第40話 お別れするとき

   お別れするとき


 ボクたちは進路を決める必要に迫られていた。スカンク国とカペリン国との戦争により、神聖ロバ帝国の動きをさぐるよう依頼をうけ、首都ペクチンまでやって来たけれど、帝国内の属州ドリフの王、フェルディナンドから反乱軍へ加担するとの疑いをかけられ、囚われそうになり、伝説の魔法使いで、人族のジャンノに救われた。

 今は彼女のプライベート船に乗って、ハーフケツ川を下り、本流であるケツマル川に入ったところだ。ここはまだ神聖ロバ帝国――。ドリフ王の勅令により、謀反人としてボクらは追われる立場だった。

「でもそれは皇教派と、その圧政に反旗を翻したピューマ同盟という、二つの勢力が存在することを意味する。皇教派から謀反人認定されたからには、ピューマ同盟に与して活動するしかない」

「ま、そうやろな」

「ただもう一つ、この大陸を支配するハムスタブルグ家にも目の敵にされたのが問題よ。彼らが一体、何を目的とするのか……? 魔王、魔族、それに教会……。貴族社会の連中が。この世界をどうしたいのか? 私たちはそれを知らなければいけない。このまま引き下がるわけにはいかない。戦うわよ、私たち!」

 さっきまで落ちこんでいたタマが、そう高らかに宣言してみせる。

「戦うはええけど、どうするん? 七人やで」

 タマ、アイ、リーン、シャビー、テト、それに人族のボクとルツ、どう考えても戦力不足は否めない。

「内戦に巻きこまれるなんて、真っ平御免よ。だから名声だけをつかってもらう。ピューマ同盟に『冒険者アイが、仲間に加わった』といって、味方する諸侯を増やしてもらうのに利用させている間。私たちはふたたびベンザ―川を遡上し、そちらからウグイス国に向かおうと思っている」

「逃げるってことッスか?」

 シャビーがこう尋ねたのには理由があった。ウグイス国というのは、国を名乗っているけれど、あるぴょんのように連合王国体制をとる一方、中立を謳ってこの大陸で争いの絶えない各国と距離をおく、という独特の外交政策をとっているからだ。そこで、平穏な生活をもとめてウグイス国へ移住する者のことを『逃走』と呼んだりする。シャビーは神聖ロバ帝国の冒険者であり、ウグイス国へ行くことに抵抗感があるのかもしれない。それぐらい、それは嫌われる行為でもあった。

「戦わないわけだから、逃げるととられても仕方ないけど、私たちはウグイス国のアルパカ山脈を超えて、カナリア国に行く」

「カナリア国? 何でまた……?」

 テトも神聖ロバ帝国にいた。彼女の場合、冒険者ではなかったので、自分がいた国を離れることに、若干の不安を感じたのかもしれない。

「カナリア国にある、皇教の本拠地にのりこむ!」

 これには誰もが驚いた……と、これはちょっとオーバーで、その意味するところが分かっていないボクとルツは、キョトンとしたぐらいだ。

「ハリセンボンに行くってことッスよね? うわ~……」

 三十歩すすむと忘れてしまうシャビーですら、ハリセンボンという名がするっと出てくるのが不思議で、ルツが「そんなに大変なこと?」と尋ねた。

「要塞都市ハリセンボン、いうてな。キリギリス教の総本山、いうより世界最強の軍隊を備える独立国、いうた方がええかもしれん」

 リーンの言葉に、タマも頷く。「あそこに乗りこんで、世界で何が起きているか、を知る。そうしないと後にも先にもすすめない」

「ま、いつかはそうなると思うとったわ。ええで。うちは乗った!」

 リーンが早速同意したことで、その流れで決まった。ただ、それは極めて厳しい道のりでもあり、明るい旅立ちとはならなかった。


「ボクたちはベンザ―川を遡上し、カナリア国に向かおうと思っている。教会の本拠地、ハリセンボンに向かうつもりだ」

 ボクはこの船の持ち主、そしてボクたちを救ってくれたジャンノにそれを告げに行く。彼女はあまり気乗りしない感じだけれど「ま、いいんじゃない。いずれ教会のことも知らなきゃいけないっつぅーの」

「ジャンノは教会のことが嫌い?」

「天敵だっつぅーの。この世界の秩序、基準をつくり、人々を牛耳っている奴ら……。私はそういうものをぶっ壊そうとして、色々やった挙句に諦めた。引きこもった。見て見ぬふりを決めこんだ」

 ジャンノは救国の乙女、と呼ばれたこともあったけれど、それは神から啓示をうけたわけではなく、自らの意志だったようだ。

「この世界を変えようとした奴は何人もいた。でも誰も成功しなかった、成功するとは思えなかったっつぅーの」

「ボクたちもムリだと……?」

 ボクとアイは、この世界を変えようとしている。魔獣の脅威もなく、人族と猩族が仲良く暮らせる世界……。それは現在の秩序、決まりを壊すことだ。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれねぇっつぅーの」

 もって回った言い方をするのが、とても不思議だった。ジャンノは数百年を生き、この世界のことにも精通している。何人も会った、というぐらい、ボクのような夢を語る者とも会ったことがあるのだろう。でも、窮地に陥ったボクたちを助けてくれた。それは薄弱ながら期待を抱いた、としか思えなかった。

「ボクたちならできる……と?」

 ジャンノはその頭からピンと立ったアホ毛をゆらゆらと揺らしながら「アンタたちは一人じゃない。人族と猩族がこれほど強く結びついて、世界を変える、変えたいなんて、初めてみたっつぅーの」

「そういうもの? 飼い主とペットがこの世界で出会って、協力することは他にもありそうだけど……」

「飼い主とペット……って言ったって、想いがすれ違うことだってある。でも、アンタたちは違う。お互いを理解し、お互いのことを信じ、お互いのためになることをしよう、と考える。そんな関係、みたことないっつぅーの」

 そういうものだろうか? 確かにボクと一緒に散歩に行っても、アイは他の犬や人が近づいてきても完全無視していた。それぐらい、ボクしかみていないし、ボクもアイのことを考えていたけれど……。

 ただそんなことを説明するのは照れ臭く「この船はジャンノが動かしているの?」と話をごまかした。

「魔力を動力源にしているっつぅーの。ちなみにステルスモードも発動中」

 前の世界でも、小型の船を改造して住居にする人も多くいたけれど、この船もそれぐらいの大きさだ。川を行き来する用であり、それを改造して客室を二部屋、船長室をそなえ、バス・トイレも完備。船で一人旅をするのも快適な装備だ。

「ジャンノはこれから、どこへ向かうの?」

「ベンザ―川の河口の街まで連れていってあげるっつぅーの」

 魔力ですすむ船なので、海にでることも可能だけれど、波をうけると船体の小ささが徒になるので、海岸線をすすむそうだ。

「でも、ジャンノだったら空を飛んでも旅ができるんじゃない?」

 ボクの問に対する答えはシンプルだった。「つまらないじゃん」

 のんびり景色を眺めつつ、旅を楽しむ。彼女にとって時間は無限であり、逆に急いで旅をする必要もない。ただそこで「一つ提案があるんだけど……」と言ってきた。それはとても意外で、驚く内容だった。


 ベンザ―川の河口、ブサイクハンブンという都市にやってきた。この辺りはブサイクメンと深く結びつき、名前も似る。都市間でむすばれたパンサー同盟に与しており、皇教派よりややピューマ同盟寄り、とされていた。

「じゃあ、アイさん、オニさん、行ってきます」

 ルツはそういって船に残る。そこにはテトもいた。彼女たちは小学生ぐらいと歳が近いこともあって、ふだんから仲良くする。ただ、だから船に残るわけではない。

 ジャンノから「ルツとテトの二人を、私に預けてみない?」と提案をうけたのだ。テトは精神操作系の魔法使いであり、しかもまだ力の使い方をよく分かっていないので分かる気もするけれど「どうしてルツまで?」

「この世界のこと、教えておきたいのよ」

 知識にどん欲なルツであり、その話を彼女たちにすると、二つ返事とまではいかなくとも、あっさりと受け入れた。ボクたちは神聖ロバ帝国からウグイス国を通ってカナリア国へ向かおうとしているが、それは険しい道であり、まだ幼いルツとテトを連れていくことに抵抗もあった。ジャンノは船でのんびりとカナリア国へ向かい、そこで落ち合おうという話であり、受け入れやすかった面もある。

「元気でね」アイは数ヶ月の別れを惜しむよう、涙ぐんでルツと別れた。

「ありがとう。このお礼はいつか……」

「気にするなっつぅーの。アンタらの行方に、興味をもっただけだしぃー」

 ギャルっぽい言い方をしつつ、ジャンノとルツ、テトは船に乗って去っていった。

「さて、これから私たちはピューマ同盟に協力しつつ、実際には何もしない、という難しいミッションが待っているわ。ただその前に……」

 ボクたちにはもう一つ、大きな問題も残されていた。それはアイを暗殺しようとした、チャムの処遇である。今は首輪をつけられ、リーンがそのリードをもつ。暴れたりしないけれど、思い詰めたような表情をしており、ボクが説得した後も改心することなく、どうするか判断を迫られていた。

「私たちはアナタのことを信じた。そして裏切られた。でも、私たちはアナタをこれ以上、罰したりしない。あくまであるぴょんに尽くし、モデレイトの指揮に従う、というのなら、そうすればいい」

 首輪を外すと、チャムは何もいわず、高速で走り去って行った。

「ええんか?」

「私たちに彼女を罰することができない以上、こうするしかないわよ」

「連れても行けんしな……。これからどうするん?」

「ベンザ―川を遡上するとテッペン州に辿りつく。そこでテッペン方伯、フィルと面会する。その前に、ここで『ドリフ王フェルディナンドに裏切られ、恨み骨髄の冒険者アイが、反皇教派を糾合している』という噂を流す。忙しくなるわよ~」

 タマはそういうと、ボクとアイに「アナタたちは、目立つようデートをしなさい。この街にアイがいる、ということを広く知ってもらうためにね」


 目立つようデート……。何だか難しい注文だ。ボクとデート、というといつもは喜びを爆発させるアイだけれど、今日はなんだか黄昏ている。それは長く一緒に旅をしてきたルツと、少しの間であっても別れるのがつらいのだ。

 アイは愛情の深い子だ。ただ小さいころ、すぐに親や兄弟とも引き離され、ペットショップのゲージに入れられ、一人ぼっちにされたことで、逆に淋しいという気持ちを募らせることになった。誰かを信じたいけれど、そこに買いに来るお客に心を開くこともできず、売れ残り、偶々ボクの両親に引きとられることとなり、我が家にやってきた。

 最初は吠えることもせず、まるで自分の運命、殺処分という事態を従容として受け入れる、そんな潔い態度にもみえた。

 両親が「飼う」といって連れてきただけに、初日はボクが近づくことすらなく過ぎた。次の日、母親が家をでていき、その足音が消えて家に一人で残されていると悟ったとき、アイは哀しそうに一声吠えた。ボクが驚いて部屋から飛びだし、そのとき初めてアイとボクは対面することとなった。

「腹減っているのか?」それがボクの第一声だった。ネコナデ声でもなく、赤ちゃん言葉でもなく、まるでそこにいるのが当たり前のように……。それでアイは、自分が家族として認められたと感じた、そう語っていた。

 恐らくそのときからボクを家族とし、ボクにだけ愛情を向けたのだ。

 そしてひょんなキッカケではあったけれど、ルツも家族として受け入れた。彼女はその愛情をむけた。愛情深いからこそ、その別れはつらいはずだ。

「また、すぐに会えるよ」

 ボクの言葉に、アイも頷く。ただ、その表情はいつもと違って、切ないものだった。

「私、ダメなんです。別れとなると、あのときを思い出しちゃって……」

 アイはそういうと、静かに語りだした。

「オニさん、私が死んだときのこと、憶えていますか?」

「……え? あぁ、憶えているよ」

 突然、何を言い出すのかと不思議に思った。この世界に転生してくる者は、前の世界で死を体験している。ボクはその死んだときの状況をほとんど憶えていないけれど、アイはそれを憶えているのか……?

「私、オニさんのオトさんに、蹴り殺されたんです」

「……えッ⁈ だって、交通事故に遭ったって……」

「ちがうんです。私は蹴られて、瀕死の状態になったんですよ。その日、オトさんから差しだされた、匂いがおかしなものを私は食べませんでした。オニさんが『大丈夫』『ダメ』って判断してくれないと、食べないと決めていたから。でも、それが気に食わなかったんでしょう。近づいてくる足音に、いつもは警戒して起きたのに、その日は眠気が勝って……。丸くなっていたら、いきなり頭を蹴られました。

 その一撃で、体が痺れ、もう動かなくなっていました。その後、何度も何度も蹴りつづけられましたが、感覚はなかった……。

 あぁ、死ぬんだ……。私はそう悟りました。でも、どうしても最期にオニさんと会いたい、その顔が見たい、目に焼き付けておきたい……。私はその思いで、必死で堪えました。そしてオニさんが帰ってきた! あぁ、よかった……オニさんと会えた…………。私の意識はそこで途切れました。

 でもこの世界で目を覚ましたとき、私はオニさんの、その顔が思い出せませんでした。いつもの優しい顔は思い出せるのに、私を最期に看取ってくれた、そのときの顔をどうしても思い出せなかったんです。絶望しました。もうオニさんに会えないのに、その最期の顔でさえ思いだせないなんて……」

「ゴメン……。ボクの父さんが、そんなことをしていたなんて……」

「それは気にしないで下さい。あの人たちの冷たい対応、私を生き物とすらみとめてくれていないことで、いずれそうなるんじゃないかって、予感がしていたんです。だからずっとあの人たちに心を赦すことができなかった……。

 でもオニさんと、ちゃんとお別れしたはずなのに、憶えていないことの方が辛かった。未練ばかり募って、お別れするのが嫌だから、仲間になるのは止めようと、家族はつくらないようにしようと、ずっとそうやって生きてきました。ダメですね、こんな悲観的なことばかり考えていては。また会えるって分かっているのに……」

 アイはそっと涙をぬぐう。愛情の深さゆえに一人を望む……それは哀しいことだ。でも、アイはボクと一緒にいることを望んでくれた。ボクがアイを抱き寄せると、アイもボクにしがみついてくる。父親のせいだとしても、彼女を辛い目に遭わせ、辛い想いをさせた。その償いは到底できるはずもないけれど、こうして一緒にいることができる今は幸せだと、そう思えるぐらい互いの温もりを確認し合った。

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