第37話 王との対面

   王との対面


 ルツとお風呂に向かう。人族はペットという位置づけなので、猩族の入るような大浴場ではなく、とても狭い家庭用のユニットバス、という感じのお風呂だ。

 これでもまだマシな方で、オクトパス国では外に備え付けられたホースだけ、ということもあった。さすがにルツはムリなので、まだ幼いことを理由に、アイたちと大浴場に入れさせてもらったけれど、これはペットに対する考え方の違いかもしれない。暖かい地域であるオクトパス国では、ペットは外で十分、という考えが根底にある。冬の寒さが堪えるここではペットも屋内がみとめられるけれど、追い炊きもないので一緒に入るのが常であり、それでも湯船があるのは有り難い。

 ルツはまだ小学生ぐらい……といってもしっかりしているので、お風呂ぐらい一人でも入れそうだけれど、まだ背中はボクが洗うし、髪を洗うときも両手で顔を覆っているので、ボクが洗ってあげる。こういうところは子供っぽい……。黒髪、碧眼というちょっと変わった面相であり、虹彩の色素が薄いためか、色覚異常もある。ニャコミの街で旅に加わってから、今ではタマの弟子として、着実に成長していた。

「ルツは旅をしていて嫌じゃない?」

 湯船の中で、ルツはボクの太ももにすわり、背中を預けている。ちなみに、ボクには少し歳の離れた妹がいたので、こういうことにも慣れっこだ。

 ルツはふり返りながら「どうして?」

「マッチョロードでは死にかけたり、こうして旅先によっては扱いが悪かったりもするから、気にしているかと思って」

「お風呂に入れないのはちょっと嫌だけど、でも旅は楽しいよ。タマさんは色々と教えてくれるし、アイさんは優しいけど、ちょっと子供っぽくて、オニさんとラブラブになろうとしているのがバレバレだし……」

 一応、ボクたち二人はアイのペット、という体だ。

「でも、もしどこかで飼ってくれる、という優しい猩族が現れたら……」

「優しい猩族がいることは知っているけれど、でもやっぱり私はここがいい。大人なのに子供っぽいリーンがいて、愉快なシャビーがいて、元気なチャムがいて、私と同じぐらいのテトがいて……。旅は大変だと思うこともあるけれど、でも私に気をつかってくれる、優しいオニさんもいるしね」

 仲間に加わったころは、感情を失っているようにも感じたけれど、今ではこんなお世辞まで言えるようになった。

「急にどうしたの? フラグ?」

「いや、ちがうから。フラグなんて言葉、どこで覚えた?」

「本に書いてあったよ。冒険者は死ぬ前に、自分の過去だったり、故郷に残してきた恋人のことを語ったりするものだって」

「そういう演出もあるけど、むしろフラグを外すことの方が、最近では多いからね。あまりにテンプレ化しすぎて、その演出は最近、ウケないからね」

 この世界にやってきた転生者が書いたものだろうか? しかしフラグなんて言葉がでてくること自体、前の世界の遺物といってよく、この世界でも通用している時点で驚きだ。ただ、こんなことまで憶えたのは少々想定外でもあり、体の発育の方はまだまだだけれど、ルツも立派すぎるほどに成長しているのはうれしい反面、やや複雑でもあった。


 それは些細な衝突から始まった。皇教による徴税強化によって、諸侯の不満が溜まっていたところに、その諸侯と皇教派の貴族とが街中でケンカを始めた。キッカケは肩がぶつかっただの、道をゆずらなかっただの、色々と言われているけれど、結局のところは怒りの導火線が短かったということになる。

 諸侯は自分の領地にもどって、各地で蜂起した。皇教に対して反旗を翻したのだ。皇教は武力を有しておらず、すぐに皇帝・カール五世に討伐依頼をだす。自らが戴冠式を行った皇帝であり、カール五世もその要請をうけ、ピューマ同盟に与しないよう諸侯にふれをだす一方、討伐に加わるよう檄を飛ばす。

 ジャスミン侯モーリッツは皇帝の檄に応じて、皇教派として兵を出した。つまり現時点で、皇教派が圧倒的に有利となったのだ。

「これで、モデレイトの私たちへの依頼は消滅ね」

 タマはチャムにそう告げた。

「何で? だよ~」

「モデレイトの依頼は、スカンク国とカペリン国の戦争における、神聖ロバ帝国の動きを報告すること、でしょ。内紛をはじめた神聖ロバ帝国では、もう戦争に介入する力はない。つまり密偵する意味も、義務もない。ちがう?」

「う~、そうかも……だよ~」

「チャムはどうするの? ギルドを通じて報告はしているみたいだけど」

「今は国境の警備も厳しくなっているから、ここから動けないので様子見、だよ~」

「様子見するぐらいなら、私たちに協力しなさい」

 チャムはあくまで、カーナーブンの領主モデレイトから、神聖ロバ帝国の様子をさぐるよう依頼をうけた諜報員であり、パーティーのメンバーというわけではない。ボクらの依頼が消滅したとなれば、一緒にいる必要はないのだ。しかしすでに、タマとチャムの間には上下関係が築かれており、タマから高圧的にそう命じられると、何となくそれでまとまってしまった。特にやることがない以上、一緒にいるのは双方にとって悪い選択ではない。

「シャビーは? あなたはこの神聖ロバ帝国の冒険者だったんでしょ? どこかの都市に思い入れとかないの?」

「ないッス! というか、どこの街にいたか、憶えてないッス」

 ふつうなら「嘘をつけ!」となるところだけれど、シャビーに限っては「あぁ……」とみんな納得した。

「リーンは? 下手をすれば戦争に巻きこまれるけど、大丈夫?」

「うちは、冒険者になる、いう時点でもう覚悟は決まっとる。アンタらについていくわ」

「テトは平気?」

「私は行くところもないから、ついていくだけ。不本意だけど……」

 パーティーの方向性は、タマに委ねられた。ここは冒険者としての経験と、その知略に期待するところ大である。

「テッペン方伯も、領地にもどって叛旗を上げるつもりだ。ボクたちはどうする?」

 ボクの問に、タマは「様子見ね。今のところ、反乱軍が勝てる見込みはない。逆に言えばこの首都、ペクチンにいる限りは私たちも戦闘に巻きこまれる可能性は少ない。猩族同士で争いたくもないし、今はまだ動くべきときじゃない」

「タマにしては慎重だね」

「私たちは冒険者。別に戦争に加担する必要はないからね。魔獣退治を請け負っておけばいいのよ。タマって呼ぶな!」

 どうやら腹蔵もありそうだけれど、今はまだ開陳すべきでない、と考えているようで、タマはニヤッと笑った。


 しかし戦時であり、冒険する機会もなくなった。何しろ街の外には軍隊が走り回っており、魔獣がいれば蹴散らすぐらいの勢いだ。つまり冒険者が魔獣を倒す必要がなくなった。また塀で囲われた街からでれば、スパイと疑われるし、それは街を移動しても同じ。つまりペクチンから動くこともできず、魔獣もおらず、急に冒険者であるボクたちにぽっかりと休みができたのだ。

 ただ、どこも閉まっていて遊びにいく場所もない。そんな中、宿に訪ねてくる者がいた。

「冒険者アイと、高貴な方がお会いしたい、とのことだ」

 相手はマントのようなものを羽織っており、顔も一切みえないようにしている。宿の外には一頭引きの馬車が待っており、どうやら高貴な方、というのは直接外にでてくるのも憚られるような相手らしい。

「私は一緒に行くわ。後、アイは……」

 タマがそういってふり返ると、アイはボクの後ろに隠れて、ぎゅっと袖をつかんでくる。

「この人族も連れていくわ」

 タマの言葉に、相手も一瞬、不快そうな様子になった。それはペットである人族が会うのも憚られる……という意味にみえた。「それは……」

「この子を連れていきたいなら、この人族もセットよ」

 使者も渋々、ボクを連れて行くことに同意する。ボクたちは四人乗りの馬車で、夜の街をすすむ。未だここは戦場になっておらず、平穏ではあるけれど、誰も外を歩いておらず、ひしひしと緊張が伝わる。そんな中、馬車は大きな屋敷に入っていく。

「いよいよ、本命と会えるわね」

 タマの言葉に、使者はぎろっと睨む。

「別に、隠す必要なんてない。ドリフ王、フェルディナンドの屋敷でしょ、ここ?」

 皇帝カール五世がいて、王がいるという形態について、少し説明しておく。元々、神聖ロバ帝国は概念的なものに近く、領土がここ、と決まったものではない。要するに王や諸侯などがその神聖ロバ帝国に属すことで、そこが国として機能するのだ。例えばスカンク国も一時期、神聖ロバ帝国に入るなど、時代とともにその領土も変遷してきた。皇教により戴冠をうけた皇帝がトップ、その下に王、公、諸侯などがつづき、その下に領地をもたない貴族という形で順序づけられる。

「フェルディナンドはカール五世の弟。ほとんどこの国にいない皇帝に代わって、ここを治める実質的な領主。ベンジャミン侯モーリッツを自分たちに引きこんだのと同じ、私たちにも手をだしてくると思っていた」

 使者は憮然とした様子で「王の前では、恙なきよう……」とだけ告げる。

 暗い屋敷の中を、使者を先頭にしてボクらはすすむ。ここにお城のような形態はなく、王といっても屋敷を拠点とするようだ。それはこの街が、歴史的にみると太古の石組み、といった建築様式をとることもなく興隆してきたため、だろう。

 食堂のような場所に通されたが、そこに城主であるドリフ王フェルディナンドがいた。

 ネズミ……それともウサギ? 前歯がでているけれど、若干のウケグチにも見え、それは上唇がまくれ上がっているせいか……。ここでは世代を重ねると、血が混じって動物の性質が薄れる……とされるけれど、彼のような、猩族としての姿形が色濃くでてくる、というのは不自然に感じた。

「お招き有難うございます。フェルディナンド・ドリフ王」

「招いたわけではない。招かざるを得なかった。そういう状況をつくられた、ということだろう?」

「外堀を埋めていった、ということですよ。ドリフ王」

 タマはニヤッと笑う。皇教派、ピューマ同盟、その二つとつながりをもち、それぞれが興味をもって近づいてくるぐらい、ボクたちの……いや、アイの重要性がこの国でも高まっているのだ。

「ふん、食えない輩がいる、という話は聞いていたが……。主か」

「食べてもおいしいですよ。ただ、簡単に食べられる気もありませんけど」

 ネコとネズミなら、相性は最悪であり、それでも利害がからむので二人とも席を立つことはない。ただ微妙な空気が流れていることも確かだった。

「君たちは、これからどうする気だね? ピューマ同盟と組むのか? それとも我々に協力するのか? 二択だよ。それ以外はない」

 戦時に様子見は赦さない、と述べている。

「私たちは冒険者。依頼をうけるか、どうかの選択ぐらいは与えられています。コトは魔獣を討伐したり、ダンジョンを探索したり、といったものではない。十分に考えて、最善の選択をとるだけですよ」

「我々の敵になる、というのかな? よいのか? 我々の息のかかった者は、この大陸に数多いる。君たちのパーティーには、まだ初心者と思しき者もいるそうじゃないか。そんな連中が耐えられると思っているのか?」

 脅し……ただ、タマは高らかに笑い放った。

「あなたたちも、この子の噂ぐらいは聞いて、接近してきたんでしょ? ヴォートスルゼ城を解放しただけじゃない。ヘジャの街では魔獣二千体を、たった二人の冒険者で倒し、ヴィエンケではたった一人で豪商ヴィエン家をぶっつぶした。この子を怒らせたら、無傷どころか重傷でも済まないわよ」

「脅しのつもりか?」

「そんなつもりもない。でも、脅してくる相手に、ちょっとかますぐらいには、この手の話は効果的でしょ?」

 タマは相手が領主というのに、まったく下手にでることもなければ、堂々と対峙する。これも交渉術だろうが、サラリーマンを経験しているボクからみても、これが上司だったら頼もしい限りだ。

「もし、私たちがいない間に、あの子たちに手をだしていたら、アンタ……」

 冷たい目で見返され、フェルディナンドは笑ってみせた。

「ははは……。これから仲間になってくれるかもしれない相手に、そんなことをするわけがない。返答次第だよ」

「さっき、迎えにきたのは親衛隊でしょ? 厭味ったらしく見せつけてくれちゃって。あれでビビると思ったわけ? お前たちの居所は知っているぞ、余計なことをするな、とでも言いたいの? 冗談じゃないわ。ハムスタブルグ家の威光がどうの……とか言っていると、張り倒すわよ」

 タマが、こちらが引くほどの強気だ。よほど腹に据えかねたのか、ケンカ腰でもある。というか、目の前にいるフェルディナンドはハムスターの猩族か……。

 フェルディナンドは一瞬、不快そうな表情を浮かべたが、すぐにその笑みをとりもどす。この辺りは、外交と婚姻によって勢力を拡大してきたハムスタブルグ家の血筋、といったところかもしれない。

「何を言っているのか分からんが、心に留めておこう。敵でもなく、味方でもないというのなら、お前たちはどうするつもりだ?」

「別に……。ただ、最近の教会の動きは胡散臭すぎる。強引ともいえる金集め、カナリア国で何をしているの? そして、それに協力するアナタたちも……。いくら神聖ロバ帝国の皇帝権を皇教から与えられたからといって、今の彼らに協力する義理は、それほどないのではないかしら?」

「ふふふ……。これは聡明なお嬢さんだ。だが、部外者がそこに手をだして、タダで済むと思っているのか?」

「思ってないわよ。でも、魔獣がいて、魔族がいて、魔王がいる世界で、猩族同士が私利私欲のために動いているとすれば、タダで済まないのはどっちだと思う?」

「ふ……ハハハッ! これだから子供は困る。我々が世界をつくり、我々が、世界を守っている。我々が、この世界を動かしているのだよ。怪しい? 魔族? 魔王? それは世界を知らない者の物言いだ!」

 どういうことだ……? 確かに、今回の動きは色々とおかしい。スカンク国とカペリン国の戦争――。現ロバ皇帝はカペリン王とも称されるカール五世。神聖ロバ帝国が唆して、スカンク国に魔族によって首都を壊滅させられたカペリン国を攻めさせる、というのは自分の国に他国を招き入れることになるのだ。そしてカール五世の実弟、ドリフ王フェルディナンドのこの世界王とでも呼ぶべき自信……。

 そのとき、この部屋にどかどかと何者かが入ってきた。

「もっと世界を知ることだな。冒険者よ! そうじゃないと、奴と同じ目に遭うぞ」

 …………奴? それを問うことはできなさそうだ。そう、ボクたちは兵士たちに囲まれ、絶体絶命の窮地に陥っていた。

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