第27話 音楽隊と鶏冠

   音楽隊と鶏冠


 ブリテリ島の連合王国あるぴょんから、大陸のスカンク国へと渡る。スカンク国の港町ドーナツでは、人族であるボクらはふたたび首輪をはめられた。ここでは猩族のペットとして人族が飼われる側であり、暴れたり、逃げたりしないよう首輪とリードの装着がペットには義務付けられる。少しは慣れてきたけれど、まだまだこの羞恥プレイのハードルは高く、次に行く国でも……との不安はつのる。

 港町ドーナツから、大陸沿いを東に向かって、船に乗る。そこからネズミー国、オランウータン国の海岸線を経て、神聖ロバ帝国だ。そこで川を上って、自由都市ブサイクメンへと上陸した。

「自由都市っていうのは、パンサー同盟という都市の間で結ばれた経済協力関係で、都市による独自の自治をみとめられている、だよ~」

 チャムがそう説明する。ただここで、意外な事実が判明する。ボクたちが遡上してきたベンザー川より、もっと東にあるケツマル川から、ハーフケツ川を遡上した方が、神聖ロバ帝国の首都、ペクチンに行くには早いというのだ。

「だって、私はいつもここから走っていくんだよ~」とイイワケするチャムが、タマから大目玉を喰らったことは言うまでもない。

「仕方ないわね。ここからすぐに移動すると変だし、しばらく逗留していた方が怪しまれなくて済みそうね。このロスの原因は、アンタなんだからね!」

「ふぇ~ん……」

 どうやら力関係は、タマが上で決まったらしい。この辺りは二人の意識のもちようという感じかもしれない。人間でも数人が一緒にいると、そのうち自然と上下関係が決まってくるけれど、監視役であるチャムの方が、立場が下になっているのもタマのもつ経験と、実績の為せる業かもしれない。

「じゃあ、この街で冒険するの?」

 ボクが緊張して尋ねると、タマはあっさりと「受けないわよ」と告げてくる。一旦、ギルドに行って登録だけして、後は観光するという。ボクはせっかく冒険者になり、アンツブシー島以外で初の冒険……と勇んでいたけれど、それはまだ先になりそうだ。

「じゃ、じゃあ、ブサイクメンの音楽隊を観光する、だよ~」

 ブサイクメンの音楽隊――。それはおとぎ話であり、この街で古くから伝わる伝説のようでもあった。話のあらましは、召使いだった人族が高齢になって追いだされ、同じような仲間をみつけて再就職しようと歩いている途中で強盗のアジトをみつけ、彼らの金銭を盗もうとたくらみ、一旦は追いだすことに成功するものの、最後は返り討ちに遭って共倒れになるというものである。

 前の世界の似た話と異なっているのは、主人公が人族であること、そして返り討ちに遭って結局強盗ともども、人族が亡くなってしまう点だ。確かにハッピーエンドでない分、含蓄はあるだろう。ただしよくも悪くもそこに教訓が含まれていないと、こういう話は残っていかないものでもある以上、こちらの方が昔話っぽいと言える。

「ところで、何で音楽隊?」

「強盗をおいだすとき、みんなで音楽を鳴らしている、だよ~」

「音楽って、そこにあった鍋やストローを笛にして、強盗たちを脅すところ? 何だか強引だな~」

「でも、この話が一つのキッカケとなって、ここでは音楽が一つの娯楽になったんだよ~。でも、猩族は演奏が苦手で、演奏者は人族が一般的、だよ~」

 転生前でも楽器を演奏していた者がいるだろうし、猩族が苦手というより、圧倒的に人族の方が楽器にふれる機会も多かった、となるだろう。この街では演奏者が一つの職業として成り立っており、そこに人族が就くという事情のようだ。

 カペリン国のマメドンという湖畔の街では、高齢になったり、闘技場で深く傷ついたりした人族たちが、街に外から誰かが近づかないように、魔獣をそこにとどめておくためのエサとして浪費されていた。それは人間だって、年老いた動物を殺処分し、時には肉にしたり、肥料にしたりするのと同じようなことだ。殊更に彼らが野蛮なのではなく、それが産業用動物の宿命として受け入れないといけない。そう納得させている。

 ブサイクメンの音楽隊では、高齢の人族の末路みたいなものが描かれており、それはそれで興味深い。知恵をつかって追い出すところまではよいが、やはり能力では猩族に敵わず、共倒れしてしまう。人族は猩族に敵わない、強盗をするような猩族は、人族と価値は同じ、という教訓譚でもあるのだろう。

 街の中に、その物語のいくつかの場面が描かれており、それを物語通りに並ぶよう歩いていくと、自然とこの街の観光ができる、という仕組みとなっている。街を歩くと楽器を抱えた人族も多くみかけ、身分が低いとされる人族でも、ここでは仕事を与えられているので、経済活動としても活気があるように見えた。


 中世の街並みを色濃く残すここは、歩いているだけでも気持ちいい。ボクたちはお上りさんのように、6人でチャムを先頭にきょろきょろしつつ歩く。

「タマも発情期?」ボクが尋ねた。アイはボクの腕をつかむようにしており、まだ発情期の状態がつづく。彼女たち猩族にとって、こうした発情期は時おり訪れるそうだけれど、元の動物によっても時期が違ってくるそうだ。

「私も大体、アイやリーンと同じ時期よ。もう終わっているけれどね。でも、こうして冒険者をしていると『あぁ、またこの時期か……。ちょっと憂鬱』というぐらいよ。……タマって呼ぶな!」

「子供が生まれると、発情期も気にならん、言うもんな。メスは発情期いうても、オスと一緒にお風呂に入らなくなったり、オスに近づかんようにしたり、その程度の気の使い方しかせぇへんもんなんや」リーンがそう付け足す。

「ほら。アンタもシャキッとする!」

「ひゃん❤」

 タマからお尻を叩かれて、アイも渋々とボクから離れた。

「チャムも発情期?」

「私は一年中、発情期、だよ~」

 ウサギの猩族であり、子育てが終わったらまたすぐに子づくりして……とくり返すのだ。動物としては弱い立場、底辺を支えるだけに、子供をたくさんつくって血を絶やさないようにする戦略であり、露出の多い軽装と、その豊満さからも年中発情期、というのはなるほどと頷けてしまう。

 街を歩いていると、楽器を抱えた人族を多くみかける。身分が低い人族でも、演奏によってみとめられればふつうの生活がおくれる。演奏者になるとは、社会的にみとめてもらうことでもあって、だからここで暮らす人族も必死で上達をめざす、昼夜を惜しまず練習する、そのために楽器を持ち歩くのだろう。

 しかし身分の低い人族がみとめられる、という構図はやはり歪でもあって、複数の猩族のオスたちが、楽器をもった人族の少女を強請っている光景にでくわした。職にあぶれ、生活が苦しくなった猩族にとって、自分たちより身分の低い者がいい生活をしている、なんて赦されざることに違いない。

 ボクが「助けよう……」と言うや否や、電光石火のごとくに走り抜けていったのは、ボクの隣にいたアイだった。一瞬にしてオスたちの間をすり抜けていったが、彼らも何をされたか分かっていない。ただ穿いていたズボンがはらりと落ちるに至って、ベルトやゴムを切られたのだと悟ったぐらいだ。

 相手も「な、何をしやがる!」と、ズボンを抑えながら文句を言おうとして、そこに立つのが発情期を迎えた美しい娘と気づき、一瞬鼻の下を伸ばしかけたが、すぐに恐怖して逃げ去っていく。それはアイの眼光は鋭く、殺気すら帯びていて、目の前に立つことすら憚るレベルだったからだ。

「発情期だからって、相手が決まっていると、それこそ他のオスが近づくことすら許さないのよ。この子は特に……だけど」

 タマはそういってから、ボクに「助けてどうするの?」と尋ねてくる。確かに、人族が虐げられていると思って「助けなきゃ」とは思ったが、次の展開については考えていなかった。怯える少女に近づいて「大丈夫?」と声をかけると、こちらが人族だと分かってホッとしたらしく「助けていただいて、ありがとうございます」と丁寧に頭を下げてきた。どうやら教育のいきとどいた、よい家のお嬢さんといった風で、ブロンドの髪と、そばかすからも西洋系の血の強い子であるらしい。

「あぁいう手合いは多いの?」

「それなりには……。でも最近増えていて、スカンク国が戦争を始めてから、自粛ムードなんかも重なって、景気が悪くなって、それで……」

 戦時景気は当事国でないと、一時的には下押しという形ででてくる。その周辺国でも警戒、自粛といったことが起き、サプライチェーンも混乱するからだ。ただし物資の調達など、戦時の野放図な財政といった形がでてくると、特需といった良好な状態が生まれてくる。今はまだその初期段階ということだ。

「あ、あの……あなたはペットですか?」

「そうだよ。君を助けた、彼女のね」

 ボクがそういうと、もどってきたアイがボクにぴとっと体を寄せてくる。

 そんな様子をみて、少女も意を決したように「猩族の方に、助けていただきたいことがあるんです!」


 タマとリーンは「観光をつづける」といい、唯一この街で土地勘のあるチャムが連れて行かれてしまった。ボクとアイ、それにルツの三人は「助けて下さい!」と懇願してきた、楽器を手にした少女についていくことにする。

 少女は、名をウィルヘルミナと言った。人族であるけれど「転生者?」と尋ねると「私はこの世界で生まれました。両親も健在です」とのことだ。

 このブサイクメンでは人族に仕事も与えられ、それなりに生活できることからも、結婚して子を生すということもできる。人族の数も、圧倒的に他の街より多く、そうした世代を重ねてきたことを強く印象づけた。

 だからといって、幸福かというとまた別だろう。

「私は両親からバイオリンを習い、今では楽団員として生計を為しています」

 人族の学校などはないはずだけれど、制服を着ているのは、楽団としてのそれなのだ。高校生ぐらいに見えるけれど、もう働いている、という。

「この世界にもバイオリンがあるんだ?」

「転生者の方が、少しずつつくって、完成させていったそうです。今ではほとんどの楽器がそろっていますよ」

 この世界で人族が生きていくために、音楽が貢献しているのだとすれば、あの昔話も役立っている……むしろそのために有るのかもしれない。

「神聖ロバ帝国では、人族は結構自由なの?」

「そんなことはありません。私は実力をみとめられ、楽団に入ることもできましたが、そうでない子は苦しい生活を強いられています。楽団に入っても、男女は別に分けられ、子づくりして大量に増え過ぎないように……と管理されます。演奏がみとめられるようになると、子孫をのこしてその素晴らしい血を絶やさないようにできますが……」

 この世界では、人族が計画、管理されて繁殖をゆるされるのだ。だから彼女は、自らの実力を示しつづけていかなければいけない。それこそ彼女が未来をつかむために……。やはり人がふつうに暮らすように見えるこの街でも、人族の生活は厳しいようだ。

 ブロンドにそばかすのウィルヘルミナが辿りついたのは、路地裏のような淋しい場所に建つ古ぼけた倉庫のような場所だった。

「ここが、私たちの暮らす寮です」

 中に入ると、そこには同じ楽団の少女たちが、共同生活をしている様子がうかがえた。壁には布が張りつけられ、食堂らしき大きな広間があり、ここで演奏の練習もするのだろう。逆に生活するスペースは少なく、三段ベッドが所狭しと並ぶ、寝台列車よりも過酷な環境であることが想像された。

 不安そうに居並ぶ少女たちを抜けて、奥へ向かうと、そこにある長椅子に、仰向けに倒れている者がいた。ケモノ耳はないけれど、頭には赤い鶏冠のようなものがあって、羽の尻尾を生やした猩族の女性であった。


「私たちが演奏から帰ってきたら、この人が寮の前に倒れていて……。猩族の方なので、私たちではどうしていいか分からず……」

 助けを求めようと、ウィルヘルミナが外にでて、暴漢に絡まれたそうだ。

「ここの管理人は?」

「トラブルを嫌うので……。私たちは、いつもはこの裏にある、ディープロック・ホールで演奏をしてお金をもらっている、雇われ人なのです」

 なるほど、楽団などは人気商売でもあって、トラブルを嫌う一方で、猩族を見捨てたら後で何を言われるか……。判断に迷うところだろう。

 アイはその倒れている猩族の女性に近づくと「ケガはない。魔力が使われた気配もない。毒だとしたら苦しんでない。何だろう……?」

 アイはいつもの凛とした様子にもどっている。少女たちも、初めてみたアイに「うわ~」と小さい声ながら、歓声を上げている。人族であれば、その美しさについても共感してもらえるだろう。何だかボクが誇らしい気分になったけれど、女性猩族が倒れている事情が分からないと、対策の施しようがない。

「それはな、こうすれば治るんや」

 そういうと、づかづか入ってきた何者かが、仰向けで倒れている女性をくるりとひっくり返して、うつ伏せにしてみせた。

「リーンさん⁉」

「私もいるわよ」

「あれ? タマ……さんと、チャムさん?」

 観光をつづける、といって別れたはずの三人が、そろってその場に現れたのだ。

「罠かもしれないのに、ホイホイとついていくアンタたちの後ろを、こっそりとつけてきたのよ。罠じゃなさそうだけど……」

 見下ろす先で、うつ伏せになっていた女性が急にビクンと体を波打たせ、パッと起き上がってきた。「ここは……どこッス?」

「ディープロック・ホールの裏よ。あなた、こんなところで何をしていたの?」

「ディープロック……、ディープロック……。あぁ、何をしに来たんでしたっけ?」

「それを訊いているんでしょ。リーン、ちょっと調べてみて」

「あ、ちょっと……。いやん❤ コケッ!」

 身体検査をしたら、女性猩族のつけていた装具から、ぽろりと何かが転げ落ちた。

 それをボクが拾って耳に当てると、中からこつ、こつ、と定期的な音が聞こえてくる。何だろう……この世界でも時計はあるけれど、振り子時計のような音に近い。

 リーンがその女性猩族の手を見ると「何や、これ⁉」

 そこには『1、ディープロック・ホールに行く。2、人にみつからないところに爆弾を仕掛ける。3、三十歩すすむ前にこれを見直す』と書いてあった。

「ば、爆弾⁉」

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