第28話 コンテスタント

   コンテスタント


 どうやらボクが手にするのは爆弾……。しかも時限爆弾らしい。

「アンタ! これ、いくつ仕掛けたの⁈」タマが鶏の猩族の女性にそう尋ねる。

「え~……。忘れちゃったッス」

「いつ爆発するの?」

「う~……。いつなんでしょう?」

「アンタ、何も憶えてないの?」

「大体、三十歩すすむとその前に憶えたことは忘れるッス!」

「勝ち誇ったように言うことじゃないから……。とにかく、爆弾を回収しないと、大変なことになるわよ」

 タマがそういって、ボクに「どれぐらい持ちそう?」と尋ねてくる。

 その竹を薄く割いて、ニスで固めた箱を解体していたボクは「専門家じゃないからはっきりとは言えないけれど、どうやらこの振り子みたいなもののエネルギーが尽きたとき、もしくは外部からの力で動きが止まったとき、爆発する仕組みだね。魔法で注入されたエネルギーだから、徐々に減るとすると、後一時間ぐらいで爆発……」

 周りから悲鳴が上がる。

「アンタ、何でこんなことをしたの⁉」

「脅されたッスよ~。あれ? でも誰に脅されたんだっけ?」

「今はそれより、爆弾の解除だよ!」

 ルツにそう言われたが、専門家ではないボクでは、起爆装置の解除すら難しい。

「コイツが憶えていない以上、仕掛けられた爆弾を探すのは難しいか……」

「そいつはうちらにお任せや! 匂いをたどって歩いたとこ、全部探したる!」

 アイとリーンは犬の猩族、嗅覚にすぐれている。二人は鶏の猩族の女性の匂いを嗅ぐと、すぐに飛びだしていく。

「あなたたちも二人についていって。爆弾をみつけたら、慎重にここにもってきて頂戴」

 タマの指示で、人族の少女たちも二人を追って出ていく。

 広いディープロック・ホールを探索したので、すべての爆弾を回収するのに、かなり時間がかかってしまった。「後十分もないよ。これだけの数、解除も間に合わない!」

 何とか最初にみつけた一つを解除したが、三十個近くある爆弾を解除している時間はない。

「チャム。これをもって、街から離れたところに捨ててきなさい。できれば見えない位置まで運んで」

「りょ、了解、だよ~!」

 チャムは走力特化型の冒険者である。ふだんののんびりした喋り方とはちがい、爆弾を手にすると、脱兎のごとくに駆けだしていった。

「さて……問題は、こんなことを仕掛けた奴だけど……」

「ご、ご無体はやめるッスよ~」

「三十歩すすむと忘れるって言っていたけど、名前は?」

「慧冠のシャビーっていうッス!」

「名前を憶えているじゃない!」

「イタイ、イタイ……。短期の記憶と、長期の記憶は別ッスよ~。何度も、何度もくり返し憶えたら、記憶に残るッスけど……」

「じゃあ、その記憶に残るよう、何度も、何度も思い出させてあげるわ」

「あの……」

 このとき、横から口をはさんだのは、ウィルヘルミナである。

「私たち、その相手に心当たりがあります。このディープロック・ホールを地上げしようとしているお金持ちがいて……」

「更地にして、買い占める。ふ~ん……。で、その名前は」

「ブサイクメン御三家の一つ、ゴットフリート家です」

 名字をもてるのは貴族や、名家など、ごく一部だけである。どうやら、この街の権力闘争の一端に、ボクらは巻きこまれたようだった。


「あ、あの……、もうアッシは解放してもらってもいいんじゃないッスかね?」

 シャビーは、ボクがスカンク国でつけていた首輪をつけ、リードをリーンにもたれているので、逃げだすこともできない。

「三十歩すすむと忘れるやなんて、今いち信じられん。ホンマは憶えとるんちゃうか?」

「いやぁ~、前は三歩で忘れてたんスけど、人化されてから、その距離が多少は伸びたんスけど、ねぇ……」

「何なら、多少荒っぽいことをしてでも、思い出させてもええんやで」

「荒っぽいの、反対! 思いだすの、反対!」

「思いだすことに反対しているんじゃないわよ! とにかく、捜査するにしろアンタしか手掛かりがないんだからね!」

「アッシが重要人物ですか? 嫌だなぁ、照れちゃうッス!」

「照れているんじゃないわよ! さっさと思いだせば、すべてが判明するんだから!」

 タマが久しぶりにツッコミに徹している。ケガをして以来、キレ味も鳴りを潜めていたけれど、平癒したことでそれももどってきたようだ。

「ちょっといい? さっき匂いを辿っていたとき、彼女とはちがう匂いを感じて……」

 アイがそういうと、タマも「別の人物がいた?」と尋ねる。

「微かだけど、同じ人物の匂いを感じた。多分、自分の存在を隠そうとする魔法、もしくは何らかの手段をつかっている」

「なるほどね。コイツだけじゃ、使いものにもならないとは思っていたけど……」

「酷いッス……」

 そのころには、ディープロック・ホールの経営者、ブサイクメン御三家の一つ、バスティアン家の主が駆けつけてきた。

「爆発物が仕掛けられていた、と? 嫌ぁ、ありがとうございます。お蔭で助かりました。私はバスティアン家の当主、ルドルフと申します」

 儀礼もきちんと弁え、丁寧な挨拶をしてくる高齢の、恐らく馬の猩族だ。スカンク国のヘジャ城主であったセイリュウを思いだすが、彼も比較的人化の度合いは低く、面長で鬣をなびかす。青鹿毛だったセイリュウと異なり、ルドルフは芦毛であり、肌の色も白くなっているような印象をうけた。

「ゴットフリート家が爆弾をしかけた、とこちらのお嬢さんが言っているけど?」

「そうかもしれません……。度々、このホールを譲れ、と言ってきます。バスティアン家は御三家などと呼ばれていますが、往時の面影はもうありません。それでも昔とった杵柄で、こうして街の中心部に土地をもっているので、ここを買いとって利用したい、との申し出は引きも切りません」

 タマは静かに頷いて、ボクに「爆弾をみせてあげなさい」と告げてきた。竹を薄く割いて、それを重ねてニスなどで固めた箱の中に、爆薬と、その上に起爆装置であるタイマーと思しき定期的に針が台を叩くものが取り付けられていた。

「仕組みは簡単ですが、ダミーの配線もあって、解除できたのはこれだけです」

 針が台を叩かなくなるか、ずっと台についた状態になると、魔力が作動して爆薬に点火する仕組みであり、この辺りは工作の技術があれば、誰でもつくれそうだ。ただし、素材から集めるのはかなり大変だろう。

「残りは捨てたわ」

「それは素晴らしい。いや、あなたたちは救いの女神だ。冒険者の方らしいが、さぞかし名のある方々なのでしょうな。今晩、私の家に来ていただきたい。先ほども言ったように、貧乏な御三家ですから、大したもてなしもできませんが、是非とも……」

「ごちそう……❤」

 リーンなどはもう涎を垂らさんばかりだが、タマは「遠慮しておくわ。私たちもヒマじゃないので」と告げた。暇をかこっているはずだけれど……と、みんなの視線が集まる中で、タマはさらにつづけた。

「古くなったディープロック・ホールを爆破解体して、それを誰かに罪をなすりつけたい、なんて考える人と一緒に食事なんてしたら、私たちまで疑われちゃうからね」

「……えッ⁉」

「まずおかしいのは、三十歩すすむと記憶に残らない、こんなダメ猩族に、もっとも重要な爆弾の設置なんてさせたことよ。手に書いておかないと仕事も達成できないような、そんな危ないことさせる? しかも、これはバレたら犯罪として、処罰させられるのに、よ。いくら地上げをしようとしているからって、それはおかしいでしょ。

 多分、わざわざコイツを設置犯に仕立てたのは、爆弾が仕掛けられたといって騒ぎを起こすため。でも、コイツは記憶がつづかないから、誰に命じられたのかまでは憶えていない。どこに設置したかも憶えていない。鶏の猩族は、うつ伏せに寝かすと意識を失う、というところまで熟知していたのでしょうね。そうしてコトが済んだら、うつ伏せに寝かせて人目につくところに放置した。案の定、ここにいる少女たちに発見され、困った彼女たちが誰かに助けを呼ぶことも想定していた。ただし予定外だったのは、私たちが爆弾を回収し、捨てるところまでしてしまったこと。計画はパァ。後は誰かに罪をかぶせる、というミッションだけが残ってしまった。ちがうかしら?」

 タマの指摘に、ルドルフ・バスティアンは高笑いをした。

「これは想像の逞しいお嬢さんだ。何を証拠に?」

「アイ、こいつの匂いを嗅いでみて」

 アイが近づいて鼻を鳴らすと、すぐに「あぁ、確かに……。ホールの匂いと雑じって分かりにくかったけれど、この人自体から、ホールの匂いがする。これはシャビーの近くにいた者と同じ……」

「な、何をバカな……」

「貧乏御三家のせいで、自分で動いたのが徒になったわね。ま、それ以外でも証拠はあるんだけど……。一番赦せないのは、シャビーの懐にも爆弾を仕込んだことよ。もしかしたらそれは爆弾がある、と思わせるためだったのかもしれない。でも、もしシャビーが誰にもみつからなければ? その箱に気づかなければ? シャビーの命を奪ってもいい、そう考えていたとしか思えない。そしてそれは、ウィルヘルミナ、あなたもよ」

 楽団の少女、ウィルヘルミナは急に名前をだされて、サッと顔が蒼褪めた。

「あなたはコイツから、猩族の誰かを連れてくるよう命じられていた。猩族でないと、同じ猩族であるシャビーの身体検査もできないからね。そこで、本当は三十歩すすむと直前に起きたことを忘れてしまうシャビーの手に『爆弾』と書いてあることを発見、大騒ぎとなって避難する手はずだったのでしょう。でも、シャビーが爆弾を仕込まれていたってことは、あなたたちも犠牲になっても構わないってことなのよ」

 ハッと気づいて、一瞬鋭い眼光でルドルフを見たけれど、すぐに目を逸らす。それは雇われた立場で、一時の怒りに身を委ねてはいけない、と自制したものに見えた。

「恐らくこのホールは保険にも入っているでしょう。燃えても新しいホールを建てて出直せるかもしれない。もしかしたら、楽団の人族が死んだとしても、次に建てるのはもっと儲かる、別の建物、と判断していていたのかもしれない。いずれにしろ大掛かりな仕掛けを準備したことで、証拠は山盛りよ。ウィルヘルミナの証言もあるし、シャビーの手にある字の筆跡をみてもいい。色々と逆にボロがでるのよ。残念だったわね、彼女たちが証人にするつもりで連れてきたのが、私たちで」

 ルドルフも愕然としてヒザをつく。そもそも、シャビーがホールの中に勝手に入った、入れた時点でおかしいのだ。しかしホールの持ち主であったら、その限りではない。タマも言ったように、爆弾や火をつけたりして、木製のホールを焼いてしまうことも言語道断だけれど、シャビーや楽団の女の子たちを犠牲にしても……と考えたことが最悪なのだ。そこに救いは何もない。

「私たちは旅の冒険者。これ以上、追及する気もないし、あなたを糾弾して罪を罰してもらおう、とも思っていない。でもね、もしあなたがここで働く楽団の少女たちを迫害していたり、それこそ死んでも構わない、といったりするのなら、ここであなたの罪を街へ訴え、バスティアン家のお家断絶を願いでてもいい」

「そ、それは……」

「でも、さっきのウィルヘルミナをみて分かったわ。一応、彼女たちにも認められているみたいだしね。犯罪に手を貸すことを承諾したのも、彼女たちも楽団の窮状については、理解しているみたいだし……。あなたの匂いが、ホールとほぼ同じだっていうのも、あなたがよく出入りしている証拠だしね」

「最近、徐々に人気が落ちてきて、何かしないと……とは思っていたんです。それで、一発逆転でこのホールを立て直す計画があるって……」ウィルヘルミナがそう応じる。

「こいつは、それなりに芸術にも造詣が深いみたいだし、相談してみたら?」

「……え? ボク⁈」

「アンタ、猩族と人族が仲良くできる世界をめざしているんでしょ。ここでそのキッカケをつくるっていうのも、仕事じゃない?」

 上手く嵌められたような気もするけれど、確かに経営不振から、従業員の犠牲も厭わず大逆転を狙ったルドルフの罪を問うより、経営を安定させて、彼女たちの雇用を守った方がよい結末と言えそうだ。ボクも頷かざるを得ない。

「分かった。何とか考えてみるよ」

「これにて一件落着!」タマは威勢よくそう言ったが、実は落着していなかったことを、この後で知る。


「親びん、肩をお揉みするッス」

「何で私がアナタの親びんなのよ! ……ていうか、親びんって呼ぶな!」

「命を助けてくれたじゃないッスか。もう親びんッス」

「アナタ、三十歩すすむと忘れるんじゃないの?」

「忘れるッスよ。嫌だなぁ、二、三日も一緒にいたら、もう相手のことを忘れないッスよ」

「二、三日……。その前に逃げだせばいいってことね」

「何言っているんスか。アッシも足だけは速いッスよ」

 そう、シャビーに絡まれているのだ。しばらく逗留する、といった手前、この街から逃げだすといったこともできない。それに、ボクが楽団の方向性をみつけ、経営を安定させないといけないミッションも残っている。

 ボクとアイ、それにルツの三人で、他の楽団の公演を聞きに行って、その特徴を知る。そして新奇性のある、特徴ある楽団にしないといけない。それにはヴィエンケでみたメロドラマが役に立った。メロドラマは歌劇――。つまり劇を主に、歌を織り交ぜたものであった。逆に、彼女たちは楽団であって、劇や歌などは得意でない。オペラやバレエといった形も散見されるけれど、ここは思い切って「カラオケだな」

「何、それ?」ルツも不思議そうなところをみると、彼女も知らないらしい。

「歌自慢の人に集まってもらって、大会を開催するのさ。賞金をだしたり、コンテストで優勝したらこのホールでオペラを歌ってもらったり。そうすればその身内が注目するだろうし、コンテスト形式だと衆目を集めやすいし、観客に投票してもらうと一体感と、仲間意識のようなものが芽生えるからね。フルオーケストラをバックに歌が歌える。みんな参加したがるよ。しかも先行利益があるから、他が追随しても質という点で見劣りする。何回かに分けて予選、そして本大会と組んでいけば、興行的にも助かるだろう」

 実際、ボクの提案は大当たりして、ディープロック・ホールの経営を救うばかりか、在野に埋もれていた歌のうまい人物を発見することに貢献したのだが、ボクたちはそれを知ることもなく旅立っていた。タマのことを親ビンと呼ぶ、鶏の猩族シャビーを仲間に加えて。

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