第26話 フレンド・シップ

   フレンド・シップ


「あなた、冒険者なの?」

 急に現れて、ボクたちの旅に同行するという銑炎のチャムに、タマがそう尋ねる。すでにカーナーブンの港を出航しており、今は船の上だ。

「冒険者なんだよ~。でも前線で戦うっていうより、後方支援が多い、だよ~」

「ウサギの猩族が冒険者、ねぇ~?」

 訝しがるリーンをみて、タマに「ウサギの猩族で、冒険者は少ないの?」

「冒険者は基本、肉食か、雑食の猩族がなるのよ。だって戦い慣れているでしょ。草食だった猩族には戦うって発想そのものが乏しいし……。よほど有用なスキル、もしくは高度な魔法でも与えられない限り、冒険者になろうとしないものなのよ」

「耳はいいの~。走るものめっちゃ早い、だよ~」と、チャムはアピールしてみせるのだが、確かにそう思える部分もあった。

 ぴょんと立ったウサギ耳、丸くて小さいシッポはともかく、はち切れんばかりの胸を、薄い布だけで覆っており、それは細かな凹凸まで確認できるほどで、目のやり場にも困る。ヒラヒラしたキュロットスカートを穿いており、これで腰にナイフをさしていなかったら、冒険者ではなく、それなりのお店で働いている、と説明されても疑うことはない。つまりそうした身軽な衣装をしているのも、走力を最大に生かすための、短距離ランナーがボディにぴったりの服を着るのと同じ、と思えるものだ。しかも肉感的なボディでもあり、それが全力で駆け抜けていく様を想像すると、それはそれで……。

「モデレイトの差し金?」

「そう、だよ~」

「それを言っちゃっていいの……? 偵察するって約束だから、仕事分はきっちりとするけれど、むしろアンタが連絡係ってことで、任せていいのよね?」

「任されちゃうんだよ」

「ま、こっそりと監視されているよりマシか……。あなた、カーナーブンの街にはいなかったわよね?」

「呼ばれてきたんだよ~。陸路を駆けてきたんだよ~」

「陸路を? 魔獣は?」

「魔獣より早いから、関係ないんだよ~」

 みんな目を丸くしている。魔獣は猩族や、人族の姿をみると襲ってくる。それは思考によるものではなく、本能によるので、姿が見えなくなるまで追ってくるとされており、逃げきるのは厄介とされていた。それを彼女は容易で逃げ切れる、という。確かに、その脚力は自慢できるぐらいの価値があるのかもしれない。

 そしてそれを生かすための薄手の服装、つまり特化型の冒険者なのだろう。

「監視役っていうんだから、神聖ロバ帝国までの道のりも分かるわよね?」

「勿論なんだよ~。船で神聖ロバ帝国の州、ブサイクメンまで行って、そこから川伝いに北上して、首都のペクチンに行くのが早いんだよ~」

「川伝いって……。私たちはアンタとちがって、陸を走って逃げるなんて嫌よ。行くなら船だからね」

「え~。船もあるんだけどぉ~……」

 この世界では魔獣がいて、水には入ってこないので、船便が発達している。川であっても多くが船の利用を可能としており、渡し船のような小型のものから、大型の周遊船といったものまで様々あった。

「神聖ロバ帝国に直接上陸して、疑われないかしら? 魔獣の状況はどうなの?」

「北部の平地は多いんだよ~。ペクチンも多め。でも南部は山がちで、それほど多くないって話だけど、そっちは走ったことないので分からない、だよ~」

 ということは、北部は走ったことある、ということだ。もしかしたら冒険者というより、密偵として彼女はいるのかもしれない。ボクたちのパーティーに紛れるのも、彼女の身分としては有り難いのだろう。

「冒険者としては、北部に行くっていうのも、強ち無理な話じゃなさそうね。なら、そのブサイクメンに行って、そこから東進しましょう」

 その名前は、唯一の男性であるボクにとっては気になるところだけれど、そこで大変なことになるのは、もう少し先の話。でも今のボクには、アイが少し俯き加減で、ぼうっとしているのが気になっていた。


 アイという少女は、人間でいえばもう奇跡と言っていいぐらいの美形であり、スタイルも抜群だ。ただ背が高いというわけではなく、どちらかといえば低い方で、バランスよく整えられているといった感じだ。ただし人間でいうと高校生ぐらいにみえ、年齢については本人もよく分かっていないみたいだけれど、美人というよりまだ可愛らしさの方が優っている。それは胸であってもそうで、特にチャムのような猩族に会うと、むしろアイのスタイルは子供のそれと思えてくる。牛の猩族と出逢ったときも圧倒されたが、ボクにとってはアイぐらいで十分だけれど……。

 いつも魔獣の襲来にそなえ、凛としているアイだけれど、船の上だと油断するのか? 今日は目もとろんとして、完全に集中力を切らしている。ふらふらとどこかへ行ってしまった。それを追いかけようとしたのだが……。

「アナタが、オニさんなの~?」

 チャムがボクに近づいてきて、そう尋ねてくる。しかし体を寄せられると、その圧倒的なボリュームにたじろぐし、何だか甘ったるい香りもしてくる。アイより大人、リーンと同じぐらいとも見え、香水をつけるなど、オシャレにも気をつけているのだろう。

「え、えっと……そうですけど、何ですか?」

「アイさんのペットなんだよね? アイさんってどんな人なの~?」

「何でアイのことを?」

「あるぴょんではチョー有名、だよ~。だって、アンツブシー島のヨーカン鉱山を、一人で冒険しちゃうんでしょ~。ふつう、できないんだよ~」

 カーナーブンにも冒険者がいたけれど、上級者用とされるヨーカン鉱山を踏破できる者がおらず、そこにしかない鉱物が中々とれなかったので、ボクたちの装備品販売が当たった、ともいえる。

 ボクとリーンが二人で潜っていた中級者用のキンツバ鉱山では、時おり冒険者と出会うこともあったけれど、それでも数名のパーティーで挑んでいたぐらいだから、アイのように単独で上級者用を踏破してしまうような冒険者は稀有、といえるのだ。

「ふつうの冒険者だよ。ちょっとシャイな……」

「シャイなんだ~。う~ん、可愛ゆいッ!」

 ミーハー? 今どき死語だけれど、当時流行していた名前、ミヨちゃん、ハナちゃんを縮めていった言葉であり、時代によって名前の流行は変遷するけれど、こうした有名人に興味をもつのは若い子の特権であり、いつの時代も変わらないのかもしれない。

 しかし、やっぱり目のやり場に困る。胸元も大きく開いていて、見て下さいと言わんばかりである。

「走りが得意だそうだけれど、走っていて邪魔じゃない?」

 思わずそう聞いてしまったが、チャムは自分の胸を見下ろして「これ? アハハ、大丈夫なんだよ~。本気で走るときは、こうやって縛るから~」

 そういうと、後ろに縛っていた紐の一つを外し、それを首の後ろにもっていった。確かにそうすれば、チューブトップタイプになっている現状より、しっかりと固定された印象である。ただそれは、さらに形状をしっかりと見せるものであり、ボクは尋ねたことをうれし……否、失敗したと感じた。


 船の中で、アイを探す。もう夕刻になっており、ここでは明かりが魔法を篭めたランプしかないので、よほどのことがない限り、日が落ちたら眠りにつくのが一般的だ。それなのにアイがどこかへ出かけたまま、もどってこないので探しに出ることにした。

 船と言ってもそれほど大きいものではなく、乗客は三十人ほど、後は物資を輸送するのがこうした定期航路をめぐる船の役目であり、さがせばすぐに見つかった。アイは甲板に立って、ボウッと海をみている。

「ここにいたんだ」

「あぁ、オニさん……」

 アイは初めての海で、海アタリという症状をおこした。嗅覚に敏感な彼女たちが、磯の強い香りで酔ってしまうような状態であり、ずっと体調が悪そうにしていた。今はそういう感じでもなく、どちらかといえばずっと寝ぼけているような、心ここにあらず、といった感じでもある。カーナーブンでは忙しく、上級者用のダンジョンにもぐって戦っていたので、その緊張から解放されて気持ちの張りをなくしている……反動? とも思っていたが、それにしては随分と長くも感じる。何しろ、カーナーブンでも最後の方はバカンスを楽しんでおり、ダンジョンから離れてしばらく経つのだ。

 ボクが背後から近づくと、手すりをつかんでいた手をすっと放して、ボクに背中をもたれかけるようにしてきた。昔から、こうしてボクに体をすり寄せてくることもあったので、ボクが手すりをつかんで、彼女の重さを支える。すると、ボクの両腕に自分の腕を引っかけるようにして、それを支えに、体を左右に小さく揺らすようにしてくる。ボクの顔の前では、ピンとたった彼女のケモノ耳がゆらり、ゆらりと揺れており、また彼女のくるりと巻くケモノ尻尾が、ボクの下腹部辺りを優しくさする。辛抱たまらなくなりそうだけど、彼女に他意はないと、そこは必死で堪えることにした。

「……オニさん、いっぱい旅をしてきましたね」

 感傷に浸っているのか、アイはそう語りかけてきた。

「カナリア国、スカンク国、カペリン国、オクトパス国、そしてあるぴょん……。まだ四ヶ月も経っていないのに、もう五ヶ国を巡っているんだよね。そして今度は、神聖ロバ帝国……。今度はどんな国なんだろうね」

「私、オニさんとこうして旅ができるなら、どこでもいいです」

 途中で危ない目に遭ったり、離れ離れになったりしたこともあったけれど、こうしてずっと一緒に旅をしてきた。前の世界で、ボクの飼い犬だったアイが、こちらの世界ではボクの飼い主となって、二人は行動をともにしてきたのだ。

「ボクもアイとなら、どこにでも行ける気がするよ」

 アイはその言葉がうれしかったのか、さらに背中をぐっともたれかけさせてきた。今は戦いのための装備も解いており、軽装でもあるため、彼女の人族よりもやや高い体温が直に感じられ、やや肌寒さすら感じる夕景でも心地よさすら感じる。

「私、オニさんと結婚します」

 ……え? オニさんの嫁で『オニ嫁』発言以来、妻意識が高まっているとも思っていたけれど……、いきなりの告白? どぎまぎして何も言葉を返せずにいると、アイはさらに言葉をつづけた。

「結婚式は、水辺がいいな……。でも、海は嫌です。湖畔の、静かなところで、少ない人数で式を挙げたい。タマと、ジャックと、ルツと、リーンと……。みんなから祝福されて、それで私たち、結婚するんです。子供はいっぱい欲しいな……。男の子と、女の子と、みんなでアメフトの試合ができるぐらい……」

 アメフト……? オフェンスとディフェンスのチームが別れていて、それぞれ十一人、ポジションを兼ねることもできるが、一チーム大体二十二人が参加するので、試合をするとしたら四十四人……? そいつは子だくさんだ。

 ただ、ヴィエンケの街で知ったのは、猩族と人族とが結ばれても、非常に不安定な子供ができてしまう、というものだった。そこで出会った名のない少女、スギの子はほとんど人族の姿をしていたが、そうしたケースは少なく、アリの猩族の女王と結ばれると、中途半端に血が混じる一代雑種とよばれる子供しかできない、とされた。

 人族と、アリの猩族だから種として遠すぎるともいえるけれど、人族と、犬の猩族である彼女とむすばれて、果たして子供ができるのだろうか……?

「それで、湖畔で暮らして、農地を耕して、自給自足をして……」

 アイの妄想は止まらない。体がゆらり、ゆらりと揺れる動きが静まると、まるでぐっと伸びをするようにして、ボクの肩に頭を乗せてきた。

「オニさん……子づくり、しよ❤」

 …………えぇッ⁉ 最近、ルツを預かったこともあって、そういうラブラブ系は少し控えていると思っていたけれど、いきなり諸々のことを飛び越してきた。それは結婚まで、そういうことをしないカップルよりも、圧倒的にそうした行為を済ませてから結婚する者が多く、そこに疑問をもってはいけないのかもしれないが……。

「あ~ぁ。やっぱりや」

 そのとき、不意に声をかけられて、びっくりした。ふり返ると、そこにはリーンが近づいてくる姿があった。「その子、発情期や」

「発情期?」

 それは猩族が、子づくりをするタイミングであり、ふだんは全裸でいたり、男女が一緒にいたりしても気にしない彼女たちが、異性を意識する時期、とされていた。

「多分、初めての発情期なんやろうな。感情の制御が利いとらん。何年かくり返していると、発情期でもコントロールできるんやけどな」

 アイを見下ろすと、こちらをトロンとした目で見上げてくる。それはそれで魅力的なものではあるけれど、このままコトに及べば、お酒に酔わせて騙し討ちする、もしくは相手の弱みにつけこんでこちらの欲望を満たす、といった望ましくない状況にも思われた。

「リーンさんも発情期?」

「同じ犬の猩族やから、時期はかぶっとる。うちも勿論そうや。でも何度、発情期を重ねている、思うとるねん。冒険者やったら、発情期はコントロールするもんや、と教えられるものなんやで」

 リーンは一度、冒険者をめざした後、宅配業を営んでいたはずだけれど、そういう心構えみたいなものは教えられていたのかもしれない。

「一時の感情に身をゆだねて子供をつくってもうたら、もう冒険者はつづけられん。さっきの表情をみて、何となく気にはなっとったんや。でもこれがオスやったらもっと大変やったで。座敷牢みたいなところに押しこんで、間違いを起こさんようにする家もあるほどや。それぐらい、発情期は大変なもんなんやで」

「えっと……。アイは元にもどるの?」

「一週間もあれば収まるやろ。よかったな、船の上で。これで猩族のオスが周りにいたら、こんな可愛い子、放っとかれんで。船乗りは人族のオスしかおらんから、このムンムンの色気にも気づいとらんようやからな」

 ムンムンの色気……? 生憎とボクも気づいていないけれど、確かにいつもとちがって、大人なムードも漂わす。でも、やっぱりこのタイミングでコトを果たすのは、何かちがうような気もする。たとえそれが、彼女が暗に望んでいたとしても……、だ。

 確かにその日以来、アイはボクにべたべたすることが多くなった。でも、それは初の船旅でもあったニャコミからパセリーナに向かうときと同じであり、ルツは「また海アタリ?」と不思議がっている。説明するのが面倒で、苦笑いをしておいた。ルツからすれば、仲の良すぎる両親をみて、戸惑う子供――、といったところなのかもしれない。ただいくら一時の熱情に浮かされている間のこととはいえ、アイがより結婚を意識していると知って、ボクも改めて意識するのであった。

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