第41話 歌姫プロデュース

   歌姫プロデュース


「目立て、とは言ったけれど、どうして街中で抱き合うのよ? まぁ一発で、存在を知らしめたって意味ではよかったけど……」

 まったくタマの言う通りで、弁明の余地もない。アイが死んだときの事情を知って、互いに感情が昂って、夕焼けに染まる海辺で、人目もはばからず抱き合うバカップルとなってしまった……。

 バカは余計だけれど、この世界で、発情期以外でそんなことをする者がおらず、それが噂になった原因だ。そしてもう一つ、アイがこの国で有名人となっていることで、余計に広まってしまったこともあった。それは芸能人のゴシップを、みんなで共有しようとするのと同じことでもある。ヴォートスルゼ城での活躍、すでにこの街にも伝わっている、ペクチンでの大脱走劇――。後半はアイの仕業でもないけれど、アイたち冒険者パーティーが、ドリフ王の率いる千人以上の兵士に囲まれ、そこから華麗に逃げ果せた、というのが虚実まじえて伝わっているのだ。

「お陰で噂も広めやすかったわ。うちら、アイの冒険者パーティーやねん、いうたら、もう人だかりや」

「この辺りはパンサー同盟という都市が互いにくんで、独立自存でやってきたのに、皇教から重税を課せられ、心情的にも反皇教のピューマ同盟に近い。そんな中、皇教派のドリフ王をぎゃふんと言わせた私たちはちょっとした英雄ってわけ」

「あっしも気分よかったッス!」

 シャビーの場合、三十歩すすむと忘れてしまうので、どこまで役に立ったか分からないけれど、手の甲と顔にはびっしりと忘れてもよいように広めるべき内容が書きこんであり、それが注目を集めたのかもしれない。

 その日の夜、夕食をとっていると、近づいてくる者がいた。

「お初にぃ、お目にかかりますぅ。私はぁ~、神聖ロバ帝国の冒険者ぁ、愚鈍のロマ……と申しますぅ」

「愚鈍……、変わった飾り名ね。ロマさんが何か?」

 ロマはのんびりと同じテーブルにつく。ケモノ耳はめだたず、垂れ目でおっとりした感じであり、まだ若いけれど椅子にすわるときも「よっこいしょ」と、妙に年寄りくさい。しかし自己紹介をする前に、シャビーが「愚鈍のロマって言ったら、この国の三大冒険者(トリプレット)に数えられる相手ッスよ」

「アンタ、そういう変なことは憶えているのね。三大冒険者?」

「あぁ、そう呼ばれていますけどぉ、私が死んだら別の人に代わりますよぉ」

 三大……生きている人をそう区分すると、どうしても不足を生じることがある。そのとき、追加で別の者を加えてそれを補う、ということなのだろうけど、本人にそれを言われると、なんとも複雑だ。

「そのロマさんが、何の用?」

「この国の冒険者ってぇ、あんまり政治的なことに関与しないようにぃ……というかぁ、宗教的なこととかぁ、面倒くさくてやらないんですよぉ」

 愚鈍、という飾り名をもつだけに、喋り方ものんびりだ。

「私たちだって、政治になんて関わりたくもなかったけれど、関わっちゃったものは仕方ないじゃない?」

 いけしゃあしゃあとタマはそう言った。自分たちは巻きこまれただけ、というスタンスでピューマ同盟に肩入れする魂胆であり、それが同情を誘いやすい、との腹積もりなのだ。

「あなたがぁ、アイさん?」

「はい」

 アイはこうして他者と対するとき、毅然と接することが多い。パーティーのメンバーは全員知っているけれど、ボクと一緒のときのデレッとした態度を知らないと、相手を魅了するに吝かでない。

「へぇ~、まだ若いんだぁ。どこの国で冒険していたのぉ?」

「私たちはカナリア国、スカンク国など、南方です」

「私たち、海廻りでこっちに来たのよ」

 タマが付け足すと、ロマは「いいなぁ、南はあったかいんだろうなぁ~」と、夢見るようにうっとりする。

「交流が少ないの?」ボクが尋ねると、リーンが「アルパカ山脈いう、でっかい山脈があってな。そこを超えるのは大変やねん。今はまだ夏やから、アルパカ山脈を超えることもできるけど、冬ならまずムリや」

「寒さに弱い者もムリだよぉ。だから私ぃ、ここにいるのぉ」

 これは後で知ったことだけれど、船旅は結構、お金もかかるのだそうだ。ボクたちは旅道都市ヘジャで得たお金や、カーナーブンで装備をつくって売ったお金があるので、比較的頻繁に船にも乗っているけれど、船旅なんてそうそうできるものではない。それこそ彼女は、冬は家に引きこもっているぐらい寒がりでもあるそうなので、余計に船賃を払う余裕もない、ということだ。

 彼女はちがう街からきた冒険者に興味があったらしく、他意はないようだ。ボクたちも、この国ではあまり冒険者と知り合う機会もなく、この国の魔獣のことや、冒険に適した場所などを聞くこともできて、愉しい一日を過ごした。


 ボクたちは先を急ぐ旅であり、ブサイクハンブンから翌日には船に乗った。すると「テッペン州にぃ、私も行きますぅ」

 ロマが同行してきた。「夏しかぁ、あそこに行けないんですぅ」

「どういうこと?」

「あそこ、高いんスよ。山の上っス」

 シャビーがそう応じる。三十歩すすむと忘れてしまうシャビーでも、そこは「冬はすっげぇ寒いッス」ということらしい。

「私ぃ、寒いと体温が下がって寝ちゃうんですぅ。そのまま凍死しますぅ」

 どうやらロマは、ナマケモノの猩族のようだ。腕が長くて、まるでモデルのようでもあるけれど、ナマケモノといえば、哺乳類では珍しい変温動物であり、その体質を引き継いでいるのかもしれない。元々、南方の動物であるものが、転生したら北の国に来てしまい、生活もままならない、という感じだろう。

 ベンザ―川を遡上し、ブサイクメンに到着した。ここで小型船に乗り換えて、さらに南下するのだけれど、ここで意外なことが起きた。それはディープロック・ホールの経営者であり、ブサイクメン御三家の一つ、バスティアン家当主ルドルフと、音楽隊の少女ウィルヘルミナが『歓迎! 烈炙のアイ御一行』の大段幕をかかげ、アイたち一行のことを出迎えてくれていたのだ。

「もうあれ以来、連日の大入り、大盛況で……」

 ルドルフが涙を流して喜んでいる。それは経営危機に陥っていたディープロック・ホールの再興に手を貸し、素人発掘のカラオケ大会を開催するよう、提案したことを意味する。ウィルヘルミナたち、フルオーケストラをバックに歌の上手い素人を参加させ、それを採点して、優勝者にはオペラ歌手デビューといった特典をつけた大会を開催する。前の世界でもあった形だけれど、どうやらこの世界でもハマったらしい。

「ウィルヘルミナも、待遇が改善した?」ボクが尋ねると、嬉しそうに

「経営が厳しくなってから、寮を売り払って、練習場で暮らしていたんですけど、ルドルフさんが寮を買い戻してくれて……」

 まだボクたちが滞在していたときから一ヶ月と経っていないけれど、状況がめざましく好転したようだ。彼女たちはホールに隣接した練習場で、三段ベッドを所せましとならべ、そこで生活していた。ホールに所属する音楽団員であり、ホールの経営が悪化したことで、待遇も悪くなっていたのだ。楽器が弾ける人族として、この街では音楽の道で生きていくしかなく、楽団がなくなるのは死活問題でもあった。そうした意味でも、雇用維持に役立ったといえる。

 そういえば、街中には『烈炙のアイ・プロデュース、歌王決定戦!』のポスターが貼られていて、町全体で盛り上がっている様子もうかがえた。こういうのは巻きこみ型で、素人が参加するので親族や友達も注目するし、それこそ歌の上手い人を応援しようと、ファンがつくのも大きい。ほとんどボクが考えたことだけれど、この国で有名なアイの名を冠したからこそ注目も集まる、というものだ。

 元々、ディープロック・ホールは大きくて、それが閑散とすることで、寂れた雰囲気を強めていたのだけれど、連日の大入りとなったら、逆にスケールメリットを生かせる。午前、午後と二部構成にして、そのどちらも満員なのだから、経営者であるルドルフも大喜び。爆弾騒ぎを起こしたときとは雲泥の差だ。彼は馬の猩族であるけれど、毛並みがつやつやして栄養状態がいいことを示す。今なら重ババ、三ハロンの坂を全力で駆け上がってくれるだろう。

「ぜひ、アイさんにもゲストとして歌っていただきたい」

「え? 私?」

 アイは戸惑っている。ボクも彼女の歌は聞いたこともないけれど、時おり鼻歌ぐらいは奏でており、嫌いでないことは知っている。それに、ヴォートスルゼ城を解放した後、ベロンチュトリュフ侯の館で、処刑をふせぐために行った一芝居などからも、舞台度胸があるとは感じており、よい興行になるかもしれない。

「アイが歌いたかったら、いいんじゃない? ついでに、タマもリーンも、シャビーも歌ってみたら? よかったら、ロマもどう?」

 というボクの提案で、その日の夜はオンステージとなった。


「いや、私はいいから……」

 尻込みするタマだったけれど「いいじゃないッスか、親びんの歌が聞きたいッス」

「そうやで。観念せな。うちなんて愉しみでしゃーないわ」

 今はリーンもタマもシャビーもドレスに着替えており、ステージにでる準備を整えている。巻きこまれることになったロマも「何かぁ、不思議なことになっちゃいましたねぇ」と、満更でもない様子だ。

「どうせメインはアイで、タマのことなんて誰もみてへんわ」

「そ、それはそれで嫌なんだけど……」

「親びん、歌下手ッスか?」

「へ、下手じゃないわよ! 失礼ね」

「いい経験じゃないですかぁ。私ぃ、歌っちゃいますよぉ」

「もう、分かったわよ! 腹をくくるわよ!」

 ドレスまで着てしまっているので、タマも諦めたようだ。ちょうどそのとき、トリで登場するので、最後に準備をしていたアイが、衣装室からでてきた。

 思わず、そこにいた誰もが「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。ステージ衣装なので、煌びやかであることもそうだけれど、やはりアイの美しさは際立っており、見慣れたはずのボクたちでも声が漏れるほどだった。

 すでにこの国で有名となっていることもあり、会場は満員御礼だ。シャビーの素っ頓狂な歌や、ロマのスローテンポな歌も、いい前座である。意外と歌のうまかったリーン、タマが場をもりあけ、そして大トリのアイだ。

 登場するだけで聴衆を魅了するだけのものを、アイはもっている。舞台に上がった姿も堂に入っている。多分、本人にとって周りからの歓声や評価は、あまり関係ないのだ。誰に評価されようと、誰かに何を思われようと、本人にとってはどうでもいい。愛情が深いだけに、逆に滅多なことで周りに愛情を向けることもなく、関心をいだくこともない。自分の容姿がすぐれているとか、歌がうまいとか、それを周りがどう思っているか、なんて関係ない。だから緊張したり、あがったり、ということもない。自分が為すべきことをする、そう考えるから堂々としていられる。

 その歌声がホールに響くと、もうみんなが虜となった。耳に心地よく、心すら溶かし、まるでそこを楽園とするかのように、ホールを満たしていく……。


「いや、これで『烈炙のアイ・プロデュース』の箔がつき、さらに成功間違いなしです。いや、見事でした」

 ルドルフは手放しでそう喜んでいる。元々、この辺りの都市は皇教派と反目する立場で、ドリフ王と一線を画すこともあり、アイはそれこそ英雄なのだ。しかもその姿も、歌声も魅了するとなれば、もうアイドル的人気を博すのは当然のことであり、そのアイがプロデュースする選手権、というだけで成功間違いなしだ。

 しかも、バックで演奏していた楽団のみんなも魅了したようで、終わった後もアイは楽団の女の子たちから囲まれている。

「心配ちゃうん?」

 リーンにそう声をかけられ、ボクも首を傾げて「アイが遠くにいっちゃうって?」

「どんどん凄くなっていってるやん。手の届かんところに行ってまう~、みたいなことは感じひんの?」

「ボクにとって、アイがすごいことになっているっていうのは、うれしいことだよ。多分それは、ボクとアイの関係が飼い主とペットからはじまったから。ボクはアイが幸せになってくれるのが嬉しいし、アイはボクを信じて、ついてきてくれる。心配ってことは何もなくて、むしろ皇教派と対立することによって、戦争に巻きこまれる不安の方が今は強いかな。でも、今の世界の秩序、ルールを決めている教会と対峙しないと、ボクたちの目標が前にすすまない。通らなければいけない道なんだけど……」

「はぁ~。相変わらずラブラブやね。アンタらの目標は途方もなくて、達成不可能やって頭では分かっとるのに、アンタらならできるかも……って、そう思わせてしまうんがアンタとアイの凄いところや。まさか、あの伝説の魔法使いでさえそう思うとるなんて、びっくりやったけど……。逆に、伝説の魔法使いまで協力するんやったら、ほんまにできてまうって思い始めてきたわ」

「リーンはいいのかい? そんな目標に付き合わされて……」

「うちはアンタらに冒険者にしてもろうた。それに、うちはおじいちゃんみたいに、人々を救うためにクーデターを起こしてまで国を変えた……そういうことをしたいって思うて、冒険者になりたかったんや」

 リーンにとって、英雄だった祖父の後ろ姿を追いかけるようなものかもしれない。

「ボクたちは、人族と猩族が仲良く暮らせる世界をつくるっていうのが、やっぱり幸せになる道だって、そう思っているから。結果は分からないけど、それが、アイが幸せになってくれることだから……」

「ふ~ん、それが、オニさんとアイさんの目標なんですかぁ?」

 ロマが話に加わってきた。

「ステキですねぇ。うちは正直、どっちでもいいけどぉ、そういう目標をもつって大切ですよねぇ」

「この国の冒険者って、あんまり人族に厳しくないやんなぁ」

「ここは芸術を尊びますからねぇ。人族はこうやってぇ、音楽で貢献しているのでぇ、この国ではふつうに暮らせるんですよぉ」

 特に今は、隣国が戦争をはじめたり、国内でも内紛があったりするので、余計に人の心が荒みやすい中で、音楽にしろ、絵画にしろ、芸術が一服の清涼剤となっている。そんな事情もあるのかもしれない。


 翌日には、テッペン州へと旅立つことになった。人気者となったアイは、街が総出で見送りをうけて、船に乗った。まさに神聖ロバ帝国の西側、各都市をアイが総なめしている状態であり、反皇教派を糾合しているにふさわしい動きでもあった。少なからずそれが、この国の動きを変えていっているのだけれど、それはまだ先の話。今はピューマ同盟の拠点であるテッペン州にむけて、凱歌を奏でるかのようにボクたちは送りだされた。

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