化しているため、かなり強かった。このままだと、戦争をするどころか、対応で疲弊するだけでしょうね……」


 ボクたちは宿にもどった。窮地にあるピューマ同盟を救うべく、今晩もマニンゲン侯などと集まって、善処策を話し合う、ということだ。ボクらは当面、この街にのこって魔獣退治に協力することとなった。本来はウグイス国に至り、アルパカ山脈を超えて、カナリア国に向かうことにしているので、すぐにでも出発したいところだけれど、今ここを見捨てていくこともできなかった。

「問題は、皇教派との戦いが起きた後で、ここに魔獣が増え始めたってこと」

「魔族がいると、魔獣が増える……」

「そういうこと。ハンバーグであなたたちが魔族と会ったのなら、そいつがこのテッペン州に来ている可能性があり、ここで魔獣が増えてもおかしくない」

「魔族もいるのかな?」

 そう尋ねながら、ボクは不安に駆られていた。その魔族とは、妹のマリアのことであり、彼女との直接対決は、やはり避けたかった。

「それは分からないけれど、マッチョロードを壊滅させたのも、魔族側と皇帝側とが組んで、カペリン国に被害をだすことで、隙をつくってスカンク国に攻めさせるためだったとしたら、すべて辻褄が合う。そうやってスカンク国を西にしばりつけ、内紛が起きても参加させないようにするため。ここで徴税を厳しくしたのも、皇教派の策略だったのでしょう。まんまとそれに嵌められたのよ」

 タマはそう説明した後、改めて頭を掻く。

「そして、多分この動きはカーナーブンの領主、モデレイトも知っていたんでしょ。私たちがこの国にくれば、否応なく巻きこまれるだろうし、きっと皇教派とも対立する。でも、私たちがピューマ同盟に与してしまえば、それは仲違いするスカンク国を利することになる。私たちを暴れさせて、双方が疲弊するのを待つ……。失敗したら、アイを暗殺してスカンク国の勢力の伸長を抑える。そのために、チャムを私たちにつけた……。やられたわ。モデレイトはずっと先まで見通して、私たちを罠に嵌めたのよ」

 苦々しげにタマがそう言った。

「モデレイトはどこまで知っとるんやろうな? 魔族とのことまで知って、肩入れしたんやろうか……?」

 リーンも首を傾げている。

「どうかしら? でも一つ言えるのは、モデレイトは私たちの敵。ということ。きっと彼女は良きあるぴょんの民なのでしょうけれど、他人を蔑ろにする態度は、私たちと相容れるものではないわ」

 タマの言葉には悔しさが滲む。神聖ロバ帝国を調査するため、前払いで報酬ももらっているが、裏切られたとの思いが強いのだ。

「モデレイトには、いずれ仕返ししないとね。でも今は、ここに襲ってくる魔獣を何とかしないと、私たちは先にすすめないわ」

 しかし妙案もなく、途方に暮れていると、ボクのヒザを枕にして眠っていたアイがゆっくりと起き上がった。魔獣討伐では八面六臂の活躍で、恐らく今晩が静かになっているのは、アイが結構な数の魔獣を根こそぎ倒してしまったから、とも思われるぐらいだった。なので、疲れているだろうということで、今は会話に加わらず、何もしていないシャビーとともに眠っていたのだ。

「魔獣……? 退治しますか?」

 アイは寝ぼけ眼でそうつぶやく。

「今の話じゃないわよ……って、でも、それもアリかもね」

 タマはそうつぶやくと、にやりと笑う。

「私とアイは、一人でも何とかなるわ。リーンとシャビー、それにアンタとロマで、テッペン州にいる魔獣を駆逐する!」

「うちら、大丈夫かいな……?」

 仰向けになると意識を失うシャビーは、今はうつ伏せですやすやと眠る。リーンも冒険者としてはまだ経験が浅く、心配をしているのだ。

「リーンたちはこのダックスフント周辺を当たってもらう。そうすればフラムも手伝ってくれるでしょう。未知数なのはロマだけれど、三大冒険者に数え上げられるぐらいだから、何とかなるでしょ。というか、アンタが何とかしなさい」

 愚鈍という飾り名をもつロマだけに、何だか不安があるけれど、大体こういう面倒なことを押し付けられるのは、ボクだと分かっている。この地で魔獣を短期間に駆逐するには、手分けして当たるしかない。いわば、人海戦術だ。

 しかしその人海戦術のコマが限られる以上、これで回していくしかない。あくまでコマ回しであって、サル回しにならないようボクが調整するしかない。ただ目が回るほど忙しくなるのはこれからであって、首が回らなくなるのはもっと先だった。

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