第21話 かくれ家

   かくれ家


 大陸とブリテリ島の間にあるドーナツ海峡をわたるには、帆のない、背の低い船をつかう。海流が早いこともそうだけれど、気流も早く、両者をうまく制御するのが難しいからだそうである。動力としては魔力が基本であり、節約するために孤をえがいてすすむ。

 船にのったところで、やっと首輪がとれた。

「ブリテリ島ってどういうところ?」

 タマは行ったことがなく、詳しいことは知らないようで、これにはオクトパス国から仲間になったリーンが答えた。

「大別すると、2つの島と4つの国からなる連合国。歴史は複雑で錯綜しとるんやが、統一した連合国は、名前が長すぎて通称『あるぴょん』って呼ばれとる」

 まるで中国人風キャラが、ウサギ耳をつけたときの語尾、みたいな名前だが、長すぎる方の名前は聞くだけムダと諦めた。

「あるぴょんは海洋国家で、うちのいたオクトパス国とは海洋権益で争うことも多くてな。そんで、色々と話を聞いとったんや。あるぴょんは利益重視、人族だって金さえあれば、出世できるって話やで。もっとも、ここは強い貴族社会でもあって、社会的ステイタスがモノをいう国。その社会的ステイタスも金で買えるぐらいやから、ある意味とっても合理的っちゅうことやな。ハッハッハ」

 リーンは銀色の髪に、銀に近いブルーの瞳と、一見するとクールな印象を与える。しかし話し始めると、怪しい関西弁とともに、ざっくばらんなお姉ちゃんという感じだ。元々、オクトパス国は海洋国であり、人族も船乗りとして活動していたこともあって、人族にもそれほど抵抗はないようだ。

「後、あるぴょんは魔法使いの国。魔法使いなんて、いたるところに伝承もあるけど、魔獣が現れて大きな被害をだすようになったとき、あるぴょんにいた魔法使いが、世界を救うために出て行った、なんていわれとるよ。それで、世界中に魔法が伝播、拡散されて、多くの魔法使いが誕生した、いう……」

 タマは魔法使いだけど、転生者であるので、リーンの語る定義には当てはまらない。ただダマも言っていたように、魔法使いにとっては憧れの地、あいぴょんという可愛らしい名前とも相まって、ブリテリ島には何かが秘められているのかもしれない。

 あいぴょんに到着する。大陸との渡航をゆるされた唯一の街、ドーナツは街自体が小さく、ここに滞在するわけではない。

「ここから再び船に乗って、カーナーブンの街に行って、鉄道に乗りましょう。乗ってみたくない、鉄道?」

 鉄道? 生憎と鉄ちゃんではないけれど、この世界の文明水準は中世の段階でとどまっており、鉄器の使用すらごく一部にとどまる。アイたち冒険者がもつ武器もそうだし、煮炊きなどの鍋であったり、農地を耕す鍬であったり、高価であることも相まって、中々利用がすすんでいないような状態だ。そんなこの世界に、鉄道……? 確かに、すこぶる興味をひかれるものでもある。

 ただ、あいぴょんには誰も来たことなく、タマがそういうので、みんな従うことにした。あいぴょんは海洋国家らしく、船の便は豊富だ。西回りの航路をとり、海岸沿いをすすむ。ぐるりと岬を巡って、北上する航路をとり、その先で細い海峡に入っていくと、そこにカーナーブンの港があった。

 海峡といっても橋をかけたら渡れる程度の幅しかなく、船が入っていくのもぎりぎりだ。その背後には高い山が聳え、恐らく陸上からの攻撃をふせぎ、また海洋からの攻撃さえもこの海峡で防げる。そうしてここに町が築かれたのだろう。海峡にへだてられたアンツブシーの島はそれほど広くないにもかかわらず、鉱物の採掘場があるなど、その搬出港としてもこのカーナーブンは発展したそうだ。

 古くからある街らしく、石で組まれたお城がその中心であって、魔獣もいるために高い塀で囲まれる、比較的大きな街だ。その一端からは、尾根から山頂へとむかってレールが走っており、確かに鉄道が走っていることがうかがい知れた。

 ギルドに行って、ここでしばらく逗留することを告げたとき、意外なことを知った。

「リーンの飾り名は、白銀狂鬼⁈」

「わ、笑うんなら笑え! ちょ、ちょーっと厨二病が重かったとき、つけただけやん。うちはこの飾り名、変えんからな!」

 アイの飾り名は『烈炙』で、タマは『流迅』だ。同じ漢字二字でも単語としては成立していないので、それで登録もできたのだろう。一方、リーンの『白銀狂鬼』は、二字ずつで単語として成立してしまい、使用例も多かったために両者を合わせたものだろう。飾り名は冒険者を分けるための名字、記号みたいなものであり、聞くと相手を特定できることが重要だからだ。自分の特徴だったり、特性だったりでつける、つまり自由に選べることもあって、厨二病だとこういうことも起こりえる。

「スシドン鉄道に乗るのかい? 最近は魔獣も少ないから、冒険者が上ったところで、仕方ないんだけどねぇ。観光なら今の時期はいいよ」

 ギルドの受付嬢から、そう説明をうけた。お上りさんであるボクらは、勿論観光のつもりで乗ることにする。

 タマは船を下りてから、ずっと体調が悪そうで、ボクに背負われての移動だ。駅舎に向かうと、確かに鉄道があった。ただしそれはトロッコ列車という感じで、鉄の箱で覆われた、車輪のついたものがあるけれど、電車というにはほど遠い印象である。上りの動力は魔力を篭めた瓶をセットして行い、下りは自重による。ただ、観光列車らしくガラスの嵌った窓もあり、その点は驚いた。家や屋敷にも窓があるけれど、まだまだ製造精度が悪いのか、透明度の高さだったり、薄さだったりを自慢できるレベルにない。しかしトロッコ列車では振動もあるし、何より魔獣に襲われても耐えられるよう、強化ガラスになっているのだ。その透明度のレベルも高く、観光列車としての能を十分に備えている。

 トロッコ列車はボクたちが乗りこむと、ちょうど出発時間らしく、笛を鳴らして走りだす。街から出るときにゲートがあり、魔獣の侵入をふせぐようになっている。列車はそこそこの乗客を乗せても力強く走る。レールの上をゆっくりとすすみ、まさに列車の旅が楽しめ、観客たちも思わず歓声を上げて楽しんでいる。

 しかし魔力を篭めた、こうした動力は不思議だ。夜の明かりを灯すときにも使われるが、タマのような魔法使いでも、ふつうはできないそうだ。できる者と、できない者がいるし、それができるのはかなりの上級魔法使いらしい。自分から魔力を切り離して詰めるのだから、それなりに技術もいるのだろう。

 トロッコ列車はのんびりと、風光明媚なスシドン山を上っていく。魔獣がいる世界で、こんな観光地があるとは思ってもいなかったので、鉄道の存在とともに驚かされた。カーナーブンの街がそれほどすすんだ文明、文化をもっているようには見えなかったが、鉄道から先はまさに文化がちがう、という感じだった。


 列車内はそれほど混雑していないけれど、その中にちょっと変わった人物をみつけた。頭からマントをかぶっており、顔にもマスクをつけ、俯き加減ですわっている。観光ではない様子だけれど、この先で暮らすのだろうか? 生活動線としても、列車があるのは大助かりではあるだろうが、魔獣がいる世界で街の外に暮らすのは、かなり危険なはずだ。それでも厭わず暮らしているとしたら、冒険者か……。

 そのとき高度が上がってきて、景色がまた変わってきたことで歓声が上がった。カーナーブンの街を見下ろしつつ、その先にあるアンツブシーの島と、海とがコントラストとして浮かぶのも美しい。潮風もあり、あまり高い木が育っていないことも見晴らしのよい理由だ。草原の緑と、石とレンガ造りの美しい街並み、そして海と空、まさに絶景といえた。

 トロッコ列車が終点に到着する。そこはスシドン山の頂上というわけではなく、途中にある平らな土地を公園にした場所で、頂上はもう少し先だ。ただここでも見晴らしもよく、また山側には壁もあって、魔獣の襲来にも備えられており、ここから先は塀もないので上がっていく者はいないのだそうだ。

「頂上まで……言ってみましょう」

 タマはボクの背中でそうつぶやく。つらそうであるが、若干の高山病でもあるのか? 往復でも二時間ぐらいの登山コースだそうで、標高も千メートルぐらいなので、快適なトレッキングができる。かつてのイケイコ山よりもだいぶ楽だ。それでもここに登山客がいない理由は、もう少し後で知ることになる。

 いくら幼児体型とはいえ、タマを背負って上るのは大変だけれど、そこは根性をだして山頂まで上がった。そこも公園のようだが、木の柵で囲っただけの広場といった形で、いくつかベンチもあり、そこにはロッジのような木製の小屋も建てられている。魔獣に襲われたら一溜まりもなさそうだけれど、このパーティーには三人も冒険者がおり、かつアイとタマは実力者である。魔獣など怖くない……と言いたいところだが、そのタマは元気もなく、海がみえるベンチにそっと下ろしてすわらせた。

 タマはゆっくりと、辺りを見回して「ここが……魔法使いの聖地――」

 彼女がここに来たがったぐらいだから、魔法使いの聖地として、夢にまでみた場所だったのかもしれない。そろそろ夕刻を迎える時刻で、陽射しも赤みを増してくる中、タマはゆっくりと語りだした。

「私をここに残して、あなたたちは帰りなさい」

「えッ⁈」

 誰もが驚いて、そう声をだす。

「私は……多分、もう長くない。一歩進むたびに、脳をハンマーで殴られるほどの痛みが走るようになってね。集中力を必要とする魔法もつかえない。もう……冒険者としてもやっていけないでしょう。それに、これ以上の旅もムリ……。私はここに残る。残って、ここでゆっくりと隠れようと思う」

「そんな……」ふだん、感情を表に出すことの少ないルツも、言葉を失っている。

「一度はこの、魔法使いの聖地とされるブリテリ島に渡って、スシドン山に登ってみたかったの……。ごめんね、私のわがままで、こんなところまで、みんなを連れてきちゃって。でも、一人では絶対に来られなかったから……。ありがとう、ここまで連れてきてくれて……」

 もう覚悟は決まっているような、穏やかな表情と語り口だった。

「弱気なことを言わないで下さい。ケガは治せます。それこそ魔法なら……」

 ボクの言葉に、タマは小さく首を横にふった。

「白魔術といっても、体力を回復するか、表面上の怪我を治すことしかできない。背骨が歪むような、こんな痛みはとりようがないのよ。私も色々と試してみたけど、この痛みで生きつづけるのは苦痛でしかない。私たち冒険者は、冒険ができなくなったら終わり。足手まといになるぐらいなら、いっそここで……」

 動物は自らの死期をさとると、ふと群れの仲間の前からいなくなる、という。タマは死期を悟ったのだ。ケガにより万全でない自分、生きることさえ苦痛と感じるほどの激しい痛み、だから行きたいと願っていた地、ここを死に場所と定めてボクらを導いてきた。自分では歩くことさえできなかったから……。それは最後のわがまま、彼女にとっては必死の願いでもあったはずだった。

 誰もが言葉を失った中、タマにすがりついたのは、アイだった。

「ダメッ! 私が死なせない!」

 アイも目にいっぱいの涙を溜めている。そんなアイのことを、タマは優しく見返した。

「わがまま言わないで。ホント、昔から孤独で、我の強い、危なっかしい子だったからね、アンタは……。魔獣の中にたった一人で突っこんでいっちゃうし、一緒に戦おうって言っても、無視して一人で戦おうとするし……。あぁ、周りに溶けこむのが苦手なんだなって……。多分、前の世界でも生きにくくて、生きにくくて仕方なかったんだろうなって……。この世界でも長くはやっていけないんじゃないかって、ずっと心配してた」

「私、タマがいないと……」

「…………タマって呼ばない。私がいなくても、もう大丈夫。こいつが現れてから、あんたは変わった。まさか、人族にあんたがこんなに心を赦すなんて思ってもみなかったけど、確実にあんたはいい方に変わった。こいつは結構、機転が利くし、もう少し経験を積めば、きっとあんたを強力にサポートしてくれる。私がいなくても、大丈夫」

「でも……」

 アイの目からも涙がこぼれた。もう決断してしまったのだ。きっと、アイが冒険者をつづけるのなら、タマと一緒にはいられない。もう動くことすら難しいし、魔法使いが魔法をつかえない、というのだから。

 そして彼女は、もう自分の死期を悟っている。多分、自分はもう助からないと知っている。ここで自分の人生を終わろうと思っている。それは覆せそうにない。

「アイ、あんたはもっとやれる。もしかしたら、この世界を変えることだってできるかもしれない。だからがんばって……」

 タマはそっとアイを引き寄せ、アイもタマにすがって泣いた。彼女たちは何度も冒険をへた仲間――。ボクたちがヴィエンケを脱出したときだって、タマがついてくる必要なんてなかった。むしろ彼女は、荊の道となるはずのボクたちと一緒に行く、と決意してヴィエンケを出たのだ。そしてこれまでも道を示し、ボクたちがどうするか、迷ったときも即座に決断して行動することができた。彼女がいなかったら、とっくにボクたちは行き詰まり、捕まっていたかもしれない。タマのことを信じ、タマもボクたちのことを導こうとしたからこそ、こうしてここまで旅をすることができたのだ。

 その絆の深さが、今の二人を離れがたくしていた。


 泣き濡れる二人をじっと見下ろしていると、ふと気配を感じた。ふり返ると、先ほどトロッコ列車に乗っていた、あのフードをかぶり、マスクをした人物が立っていた。

 迸る殺気、だがアイたちは気付いていない。そんなアイとタマにめがけ、その人物がマントを翻して襲い掛かってきた。数十メートルはあったはずの距離を一瞬で詰めてきたのだ。アイも気づいたが、時すでに遅し。間に合わない! そう思った刹那、ボクは何も考えず、むしろ何かを考えていたらきっと動けなかっただろう。マントの人物の前に飛びだし、手を広げて立ち塞がろうとした。

「人族ッ⁉」

 まさか、脇に立っていたボクが飛びだしてくるなんて思わなかったのか、マントの人物は空中であるにも関わらず、ボクと鼻先を突き合わすぐらいでピタリと止まってみせた。しかも、すぐに反転、後退したのだ。ボクは思わず……というか、思っていたらできないぐらい、どうしてそれをしたのかも説明がつかなかったが、とにかくその人物のマント、フードの辺りを掴んでいた。

 マントは首の辺りで、紐でしばっているだけなので、頭からひっぱればすぐに脱げたのだろう。再びマントの人物は、数十メートルの距離を一気に離れたのだが、そのときにはマントの下の、軽装でありつつも武装としての胸当てや、腰には剣をさすなどの装備を身につけていることが白日の下にさらされていた。

 マスクは白地に、赤い模様が入れられたもので、それは魔族のしていたそれにも見えた。遠目だったし、はっきりとは憶えていないけれど、マッチョロードを襲って壊滅させた、あの魔族がしていたそれに近いもののようだ。

 ただ、ボクの目はそれ以上に、別の部分にくぎ付けとなっていた。ピンク色の髪とそこから延びる、ピンと凛々しく立ったその毛に……。

「アホ毛モンッ⁉」

 我知らず、ボクはそう叫んでいたのだった。


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