第29話 ミュージアム・デート
ミュージアム・デート
ブサイクメンの街をでてベンザー川を下り、一旦海にでた後、しばらく北上して今度はケツマル川に入った。この辺りの川は低地を流れていることもあって、流れは緩やかで、波も小さいために海より穏やかだ。
「アッシはこの神聖ロバ帝国の冒険者ッス。でも、中々パーティーに入れてもらえず、ずっと一人だったッス」
「三十歩すすむとすべて忘れる冒険者なんて、誰かて仲間にしたくないやろ」
「そんなこと言わないで下さいッス。親びんの手下~」
「誰が手下やねん!」
新しく仲間に加わった? 慧冠のシャビーのせいで、旅はにぎやかになった。
「そうなると大した経験もないのよねぇ。何か特技とかあるの?」
「声が大きいッス。後、言葉が武器になるッス」
「言葉が武器に……っていうと、何かいい意味に聞こえるけれど、実際にそれ、何もしていないからね。その武器が利かない場合、ただの役立たずだから」
「嫌ぁ~、照れるッス!」
「誉めてないわよ!」
一事が万事、こんな感じで、タマとリーンから交互に突っこまれる。本人には悪ふざけをしているつもりも、相手をからかおうとしているつもりもないから、余計に質が悪い。思っていることが口から出てしまう、もしくは他人の言葉が耳に入ってこないか、入ってきても都合よく脳内変換されている感じだ。
今日はパンサー同盟の一角でもある、ハンバーグに一泊することとなった。ここはこの神聖ロバ帝国でも一、二を争う巨大都市であり、歴史的にも貴重な建物を残す場所だ。観光地というより商業都市であるけれど、大人な街、歓楽街などもあって、現実的に楽しめる土地ということも、ここが発展した理由の一つだろう。水路をつかった交易も相まって、かなりの活気も感じられた。
「神聖ロバ帝国に来ておいて、ここを観光しない手はないッスよ」
「ここは私も三回目、だよ~」
あるぴょんから一緒になったウサギの猩族、チャムもそういってはしゃいでいる。
「今日はとにかく、観光しましょ。各自、自由時間ってことで」
宿はもう決めているので、もどる場所は分かっている。三十歩で忘れるシャビーの手には書いておいたので、各人がそれぞれ楽しむことになった。
ルツは「私はタマさんと行く。ごゆっくり」と言って去っていった。要するに、ボクとアイに気をつかったのだ。
アイと久しぶりの二人きりのデート……。
「歓楽街は賑やかすぎるから、静かなところに行こうか?」
「はい」そういって、アイはすっと腕を絡めてくる。この世界で久しぶりに出会ったころは、全然恋愛にも慣れていなくて、嘘をついて一緒にお風呂に入ってきたり、逆に腕を組むことさえイイワケしてみせたり、といったちぐはぐさが目立ったけれど、今はこうした恋人同士のふるまいにも慣れてきた印象だ。
ここにも歌劇場はあるけれど、ブサイクメンで楽団の経営を救うために散々に聞きまくったので、しばらく食傷気味である。
「博物館に行ってみようか。ここは色々とあるみたいだし……」
二人とも初めての街で、色々と分からないことも多くて、とりあえず近くにある小さな博物館に入ってみることにした。歴史のある建物の一部をつかって、一人の研究者により収集されたデータ、遺物を展示するための博物館らしい。
「この世界の……歴史?」
転生者も多くいるこの世界は、統一された歴史を記述したものはないと思っていた。とある研究者の記述、といった但し書きはついているけれど、全体に及ぶこの世界の成り立ちを考察したものは興味深い。以下、博物館に展示してあるパネルや展示品から、個人的な理解をふくめて説明してみることにする。
『この世界は、天地開闢という、いわば神話世界について記述されたものがない。要するに、いつ、どうやって創られた、と分からないのだ。多くはそうした神話に関する部分は宗教的な教義として取り入れられ、伝承としてのこっていくのだが、この神聖ロバ帝国でさえ、そうした記述を見出すことができなかった……』
なるほど、この街にこうした博物館をつくった理由も分かる気がした。神聖という名が示すように、ここは宗教的な色彩の強い国でもある。それなのに、世界がどうやって創られたか、という神話をもっていないのは不自然と言いたいのだ。
『この世界は生まれたり、消滅したり、といった事案を記述する必要がない。それは神聖ロバ帝国を支える宗教の教義にもある。〝ここは前の世界での善行、悪行を量りかねた神が、もう一度それを確認するためにある世界であり、だから神の御心に沿うように、この世界で徳を積む……〟という。つまりここは生者と死者、それを隔て、選別するための中間世界であり、生成と消滅なんてものは必要ない。ただそこにあり、その役目を果たすためだけにあり、必要ないと判断されればすぐに消える』
死んだとき、宗教的なものによっても異なるが、転生するという考え方が一つ。もう一つは神の世界にそのまま引き上げられる、という考えがあった。前者は仏教的、後者はキリスト教的思想であり、いずれのケースにしろ神による選別という段階をふむ。転生、引き上げという違いはあるけれど、死んだ後で生きていたときの行いを算定され、お眼鏡に適ったものだけが次の世界に行く。ここはその、次の世界に行けるかどうか、それを見極めるための準備期間という想定をしているのだ。
『この世界では人と関わりの深かった動物が人化し、猩族となるが、人とかかわりをもたなければ人になりたい、とは願わない。これは必然というより、必要十分条件である。そしてその願いの強い者が、特殊な力をもつ』
猩族の成り立ちにまで言及した資料は初めてみた。確かに、ここが生者、死者の世界の中間であるのなら、動物にもその機会が与えられて然るべきだ。
『それは単なる憧憬、といったものばかりでない。畏怖、憾恨といった支配的な影響をうけた者でさえ、何らかの力をもち得る。力とは願いであり、単純であればあるほどその願いが強くなり、力という単純なものを欲する。
人間の場合、死んでも強く願うことがない。むしろ複雑化され、一つの思いを強くする、ということがないため、この世界で特殊な力をもつことがない。ただしごく稀に、複雑化したその意識の中で、特殊な能力にめざめる者がおり、それが魔族となる』
魔族への言及……。アホ毛モン……もとい、ジャンノもそうだったけれど、人族の中でも特にすごい力がつかえる者がいる、と語っていた。この研究者はすでにそれを見抜いていた、というのか……。この世界で魔族に関する研究は一般論になっていないはずであり、ここでそれを見つけたのは驚きだ。
しかし猩族が誕生するのは、願いの結果というのも驚きだった。何らか、人との関わりがあるとは考えていたが、願いの強さが魔法やスキルを形づくるとすれば、確かに世代を重ねるとそうしたものも消えてしまう、とされる事情も理解できた。
「アイは、人になりたかった?」
「人に……ではなく、オニさんの隣にいたかったです。オニさんは毎日、出かけていきましたが、そういうとき、私もついていきたいなって……。人であったら、一緒にお出掛けできるのにって、いつも思っていました」
「やっぱり淋しかった?」
「私は家に残って、縄張りを守るのがお仕事って、自分を納得させていましたけど……。淋しかったです」
そうした反動もあったのか、前の世界でボクと散歩に行くと、中々帰りたがらなかった。外を知りたい、ということもあっただろうし、色々な匂いがあって、刺激的ということもあったのかもしれない。でも、やっぱりボクと一緒に出掛けたら、色々なところを見て回りたい、と思っていたのだろう。
「オニさんとの散歩は、本当に楽しかったです。一緒に走ってくれて、広場ではボールで遊んでくれて、私があっちに行きたい、こっちに行きたい、と引っ張っていっても、ついてきてくれて……。他の犬からも守ってくれて、誰が近づいてきても堂々としていて……。だから、いつも一緒にお外に行きたいって……」
彼女のそんな純粋な気持ちが、猩族の中でも特異な、強い力をもち得た原因だろうか? それだけとは、とても思えないけれど……。
しかし人間が複雑化する意識の中で、特殊な能力にめざめる、とは何だろう? ジャンノは呪いを受ける、といっていたけれど、それと関係あるのだろうか……?
「アイはこの博物館にある話、分かった?」
「えっと……難しいです」
アイはそういって照れ笑いを浮かべる。でも学校にも通っていないのだから、これは仕方ない。頭の良い子ではあるけれど、それは勉強ができるタイプではなく、自分で考えて行動できるタイプ、という意味であり、お手などの躾は嫌っていた。自分が納得できる行動をとる、という感じだ。
ボクは丁寧に説明しながらすすむ。ボクがこの世界を、人族と猩族が仲良く暮らせるものに変えたい、という目標をもち、彼女もそうすることに協力してくれる。そのために、すぐには理解できずとも、こうした意識を共有しておくのは役に立つからで、彼女もそれを真剣に聞いてくれる。
こうした博物館のようなところが必要なのは、テレビなどの媒体がなく、人々に研究結果などを伝える術が、あまり多くないことが理由だろう。恐らく前の世界だったら、テレビが特集か何かで取り上げるような内容で、パネルを交えて説明を加えているところだろう。ここでは博物館に展示するしか、発表する場もない。
しかしこれだけの考察、また世界をまたがって資料を集め、ここに展示する、とある研究者って一体……?
研究者の名が記載されたところをさがして歩く。しかし、生憎とどこにも記載がないし、何よりここも展示場を借りているだけのようだ。これだけの研究、もっと大々的に発表して議論を巻き起こしたらいいのに……。そう思っていると、ボクら以外の観覧者がいたのか、足音が近づいてくる。何の気なしにそちらに目をむけたとき、ボクは思わず息を呑んだ。
「チュ、チュン助……」
チュン助――。カペリン国のパセリーナで、ボクたちのパーティーに加わった。ボクが小学生のころ、助けたスズメの猩族と名乗っていたけれど、マッチョロードでウソをついていたことを告白し、どこかに消えてしまった。
「まだ私のこと、チュン助って呼んでくれるんだね」
当時と同じ、へそ出しの軽装で、あまり変わっていない印象だ。といっても別れてから二ヶ月ぐらいしか経っておらず、まだ記憶に新しい。
「私はチュン助じゃないんだよ。あのとき、本当の名前を教えていなかったね。私はムクドリの猩族、ムクっていうの」
随分と安易な名前のつけ方だ……。もっとも、ボクが助けたスズメにチュン助なんてつけたのも、野生動物を捕まえて飼育することが禁じられていたからだ。ケガをして飛べなかったので、一ヶ月ぐらい世話をして、飛べるようになったら出て行った。チュン助とはそれだけの関係だ。ムクも、そうやって人と関わったのだろうか……?
「立ち話もなんだから、こちらにどうぞ」
ムクはそういって、ボクたちを誘う。
アイもびっくりしている。彼女には細かい事情を伝えておらず、いきなり消えた、という認識だったからだ。多分、彼女にとってはいきなり現れ、ボクにべたべたする恋敵、という感じだったろう。
そこは博物館に併設されたカフェのような場所で、他に客はおらず、三人で同じテーブルについた。
「君はどうしてここへ?」
ボクの質問に、チュン助……もとい、ムクは「その前に、どうしてオニィさんに近づいたのか、知りたくない?」
そう、彼女はパセリーナでボクが脱出する手助けをして、かつパセリーナのとりまとめ役、九郎定兼の「お目付け役」を名乗っていた。
「偶々、パセリーナの街がオニィさんたちを追いだそうとしていると知って、私はオニィさんが捕まったらマズイ、と思って『逃げて』って言ったんだけど、実は余計なお節介だったんだよね。彼らは初めからオニィさんたちを逃がすつもりだったんだから」
「パセリーナの冒険者じゃなかった?」
「そういうこと。でも私のことを彼らがつけた監視だと勘違いしてくれたし、そのままにしておいただけ」
「じゃあ『お目付け役』っていうのは……?」
「それは本当。オニィさんたちがパセリーナにいると聞いて、あの街に行ったの。監視するためにね」
「監視? 何のために……。ボクたちなんてただの冒険者パーティー……」
「そうなんだよね。私もずっと旅をしていて、オニィさんたちを監視する意味ってなんだったっけ……って。むしろ、あのまま一緒にいてもよかったかなって思うこともあったっけ……。ホント、居心地よかった」
うっとりするような表情を浮かべる。
「私たちムクドリは、人間のことを嫌っていなかった。だからその傍らで生活し、距離も近かった。でも私たちが眠るときに仲間で集まって、しかもギャーギャーと騒ぐのがよくなかったのね。害獣扱いされて、追い払われるようになって……。その生態を調べるために、私は人間に飼われていた。色々と実験されたりもしたわ。それ以来、私は人族のことが嫌いになった。でもオニィさんと出逢って、色々と話をしているうち、こんな人族もいるんだって、改めて思いだした」
実験動物だったのか……。人との関わりのもち方が、必ずしもよくない者もいる。これまでも分かっていたことだったけれど、改めてそれを知ると、やっぱり心苦しくもあった。それはボクと同じ人族が、そうやって動物たちを利用し、虐げているのだから。
それで別れ際、ムクの方からキスをしてきたのか……。これは、アイにも言っていないことだけれど……。
「でも、マッチョロードでタマに正体を見破られて、もう限界だったし、そもそもあの街まで行けば十分だったし……」
「十分? マッチョロードで君の役割は終わったの?」
「監視する必要がなくなったのね。私はオニィさんたちがどこにいるか、それを伝えるだけでよかったから、一緒にいなくてもよくなった……。オニィさんたちも、私に監視を命じた人と会っているよ」
マッチョロード……。すぐに魔族が現れ、ボクたちは命からがら逃げだした。特にあの街で何かをしたわけではないけれど……。
そのとき、アイが慌てて立ち上がった。ボクは気付いていなかったけれど、誰かが近づいてくるのだ。アイの慌てぶり、緊張をみてふり返ったボクは、その姿をみてまたまた驚かされることになった。
「魔族……」
そう、頭からマントをかぶっているが、白いマスクに黒い波打つ模様、マッチョロードを一夜にして壊滅させた、あの魔族が立っていたからだった。
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