第20話 手を取り合うこと

   手を取り合うこと


「オニさん、オコトはもうすぐですよ」

「オニさん、お疲れではないですか?」

「オニさん、肩でもお揉みしましょうか?」

 馬車の後ろから、そんな声が聞こえてくる。「いや、大丈夫だから。もう山に帰って、自分たちの生活をはじめてください」

 ボクはそういって諭すが、受け入れてもらえず、ずっと馬車の後ろをついてくるのは、山賊に身を窶した、没落したサラ家の一族だ。

 生き倒れになっていたボクを助けてくれた恩もあって、命を助けてもらえるようボクが懇願した。オクトパス国の法律は知らないけれど、山賊が無事で済むはずもないからだ。アイもタマも特に異論はなく、リーンも度々襲われてきたようで、わだかまりもあったようだが、二度としないのなら……と誓わせることで納得してもらった。彼らが、サラ家の凋落につながったクーデターの首謀者である、彼女の祖父のことを意識したものではなく、広範囲に山賊をしていることも、赦す要因だっただろう。個人的な恨みで度々襲われていたら、決して許せなかったはずだからだ。

 元々、強い者に従う傾向もある彼らが、一瞬にして全員をノックダウンしたアイに心酔するのは、至極自然なことでもあった。そしてそんなアイのペットであり、命も救ってくれたボクに、あれこれと接近してきては、すぐにボクの後ろに隠れてしまうアイに少しでも取り入ろうとしているのも当然の話であった。

「いいじゃない。ボスにでもなった気分でしょ?」

 そういってタマは笑う。まだ活発に動けるほどではないけれど、少しずつは元気になっていた。どうやら背骨、頚椎の辺りを骨折していたらしく、時おり顔を顰めたりもするので、まだ痛みは残っているようだ。だが弱気なことは言わず、なるべくふつうに過ごそうとしているので、病状を聞くこともできずにいる。

「アンタらが名のある冒険者やなんて、知らんかったわ」

 馭者であるリーンはそういって感心してみせる。ボクと一緒にいるときのアイは、結構デレデレしていることも多く、凛とした姿をみせることが少ない。タマは傷んでいるし、人族のペットを二人も連れているし、確かに冒険者といっても大したことなさそうだ……、と舐められるほどかもしれない。

 すでにオコトの街が見えてきていた。ここは魔獣もいないため、高い塀で囲われているようなこともなく、穏やかで安らかな時間が、その街に流れていることが遠目にもよくわかった。古い中世の石とレンガでつくられた街並みが、異世界ということを強く意識させた。

 あと一歩でオコトの街、というところで意外なことが起きた。馭者であるリーンが、ボクたちに頭を下げてきたのだ。

「お願いや。うちを……冒険者パーティーに加えて下さい!」

 タマもアイも驚いているが、タマも「何で急に?」

「急やない。うちは冒険者になりたかった……。でも実力もないし、この国では仕事もない。それで諦めた。アンタらをみていて、冒険者になりたかったころの気持ちを取りもどした。もう一度、冒険者として頑張りたいんや!」

「冒険者にはなりたい者がなれるから、冒険者になるのは構わないけど……」

 タマはそういって、当惑する。そういえば、彼女は冒険者から宅配業に転職した、といっていた。焼け木杭に火でもつけてしまったのか……。この場合、付き合っていた元彼氏ではなく冒険者魂、とでもいった方がいいだろうか。でも、彼女の宅配の仕事とて重要であり、それは多くの人から感謝されていたことでもよく分かった。それを放って、冒険者になるのも問題があるだろう。そのとき、ボクはふと思いつく。

「なら、一先ずボクたちのパーティーに入って、冒険者として修業する、というのは? それで、今のリーンさんの仕事は、彼らに引き継いでもらいましょう」

 次に、馬車についてきていたサラ家の猩族たちの前に、ボクは立った。

「君たち、宅配業をするつもりはないかい?」

「宅配……業?」

「仕事にもつけず、困っているんだろう? これだけの数の一族を喰わせていくのは大変だ。それに、君たちの姿はもう大分、動物に近づいている。でも、だからこそできる仕事もあるだろう。それが宅配業だよ。君たちは山野を歩くのに長けているし、同じ一族としての結束ももち合わせている。そしてオクトパス国では、ギルドが発展していないから情報伝達や、物資の輸送にも問題が生じている。つまり、そこに商売のチャンスがある。君たちはこの国に情報網としてのネットワークをつくり、物資の輸送と、情報の伝達をうけおう仕事をする。サラ・ザル宅配便だ!」

 まだキョトンとしている彼らに、どうやればいいのか、その仕組みを説明した。

 要するに宅配業としてそれを組織化する、ということだ。今はリーンなど、個人でそれを請け負っているが、それだと負担も大きく、またいつなくなるか、という不安もあるだろう。そこで組織、企業として宅配を始める。各地に支部をつくって、彼らの機動力と結束力で、流通を担わせるのだ。

「そうすれば、君たちが望まずとも人々は君たちを必要とし、この国で役割をもつことができるだろう」

 この世界では未だに経済活動というものが低調、希薄であり、だからこそこの仕組みを成立させることができる、と考えた。どうすればよいのか、ということを事細かに説明し、やっと彼らも納得し、希望のようなものを感じてくれたようだ。ちなみに、システムの説明だけで二時間以上を要したことは、言うまでもない。

 ボクは最後に、ボクを助けてくれたモモと話をすることにした。

「君がボクのことを助けてくれたから、今のボクがあるんだ。ありがとう。あのとき、木の下に落ちていた木の実は、君がそうしてくれたんだろう?」

「あ、あんなもんが食べられるか、分からなかったけど、ないよりマシかと……」

 やはり言葉遣いが少したどたどしい。彼女たちが改めて猩族として生きていくには、純血主義を改めて、交流を深めていくしかない。そのためにも、多くの猩族とふれあえる宅配業は適任だと思われた。

「あの木の実、すごく酸っぱかったから、一度濾して砂糖を加え、中火でことこと煮るとジャムができる。そのジャムを物流と同時に売れば、稼ぎになると思うよ」

「ことこと煮る……?」

 仕事の説明書と同時に、ジャムのつくりかたのレシピも書いて、彼女に渡した。ジャムは保存が利き、腐敗を抑えるので、生鮮食品よりも売り易いはずだ。

 これで没落したサラ家も落ち着いてくれるだろう。リーンの持ち物であった馬車も、彼女たちにゆずった。昔から馬とサルは相性がいい。猿轡のところでも取り上げたけれど、昔の農家は馬を飼い、それを落ち着かせるためにサルも一緒に飼ったのだそうだ。彼ら自身の機動力と同様、馬車による物資輸送はまさに天職といえるはずだった。

 ボクたちはオコトの街から船に乗り、北上する航路をとった。新しく加わったリーンという仲間とともに――。


 海上をはしる船は、多くが帆船なのだそうだ。川は流れに乗ることで下りはできるし、上りは魔力で補っている、という話だが、海だと沖に出てしまえば休みなく、魔法をつかってすすまなければいけないので、帆船にして風の力をつかい、魔法使いが休みをとれるようにするのだそうだ。ボクたちの乗った船も、大きな帆を張ってすすむ。オクトパス国を北上、ふたたびカペリン国の海岸沿いをすすみ、それを過ぎるとスカンク国である。人族にとって厳しい、とされるスカンク国なので、アイとリーンは買い物にでかけ、ボクとルツは船を下りずに、停泊する船でお留守番だ。

「どうしてスカンク国は、人族を嫌うんですか?」

 ボクの問に、同じ留守番で物知りのタマが答えた。

「その昔、アホ毛モンという人族がいたからよ」

 何だろう……つっこんだら負け、みたいな名前だけれど、ここから長い、アホ毛モンに関する説明がはじまる。

「アホ毛モンは人族だったんだけど、当時はまだ人族への風当たりはそれほど強くなくてね。身分は低いけど、職にも就けた。当時、スカンク国が王政を廃して民政に移行しようとしていたときで、各国からスカンク包囲網を築かれたのよ。そんな中、次々と軍事的勝利を重ね、英雄に祭り上げられ、やがてスカンク国のトップに上りつめた」

 アホ毛モン、名前とちがって実力者? 聞いたことのあるような出世話でもあるけれど、そこも突っこんだら負け、のような気がする。

「アホ毛モンはスカンク国から、それ以外の国へと版図を広げるよう画策、周辺国に戦争をしかけ、この大陸のほとんどを手中に収めるぐらいに、スカンク国の版図を広げたの。でもたった一度の敗戦から形勢逆転、反感をもつ他国からの反撃をくらってね。スカンク国は周辺国に囲まれ、降伏する憂き目に遭った。それ以来、人族はこの国では御法度。極度に嫌われるようになったのよ」

「アホ毛モン、そんなに悪いことをしたんですか?」

「そんなことないわよ。第一章に『朕は国家なり』を否定することではじまる、有名なアホ毛モン法典、通称『朕国際法』をつくったり、王政から民政へと移行する段階での指針となるべきルールを定めたり、近代式の軍隊の整備をしたり……。重商主義とよばれる貿易振興策をすすめ、産業を興したり、工場に注力したり、調子のよかったときは色々とやったのよ。でも、結果がすべてだからね。最終的には他国への損害の補償だったり、領土を奪われたり、この国にとって良くないことをもたらしたから、元凶扱いになった。人族に任せたらろくなことをしない、という意識を根付かせたのよ」

 確かに、調子に乗っているときはチヤホヤもされただろうが、情勢が悪くなったら袋叩きにされただろう。民衆というのはそんなもの、しかも戦時賠償が大きくなればなるほど、悪しき存在とされていったにちがいない。

 アホ毛モンの最大の失敗は、タレイランのような有能な部下を育て、それに戦後賠償などの処理をさせなかったことかもしれない。後、朕国際法はまずいだろ……。

「アホ毛モンには色々と伝説もあってね。本人が『余の辞書に毛嚢はない』と言ったとか、お腹についたポケットから、便利な道具をとりだした、とか……」

 おやおや、何かちがう設定がまじってきたぞ。未来からきたネコ型ロボットか……。しかも毛嚢って……。アホ毛だって毛嚢ぐらいあるだろ!

「最後はゴクピカ島に流されて、そこで死んだとされているんだけど、まだ生きている、世界が混乱するときまた現れる、引きだしにタイムマシーンをもっている……等々、本当に伝説には事欠かないぐらいの有名人よ」

 最後はもう方法論だ。タイムマシーンをもっているから、死んだと思わせておいて、未来に行って現れることができるのだから。しかも引きだしって……。そんなものをもっているならどこでも繋がるドアで、とっくに逃げているだろう」

「そうそう、ルツがこの船で借りてきた本に、挿絵があったんじゃないかしら……」

 この船は貿易船であるが、こうして旅人も乗せるなど、客船としての機能もあった。そこで退屈な船内でも快適に過ごしてもらうため、本を貸しだしているのだ。ルツがそのページを開いて、ボクにみせてくれた。

「アホ毛モ~ン!」

 思わず声がでたのは、ポニーのような可愛らしい馬にまたがり、しかも前足を跳ね上げた馬にも一切動じることなく手を前方へとさしだす、勇ましいというか、微笑ましい絵が載っていたからだけれど、その頭からは見事なアホ毛がぴんと立っていたためでもあった。


 スカンク国では船から下りないようにしていたが、ブリテリ島へ渡るためには一度、船を乗り換えないといけない。

「ごめんなさい。本当はやりたくないんですけど……」

 首輪――。ボクとルツにそれをはめて、アイがリードをもつ。スカンク国ではそれをしないと、ペットである人族は街も歩けないのだそうだ。

「ペットという立場になったときから、いつかこうなるとは思っていたけど……」

「似合っとるで」リーンがそう言って笑いを堪えている。

「似合わないよりマシ……といい方に解釈しておきます。ルツは大丈夫?」

「何が?」

「いや、首輪……」

「似合わない?」

 どうやら気にはしていないようだ。自尊心を傷つけられるプレイをお好みの人もいるが、生憎とまだそこまで人生経験もないので、中々にこの羞恥プレイは受け入れ難いものもある。といっても、船を乗り換える間だけ……と自分を納得させて、一緒に船を下りた。

 スカンク国の港町、カレー。ドーナツ海峡をわたるための航路として、この街はつくられたそうだ。交易の中心地、とするにはいささか物足りないけれど、海流が早くて特殊な船をつかわないと、上手く渡れないらしい。つまりここは、その特殊な船を繋留しておくために発展した街、ということになる。

「今日の便はもういっぱいなんだって。明日の便を予約したから、今日は泊まるわよ」

 ということは、首輪をしたまま……? こればかりは文句を言ったところで、どうなるものでもない。冒険をするわけではないのでギルドには寄らず、宿で休んでいる、というタマを残して、ボクとルツを連れて、アイは散歩だ。ちなみにリーンも「うちも行くで!」と、一緒についてきた。

「やっぱ、冒険って色々な街に行けるのがええね。新鮮な気持ちになれるわ」

「ボクも新鮮な気持ちです。首輪をつけて、街を歩くのは……」

「ここでは当たり前やで。ほれ」

 その通りで、ここでは人族は首輪をつけられているか、鼻に通された輪っかに紐をつけられたり、足に重りをつけられていたりするように、ほぼ拘束されていた。アホ毛モンの責任とはいえ、あまりにひどい仕打ちに思えるが、これも人が動物に課していたこと。相手にも人権がある、と猩族にみとめさせない限り、この境遇は変えようもない。

「でも、オニさんはこういう状況を変えたいんですよね?」アイの言葉に、ボクも頷く。

「人族と、猩族とが仲良く暮らせる世界、それをめざすって決めたんだ」

「アンタ、マジか……。人族としちゃあ、境遇に不満もあるんやろうけど……」

「そういうことじゃない。猩族の中にだって、人族と仲良くやっていこうと思っている人もいる。魔獣がいる世界なんだ。人族とか、猩族とか、そんな区別をしていたら、全員共倒れになるよ。魔族だって、魔王だっている。みんなが手を取り合って、幸せになれる世界をめざさなければダメなんだ」

 マッチョロードで魔族の脅威を目の当たりにした。それはすべての冒険者が束になっても勝てるかどうか……そんな力量差だった。だからこそみんなが力を合わせられる状態にしないといけない。そう強く想うようになっていた。

「おい、人族‼ てめぇ、ここがオレたちの縄張りだと知ってんのか⁈」

 驚いてふり返ると、そこには首輪をつけた人族の男が、こちらに殴りかかろうとして、猩族の飼い主のリードを引っ張っている。

 バカ犬、と称される類の犬がいる。散歩をしているとき、誰にでも突っかかっていき、飼い主に怒られてもどこ吹く風、またバカな行動をくり返す。散歩中、吠え掛かるのは論外だが、通りかかった人の匂いを嗅ごうと近づいたり、落ちているものを食べたり、そういったことも同様、いくら注意しても改めようしない。それはご主人様のことが頼りない、もしくは舐めているから起きるのだ。それはこの世界でも同じこと。猩族とはいえ、誰しも優秀であるはずもなく、粗暴な人族では制御できない場合だってあるだろう。いきり立つ彼には、そんな主人との関係がうまくいっていない様子がうかがえた。

 でも、ボクたちのご主人様は、誰よりも強く、気高く、そして優しいアイだ。今もリードもにぎるけれど、ボクとルツの手をにぎり、優しくエスコートしてくれるご主人様だ。 ボクたちは威嚇してくる相手を、平然とやり過ごす。だってボクたちは、すでに手を取り合って幸せになることをめざしている関係なのだから。

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