第36話 内紛
内紛
「テッペン方伯と接点をもったのね。上出来だわ」
タマはそういったが、すぐに「でも、できればそこでもっと突っこんだ話をしてこないとダメね……」と釘を刺された。次にタマはルツの方を向くと、すぐに答えた。
「新聞社に行ってきたけれど、やっぱりピューマ同盟と、皇教派の緊張が高まっているって話だった。近々、皇教派がふたたび教会財産として諸侯の土地を没収する話もあって、一触即発だと……」
「どういうこと?」
ボクが目を丸くすると、タマが説明する。
「要するに、教会が権限を強化するのに従って、徐々に諸侯のもっていた権利を奪っていっている状態なのよ。そうしたものに反対する動きもあって、教会においても変革運動が起きていてね。その改革派、進歩派と、従来の権利、権力を維持しようとする皇教派とが、一触即発でにらみ合っているってわけ」
「すると……、神聖ロバ帝国は内紛の兆しありってこと? それなら、スカンク国とカペリン国の戦争に介入することもないんだね」
「分からんで。実は、こっちの内紛にスカンク国とカペリン国も興味津々、ちゅう話もあるぐらいなんや」
「むしろ介入してくる、ってこと?」
「元々、神聖ロバ帝国はそうした内紛をかかえる状態。現皇帝、カール五世がカペリン王と呼ばれとるように、ほとんどこの国の政治を知らん、いう話もあってな。スカンク国の介入を恐れて唆した、いうても、神聖ロバ帝国は諸侯の集まり。その諸侯の力が衰えたら、スカンク国にも対抗できん」
リーンがニヤニヤしながら語ってくる。リーン自身、かなりルツからレクもうけたのかもしれない。それは子供のルツが、前面に立って話をするわけにもいかないから、リーンとルツのコンビでは必然的にリーンが話をする立場になり、色々と状況を知っておく必要に迫られたため、だろう。若干、目の下にクマもみえるが、自信満々だ。
「タマはどう……って、テトはどうしたの?」
疲れ切った様子で、テトは布団にうつ伏せで倒れている。
「学校に通っていたっていうから、口述筆記をお願いしたのよ。そうしたら……って、タマって呼ぶな!」
「イジメられて、途中で学校に行かなくなったって言ったじゃない。もう無理……」
テトはイタチの猩族であり、布団にまっすぐ横たわると、その長くて太いシッポもあって寸胴に見える。議事録の作成は、新入社員が最初に与えられる試練でもあるが、まさにその洗礼をうけたのかもしれない。
「私の方はその逆で、皇教派の貴族とサシで話をしてきたわ。皇教派は、すでに猶予していた財産権の差し押さえについて決めていることもあって、武力衝突やむ無しって感じね。でも、勝てると踏んでいるんでしょう。何しろピューマ同盟なんて言っても、一部の諸侯の参加にとどまるし、皇帝の権限によって軍も動かせるから……」
「じゃあ、どうするの? 劣勢のピューマ同盟に雇ってもらう?」
「バカなの? 勝てる方に協力しなくてどうするの? しかも、それは歴史的な意味での勝利であって、短期の話じゃないわ」
「どういうこと?」
「皇教派の権限は、いずれにしろ縮小されていく方向でしょう。ただ、今回のピューマ同盟の動きに追随したところで、禍根を残すだけね」
「なら、様子見?」
「ピューマ同盟は劣勢を自覚していて、アイの助力を期待しているんでしょ。なら、断ったらこっちに禍根を残すわ」
確かに、多方面外光を展開した挙句、双方にいい顔をしきれなくなって困っている感じだ。テッペン方伯フィルの心証を害さずに救援要請を断ることは、権限や命がかかっているだけに大そう難しい。
そのとき、冒険にでていたアイとチャムがもどってきた。
「ふぇ~ん、オニ教官、だよ~」
チャムはそういって、いきなりボクに抱きついてくる。ただでなくとも薄着で、露出の多いチャムの服装と、そのぷにぷにとした柔らかさにどぎまぎしてしまうが、そこにはアイの冷たい視線が待っていて、ボクにもどうすることもできず、チャムが首からぶら下がりつづける中で、手を挙げてしまった。
「チャムは戦いに向かなかった……?」
「全然ダメです。逃げ回ってばかりで……」
チャムの場合、ウサギの猩族として、移動速度だけで冒険者になっている特化型だ。魔獣と戦わなくとも逃げ切れただけに、これまで戦ったこともないのだろう。
それに、アンツブシー島でボクとリーンを鍛えて以来、アイの鬼教官ぶりに磨きがかかっているのかもしれない。
「チャムを組ませたのも、アイが全力で冒険できないようにするためだし……。仲間を鍛える目的をもっている、と周りに思ってもらった方が、都合いいのよ」
タマの言葉に、チャムが「ひ、ヒドイ! だよ~」
そういってチャムは強くボクに抱きついて、体をゆすってくる。そのたび、大きな胸が押し付けられてきて、アイの目がさらに怖くなった。ボクはホールドアップした手を頭の上で合わせて、奇妙な拝みの姿勢をとるしか、残された手がなかった。
ボクはシャビーと二人で、マニンゲン侯マルティンとともに、とある人物に会うため、とある屋敷を訪ねていた。
ジャスミン侯モーリッツ――。
ジャスミン侯を賜った由緒正しいフュルストであり、かつ大型のワシの猩族。目つきも鋭く精悍で、さらにモスマン帝国の侵入を撃退した、神聖ロバ帝国の若き英雄――。
「アッシでも名前を知っている超有名人ッスよ」
「だから、この神聖ロバ帝国の内紛でも、彼がカギをにぎっているのですよ。ピューマ同盟の盟主と目されるテッペン方伯フィルとは義兄の関係にも当たります。まさに騒乱のカギをにぎる重要人物です」
マルティンがそう説明してくれる。ボクたちがここに来たのは、テッペン方伯と会う前に、是非とも会って欲しい人物がいる、というマルティンの提案だ。
ちなみに諸侯はそれぞれの領地に本宅があり、首都であるペクチンの屋敷は、あくまで出張所という感じで大きくはない。それでも瀟洒な客間に通された。
主であるジャスミン侯モーリッツが現れると、すぐにその鋭い視線がボクに向き「人族が、ナゼ?」と尋ねてきた。神聖ロバ帝国は人族に厳しい風潮がなく、すっかり忘れていたが、この世界では人族が虐げられる存在、こうして毛嫌いする貴族がいても、何ら不思議なことではない。
「こちらは冒険者アイのペット。人族ですが、代理として来ていただいています」
「マニンゲン侯……。人族が代理としてふさわしいとお考えですか?」
「冒険者アイはこちらの人族を大そう可愛がっておられる。こちらの方々はいわば見届け人。構わないと思いますが?」
マルティンは穏やかにそういう。モーリッツも渋々、という感じでボクとシャビーがそこにいることを承諾してくれた。
「しかしマニンゲン侯、私は何度さそわれても、皇帝を裏切ることはできません」
「裏切れ、と言っているのではない。私たちの話も聞いて欲しい、ということです。今、皇教権力は肥大化し、免罪符なるものまで与え始めた。金儲けのためなら何でもやる、という行為に賛同するわけにはいかない」
「その皇教に意見できるのは皇帝のみ。逆に、その皇帝の力が衰えたら、皇教派がますます勢力を伸ばすことになるのですぞ。貴公らの行っていることは、むしろ皇教派の力が増し、伸張させる行為と言えよう」
「皇帝にも、何度も具申しました。それでも何も手をうってもらえないから、こうして行動するしかないのです」
「今はまだ待つのだ。モスマン帝国の脅威は一先ず去ったが、まだその痛手も残る。皇帝が力をとりもどせば、皇教にも必ずその旨を伝える」
「それでは遅いのです! 恐らく、もうすぐ諸侯の領地から免除されていた、徴税強化の布告もあるでしょう。諸侯とて裕福なのはごく一部、このままでは声を上げる前に諸侯が経済的に疲弊し、この帝国も維持できなくなるでしょう」
マルティンの必死の訴えに、モーリッツも腕を組む。そうした諸侯の動きも理解できるだけに、答えに窮する感じだ。
しかしモーリッツの訴えることも理解できた。要するに、二人の国家像と、現時点における問題意識の差だ。そしてモーリッツも、自分がどちらにつくかで戦局が大きく変わることを知っているだけに、容易に答えも出せないようだった。
ボクらはジャスミン侯モーリッツの屋敷をでた、その足でテッペン方伯フィルの屋敷へ向かった。勿論、それはマルティンが、冒険者アイがピューマ同盟に肩入れしている、と思わせるための戦略だろうとはとは気づいている。そしてそれは、モーリッツに対しても冒険者アイの仲間であるボクらが説得に当たった、と周囲に思わせるためであり、印象操作によって仲間を増やそうと考えてのことだ。
「冒険者アイは来ていただけませんでしたか……」
ただ、フィルはがっかりした様子でそうつぶやく。直接、アイと話をすれば依頼をだせる、とでも考えていたのだろう。
「私は全権を委任されています。逆に、ここで冒険者アイが動けば、ショックも大きくなるでしょう」
「ショック……それは協力してもらえない、と?」
「いえ、それはまだ分かりません。我々も、あなた方の動きには賛同しますが、仮にここから我々が協力したとしても、趨勢を変えるには至らないでしょう。やはりジャスミン侯を引きこまない限り、勝利への道はない。先んじて彼を説得することで、ピューマ同盟に我々が参加できる下地ができる、と考えています」
「仰っていることは分かります。冒険者ですから、利害得失を考えて行動する、ということでしょう。ただ我々にも時間がない。皇教派が動いたのに我々が何もしなければ大義を失う。もう時間がないのです」
「今日、ベンジャミン侯と会ってきましたが、現皇帝であるカール五世と血縁はないはずですよね? どうして皇教派なんですか? あなたの姉も嫁いでいるのでしょう?」
「同じ鳥の猩族ですので、私の姉も嫁ぎましたが、モーリッツは父親の急逝によって、後を継ぐのが速すぎたのです。その若さ、純粋さゆえ、皇帝から全幅の信頼をおかれ、その信頼に応えようとしている」
フィルも父の代を若くして継いでいるが、彼の場合は父親も健在だ。マルティンが、フィルの言葉に付け足す。「選帝侯に格上げする動きもあるようです」
「選帝侯?」
「侯よりも強い権限を与えられるのです。皇帝にも直接意見を具申できるようになる。それは彼の家としても誉れとなるでしょう。ちなみに私の方伯というのは、公に匹敵する称号とされるので、私がピューマ同盟の盟主に担ぎ上げられているのですよ」
フィルは淋し気に笑みを浮かべたけれど、そればかりではあるまい。白鳥の美しい羽根のような白い髪、アップにして鍔のないキャップで隠すけれど、もみあげから垂れ下がる髪をみても、恐らくは長く伸ばしており、美しい髪に自覚、自身のある証拠だ。そしてその眉目秀麗さから、トップとして祀り上げられる、飾りとなるのだ。
寛大侯――。そう称されるのも、父親の代からテッペン方伯は寛容さ、多様な社会をみとめてきたことで、支持を集めてきた面もあった。だから古い宗教の形を踏襲し、権限を肥大化する現皇教との対立の火種を生んだ。寛容さが進歩的な考えを取り入れることになり、そこに利害が加わる。いくつものこじれた問題が、進歩派であるピューマ同盟にむすびつき、皇教に神権を与えられた皇帝、それに従う諸侯という皇教派との間での、多様な対立軸へとつながっているのだ。
ボクたちはスカンク国とカペリン国との戦争に、神聖ロバ帝国がどう動くかを調べに来たつもりだったけれど、いつの間にか内紛に巻きこまれていた。
「オニさん! 聞きましたよ。テッペン方伯のフィルさんって、とってもカッコいいそうじゃないですか!」
アイがそう迫ってくる。これが「紹介して❤」という若い女の子特有の反応だったら、どれほど気が楽だったろう。若干の嫉妬をふくみ、かつ怒りをもっているのが問題だ。
「同性だよ? しかも貴族だよ。ボクみたいな人族に興味を抱くはずないじゃないか」
「向こうがどう思うかは関係ないです。オニさんがどう思ったか、です!」
何でアイがちょっと怒っているのか分からず、ボクが戸惑っていると、リーンが説明してくれた。「さっき風呂場で、シャビーが『熱い視線でみつめていたッス』いうてな。それ以来、アイがぷりぷりしとんねん」
「熱い視線ってちがうよ。きっと貴族を束ねるのはこういう人物なんだろうな……と思って、みていただけだからね。確かに超美形だけど、同性だから何とも思っていないし、ボクはアイのちょっと可愛らしい顔立ちの方が、好みだから」
ボクがそういうと、アイは急に真っ赤になって、口ごもってしまった。
ちなみに、ここでは宿に泊まっているけれど、やっぱりペット用のお風呂は別である。部屋は同じでもよいけれど、そこはやはり人族が虐げられる世界なので、ペット待遇となるのは仕方ない。さすがにペット同伴で旅をする冒険者も少なく、お風呂で人族と会うこともないけれど、ボクはルツと一緒にお風呂に入るようにしている。
アイが真っ赤になってもじもじしているので、リーンに聞いてみた。
「でも、貴族にオスが多いのは、何で?」
「人族でもそうやろ。メスが子育てするからや。それでも、例えば鳥の猩族の中にはオスが子育てする者もおるから、そういう場合は一族の中でもメスが表にでてくるけどな。冒険者になるような者はほとんどがメスっちゅうように、力関係はオス、メスに違いはなく、むしろメスの方が強い者が多い。でも、元々のもっとる性質として子育て、があると、貴族の場合、特に家同士の関係性が重視されるから、最初から表にでてこん方がええ、いうことはあるのかもしれんな」
哺乳類だと、どうしても授乳をする必要があって、メスが子育てに回る。人間だって、母乳よりミルクを重視するようになったら、本来は男や女、といった違いをなくした社会だってつくることができたはずだ。それでも未だに多くの国でも達成されていない。ここでもそれは同じなのかもしれない。
もう一つ付け加えると、メスの方が強い力をもって転生してくることが多く、冒険者になることも多い、というこの世界の実情を鑑みると、本来はメスが前面に立ってもよさそうなものだ。ただ貴族は、それこそ世代を重ねてなるものであり、そうすると転生時の特殊な力も薄れてしまうので、男女も関係なくなるのだろう。
ただ、前の世界の『三十年戦争』と、今の状況が似てきているのが気がかりだった。それでも少しずつ異なる様相を示すのは、プレイヤーのほとんどが猩族だから、なのか、それとも別の理由があるのか……? そもそも、ここではすでにアホ毛モンが大陸にある国を一回、ガラガラポンした後なのだ。その二百年前に起こった三十年戦争を、今さら起こす意味も分からなかった。
「オ、オニさんが、好みだって言ってくれた……❤」
こうして真っ赤になって、もじもじしているアイが、この内戦でキープレイヤーになるのかも……というのも、かなり不安に感じる部分でもあった。
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