第25話 大陸にもどる日

   大陸にもどる日


 何と、ここに来てボクが冒険者となった。人族は低い身分にとどまり、辛い仕事に従事させられたり、ペットになったり、という選択肢しかなかったけれど、冒険者デビュー……。ここに来てやっとスタートラインに立った感じだった。

 これもアイの指導と、素材集めなどの骨折りあってのことだったけれど、アイの負担を軽くできるのがボクとしては大きい。新しい装備をつけた初日こそ、中級者用のダンジョンにアイもついてきたけれど、ある程度戦えることが分かり、翌日からアイは上級者用のダンジョンにもぐってふたたび素材集めを始めた。

 というのも、このカーナーブンの冒険者に支払われる単価は安く、それは本島であるこちら側にはほとんど魔獣がおらず、アンツブシー島にある鉱山に行って魔獣を退治し、そこで鉱物をとってきて売ることで足りない分を補う、という形だったからである。そこでボクが「ボクたちの装備みたいに、鉱物を加工して自分たちで売りだせば?」と提案したら、すぐにタマの目が輝いた。

 アイが上級者用のダンジョンから、ボクとリーンが中級者用のダンジョンから持って帰った鉱物を、鍛冶屋が装備に加工するのである。タマとルツがプロデュースして、冒険者用の装備として売りだしたのだが、これがハマった。注文が引きも切らずに入ってきて、目が回るほどの忙しさである。ちょうどお金が枯渇していることもあって、とにかく稼げるだけ稼ごう、ということで馬車馬のように働いている。

「でも、魔石を錬成して装備に付加しないのはナゼ?」

 魔石を錬成すれば、圧倒的に強い力を得られるのだから、その方が高く売れるはずだ。でもボクの問に、タマは首を横にふった。

「強すぎる装備は、何も生まないからよ」

 その言葉は、後で身に染みて分かることになる。ボクたちの商売があたった理由はいくつかあるけれど、まずタマ一人でなく、人族の少女ルツが大きな戦力となった。読み書きができ、かつ数字にも強いため、よい片腕として働いてくれた。

 そしてもう一つ、あるぴょんが海洋国として、船便での輸送が一般的であったことも大きいだろう。ギルドの情報伝播力と、海上輸送による全国配送といった仕組みがあったことで、巨万とはいえないけれど、ある程度の財産を築くこともできたのだ。

 そうして忙しく働いていたとき、不意にカーナーブンの領主からご招待をうけた。

「何や、貴族様にお呼ばれなんて緊張するやないか」

 リーンはそう軽口を叩いているが、タマなどは「儲け話に一口咬ませろ、とか言ってくるんじゃない? 貴族なんて、金欠でカツカツだからね」と辛らつだ。

「ボクたちも行くの?」

 これはボクが聞いた。ボクとルツは人族であり、ペットでもあって、それが貴族と会ってもよいのか? という意味だったが、飼い主であるアイは「一緒に行かなきゃダメです!」と主張する。オニ嫁発言以来、さらに〝妻〟意識が高まっている印象だ。

「ま、問題ないでしょ。この招待状には、特に条件も書いてないしね。下手に残していくと、連れ去られて人質にされるかもしれないし……」

「絶対に一緒に行きます!」

 タマはからかっているだけなのだけれど、アイは真剣にそういうので、ボクとルツもついていくことになった。

 この国では貴族が国に任命されて、それが街とその周辺を治める領主となる。この街にいる貴族はカーナーブン卿とよばれ、侯爵や伯爵などの爵位をもつ。王家に近い血の者もいるけれど、大きな戦功をあげたり、国のために尽くしたりしても、その功績で爵位を与えられることもあり、カーナーブン卿は後者だということだ。

「王家に近い人物の方が御しやすいんだけど……」と、タマなどは不穏当なことを言っているが、要するに実力でのし上がってきた人物なので、一筋縄ではいかない、手強い相手だということのようだ。

 そこは古くからあるお城で、代々の領主がここを治めるために暮らす。領主そのものは没落したり、それこそ時の王権とその近さによって代わったりもする。むしろ理不尽に凋落の憂き目に遭ったり、謀殺されたり、といった怨念が渦巻いているようであり、屋内の昏さととともに、ただよう空気がひんやりと感じられる。

 案内された先、巨大なホールのようなところに、真ん中には大きな円卓が置かれ、その先にかなり高齢の女性がすわっていた。モデレイト・カーナーブン――。みるも見事な、立派な角をもっていて、恐らくヘラジカの猩族だ。

「この角が気になりますか? 人化した体に、この角は重くて仕方ないのですが、これでも若い頃はこの角で武勲を上げていたんですよ」

 この世界では、圧倒的に女性の方が武力、戦闘力もあって、戦場を駆けている。それは多くの動物でもメスの方が獲物をとったり、敵と戦ったりするのと同じだ。ライオンのようにオスの方が体も大きくて、力の強い種もいるけれど、狩りの基本はメスであり、大きくても使いものになるかどうかは、また別――。

 彼女はかなり人族としては首が太く、それは角を支えるために、必然的に筋肉がついた賜物だろう。牛の猩族には何度か会ったこともあるけれど、人の体で角はかなり違和感もある。湾曲して先端が別れた角では、上着をきるのも大変そうであり、彼女は合わせの着物のような上着を身につけるので、まるでアジア系の民族衣装のようだった。

「お招き、ありがとうございます。カーナーブン卿」

 こういうところで、礼節を弁えた所作、ふるまいできるのはタマしかいない。この辺りは年の功……といったら怒られるけれど、十年以上この世界で冒険者としてやってきた、経験がモノをいう。

 タマとアイ、それにリーンの三人は円卓につくが、ボクとルツの二人は人族であり、ペットということもあって、アイの後ろで立ったままだ。この辺りは、いくら人族には厳しくないといっても、この世界の常識として貴族の前に人族が立つことさえ憚られる。

「あなたたちは冒険者として、各国を巡ってきたと聞きました。カペリン国にいたことも有るそうですね?」

 ギルドは国をまたいで連携しているので、調べればすぐにどこを冒険していたのかも分かるはずだ。冒険者がギルドに顔をだすのも、どこにいるか、どういう街を旅してきたかを把握する意味ももっていた。

「私たちはカペリン国を東から西に横断し、オクトパス国を経て、海路でこの国に渡ってきました。もう二ヶ月ぐらい前のことですが……」

「実は、そのカペリン国に、隣国であるスカンク国が攻めこみました」


「何で! 何でなん?」

 リーンがテーブルから身を乗りだして尋ねるが、モデレイトは小さく首を横にふった。

「細かい事情はこちらにも分かりません。ただ、スカンク国はアホ毛モンが起こした統一運動の後処理によって、領土を減らされたことに不満をもっていました。カペリン国の首都であるマッチョロードが魔族により陥落したとの噂もあり、絶好の好機とばかり、領土をとりもどそうとしたもの、と推測されます」

「戦後処理は基本、領土保全って話だったのに、歴史的な経緯もあって、カペリン国にその一部をとられたのよね」

 相手の戦力低下を狙って攻めるのは常道だけど……。しかしこの領土問題はいつの時代、どの世界でも難しく、戦争の火種となるものだ。

「カペリン国は魔獣が多いやん。そんなところに攻めこむ、ふつう?」

 それにはタマが応じた。「魔族が出現すると、その前後で一時的に魔獣の数が爆発的に増えるけれど、その後でガクッと数を減らすことで知られる。きっとそのタイミングを待っていた、ということかもしれないわね」

 モデレイトも頷く。「多分そうなのでしょう。もしアナタ方がカペリン国の情報をもっていたら、と思ってお招きしたのです」

 そのころには、香り高い紅茶が三人の前に並べられた。ペットであるボクたちの分はないけれど、こればかりは諦めるしかない。また、前の世界だったらこういうとき、昼食が並べられそうだけれど、一日二食が基本のこの世界では、昼食の場がくだけた話をするときのオカズになることもないようだ。

「情報も何も、私とこちらにいるアイは、そのマッチョロードにいて、魔族に襲われたときに命からがら、逃げだしました。最後までみていることはできませんでしたが、圧倒的な魔族の力の前に、マッチョロードの軍隊が為す術もなく、高楼のようになっていたあの街が崩壊するのを確認しました」

「軍隊は敵いませんでしたか……」

「相当、練成も高めていたと思われますが……」

 モデレイトはその言葉に、嘆息してみせる。

「元々、あるぴょんとスカンク国との関係はすこぶる悪くて、たびたび戦争を起こしていたぐらいの間柄です。今回のスカンク国の動きも、国際的な評判が悪く、アホ毛モンの統一運動のときのように、ふたたび包囲網を築こうとの動きがあるのです」

「もしかして今度はスカンク国に、あるぴょんから攻めこむ……?」

 モデレイトは小さく頷く。「この国から……と言わずとも、他国が攻めこむとき、我々も援軍をだす、という話になってくるやもしれません」

「なるほど……。それで、私たちにカペリン国の状況を聞いておき、その抵抗力について知りたい、と?」

「話が早くて助かります。さすが、商売上手な方ですね」

 モデレイトの笑みに対して、タマは口を尖らせて応じた。

「マッチョロードにいた軍は壊滅しましたけど、魔獣退治をするための冒険者がカペリン国には多いので、そうした冒険者たちをかき集めれば、それなりに抵抗できると思います。何よりカペリンの冒険者って、まとまりがいいですからね」

 なるほど、パセリーナにいた九郎定兼と名乗るタヌキの猩族は、街の冒険者をまとめる立場だった。それと同じように、街ごとに裏のとりまとめ役といった立場の者がいて、多くの魔獣に対処するときや、依頼に対して冒険者が殺到するようなときでも、不満がでないよう差配をしているのだ。そして魔獣が減っているなら、依頼をうけて冒険者がまとまり、スカンク国と戦うことだってできるのかもしれない。

 何より、ボク自身は冒険者といってもアイの戦いしか見ていないので、断言はできないけれど、カペリン国の軍隊といってもアイほどの力をもつ兵はいなかった。彼女たちも以前、冒険者になるのは女性がほとんどで、力も根性もない男性が軍に属するのだと言っていた。カペリン国の軍隊にしても、スキルや魔法については、一体一体に関する限り大したことがなかったのであり、スカンク国の軍隊がどういうものかは分からないけれど、冒険者でも対抗はできるのかもしれない。

「なるほど、カペリン国では常に魔獣との戦いがありますから、冒険者のレベルも高いと聞きますし、冒険者を軍隊にですか。なるほど……」

 モデレイトは小さく頷きながら、さらに言葉をつづけた。

「また、これはあくまで噂なのですが、スカンク国の動きの裏には、神聖ロバ帝国が関わっている、とも……」

 行政官であり、かつ貴族であるモデレイトがここまで明け透けに、情報をただの冒険者パーティーに明かしてよいものなのか……。しかしその答えを知っているかのように、タマは眉を顰めつつ応じる。

「私たちを呼びよせたのは、その神聖ロバ帝国に偵察に行ってくれ、と?」

「話が早くて助かります」

 モデレイトはそういって手を打つ。「この国を主に活動している冒険者では、何かと角が立つこともあるでしょう。アナタたちのように、様々な国をまたいで活動する冒険者だからこそ、密偵としてもうってつけなのです」

 命じる方にとってはそうでも、命じられる方にとっては困ったことになる。ただし、タマはあっさりと「分かりました。報酬と条件は、また後で詰めることとして、決まり次第、すぐにここを発ちましょう」と応じてしまった。


 誰もが納得いかない中、お城をでたところで、早速リーンが噛みついた。

「何なん! 何であんな要請、受け入れたん? おかしいやん! 確実にうちら、使い捨てにする気やん!」

 タマはやれやれ、とばかりに肩をすくめてみせた。

「私たちを神聖ロバ帝国に偵察へ……なんて、口実にすぎないのよ。要するに、体のいい厄介払い。私たちが装備をつくって売り、大きく稼いでいるのが彼女にとって目障りでもあった。それに装備といっても、何も冒険者がつかうばかりじゃない。それは兵士にとっても必要となってくるからね。私たちの存在は、戦争準備とうけとられかねず、それがこの街で行われていた……なんてなったら、この街を治める彼女の立場すら危うくするかもしれない。早めに切り離したかったのよ。資産を没収されなかっただけあり難いと思って、素直にこの街をでていった方が賢明よ」

 なるほど、魔装具とすれば高くも売れるが、それを悪用する者が現れないとも限らない。そこまでの責任をもてない以上、魔石を錬成することは控えるべきだったのだ。それは戦争が近づく今なら、さらに切実ともいえた。

「せやかて……何か納得いかん!」

 ぷりぷりと怒るリーンに、ボクが話しかけた。

「リーンはカペリン国に、何か思い入れがあるの?」

「うちの生まれ故郷や。もっとも、おじいちゃんがオクトパス国でクーデターを起こすとき、家族を疎開させていたんで、そんときにうちが生まれただけなんやけどな。もう両親もおらんし、知っとる者もおらん」

 リーンは転生者ではなく、この世界で代を重ねてきた猩族である。ボクたち異世界からの転生者より、国というものに敏感なのかもしれない。

「あ~、もう少しあるぴょんを堪能したかった~」

 タマが大きな声をだしたことで、全員が笑った。魔法使いの聖地、とされるここに来たがったのはタマである。金欠と、自身の怪我もあってしばらくカーナーブンに逗留し、ここから追い出されてあるぴょんを去る、というのは心残りもあるかもしれない。ただ、依頼されて動くのが冒険者である以上、こればかりは仕方ないことでもあった。

「カーナーブン卿。彼女らですか?」

 城から出ていくアイたちを見下ろしていたモデレイトの背後から、そう声をかけてくる者がいた。モデレイトはふり返らす「ええ。監視して下さい。きっと彼らは、私たちの害になる存在ですから」と応じた。

 そんなこととは露知らず、仕事面の条件をつめる間、ボクらはバカンスを満喫した。元々、アンツブシー島は観光地であり、海岸線には砂浜も広がる海水浴場でもあった。魔獣がいるので使われていないが、ボクらは冒険者パーティー、魔獣なんて怖くないとばかり、泳ぎを堪能した。またトロッコ列車に乗って、ふたたび人族の大魔法使い・ジャンノに会いに行ったけれど、彼女は出掛けていて留守だった。数百年を生きる彼女は、この世界を満喫するため、ちょくちょく旅を楽しんでいるらしい。

 その間に売買契約していた装備をすべて売り捌き、これで心置きなくこの街を離れることができる。むしろタマは、その時間を稼ぐために交渉を長引かせたのでは? とさえ思えるぐらいだった。

 いざ、ボクらがカーナーブンの街を出立しようとしたとき、彼女は現れた。

「よっすー。私、銑炎のチャム。よろ~」

 白い髪からのびる長い耳、紅色の虹彩、丸まったもふもふのケモノ尻尾、彼女はこの世界で初めて会った、ウサギの猩族だった。

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