第33話 見世物

   見世物


「ねぇ、いいでしょ~。この縄を解いてよ~」

「あかん! どうせすぐに逃げるやろ。それにまた精神操作されたらかなわんからな」

「ケチッ! ねぇねぇ、人族のアナタぁ~。可哀想だと思わない? 幼気なアタシに、こんな縄をかけて」

「放りださないだけ、あり難いと思ってよ」

「もうッ! この中で一番~、幼女に優しいのって、だ~れ?」

「誰もいないッスよ。というか、幼女なんスか?」

 ヴォートスルゼ城からの帰路、縄でしばった少女をボクは背負っている。リュックを始めとして、道具はすべてボクが運搬する役目であり、リュックをお腹の方に、少女を背中にするので、暴れられると大変だ。

 恐らく彼女はイタチの猩族、犬の猩族であるアイやリーンには立派なケモノ耳が頭からピンと立っているし、シャビーの頭には鶏冠のような真っ赤な毛がモヒカンのように生えている。しかし彼女の耳は側頭部にあって高くなく、幅広で、ショートカットの髪型だからやっと見える、といった感じだ。その逆でケモノ尻尾は太く長いけれど、サルのように先端がふくらんで何かを掴めるようになっているわけではなく、シュッと真っ直ぐで、バランスをとるためだけにあるようだ。

「名前は何やねん?」

 リーンに尋ねられても、ぷいっと横をむくばかりだ。ヴォートスルゼ城に暮らしていたことは間違いなく、三階に行くと、明らかな生活の場があった。一体いつから棲んでいたのかも答えてくれないけれど、恐らくヴォートスルゼ城が「魔獣の巣窟」と呼ばれるようになった原因も、この少女だろう。マインド操作系の魔法をあやつり、魔獣の巣窟という幻影をみせることによって、冒険者を城へ近づかないようにしていたのだ。

 今だってマインド操作の魔法をかけられる恐れもあるけれど、アイの魔法であるライトニング・シャックルで、ふたたび痙攣させられるのが怖いらしく、大人しくしている。魔法をつかえる者は魔力の流れみたいなものが分かる、とされていて、彼女が少しでもおかしな行動をとれば「ライトニング・シャックル」だ。

 ヴォートスルゼ城の探索が一日で終了したため、実質的には三日がかりの探索となった。ハンバーグの街にもどり、ギルドに報告すると、依頼者であるベロンチュトリュフ侯から夕餉のお誘いをうけた。

 タマがいないと礼節すら弁えていない者が多くて不安だが、人族のボクも参加してよい、ということでその誘いをうけることにした。ただタマの代理としてボクが応対する、というのは角がたつので、リーンを立てる。

「お招き、ありがとうございますぅ、ベロンチュトリュフ侯」

 そこはハンバーグの街の中にある屋敷であり、かなりの大きさもある。それはこの街でも巨大な権力を有する、ということでもあった。

「ほほほ……。西の訛りですな。気にせず、つかってもらって構いませんよ」

 ベロンチュトリュフ侯はかなりの高齢で、恐らくはイノシシの猩族だ。人化しても鼻が上をむき、下から牙のような歯がみえる。そのせいで若干の受け口になっているが、高齢となって息が漏れるらしく、はふはふと呼吸音が漏れる。

「な……何て言ったらええねん?」

 リーンが小声でボクに尋ねてくるので「ご厚誼に感謝します、だよ」

「よいよい。私は人族にも寛容だよ」

 寛容、というのは上から目線の物言いなのだが、人族が虐げられる世界でもあるから、直接話をしてもいい、というのは有り難い。

「ご厚誼に感謝します、ベロンチュトリュフ侯」ボクがそう応じた。

「人族の中にも、きちんと社会儀礼を弁える者がいることは知っているよ、ほほほ。私はハンドパワー選帝侯に従って、あるぴょんでも政務をとったことがあるからねぇ。これでも、猩族の中では世間を知っている方だよ。もちろん、冒険者には敵わないが」

 ハンドパワー選帝侯というのは、ハンドパワーという街の領主にとどまらず、神聖ロバ帝国からもみとめられた血統、血筋のよい一族のことだ。その血筋ゆえ、一時期あるぴょんの王となり、彼も行政官として出向いていた、という事情のようだ。

 ボクらはあるぴょんの、カーナーブンの領主モデレイトから、この神聖ロバ帝国の動向をさぐるよう、要請をうけて来ている。ただ、それをここで明かしていいのか? は判断に迷うところだ。

「ヴォートスルゼ城は私の一族が代々、収めてきた土地に建てた城。それをとりもどしていただいたことは、感謝のしようもありません」

「私たちはただ、依頼をうけただけのことです。結果として解決できて何よりです」

「報酬はいくらでも……と言いたいところですが、何しろ貧乏貴族。些少な額にしかなりませんが、今日は歓待させてください」

 元より、冒険の対価以上のものをもらうつもりもなく、ただ夕飯をご馳走してもらえる、ということで、リーンもシャビーも舌なめずりする。貧乏貴族といっても、そこは貴族、普段のボクたちが食べられない料理が並ぶ。

「ほう、あるぴょんにいたのですか?」

 食事がある程度まですすみ、ボクはその名をだしてみる。どうせ、ギルドで調べればわかることだし、変に隠しておくのもまずい。それに、相手の反応もうかがいたかった。上手くいけば協力者になってくれるかもしれないからだ。

「魔法使いの聖地、と呼ばれるところを一度、見てみようと思いまして……。すぐに食事に厭きて、大陸にもどってきましたが」

「フィッシュ・アンド・チップス。確かに、食事にみるべき点はありませんな。それも、一時の飢餓によって、食文化が衰退したからなんですよ」

「飢餓? 食糧危機ということですか?」

「そうともいいますな。大飢饉により、ジャガイモと魚しか食べるものがなくなった。それ以降、あの島は食文化が途絶えたのですよ。ほほほ……」

 あるぴょんに対して悪い印象はもっていないようだけれど、かといって思い入れもないようだった。ただ、かつてあるぴょんの行政官でもあったことは、この高齢の老人にとって、よい思い出話の一つにはなったようだ。

「ところで、ヴォートスルゼ城にいた、引き渡した少女はどうしたんですか?」

「おぉ、見ますか?」

 ベロンチュトリュフ侯は中庭を示す。その窓から外をみて、驚いた。そこには貼りつけの台が備えつけられ、そこに口には魔術詠唱ができないようにマスクを嵌められ、縛りつけられた少女がいた。

「明日には火炙りですよ。ほほほ」

 まるで当たり前のことのように、ベロンチュトリュフ侯は語る。この世界での刑罰の在り方は初めて聞くので、ボクが驚いていると、シャビーは当たり前の顔をしているが、リーンは少し驚いたようだ。どうやら一般的ではないものの、この神聖ロバ帝国では、火炙りの刑がごく当たり前に行われているのだろう。

 でも、ボクはやっぱり納得いかないものを感じた。


 ボクは夕飯の席をこっそりとぬけだして、中庭へとやってくる。

 広場になったそこに木製の台があり、その上には木に縛りつけられた少女がいる。台の下には薪が置かれていて、明日の朝には公開で、火炙りの刑が執行されるのだろう。

「君は、何であそこにいたんだ?」

 口にはマスクが嵌められ、応じられるはずもないけれど、ボクはそう尋ねた。

 少女はボクに気づくものの、ぷいっと横をむく。

「この世界では、街の外にいるのは危険だ。いくら魔獣よりレベルの高い冒険者だって、寝ているときに襲われたら一溜りもない。だから日帰りでない冒険者は、何人かでパーティーを組み、見張りを立てながら休む。なのに、君は一人であそこにいた。家庭菜園みたいなところもあったし、池にいた魚も食べていただろう。そうやって一人で生活していた。なぜ? ボクにはそれが分からないんだ」

 少女は何も答えない。横をむいたままだ。

「このままだと、君は明日には火炙りにされる。それでいいのか? いいたくない、という気持ちは察するけれど、それは命をかけてでも守りたいことなのかい? もしここで君の抱えている事情を説明してくれたら、もしかしたら助けてあげられるかもしれないのに……」

 少女はその言葉で、ゆっくりとボクの方をみた。

「君の事情を知ったら、弁護することもできる。でも、今のままなら君は貴族のお屋敷にもぐりこんで、そこに来た者を罠に嵌めて、追い払ったただの悪党だよ。その汚名を着せられたまま焼かれたいのかい?」

 彼女は激しく首を横にふる。一人であんな離れた屋敷に暮らしていたのだ。誰かと接触していた気配もない。それは生きることを諦めていない証拠だった。

「ボクができることもあるかもしれない。でも、それをできるかどうか、は君次第だよ」

 ボクはそういって、その後二、三の言葉を残して、その場を去った。


 翌日、火炙りの刑が実行される。この世界では娯楽が少なく、これも見世物だ。残酷、という人もいるかもしれないけれど、現代でもそれを見世物にする国があるように、近世までの処刑は見世物なのだ。江戸時代の「市中引き回しの上……」というのは、その見世物を宣伝する行為であり、白子屋お熊の事件などが有名だ。大岡裁きの一つだけれど、美貌を謳われたお熊さんが、刑場にひかれていくときに絢爛華美な着物をまとい、見物人が群がったという。そして刑場で斬首される。そこまでが見世物だ。

 少女はすでに縛りつけられた状態で、聴衆が周りに集まっていた。

 死刑執行人から、罪状が高らかに読み上げられる。ベロンチュトリュフ侯の屋敷に忍びこんで、不当に占拠したこと。しかもそこを訪れた冒険者を愚弄し、恐怖心を抱かせたこと。などが朗々と語られ、聴衆からはブーイングやヤジが飛ぶ。悪人を成敗する、それは昔話の構図と同じ、だからこの火炙りが見世物となる。どれほど残虐であろうと、それが報いであれば人は溜飲を下げ、自分がどれほどひどいことをしていても、その行為に満足するものなのだ。

 聴衆からはすでに悪人認定され、目の前にいる極悪人を「殺せ、殺せ」の大合唱が起きる。そんな中、マスクを外され、少女にも最後の弁明の機会が与えられた。しかしすでに聴衆は聞く耳をもっておらず、単なる通過儀礼にすぎない。

 それでも少女は涙ながらに訴えた。

「私は……学校でいじめられ、街から逃れて流浪していたとき、あの屋敷が空いていたから、そこにいただけ……。せっかく私がみつけた、安住の地だったから、それを奪おうとやって来た相手に魔法をかけた。それは悪かったと思っている。でも、あそこが誰かの場所とか、そんなことは知らなかっただけなの。お願い、助けて!」

「君の名は⁉」

 聴衆のどこかから、そういう声が上がった。

「私は…………、テトーーーーッ‼」

 少女の絶叫が木霊した。死刑執行人はもういいだろう、とばかりに、手にした松明に点火する。それを彼女の下に積まれている薪につっこめば、もう終わりだ。

 聴衆はふたたび「殺せ、殺せ」の大合唱を上げる。少女の言葉はとどかなかった。それは悪党の戯言、死ぬ間際の懺悔、悪党の言い逃れとしかうけとられておらず、その言葉を真剣に受け止める者などいない。

 少女は零れ落ちる涙で、少しでも炎の熱を和らげようとするかのごとく、天を仰いだ。

「ちょっと待って下さい!」

 その言葉とともに、聴衆を割ってすすみでてきた者がいる。

 アイだった。

「私がヴォートスルゼ城で彼女と戦い、捕らえました。私の話を少し聞いてください」

 それほど声を張り上げるわけではないものの、よく通る澄んだ声と、その凛とした立ち姿に聴衆の注目も集まり、見世物を中断されたといって怒声を上げる者もいない。アイはその台の上にのり、聴衆にむけて語りだす。

「ヴォートスルゼ城の往時の栄華は知りませんが、未だその威容をほこり、また窓一つ割れていなかった。それは、魔獣がそこを襲っていない、ということ。私は冒険者だから分かりますが、人のいない建物でも窓を破り、その中を漁ります。それがまったくなかったのです。これは何を意味するのでしょう?」

 聴衆はアイの言葉に聞き入っている。ただ、投げかけられた疑問に答えられる者はいない。

「私はあの屋敷の周りに咲く、花々に気づきました。それがこれです」

 アイが掲げた花は、紫色の小さな花弁がいくつか集まったような形であり、どちらかといえばキレイで、愛らしいものだ。

「この花に、もしかしたら魔獣を遠ざける、何らかの効果があるのかもしれません。そして、もしこれを街の周りに咲かせたなら、この街は魔獣の脅威もなくなり、安心して暮らせるようになるかもしれない。まして、この花をもっと広げていったら、失われた領地でさえ回復することができるかもしれないのです」

 アイが高らかに掲げた花に、聴衆の視線は集まる。もしそんなことが可能なら……。誰の脳裏にもそんな思いが去来しただろう。

「私は冒険者です。それを実証する能力も、時間もありません。これはベロンチュトリュフ侯に差し上げます。よき研究に用い、これを民のために用いるよう」

 アイはすすみでて、処刑を見物するために高い位置にいるベロンチュトリュフ侯にむけて差しだす。彼もそれをうけとった。

「ベロンチュトリュフ侯、昨日、あなたは私に褒美を与えよう、と言って下さった。私はここで、その褒美を所望します」

 アイはそういうと、処刑台にいるテトを指さした。

「私は、彼女を所望します。私がとらえた彼女の生殺与奪の権利を、私が行使します。彼女はもしかしたら、この魔獣を忌避する植物をみつけた、最大の功労者かもしれない。でも、今は分かりません。だから私は彼女の命を預かり、そしてもしそれがちがったら、私の手で彼女の命を奪いたいと思います。どうですか、皆さん⁈」

 聴衆は凛としてそこに立つ、アイのその姿と、語り口にもう魅了されていた。万雷の拍手を送って、その提案を是としたのだった。


「あれでよかったんですか、オニさん?」

 アイがそう尋ねてくるので、ボクは頭をぽん、ぽんと叩いて労をねぎらった。「十分だよ。お疲れ様」

 処刑は見世物であり、一旦それが決まったら覆すにも聴衆を納得させないといけない。そこで描いたシナリオだった。当然、ベロンチュトリュフ侯にも了承済み。ただ、すべての成功の鍵はアイがどれだけ演じきれるか? その点で完璧だったといえる。また、アイが猩族の中であっても〝美〟という点で衆目を納得させるだけの力をもつ、と再認識させられた。

 ボクたちはそれを最後に、船に乗った。タマと約束した通り、これで一週間、また約束通りに知名度を上げた。報酬もヴォートスルゼ城の奪還に成功して、それなりに稼いだので、ペクチンに向かうことにしたのだ。

「君がこの後、どうするかは自由だよ。テト」

 テトはボクたちと一緒に船に乗っている。ハンバーグの街にはいられないし、アイが預かるといったのだから、一緒にいかないとおかしいからだ。ただ、彼女は船べりの角で丸くなったまま、振り向きもしない。彼女はイジメをうけて、あの屋敷に引きこもっていた。集団からうける恐怖心を思い出してしまったのかもしれない。今はそっとしておくことにする。タマ、ルツ、それにチャムのいるペクチンに、ボクらは旅立ったのだった。

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