第23話 ダンジョンに入ります

   ダンジョンに入ります


 ボクらはこの通称『あるぴょん』と呼ばれる連合国の、カーナーブンという港街にしばらく滞在することになった。タマが怪我を負った後、はぐれたジャックを探すため、すぐにホレドの街から移動したことがタマの怪我を重くした……との反省もあり、しばらく一つところに滞在して回復を待とう、というのだ。せっかく治してもらったのに、再発させてはいけない。

 また旅をする資金が乏しくなってきたことも重なる。何度か船に乗るなどして、ここまで経費もかかってきた。ここで一稼ぎをしておこう、ということだ。

 カーナーブンの街と、船一隻がやっと通り抜けられる細いケナイ海峡で隔てられた隣のアンツブシー島は、一本のつり橋でつながる。逆にいえば、そこで出入りも管理できるのだが、そのアンツブシー島は魔獣の巣窟とされていた。かつては鉱物資源の採掘をしたり、観光地としても有名だったりして栄えていたが、魔獣が現れてから無人島となってしまった。そこで、魔獣退治が常に冒険者への依頼としてある。しかも鉱山ごとに初級者、中級者、上級者用と区別される点も大きかった。

 宿も節約モードで一室だけ借りて拠点とする。ベッドにはまだ安静が必要なタマと、体の小さなルツが寝て、アイとボクとリーンは床に布をひろげて眠るようにした。タマはそのベッドの上から、指示をだしてくる。

「あなたたち三人に、それぞれ課題を与える。まずリーン、アンタは冒険者として素人も同然だから、アイから剣技とか、色々と教えてもらいなさい。そしてアンタ!」

「え、ボク?」

「アンタも一緒にダンジョン探索に行きなさい……って、何で涙ぐんでいるのよ?」

「ここまで逃げ回るばかりだったけど、やっとダンジョン探索をさせてもらえて、異世界に来た感じがするなぁ~と……」

「アンタ……ダンジョン探索を何だと思っているの? 命懸けなのよ。アンタは荷物持ちと、自分の身を守る戦いを覚えること。これからも危険に曝されるかもしれないし、いつも、いつも誰かが守ってくれるわけじゃないんだからね!」

 ダンジョンは日帰りを基本とするけれど、いざというときのために食糧や薬など、荷物持ちが必要だ。荷物持ちだって自分の身は自分で守れ、という指示である。

「アイ。アナタはリーンとこいつの戦い方の教師役――。そしてもう一つ、アナタは守る戦いを覚えなさい。これまでのアナタは攻める戦いしかしてこなかった。攻めと、守りは根本からちがう。それを覚えておくのは、今後の戦いでもきっと役に立つはずだから」

 そしてルツの方を向いて「ルツは私の身の回りの世話。いいわね?」

「ラジャーッ!」

 なぜか、ダンジョン探索をしないルツが一番元気に答えた。ボクと一緒のときは計算とか、読み書きを勉強するが、タマと一緒のときは歴史や地理などを教えてもらうそうだ。学ぶことは嫌いでないらしく、身の回りの世話といっても、そうやってタマから色々と教わることができてうれしいのだろう。ただし重い課題を与えられた三人は、憂鬱な表情を浮かべるばかりだった。


 ゲートをくぐり、つり橋を渡るとアンツブシー島だ。風光明媚なところで、鉱山といってもそれほどの高さがあるわけでもない。歩いて巡っても一日あれば、ぐるりと回ってこられるぐらいだそうで、海岸線も美しくて散策するにはうってつけだ。もしボクとアイだけだったら、デートのような雰囲気となるかもしれない。

 一方、アイとリーンだけだったら、若干コミュ障のアイと、ざっくばらんなお姉ちゃんであるリーンとでは水と油、教える側と教わる側が逆ならうまくいったかもしれないが、一番うまくいかないパターンだ。ボクを帯同させたのも深謀遠慮の上でのこと。勿論、ボクとリーンの二人だけなら、すぐに全滅だ。

 リーンは宅配業をしているときから軽装備と、馬車には剣を隠し持っていたけれど、今もその装備のままだ。「冒険者といえば、剣やろ? 適正とか、よう分らん」

 剣と言っても様々で、サーベルのような細身の剣をもつアイは魔法剣士だし、剣以外でも槍や弓矢といった武器もあり、それぞれが適正に合わせたものをもつ。リーンの場合、一般的な長さの両刃の剣で、間に合わせといった感じも強く、本当にあまり深く考えることもなく選んだのだろう。

 初級者用のダンジョン、シルコ鉱山へとやってくる。鉱山といっても、決して高い山というのではなく、地下へと潜っていくタイプの、坑道でもあった。

 魔獣は基本、ケモノに魔の力がとり憑くパターンが多いけれど、無機物でも魔獣へと変わることが知られていた。例えば、ボクがこの世界にきて、いきなり襲われたゴーレムもそう。それ以外でも鉱物の塊であるクリスタル系、腐った水の瘴気から湧くゴースト系など、様々なものがいる。こうした坑道には無機物系が多くて、通常の魔獣とは戦い方も異なる。練習をするにはうってつけだけれど……。

「硬ッ! 刃が欠けたやん……」

「リーンさん、そっちに四つ足の奴がいきましたよ!」

「トカゲはアカン、言うたやん! キャーッ‼」

「ほら、右、左、あわわ……」

 初心者であるボクらに練習をさせるため、二人だけで魔獣と戦うのだが、素人丸出しのへっぴり腰で、戦うどころではない。結局、ボクたちを追いかける魔獣をアイが瞬殺して終わり、となってまったく練習にもならなかった。

 逃げるばかりでへとへとになったボクとリーンに、アイも頭を抱えるばかりだ。冒険者らしいことを始めてすぐに行きづまった。でも、恐らくタマはこういうときのために、ボクを帯同させたのだ。ここは期待に応えるためにも、何らか方策をみつけないと……。

「とにかく、アイは魔獣の倒し方だけ教えてくれ。例えば、こう攻撃すればいいとか、右からくる敵に注意、とか……」

「……できるかな?」

 アイは不安そうだけれど、それをしなければ課題を達成できない。

「自分が戦うように考え、それを行動ではなく、言葉にするんだよ。例えば、ボクがちょっと離れた位置にいて、そこに断崖絶壁があって超えられない。もしくは壁や柵があってそれ以上先にいけない。ボクが魔獣に襲われてピンチだ。でも、言葉でしか対策を伝えられない……という状況を想定してみて」

 アイもハッとして、真剣に考え始めている。

「リーンはもう少し魔獣に慣れないと……爬虫類はダメ?」

「トカゲはアカンねん。トカゲはアカンねん」

「何で二回言った? でも、ここは光のとどかない坑道だから、爬虫類系多いし……。じゃあまずは動物系と、無機物系を頼むよ」

 何とかそういうことで、初日を乗り切った。いくら初級者用のダンジョンといっても、殴られれば怪我をするし、血だってでる。二人はぼろぼろで、その日は宿にもどると、泥のように眠った。

 二日目、いきなりボクとリーンは休みになった。今日はアイが上級者用のヨーカン鉱山に一人で行く、という。昨日の冒険でフラストレーションでも溜まっていたのか、昨晩はボクたちが寝ている横で、ずっとタマと話をしていたようなので、何か考えがあるのかもしれない。疲労と筋肉痛で倒れているリーンを残して、ボクは一人でトロッコ列車に乗った。

 スシドン山を登って終点の公園までいき、そこからさらに上っていくと、そこには広場のような場所があり、そこに小さな木製の小屋がある。人族にして、最強の魔法使いでもあるジャンノに会いに来たのだ。

「ここは観光場所じゃねぇっつぅーの」

 ピンク色の髪をもつ、小学校高学年ぐらいの少女であるジャンノは、口は悪いけれど悪い人ではないらしく、タマのことを助けてくれたし、色々と教えてくれる。もう数百年という時代を生きており、物知りでもあった。

「もう少し聞いておきたいことがあって。ジャンノは『ごく稀に力をつかえる者』という言い方をしていたけれど、人族がそれを発現する条件って、何かあるの?」

「自分もそうなったらいいな……とか考えているなら、止めとけっつぅーの」

「なぜ?」

「すんごい力をつかえるっつぅーのは、必ず代償がある。呪いだよ、呪い。私みたいに歳をとらないっつぅー生き地獄になったら、ずっと一緒にいる、といっていたあの娘ともいつか別れなきゃならないっつぅーの」

 異世界転生をしてきたらチートの能力を……と考えがちだけれど、それを得たところで、アイと一緒に生きていく、とする目標を失うことになるとしたら本末転倒だ。ジャンノがタマを治癒してみせた、といっても癒着しようとした骨を外し、元の位置にもどした程度で、完全に治すことはできていない。恐らくそれは、相手の寿命を延ばすような魔法もない、ということだろう。いつか悲劇を迎えることを覚悟してでも、そんな力が欲しいのか? これは究極の問い掛けとなってくる。

「ジャンノは、親しい者と別れてきたの?」

 彼女は少し遠い目をして、それには答えなかった。それこそ彼女は数百年の間、何度もそれを体験してきたはずだ。

「もしかして、君と同じように凄い力をつかえる魔族も、同じ呪いを?」

「それは知らない。呪いなんて、同じわけねぇんだっつぅーの。奴らも何らか、不都合は生じているんだろうけど……」

「でも、君がしていたマスクは、ボクがみた魔族と似ていた。何か関係があるんじゃ……」

「それは多分、私が一番古いからだし。マネしているんだっつぅーの」

「真似? ジャンノは実際、いくつなの?」

「女性に歳を聞くなっつぅーの!」

 ボクもそうであるように、この異世界に転生してくるとき、年齢もリセットされるし、どのタイミングでこの世界に現れるかもナゾ――。

「だっふんだ!」

「何だよ、それ?」

 惚けるでもなく、不思議そうな顔をするので、この有名なギャグも知らないらしい。もしかしたら、ボクが知るよりかなり前の時代の人か……。日本人であるかどうかも分からないけれど、時代がかなり違っていて、かつ彼女にとって数百年以上も前のことなら、彼女と前の世界についての話をすることも難しそうだった。


 三日目から、アイはスパルとなった。こうしたものは物語序盤のイベントのはずだけれど、ここにきての特訓である。それは誰しも『はじまりの村』に転生できるわけでなく、多くはいきなりレベルのちがう魔獣と出遭って、ジ・エンド。つまりこの異世界からの撤退を余儀なくされる。ボクだってそのはずだった。ただそのときアイと出逢った、出逢えたからこそ、ここまで生き延びられただけのことだ。そしてやっと、無能な初心者に適したダンジョンと巡り会えた、という感じだった。

 ボクがもつのは短剣一本で、身を守るといっても中々難しいし、それこそ相手に斬りこんでいくこともできない。ボクとリーンの二人で戦うとなると、リーンが主で、それをボクがサポートするのが適するのだけれど、相変わらずのトカゲ嫌いもあって、中々リーンがメインで戦闘することができない。毎日、毎日、二人で苦労して一、二体の魔獣を倒すことをくり返すのだが、そのうち……。

 アイが少しずつだけれど、指示の出し方を覚えてきた。恐らくペットであるボクに対しての調教の仕方を、徐々に学びはじめた……という感じだ。

「オニさんは右からの攻撃に備えて! リーンは前! ゴーレムは岩と岩のすき間を狙って。魔力の連携を断つ!」

 そうして適切な指示の下、鬼教官に率いられて、ボクたちも少しずつ戦いを覚えていった。何より、トカゲ系の魔獣だと、ボクを前に立てて、リーンに隙をついて攻撃させる、という手法が嵌ってきたことも大きい。

 昔からアイは頭の良さが際立っていた。芸を覚えさせたことはないけれど、きっとそれをしても上手くこなしたはずだ。ただ命じられて何かをする、ということを厭う傾向もあり、教えなかっただけのこと。命じなくとも自ら見張りをこなし、また近所の人と不審者を見分けるなど、周りからも『賢い』と称されるほどであって、それは犬としての『忠実さ』ではなく、孤高であり、自主存立という形での頭の良さだ。ボクを守る上で必要とされた遠隔指示を、どうすれば可能とするかを自ら考え、最善の手段を生みだしつつある。それが彼女の『頭が良さ』の所以でもあった。

 そして十日もたったころ、宿に一つの荷物がとどいた。

「リーンと、オニさんの装備です」

 リーンには頑丈そうな鎧と兜、それに大ぶりの剣。ボクには胸当てと、左の前腕にくくりつける用の携帯の盾と、柄の部分が随分と長い、脇差ぐらいの刀だった。

「これは、アイが二人の戦い方をみて、適した装備を考えてくれたのよ。リーンは魔法もスキルもないから、自分の身を守れるよう重装備にするけど、盾をもたせたらせっかくのスピードを殺すことになるから、盾にもなる大ぶりの剣とする。そうすれば前衛にでても、後衛でも戦力になれる。

 アンタは後衛で私のサポートをするのと、中盤での前衛支援が役割となるから、盾をもつことで適した戦い方ができるし、刀としては少々短いその剣は、短いけれど槍にもなる。盾で防いで槍で突く。小回りが利くから剣としてもつかえるしね。二人の戦い方と、その役割に応じた武装ということ」

 タマにそう説明され、恐る恐るそれをつけてみる。オーダー品なので、体にフィットするのもそうだけど、これは……。

「気づいたようね。この装備には魔石を付して、魔法装具としている。これまでの冒険の旅で溜めておいた魔石を、ここに注ぎこんだんだから、感謝しなさい!」

 魔獣を倒すと、時おり魔石とよばれる輝く石がドロップした。とり憑いた魔の力が結晶化したもので、魔力を補うこともできるし、高く売れるし、こうして武器と錬成すれば特殊な能力を得ることもできた。

「アイが上級者用の坑道にもぐって、素材を集めてきたんだから。出来合いの武器を買うのは高くつくし、素材を集めてきた方が安くつくってね。でも、これで本当にすっからかんなんだから、カリカリと働いてよね!」

 初日が終わった後、アイがタマと夜遅くまで話し合っていたのは、二人の武装についてだったのだろう。

「まさか、初日が終わると、すぐにアイから相談をうけるとは思わなかったわよ。よほどダンジョンの途中で、いい助言でもうけたんでしょうね」

 タマがボクの方を意味ありげに見てくるので、あえて見ないようにした。それより、アイに感謝を伝えたかったが、その役割はリーンにとられてしまった。

「アンタのこと、勘違いしとった~。ビシビシしごくんで、鬼や、オニさんの嫁やから、オニ嫁やって思うとった~。ありがとぉ~」

 抱きついて喜んでくるリーンだったが、その一フレーズに、アイはボッと火がついたように顔を真っ赤にして「よ、嫁…………」

 これまで意識したことはなかったけれど、そういう選択肢もあるはずだ。むしろ意識したアイが真っ赤になっているように、初めてそうした言葉が現実味をもって、彼女の中で響いたのかもしれない。しかし今回のアイは、まさに内助の功というか、八面六臂の活躍だったといえよう。自分が戦うのではなく、じっと我慢して指示に徹し、自分はボクたちの装備のために骨を折った。これで、ボクたちも一端の冒険者らしくなった。

「二人は、今日から中級者用のダンジョンにもぐってもらうわよ。お金をかけた分、しっかりと働いてちょうだい!」

 妻を娶る前に、まずは小姑にしっかりと稼げることを示す……というのは、どこの世界でも変わらないようである。

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