第22話 生きつづける者

   生きつづける者


「アホ毛モンッ⁉」

「その名で呼ぶなっつぅーの!」

 それは既視感のある反応だけれど、頭からピンと立ったアホ毛、幼女のそれでしかないその姿は、まさに挿絵で見たアホ毛モン、その人だった。

 他国から攻められていたスカンク国を救い、版図を広げて英雄となり、敗戦によってその後処刑され、スカンク国を徹底的に人族嫌いの国にした……というアホ毛モン。しかし、目の前にいる人物がアホ毛モンのはずがない。それは歴史であり、現在からみると百年より前の出来事なのだから――。

「……はッ! 名前で呼ばれたって惚ければいいじゃない。そうよ、そうすべきだわ。あら、何のことかしら? 知らないわ、そんな恥ずかしい名前。オッホッホ……」

「嫌、もう遅いでしょ……。あなた、アホ毛モンですね?」

「だから、その名で呼ぶなっつぅーの‼ ちょっとふざけてそう名乗ったら、その後そう呼ばれつづけただけなんだっつぅーの!」

 マスクの下なので、くぐもっているけれど、よく聞こえる声でそう反論する。どうやら、アホ毛モンで間違いないらしい。

 そのころにはアイも飛びだしてきてボクの前に立ち塞がり、剣に手をおいて、相手を威嚇する。攻撃してきた相手であり、油断はできない。でも、ボクは敵意より先に相手のことが気になっていた。

「あなたは魔族ですか?」

 ボクの問に、アホ毛モンは「はぁ~? はぁ~? 魔族とか、どこに目をつけてんの? この可愛いらしい姿の、どこが魔族なんだっつぅーの!」

 顔全体を覆うマスクのせいで、表情すら読みとれないけれど、反応をみる限りまるで少女のそれだ。しかしそのマスクは白地に、赤で模様が描かれているが、マッチョロードに現れた魔族も、白いマスクに黒で模様が描かれていた。そこに何らかの関係を感じさせるし、また先ほどみせたのは明らかに魔法だ。強力な魔法使いとされる魔族と、彼女が近い存在であることをうかがわせるのだ。

 しかしアホ毛モンは人族とされている。もし転生者であるとしても、無能転生――つまり何の力ももたないはずだった。それとも身分を偽り、本来はすごい力をもつ猩族だった……というのか? ただしわざわざ人族を名乗るような必要はないし、それこそ百年以上前になると、魔法使いはその存在すらほとんど認知されていいなかったはずなのだ。そんな時代に、魔法使いであるアホ毛モンがいるはずがない。それこそ机の引きだしに、タイムマシーンでももっているのか……そう疑いたくもなる。

「じゃあ、君は何者なんだい?」

「アンタたちこそ何よ⁈ ここは私のお家なんだから!」

 公園、広場だと思っていたここは、すべて彼女の所有する土地らしい。それを知っている街の人はここまで上がってくることはないし、だからトレッキングコースとしては最適でも、誰も立ち入ることがないのだ。

 タマの願いだったとはいえ、知らずにボクたちがここに立ち入ったことで彼女は怒り、攻撃してきたのか……。

「ごめんなさい。ここがあなたの家とは知らずに、立ち入って。でも、ここは魔法使いの聖地として、ケガをした魔法使いの彼女をここに連れてきたくて……」

 アホ毛モンは訝しそうに近づいてくると、タマをちらりとみて「あぁ、頚椎の辺りを骨折していて、変に癒着しようとしているじゃない。もう少しすると、歩けなくなるわよ、これ」と事もなげに告げてきた。

「分かるんですか? 治せますか?」

「何で私が、見ず知らずのアンタらを助けないといけないんだっつぅーの!」

 その通りで、彼女からすればボクらはただの厄介な侵入者でしかない。でも、ここで死にたいといったタマのためにも……。いや、もしかしたらこれって……。

「ということは、治せるんですね?」

「私を誰だと思っているんだっつぅーの。治せないもんか!」

「じゃあ、治して下さい」

「だから、何で私が見ず知らずの……」

「本当は治せないんじゃないですか? 怪しいなぁ~。そういって誤魔化して、本当はできないんじゃ……」

 簡単な挑発だったけれど、簡単に引っかかった。「バカ言ってんじゃないっつぅーの! 治せないわけないじゃん!」

 アホ毛モンがパッとタマに向かって手を差しだすと、何の詠唱もなく、タマの体がふわっと宙に浮かび、白い光につつまれた。すぐに意識を失って、体を支えられなくなったように、がくんと首が項垂れ、そのままベンチに座りなおす形でもどされた。慌ててアイが駆け寄って様子をみると、どうやら眠っているだけのようだ。

 ボクも唖然として「今の光で治ったんですか?」

 アホ毛モンは胸を張るようにして「癒着しそうになっていた骨をひっぺがして、元通りの位置にもどしただけだっつぅーの。こんなの簡単、簡単。でも、骨をくっつけたわけじゃないから、後は本人次第!」

 どうやら本当に治したらしい。タマは白魔術でも治せない、といっていたが、彼女の魔法はどうやら特別製のようだ。恐らく変な方向に神経が引っ張られることで生じていた痛みは、これでなくなるはずだ。もしかしたら、もう一度タマも生きることに前向きになってくれるかもしれない。アホ毛モン、恐るべし――。

「でも、こんな凄腕の魔法使いが、どうしてこんなところに……?」

 歴史では、スカンク国で逮捕されたアホ毛モンは、ゴクピカ島に流されて、そこで命を落としたことになっている。ただこのときは知らなかったが、ゴクピカ島はこのあいぴょんの近くにある、小さな島なのだそうだ。

 しばらく頭を掻いて、考えているようだったが、やがてアホ毛モンはゆっくりと顔からマスクをとった。ルツよりはもう少し大人な感じだけれど、やっぱり声質通りの幼女であり、くりくりとした目が特徴的な、かわいらしい少女だった。

「面倒くさい人族だっつぅーの!」


 ここはアホ毛モンの暮らす小屋――。一階建てだと思ったら、斜面の近くに立っており、二階から入るタイプの二階建てだった。今は一階の部屋でタマを寝かせてもらい、ボクだけが彼女と話をするため、二階のリビングと思しき場所にいた。

 相変わらず「アホ毛モン」と呼ぶと怒られる。タマとキャラかぶりでもあり「じゃあ、どう呼んだらいのい?」

「昔、救国の乙女なんて呼ばれたこともあったから……ジャンノでいいわ」

 そこは〝ヌ〟でよくない? どうやらどこまでもズレた感じだ。

「ジャンノは人族なの?」

「ケモノ耳も、ケモノ尻尾もないじゃん。隠しているわけじゃないんだっつぅーの」

「でも救国の乙女も、アホ毛モンも歴史上の人物だよ。それと同一人物のはずがない。それにさっきの魔法だって……」

「だって私、死なない体だもん!」

「不死身?」

「何でよ、ちッがうわよ! 歳をとらないって意味よ。人を化けモンみたいに言うなっつぅーの!」

 歳をとらないだけでも十分に化け物じみているけれど、彼女の中で、それはまったく違う意味になるようだ。また歳をとらない、また病になっても先ほどのように治せてしまうのなら、ほとんど無敵といえるだろう。

「歳をとらないから、度々歴史にも登場してきた……と? でも、人族なのに魔法がつかえるなんて、おかしくないか?」

「おかしくねぇっつぅーの。猩族だって、魔法をつかえない奴はいっぱいいるし、人族だってごく稀に、すんごい力をつかえる者がでてくる。私はその一人だっつぅーの」

 動物が人化して転生してくる猩族といえども、アイのように凄い力をもつ者もいれば、何の力ももたずに、街で暮らす者もいる。確かに無能転生とされる人族といっても、中にはそんな者がいてもおかしくない。だけど……。

「人族は無能転生、そんなすごい力をつかえるのに、まったくそれが人口に膾炙していないのはおかしいんじゃ……」

「伝わっているじゃん。そういう者が何と呼ばれるか……」

 …………え? このとき、ふと思いつくものがあった。物凄い魔力がつかえ、自我をもつ者のことを……。「もしかして、魔族?」

「ピンポン、ピンポーン。正解です!」

 この世界のカラクリが少しわかった気もした。人族はここにくるとき、何の力も与えられないけれど、一部にそれを補って余りあるほどの力をもつ者が現れて、それが魔族と呼ばれるのだ。「もしかして、魔王も?」

「魔王もそうっしょ。会ったことないけど……」

 魔王は魔族たちを統べる者だ。きっとそれも魔族より強い力をつかえる、人族なのだろう。マッチョロードを壊滅させたあの魔族も、実は人族だった……。そう考えると、魔王たちは何を目的としているのだろう?

「ジャンノは、魔王とか、魔族とは関係ないの?」

「何であいつらなんかと組むんだっつぅーの」

「敵対しているの?」

「関係ねぇっつぅー感じ? あいつら、最近何かと動いているようだけど、我関せずじゃね。勝手にしろっつぅーの」

 こんなところで隠棲を決めこんでいるぐらいだから、世俗から離れているのだろうか? でもそうなると「でも、どうして『救国の乙女』だったり、それこそ『アホ毛モン』になって、世界とのかかわりをもとうとしたんだ?」

「ヒマだっただけじゃん! すぐに飽きて、やる気をなくしたけど」

「スカンク国では、大陸を統一できたかもって……?」

 ジャンノは仏頂面をうかべて「大陸なんて言ったって、東に行けば行くほど、何なのこの広さは! ってなって、諦めたのよ。それで敗北とか、意味わかんないし。

 大体、なんで大陸とか言ってんのって感じ? この辺りはただの半島よ、半島。大きな大陸の、その先っぽ。そんなものを統一とかして、どうしたいの? そんなことするのは、命に限りのある、名誉欲にとりつかれたバカだけだっつぅーの」

 ジャンノの言葉は辛辣だけれど、死なない体を自負する彼女だからこそ、世界の統一などという目的には興味をもてないのかもしれない。

「そのうち暗殺とか、裏切りとか、色々と面倒くさいことが起きて、すべて放りだして、ここに来たってわけよ。ちょうどそこのアンツブシー島に鉱山があったから、そこから鉄をとってきてレールを敷き、列車をつくり、風光明媚なここでのんびり暮らそうと、色々とつくったっつぅーわけ。動力源である魔力も、私が提供しているしぃー」

「え? もしかしてトロッコ列車は、ジャンノ作?」

「鉄道会社ももっているつぅーの! 私が街にでるためにつくったけど、物珍しいって観光客がくるから、儲けているし」

 なるほど、鉄道などこの世界の文化レベルとちがう、と思っていたが、ジャンノがつくったとすれば納得できる。

「でも、どうしてマントとマスクなんかしているの? 社長なら、堂々と乗っていればいいんじゃない?」

「人族だと、ちょっかいかけている奴もいるし、面倒くさいだけ。顔を隠しておけば、化粧をしなくて済むっつぅーの」

 化粧をするような歳ではなさそうだけれど、このずぼらさが、時おり歴史に関与しても、すぐに隠れてしまう原因かもしれない。

 そのとき、アイが駆けこんできた。「タマが、目覚めました!」


 タマはきょとんとした顔をしているが、事情を説明すると、痛みがほとんど消えていることを確認して、アイと抱き合って喜んだ。ジャンノが言っていたように、癒着して歪みかけていた部分を剥がしただけなので、まだ完全とはいえないけれど、これで骨折が治れば元通りに冒険者として旅をつづけることもできるはずだ。

 ただし……。

「アイ、アンタはもっとやれる子や!」

「この世界を変えることができるかもしれない」

「だから頑張りや~」

 即興の劇団、リーンとルツにからかわれ、当分の間は立ち直れそうもない。真っ赤な顔で布団にもぐってしまった。

 アイと二人で、ジャンノに話を聞くことにする。

「どうしてさっき、攻撃を思いとどまったの?」

「人殺しなんてしないし。戦争のときだって知恵を貸したけど、基本、猩族だって殺してないし……。あの距離では何をしたって、あんたは死んだっつぅーの。それに、何でアンタがその猩族を守ろうとしたのか、それが不思議だったし」

 ボクとアイは思わず顔を見合わせて、そして言った。

「だって、ボクとアイは飼い主とペットだから。前の世界では逆だったけれど、ここでもそれは変わりません。ボクはアイを守るし、アイはボクを守ってくれる。ボクたち二人はそういう関係です」

「はぁ~? 本気で言っている?」

 アイも小さく頷く。「私はオニさんを守ります。オニさんも、私のことを守ると言ってくれました。私たちはこの世界を変えるつもりです。人族と猩族が、仲良く手をつないで暮らせる世界にします」

 アイがそう宣言したことで、ジャンノも「マジなの、アンタたち……」と言葉を失っていたが、「やれるもんなら、やってみろっつぅーの」と投げやり気味に言った。

 彼女とはそこで別れて、最終便に乗ってカーナーブンにもどることになった。下の公園までもどってくると、カーナーブンの街の夜景がみえて、さらに幻想的な景色をそこにつくりだしている。ジャンノがここを隠棲する場所と決めた理由も分かる。

 みんながそんな光景に見とれている中、まだボクに背負われているタマが、小さな声で「ありがとね」と、ボクにだけ分かるように囁いてきた。

「アンタの機転で、私は治癒できそう。もう少し、アンタたちと一緒にいられるわ」

「ボクももう少し、タマと旅ができてうれしいよ」

「……タマって呼ぶな!」

 小さい声だけど、そういってボクの頭を叩くタマは、少しうれしそうだ。ボクもオリジナルがふたたび聞けて、うれしくなった。

 でも、ボクはジャンノと別れるときにかけられた言葉が気になっていた。

「魔王には気をつけた方がいいし。あいつら、何か企んでいるし、それはアンタたちが目指す方向とは、ちがうかもしれねぇっつぅーの」

 マッチョロードを襲ったのも、もしかしたら猩族と人族とを仲違いさせようとするものだったのか? もしそうだとすれば、魔族はボクらの敵だ。だが、それが人族なら話し合いもできるかもしれない。少しの光明だけれど、それがカーナーブンの夜景のように美しいものになってくれることを、今は願うばかりだった。

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