第24話 アイの視点

   アイの視点


 シルコ鉱山バトル回想録――。

 前の世界で柴犬だった私は、この世界で人化した猩族として、ケモノ耳とケモノ尻尾は残りますが、ほとんど人族と同じ体となりました。それでも、人族がこの世界にきても無能転生とされ、何の力も与えられないのとちがって、私は特殊な力がつかえるようになり、魔法剣士となりました。

 でも、大好きだったご主人様のオニさんと会えなくなり、この世界でほとんど世捨て人のように暮らしていたのです。いつ死んでもいいし、それこそ誰とも会いたくないし、一人で死んでいく……そう思っていたんです。

 でもある日、助けた人族をみてびっくり! オニさんです。オニさんだったんです。紛れもない、大好きなオニさんなの~❤ もうそのときから、私はオニさんと生きていくんだって決めました。もう絶対に離れません! その日から一緒に旅をしています。ここまで色々とありましたが、オニさんと一緒だから辛くありません。

 でも、オニさんが自分で自分の身を守れるように……と、戦闘を覚えてもらうこととなり、私はダンジョンに同行します。いざとなれば私が戦って……と思いましたが、タマから「自分が戦わずに、守りの戦いを覚えなさい」と言われちゃいました……。それはとても難しいことです。だって私は、常に圧倒的な力で魔獣たちを制圧する戦い方をしてきて、深く考えずに魔獣をみつけたら倒す、ただそれだけでやってきたのです。しかも、大好きなオニさんが魔獣に襲われているのに、助けられないなんて……拷問です‼

 でも、オニさんにこう言われちゃいました。

「自分で戦うように考え、それを行動ではなく、言葉にするんだよ。例えば、ボクがちょっと離れた位置にいて、そこに断崖絶壁があって超えられない。もしくは壁や柵があってそれ以上先にいけない。ボクが魔獣に襲われてピンチだ。でも、言葉でしか対策を伝えられない……という状況を想定してみて」

 中々想像しにくいですけど、頑張ってみます。だって、もし本当にそういう状況になっても私がオニさんのことを助けるんですもん!

 まず二人の戦いぶりを観察します。

 リーン……。気のいい人なんですけど、私は少し苦手です。私にないものをもっている……というか、多分私にできないことをできてしまうって感じです。あぁ、これは戦いぶりの観察ではないですね。

 街の道具屋で、ごく一般的に売られている剣をぶんぶん振りまわすばかりで、逆に力をもて余している感じです。動きも早いですし、状況判断もよさそうですけど、戦ったことがないっていうのはすぐに分かりました。慣れてくれば大丈夫かな……とも思いましたが、トカゲが嫌いだそうで、それは治しようもない感じです。

 オニさん……。真剣な表情もステキです❤ いえいえ、それどころではありません。オニさんは慎重な人です。それに、物静かな人です。前の世界で、家に入れてもらったときは、オニさんが本を読んでいると、すっと近づいていって、その横で丸くなりました。するとオニさんが背中をぽんぽんと叩いてくれて、それ以上は何もせずにいてくれて、私はゆっくりと眠れたんです。オニさんは決して騒いだり、暴れたりもせず、むしろ私に気をつかって物音を立てないようにしてくれるなど、優しい人なんです。

 ……ハッ! これも戦いぶりの観察ではありません。

 オニさんがもっているのは短剣です。その分、踏みこまないといけないのですが、それができません。

 前の世界のときでも、散歩をしていたら放し飼いのシェパードと遭遇したことがあります。そのとき、恐怖で動けなくなっている私の前に立ち塞がって、私のことを守ってくれたことがあります。勇気も度胸もあるんです。でも、そのときでもきっと踏みこんで、自分から戦うことはしなかったでしょう。自分で一歩踏みこむのが苦手なんです。つまり守りの人で、攻めるタイプの戦いは本質的に難しい、と私はみます。

 二人とも、魔法もスキルもないので、苦労しています。魔法をつかえる人は少ないですが、スキルは自分の能力を補ってくれるもので、ジャックさんのように速度を上げてくれたりするものです。つまり二人とも、ごく一般的な人と同じぐらいの能力なので、それを鍛えて底上げしないといけません。

 これは……とっても大変そうです。(泣)


 その日、宿に戻ってタマさんに相談してみます。隣ではオニさんと、リーンがさすがに疲れたのでしょう、爆睡中です。

「へぇ~、よく見ているわね」私の説明に、タマがそう感心します。

「戦い方もそうですけど、まず装備が……」

「そうね。でも、高級な装備をそろえる余裕は、現状ないわね」

「う~ん……」

 私は贅沢をする方ではありませんが、逆にお金には頓着してこず、そういうところはタマやオニさんに任せてきました。足りないなら冒険をして稼げばいい、ということで私が稼いでもいいのですが、それだと時間もかかりそうです。この街にある冒険者の依頼は、基本的に鉱山にいって鉱物をとってくるもので、上級者でも単価が安いのです。

「あなたが素材を集めてきなさい」

「え? そんなことができるの……?」

「この街には鍛冶屋がいて、装備一式つくってくれるのよ。この辺りはかつての鉱山と、その隣にある町って感じね。まずはいい素材を集めてくること」

「素材集め……」

「上級者ダンジョンには、オリハルコンなど、その素材がいくつかあるらしいのよ。でも最近は魔獣が狂暴化し、中々このダンジョンを踏破できる冒険者がいないらしくてね。そうすればオニさんの装備がグレードアップするわよ」

「行きます!」

 私は決意しました。だって、オニさんが攻撃されて、倒される姿は絶対に見たくありませんから。いい装備ができるのなら、上級者用だって踏破してみせます!

「それと、これまで魔石を集めてきたでしょ。それを売らずに、つくった装備に錬成してもらいましょう。魔法もスキルもつかえない二人だけれど、装備には付加することができる。そうすれば戦闘でも大いに役に立つはずよ」

 タマがそう宣言してくれて、うれしくなりました。だって、お金が苦しい中で、魔石を売りたくもなる。でも、それをオニさんのためにつかってくれるのですから。

 そして私は、上級者用のダンジョンに向かいました。そこは初級者用のダンジョンより暗くてジメジメしています。多分、冒険者が入らなくなったことで、空気の循環も悪くなっているのでしょう。その分、さらに魔族も狂暴化していると思われます。

 でも、関係ありません。

「ハイ・グレイシエイション!」

 これは相手の表面を凍らせてしまう魔法です。湿度の高いところだと覿面で、周辺にいる多くの魔獣の動きを一瞬にして止めることもできます。ここはこうもりの魔獣など、小さくて動きも素早く、厄介な敵も多いので、こうした魔法があるのと、ないのとでは攻略のしやすさが変わります。この辺りは魔法剣士の真骨頂ですね。

 魔法がどうして使えるのか……? それは分かりません。私たちのような動物が人化した猩族は、大なり小なり、何らかの力が与えられるそうですが、私は特にその力が大きかったようで、タマなどは『私は世界を変えられる』と、昔から言ってくれます。当時の私には今ひとつピンと来てなくて……。

 でも、オニさんから「世界を変えたい」と言われたときは、正直驚きました。それが、私の目標になったんです。

 だから、硬いゴーレムだって一撃です。キラキラしたクリスタル系が魔法をつかってきてもきっちり弾かせてもらいます。魔法使いは、魔力の流れがある程度見えるので、大抵の魔法使いは五属性に変えてきます。五属性とは火、水、風、雷、地などの属性に変化した魔法をつかってくるのです。そういえば魔族もそうでしたね。でも、クリスタル系などの思考が伴っていないこうした魔族の場合、敵を感知して特定の魔法を発動してくるだけなので、対処も簡単なんですよ。これも魔法剣士の特権ですね。

 しかも、クリスタル系の魔獣は魔石のドロップ率が高い! お得です。魔石を集めて、いっぱい装備に錬成していけば、さらに強くなってオニさんの役に立つのですから、ばんばん倒していきましょう。

 上級者用といっても、大したことはないです。恐らく、一般的な冒険者は相手に魔法をつかわれると、途端に混乱するんです。だってふつうの魔獣は魔法なんて使わないから。先にも記したように、クリスタルは機械的に魔法をつかうだけですから、対処さえできれば怖くありません。魔族ほどの強大な魔法をつかってこない限り、恐れることはありません。どんどんいきます。

 ちなみに、この世界でも魔法剣士は少ないそうです。私は剣を媒介にして魔力をつかいますが、杖をつかう魔法使いと比べて圧倒的に異なるのは、タマが言っているように、精神力や集中力を必要とするかどうか、ですね。私たちのような魔法剣士は、あくまで剣で戦い、魔法はその補助です。なので、ふつうは魔法自体も弱くて、また多くの種類をつかうことができないそうです。でも私は大きな魔法をつかえるし、魔法使いにも匹敵する魔法をつかうことができるので、タマは私のことを「世界を変えられる」と評価するらしいです。

 しかし、私はここに戦いに来ているわけではなく、鉱物をさがしに来たのです。装備につかえる鉱物を集めるまで、まだまだ頑張りますよぉ~‼


 鍛冶屋さんに鉱物と、魔石を渡して、装備の希望を伝えます。このとき、ルツにも協力してもらいました。

「男の人は、これぐらいの身長で、体重はこれぐらい。女の人は、ケモノ耳があるから兜をつくるときも考慮して。ピンと立っているタイプの耳だから」

 ルツは説明もうまいです。私は学校というものに通ったこともなく、またこの世界に来てからも戦うことしかしてこなかったので、数字とか、読み書きは苦手です。ルツはオニさんに教えてもらっているし、タマにも勉強をみてもらっているので、数字にも強いし、契約書というのをつくることもできます。最終的な契約書はタマにみえてもらうそうですが、私は装備の要望を細かく伝えて、後はタマとルツに任せることにします。私はオニさんとリーンの冒険の手伝いをしないといけませんから。

 二人の戦いをみていて、少しわかったこともあります。リーンはいつトカゲ系の魔獣がでてくるかと、びくびくしているんです。そのため、目の前にいる敵を早く倒そうと焦り、ムダな動きも多くなります。

 オニさんは周りをよく見ようとし過ぎて、逆に目の前の敵に集中できていない感じです。多分、リーンをサポートしなくちゃ……と考えていて、自分の敵さえ倒せていません。やはり課題が多いです……。

 まずはトカゲ系統の魔獣への戦い方を考えてみます。彼らは群れをつくらないため、出てくるとしても一体だけです。見ただけで逃げだしてしまうリーンは使いものになりません、ならばオニさんに相手を引き付けてもらいましょう。彼らは素早く動けても数メートル程度、つまりオニさんがダッシュで逃げられるだけの距離で、接近戦を仕掛けてもらいます。ここは初級者用なので、魔獣といってもトカゲなら尻尾をふくめて二メートル程度。コモドオオトカゲぐらい? 毒もないし、牙もないので、オニさんでも戦えるはずです。リーンは後ろからなら近づいても大丈夫だそうなので、トドメを刺してもらいます。オニさんの短剣では、やはりよほど急所をつかない限り、一撃では倒せません。致命傷とならず、暴れたら大怪我をすることもあるので、そこはリーンにやってもらいます。でも、トカゲに近づくリーン半泣きです。ただし心を鬼にさせてもらいます!

 そうやって、トカゲへの対処が固定すると、リーンに心の余裕もでてきました。元々、それほど能力が低いわけではなく、むしろ体幹も強くて腕力もあり、冒険者向きだったといえるでしょう。心に余裕がでてきたことで、魔獣に対してもしっかりと対応できるようになってきました。すると、オニさんもサポートとしての自らの役目に専念することができ、役割分担がはっきりしてきました。いい兆候です。(喜)

 それと、私が魔獣のことを理解し始めたのも大きいです。生憎と、私は初級者のダンジョンとされるものに入ったことがありません。何しろ、この世界にきたときから魔法剣士だったので、簡単なレベルのダンジョンとか、すぐに倒せる魔獣なんて考えるまでもなく戦って、蹴散らしてきたのです。なので、相手がどう動くか……とか、どんな攻撃をしてくるか……とか、ここでいっぱい勉強しました。

 そして自分が同じぐらいのレベルでこの魔獣とだったらこう戦う、ということを考え、指示をだすようにしました。元々、冒険者としての能力もあったリーンと、飲みこみの早いオニさんですから、私が適切な指示をだせるようになったら、それをこなせるようになっても当然のことです。やっと上手く機能し始めました。

 そうこうするうち、十日目になったら、やっとお願いしておいた装備が出来上がってきました。時おり、タマやルツが様子をみるなどして、指示をだしてくれていたみたいで、私のお願いしていた通り、完璧です。

「アンタのこと、勘違いしとった~。ビシビシしごくんで、鬼や、オニさんの嫁やから、オニ嫁やって思うとった~。ありがとぉ~」

 リーンが抱きついてきて、そう感謝の言葉を述べてくれるのですが、その言葉に思わず体が固まっちゃいました。「よ、嫁…………」

 これまで考えたこともなかったのですが、オニさんのお嫁さん……。きゃー、きゃー❤ そう、猩族と人族はどうしても種族がちがうので、表向きは付き合うことが禁止だけど、こっそりと結婚することだって……。

 今日はオニさんとリーンは、中級者用のダンジョンに初めてもぐります。とりあえず、私もついていくことにします。

 つり橋を渡っているとき、リーンは意気揚々と先を歩きますが、後ろを歩いていた私にオニさんがすっと寄ってきて「ありがとう、アイ」と囁いてくれました。

 く~~ん❤

 オニさんはこうして、私の欲しいときに、ちゃんと欲しい言葉を言ってくれます。モテモテ系ラブコメの主人公のように、よく周りのことにも気づいて優しい人なんだけど、恋愛に関してだけ鈍感、という全然分からない設定の人ではありません。私たちには種族のちがいがあるので、距離をつめすぎるのを躊躇っているだけで、私の気持ちを知っているし、私のことを一番に考えてくれる人です。

 十日も我慢して、心を鬼にしてきたので、ここは甘えちゃいます。

「えい❤」腕を絡めて、ぎゅっとします。オニさんの横にいると、昔から安心できるんです。これからダンジョンに向かっているので、安心してはいけないのは分かっているけれど、やっぱりオニさんと一緒なら、私は何だってできる気がします。

 オニさんは私の手をぽん、ぽんとしてくれました。あのころと同じ、言葉はなくてもそれだけで私は気分を落ち着かせることができます。

 オニさんの嫁で、オニ嫁さんでもいいです。私はいつか絶対、オニさんと一緒になってみせます❤(愛)

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