第38話 裏切りと恨み

   裏切りと恨み


 ドリフ王、フェルディナンドの屋敷に誘われたボクたちは、相手の不興を買ったのか、兵士たちに囲まれていた。

「不測の事態に備える、ということだよ」

 ウケグチなのに前歯がみえる、という形成としては不自然な顔をもつ、恐らくハムスターの猩族であるフェルディナンドはそういって、ニヤニヤ笑う。

「不測の事態? あなたたちにとって都合が悪い事態でしょう? 仲間にならない私たちを排除しよう、という……」

「今から我々に協力する、といっても受け入れよう。どうするかね?」

「その前に、さっきの言葉が気になるわ。魔族……、魔王……、あなたたちは何を知っているの? いいえ、こう聞いた方がいいかしら。教会、ハムスタブルグ家、王侯貴族は何をしているの?」

「君たちが知る必要のないことだよ。一介の冒険者風情が……」

「そう。分かったわ。アイ、やっちゃって」

  タマがあっさり諦め、アイは立ち上がり様「ブレイジング・シザーッ‼」

 それは鋭い光の刃によって、相手を真っ二つにする魔法だ。屋敷の建物がスパッと切られ、柱が少しずつずれ始めた。倒壊することは確実で、慌ててみんなが建物の外へと逃げだす。ボクたちはその混乱に乗じて屋敷をでると、そのまま宿に向かってまっすぐ走る。ボクたちに脅しをかけてきた、ということは宿に残っているみんなも危ない。だが、宿屋の前にはすでに軍の兵士が集まっていて、近づくどころではない。

 それでもアイは「ライトニング・シャックルッ‼」と、ふたたび魔法を唱え、そこにいる兵士たちを痺れさせ、囲みを突破して宿に入った。ただ、そこにルツやリーンたちの姿はなく、途方に暮れていると、タマが「不測の事態が起きたときは、落ち合う場所をルツには伝えてある。そこに向かいましょう」

 タマの言葉を信じて、ボクたちも向かったが、やはり誰もいなかった。ドリフ王にすでに囚われたか……。今やこのペクチンの街の中は兵士だらけ。ドリフ王の屋敷を壊滅させたボクたちを探しているのだ。

「さっき強気だったのは、兵士にとり囲まれていると気づいたから?」

 ボクが尋ねると、タマも「脅すつもりだと気づいたからね。あの部屋の外で、ガチャガチャやっているのが聞こえたでしょ?」

 猩族の聴力には敵うはずもなく、ボクには何も聞こえなかった。

「最初から、フェルディナンドは私たちのことを命令に従わせようとしていた。従わなければ殺すつもりでね」

「最初からそのつもりなら、とっくにルツたちは……」

「捕まった可能性が高い。多分、軍の施設のどこかに幽閉されている……」

「どうする? 助けに行かないと……」

「私たちを呼びだすエサにするつもりだから、すぐ殺されることはない、と思うけれど……。見せしめにされる可能性もないではない」

 タマの言葉に、アイもサッと蒼褪める。

「じゃあ、フェルディナンドに協力を約束して……」

「今からそれを願いでても、恐らく私たちは拘束されるだけ。今、皇教派は有利だから、私たちがピューマ同盟に協力さえしなければいいんだもの。牢屋とはいわないまでも、軟禁ぐらいはあるかもね」

 恐らくそれは人質をとって……ということ。それはパーティーがもう、みんながそろわないことを意味していた。

「それはダメです!」アイが大きな声をだしたのと同時に、背後から近づく者の気配を感じてパッとふり返る。

「き、斬らないで、だよ~」そこに現れたのは、ウサギの猩族であるチャムだった。


「チャム! 大丈夫だったの?」

「みんなは無事⁈」

 二人に勢い込んで聞かれ、たじたじになりつつ「無事、だよ~。ルツちゃんと、テトちゃんも私が運んだ、だよ~」

 彼女は走力、移動特化型の猩族、逃げることに関してもプロ中のプロだ。

「みんながいるのはこっち、だよ~」

 チャムに従って、このペクチンの街を、兵士たちにみつからないよう進む。チャムは何度もこの街を訪れ、諜報活動を行ってきたのであり、裏道にも精通している。大きな街だけれど、迷わずすすんでいくのは心強い。やがて、屋外演劇場のようになった場所にやってきた。周りは高い壁で囲われ、音漏れしないよう配慮もなされた場所で、その壁は個別の部屋となっており、観客が観戦できるようにされ、その正面のステージに、リーンやルツたち、全員がそろっていた。

 アイとタマもみんなの顔が見えて、ホッとして近づこうと二、三歩すすんで、そこにただよう殺気に気づく。ハッとして見上げると、その観戦できるようになった各部屋から、弓矢がこちらを狙っているのが見えた。しかも円形の、そのすべての部屋に兵士がおり、罠に嵌められたとすぐに分かった。

「ごめん……。連れてこないと、みんなを殺すって脅された、だよ……」

 チャムの言葉に、ボクらは万事休すであることを知った。アイの周囲を痺れさせて動けなくする「ライトニング・シャックル」は距離が離れていると使えず、またアイたち冒険者なら弓矢も防げそうだけれど、まだ小さいテトやルツでは戦う力すらなく、彼女たちを庇いつつこの場を切り抜けることは不可能に近い。

「あ~ぁ、こんなところで命を張るなんて」

 そういってすすみでたのは、タマだ。「私だって魔法使いの端くれ。突破口ぐらい開いてみせるわよ。アイはそいつと、他のみんなを連れて逃げなさい」

「タマは……?」

「こいつらを引きつけて、時間を稼いでから逃げる。私のことは気にせず、この国で名を為しなさい。それが一番、アンタたちの目的を達成する近道だから」

 タマは穏やかにそう語る。死を覚悟した、そんな様子であることが傍目にも分かった。自らの戦略ミス……。この街にて皇教派、ピューマ同盟、その二つの勢力に近づく両面作戦をとったこと、かつ内紛状態となった後も、この首都ペクチンにとどまり、結果として追いこまれたこと……。自らがリーダーとして下してきたその判断、責任を感じて、命を賭してもみんなを逃がすつもりなのだ。

「ダメよ、タマ! みんなで一緒に……」

「私は一度、死を覚悟した。ちょっとそれが先延ばしされたけれど、いつ死んだっていい。私はもう十分に生きた。ここで犠牲になるのは私一人で十分……。もう時間がない。アイ、チャム、それにアンタ、全員を連れて逃げて!」

「は、はい、だよ~」

「タマッ⁉」

「いいから行って!」

「そうじゃない。この魔力――」

 タマもハッとして上空を見上げる。そこには、急速にここを目掛けて落ちてくる、何か小さいものがあった。まるで隕石のようであり、発光しているかのようで、空気を割っているせいか、その後ろには音速を超えたときにできる飛行機雲のようなものまで見えた。弓を構えていた兵士たちも、徐々に空気を割ったときの、ゴォォォォという音に気づき、慌てだす。隕石のように見えたそれは、ボクらのいる屋外演劇場にまっすぐに墜ちてきて、そこにふわっと降り立った。

 降り立った? そう地面に衝突するのではなく、華麗に下りてみせたのだ。しかもその瞬間に、ぶわっと何かが舞い上がり、それと同時にとり囲んでいた兵士たちがバタバタと倒れてしまう。

 そこに悠然と立つ者をみて、誰もが背筋を凍らす。頭からマントを被っているが、その下の顔には白いマスクをつけ、そこに紅い模様が描かれている。それは魔族の姿、そのものだったのだ。


 アイはボクを守るため、慌てて前にでる。ただ、そんなアイのことを制し、その腕をつかんだのはボクだった。

「待って! あれは……アホ毛モン!」

「その名で呼ぶなっつぅーの! ジャンノ、ジャンノだから!」

 マスクをとらないけれど、その声ですぐわかった。それはカーナーブンの街から、トロッコ列車にのってスシドン山を登っていった、山頂に近いところに住んでいた、人族にして伝説の魔法使い。歳をとらない呪いにかかり、永遠の少女――。スカンク国ではアホ毛モンと名乗ってトップとなり、かつてこの大陸を制すほどの活躍をみせた、という歴史上の人物でもある。魔族と同じ姿であるけれど、それは魔族の方が彼女の真似をしている、ということで、これが彼女のスタイルだ。

「ほら、逃げるっつぅーの!」

 ジャンノはそういうと、街を適当に破壊し始めた。それは伝説ともされる魔法使い、自分たちの逃げる方向だけではなく、方々の建物の壁を壊して痕跡、足跡を隠すことぐらい、容易いようだ。人族、猩族を殺さない、といっていただけあって、建物の被害は大きい割に被害者ゼロで、ボクたちはその中を駆けていく。

 街の外にでて、川沿いをすすんでいくと、そこに船が待っていた。ジャンノが乗りこみ、ボクたちもそこでホッと一息ついた。

「ジャンノはどうしてここに?」

「ドリフを観光する目的で来たら、ヤバいことになっているし、アンタらが捕まりそうになっているし……。べ、別に助けたくて助けたわけじゃねぇっつぅーの!」

 頼んだわけではないので、助けようとして助けてくれたことに間違いはないけれど、ジャンノはそうツンデレ対応をしてくる。

「カーナーブンの領主から頼まれたわけじゃないんだ?」

「あそこの領主とは代々、仲良くしてきたけど、何かを頼まれたり、貸し借りがあったりする間柄じゃねぇっつぅーの」

 最後に挨拶に行ったとき、ジャンノは家にいなかった。どうやらそのときから世界を巡る旅をしているらしい。この船は、ジャンノの個人的なクルーズ船だ。

「ま、魔族と友達なんスか?」

 シャビーもテトもびっくりしている。神聖ロバ帝国に来てから加わった二人は、ジャンノの存在を知らないので無理もない。規格外の魔法をみせつけられ、魔族と勘違いしているのだけれど、それにはルツが「タマさんの命の恩人で、オニさんの友達」と説明する。友達のつもりもないけれど、確かに同じ人族として色々と聞きたいこともあり、ボクが一番彼女と話をしていた。

「それにしても、チャムはタマたちと合流できたんやな。兵士に踏みこまれたとき、すぐに逃げだしたけど……」

 リーンの言葉に、ボクはあれ? と感じた。そのときふと、チャムの方をみたことで、彼女の動きに気づくことができた。そのダッシュ力でアイの背後に近づくと、油断していた彼女の首元に手にした短刀を突き立てようと……。

 ガンッ‼ ボクの左腕にはまった盾が、その短刀を防いでいた。ボクの盾には魔石による加護が与えられており、強い威力を跳ね返すために反発力が強くなっている。チャムは強くはじかれて、その場でよろめく。

「何しとんねん!」

 ボクと同じで、チャムをみていたために、リーンも即座に動くことができた。といってもそのダッシュ力にはついていけてはいないけれど、よろめいたところをリーンが抱え留め、そのまま床に押さえつけた。

 アイはまさか不意打ちされるとも思っていなかったのだろう。びっくりしてチャムを見下ろしている。タマは床に押し付けられたチャムに、ゆっくりと近づく。

「モデレイトに頼まれた?」

「いずれ……あるぴょんの敵になる、と……」

「あるぴょんも、所詮はそっち側ってこと? 魔王、魔族、教会、王侯貴族……。この世界を牛耳ってきた側なの?」

「私は知らない。あるぴょんに忠を尽くし、命じられたまま行動するだけ」

「正しいかどうかも分からず、ただ命じられたから行動する……、哀しい限りね」

 タマは疲れたように、そこに座りこむ。今回は裏目、裏目にでることが多く、疲れがドッとでたのかもしれない。


 ジャンノの船は、ハーフケツ川を下っていく。ペクチンはジャンノによって人的被害はないものの、建物などの被害は大きく、当面は軍を動かすこともできないだろう。少し先のことだけれど、このときの被害が影響したのか、ピューマ同盟によって攻め込まれ、ここは多大な被害をだすことになる。それはここに籠るドリフ王・フェルディナンドを捕らえようとするピューマ同盟と、それを阻止しようとする軍で熾烈な戦闘となったからだ。

 ボクたちは次の進路を決める必要に迫られていた。そして、裏切り者となったチャムの処分も……。

 今はチャムも船室に隔離している。元々、特化型の冒険者なので、カギをかけると部屋からでる手段もないらしく、大人しくなった。

 ボクとアイ、それにテトはジャンノのところに来ていた。リーンはチャムの見張り、ルツは寝こんでいるタマの付き添いだ。

「すいません、ご迷惑をかけて……」

「ま、いいってこと。だが、これからどうするっつぅーの?」

「チャムとはカーナーブンをでてから、ここまで一緒に旅をしてきました。何とかしたいんですが……」

 ジャンノはテトをみると「へぇ~、珍しい。精神操作系の魔法使いじゃん。何とかなるかもしれねぇっつぅーの」

 テトは驚いて「ど、どういう……?」

「あの女の心にもぐって、記憶をたどり、あるぴょんに忠節を尽くす、その気持ちを変えさせりゃーいいっつぅーこと」

「そ、そんなことできるの?」

 テトは自分の魔法で、そんなことができるなんて知らなかったらしい。

「私は、精神操作系は苦手だけど、やってやれないこともねぇっつぅーの。アンタの能力があれば確実だけど、ただ問題があるとすれば、魔力のある奴が他人の心にもぐると支障がある。行けるとすれば、アンタ」

 魔力のない奴……こんなところで無能転生が役に立つとは思わなかった。

「ちなみに、私も何度か他人の意識にもぐったことはあるが、時間を遡るようなストーリーの決まった物語を辿るのとちがって、ハチャメチャで取り留めのない断片をたどるから、そこから特定の問題をみつけるのはえらい大変だっつぅーの」

「危険は?」

「ある! 迷ったら、もどってこられねぇことも覚悟……。ま、そのために私がサポートするっつぅーの。どうしても翻意させたいっつぅーなら、力を貸さんでもない」

 どうしてジャンノが力を貸してくれるのか分からないけれど、ボクはすぐに「行きます」と応じた。チャムのことを信じたタマのこともある。ボクたちを裏切ってまで、アイを暗殺しようとした、その行状の理由を知りたかった。

「オニさん……」

 アイが不安そうに見つめてくる。ボクはその手をにぎり返して「大丈夫。ボクは必ずもどってくるよ。だから、ボクの手をにぎっていてくれ。それを頼りに、ボクは帰ってくるから」

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