第19話 楽園からあぶれた者

   楽園からあぶれた者


 ホレドの町全体がギスギスしていた。カペリン国の首都であるマッチョロードが、一人の魔族によって壊滅したのだ。食糧事情も悪化し、厄介者で役立たずである人族への風当たりも強まり、ボクたちは船に乗って、川を下ることにした。

 この街から下流へ向かう船は、マメドンとマッチョロードとを往復する船と同じぐらいの大きさだが、あのときはほとんど乗客もいなかった。今は満員に近く、それだけ多くの者がこの街を脱出しようとしている。それが緊急事態をうかがわせた。

 船の舳先には魔法使いがすわり、障害物を魔法によって取り除きつつ、慎重にすすむ。ボクたちはタマがまだ歩くのも困難なため、客室を借りている。ちょっとした贅沢だが、アイが冒険者として稼いだ分もあって、またアイは無駄遣いをする子でもないので、こういうときに余裕をもつこともできた。

「タマはオクトパス国へ行ったこと、ある?」

 ボクが尋ねると、タマも布団に横たわりながら「通過したことはあるけど……タマって呼ぶな!」とお約束のツッコミを入れてから、つづけた。

「オクトパス国は大陸のもっとも西に位置する国。そのため、色々な猩族が集まってきて、雑多な国って言われている。でも冒険者はあまり稼げない、ともされているから、それで行くのをやめたわけ」

 冒険者が稼げない? その言葉は気になるけれど、船はそんなこと関係なく、川を下っていく。上流でも貯水池があったけれど、下流でも何度もそれで停泊した。

「どうして貯水池があるんだろう? 飲料水に利用しているわけでも、農業用水にしている様子もないのに……」

 ボクの疑問に、タマが答えた。

「昔はこの辺りにも田畑が広がっていたのよ。魔獣が現れてから、街から遠いところで農業をするのが不可能になって、この辺りも廃れたけれどね」

「昔は魔獣がいなかったんだ……」

「私を年寄りみたいな目でみるな! 魔獣がいなかったころなんて知らないわよ! でも、そういう歴史があるってのは知っている。もっとも、昔から魔獣はいたけど、富くじに当たるのと同じぐらいしか遭遇はしなかったっていうし、気にもされていなかったのよ。そのころには猩族にも魔法をつかえる者が少なくて……」

 そのころに一体、どんな変化があったのか……? それがこの世界の成り立ちにも関わってくるのかもしれない。

 川を下っていくと、ゲートがあった。カペリン国とオクトパス国との境、国境を意味しており、一度全員が下りて入国審査をする、という。ボクらはここでジャックを探さないといけないので、そのまま船を下りた。

 街自体は小さく、森に囲まれてひっそりと建つ。それこそ国境としての役割があるから街になったという感じで、特にみるべき点はないようだ。

 アブナインテスの街、タマとルツを宿に残し、ボクとアイでギルドに向かう。アイが「初めてのところは緊張して……」というので、ボクは付き添いだ。前の世界にいるときも、ボクと散歩をするときは知らない道、行ったことのない場所に「行きたい! 行きたい!」といってボクを引っ張っていった。両親との散歩は十分ぐらいですぐ帰ってくるのに、ボクとの散歩は毎回、一時間を超えていたのもあり、とにかく色々なところに行きたがったものだ。人見知りで、慎重で、臆病だったアイがボクと一緒のときだけ大胆になる。ただ、この世界ではボクなんて何の役にも立たないのだけれど……。

「オクトパス国は、カペリン国とちがって魔獣の脅威もほとんどないから、安心よ」

「魔獣がいない?」

「西にある海から、常に湿気をふくんだ潮風が入るため……ともされるけど、よく分かっていない。ここには魔獣が出ないから、冒険者がいても仕事がないんだよ」

 このギルドも、カペリン国へ向かう冒険者への案内が主な仕事で、ここで仕事を世話するわけではないそうだ。タマが「稼げない」と言っていた理由もよく分かった。

「この街まで流されてきた者はいませんでしたか?」

「マッチョロードの件で、かい? ここまでくる間に、いくつか貯水池を通っただろ? あそこで止まるはずだから、流されてくることはないねぇ」

 ケガを負って流されてきた者が、わざわざ貯水池を超えるとも思えなかった。

「ここから先にはアンタダレン、それにこの国の首都であるミスコンの街がある。船に乗ったとすれば、そっちに行ったのかもしれないよ」

 途中で船に拾われたとすれば、確かにこの先まで下った確率の方が高そうだ。とりあえず宿にもどって、タマに相談してみることにしてギルドをでた。


「なるほどね。でも、船にのったのなら、あえて追う必要はない。何か理由があって、そこまで行ったのでしょうからね」

 苦渋の決断だけれど、タマはここでジャックの捜索を終了する、と告げた。冒険者であればギルドには顔をだすので、ホレドでもそうしたように、ここでも置手紙をする。生きていればまた会うこともあるだろう。

「このまま船に乗って川を下り、オクトパス国をでてカペリン国の海岸沿いをもどる、というのも一つの手だけれど、私はここから陸路をつかって、オコトの街に行こうと思う」

「陸路? 大丈夫なの?」

 タマはやっと歩けるようになったぐらいで、長旅は難しい。

「馬車が借りられるそうなのよ。オコトに行ったら、折をみてそこから船に乗って北上、スカンク国の北の海岸を北上しつつ、できることならブリテリ島へ行こうと思う」

「ブリテリ島? なぜそこに?」

「行ってみたいから! 私、これまで行ったことなかったのよねぇ。魔法使いの本場って言われているわ」

 タマが大きなくりくりとした瞳を輝かせている。アイも魔法剣士であるので、魔法使いの本場に行きたいかもしれない。ボクも納得することにした。

 交易のためにオコトと行き来する馬車を発見した。

「4人? ええよ、お代さえ払ってくれるなら、連れていったるわ」

 彼女の名はリーン。アイより少し大きいぐらいの背丈であるが、ピンと立ったケモノ耳と鋭い眼光、アイよりも大きなケモノ尻尾など、かなり近い印象もうける。ただし髪色はグレーで虹彩もグレーに近いブルー。アイは小さめの口だけれど、リーンは大きめだ。

「この国には魔獣もおらんから、旅はええで。ま、気楽に行こうや」

 リーンは馭者としてムチをふるい、幌のかかった荷車をひいて、馬車は出発した。ここでは馬の猩族もいるけれど、こうして馬もいる。多くの者が転生しても、猩族に変わる者と、そうでない者がいるようだ。ボクたちはそれほど広くはないけれど、4人でも狭くは感じない荷車に乗ってすすむ。

「リーンさんはずっとこの仕事を?」ボクが話しかける。

「いいや。うちは冒険者をめざしたんやけど、やっぱ仕事がなくて、宅配業に天職や。一番の仕事は、こうして途中の街をめぐって郵便をとどけること。この国ではギルドもなく、鳩による伝書もいきとどいとらんからな」

 なるほど、ギルドがあると、組織だっているために伝書など、通信網も整備されるけれど、それがないと通信自体が機能しないのだ。魔獣がいないことによる、これは弊害の部分なのかもしれない。

 リーンは馬車での旅に慣れているので、休憩するところなどを熟知する。それこそ泉の湧いた、水浴びする場所まで……。

「オニさん、それ~ッ❤」

 アイはそういって、水をかけてくる。ボクが照れるので、アイも水浴びをするときはマメドンで買った水着を着るようになっている。タマはまだはしゃぐほどの回復をしていないので、お風呂のように浸かるぐらいだが、ルツと二人で楽しそうに水と戯れている。ただ、ジャックがいなくなった淋しさを、そうして明るく振舞うことで忘れようとしているかのようで、痛々しくも感じられた。しばらく一緒に旅をしていた仲間が一人欠けても淋しいが、チュン助も合わせると二人が一気にいなくなったのだ。言葉にはしないけれど、誰もが心にぽっかりと開いた穴を埋めるのに苦労している。

「ふつうは水着なんかつけん!」といって、一人全裸で水浴びをしていたリーンが上がってきて、服を着ている。ボクも水辺で休んでいたので、なるべく見ないようにしながら彼女に話しかけた。

「しかしのんびりしていて、この国はいいですね」

 リーンも一応、簡易的な防具を身につけていて、それは旅をする者なら当然の装備だが、それを直しつつ「そうでもないんやで。この国にはちょっと前まで、独裁者がおってな……」と語りだした。

「大戦の痛手から、いち早く復興への道をつけたサラ家が、この国の指導者として君臨するようになったんや。経済力がちがったからな。でも、民衆の意に反して独裁体制を布き、国民に悪法をつくって押しつけた。魔獣がおらんかったから冒険者もおらんくて、軍隊もなかったんやけど、国民の不平不満をとりしまるためにつくった兵隊が、独裁政権にクーデターを起こしてな。サラ家を追いだして、住民を解放したんや」

「そうなると、ふつうは軍政を布いて、ますます住民を苦しめるのでは?」

「そ・こ・が、えらいところやねん! 聞いて、聞いて。うちのおじいちゃんがその軍を率いていたんやけど、そのとき『権力は民に』いうて、民政を促したんや」

 話したくて、話したくて仕方ない、という感じだ。それは自分のおじいちゃんが興国の英雄となったら、自慢したくもなるだろう。

「でも、お陰でうちは貧乏のままなんやけどな。少しぐらいお金なり、権利を得たりしてもええんちゃうん……とも思うたけど、そんなおじいちゃんやから、軍のトップにさせてもろうたんやろうなぁ」

 リーンはおじいちゃんのことが好き、ということがよく分かる話だ。リーンのように、この世界で数世代を重ねた家もある。ただそうなると、魔力やスキルの効力が減少していくのだそうだ。あくまでそれらは転生したときに与えられるもので、この世界で生まれた者は、多少は親から引き継ぐことがあっても、徐々にその影響は薄れてしまう。彼女は最低でも第三世代だから、冒険者をめざしても厳しかったのかもしれない。

「そうして、この国は楽園となったんや。魔獣から逃げた、と陰口を叩かれても、この国にいる限りは平和に暮らせるねん!」

 クールな見た目とちがって、リーンは熱くそう語る。実際、ここには高い城壁を築いた街はなく、スローライフをしたい者が暮らすことも多いのだそうだ。ここまででも、ぽつんと一軒家もあり、そこで農業であったり、牧畜であったり、各々がのんびりと暮らすのを見てきた。そんな中をゆっくりと馬車ですすみ、手紙をとどけて回っている。時には荷物をとどけ、時には世間話に花を咲かせ、これまで魔獣との戦いに明け暮れてきた者からすれば、まさに楽園と呼べるものかもしれなかった。

 ただ、そんなことを考えていたせいだろうか。この後、すぐにトラブルに巻きこまれることになった。


 それは寝ていたときのこと。幌をかぶった荷車の中で、馭者のリーンをはじめ、全員で眠るのだが、さすがに狭い。彼女たち猩族にとっては、みんなで集まって寝る、というのが当たり前のようになっているそうだが、ボクにとっては四人の少女たちと、それこそすき間なく体をぴったりとくっつけて眠る、というのは緊張を強いられるものだ。幼女であるルツと、幼児体型のタマはいいとして、スタイル抜群ですぐにボクに抱きついて寝ようとするアイと、大人の色香すらただよわすリーンにはさまれると、それこそ柔らかいし、温かいし、いい匂いはするし……で、困ったことになる。

 やっと寝付いた……と思ったら、体にかかる重みと、息苦しさで目を覚ます。みるとボクの上にアイが乗っかり、体を押しつけるようにして、口もふさいでいる。しかし寝ぼけているわけではなく、何かを警戒するようにケモノ耳は油断なく辺りに配られ、気配をさぐるためか、鼻をひくつかせる。どうやら動くな、しゃべるな、ということを示しているのだと悟り、ボクも横になったまま辺りを見回す。するとタマもリーンも目を覚ましていて、耳を欹てているのがうかがい知れた。猩族である彼女たちだけが異変に気付いているようで、ルツはまだすやすやと眠っている。

 幌の向こうに明かりのようなものが浮かんだのを機に、アイとタマ、それにリーンの三人が飛びだしていった。突然のことに、ルツも「何? 何⁉」と慌てているが、その口を押さえながら、ボクも外を覗き見た。

 松明がそこかしこに浮かんでおり、どうやらすでに取り囲まれているようだ。辺りは暗く、何人いるかも分からないけれど、無数の気配はする。とびだした三人は馬車を守るよう、そこで立ち塞がっている。

「荷物と有り金を置いていけ!」

 低く、よく通る声でそう聞こえた。どうやら山賊、モノ盗りの類らしい。いくら魔獣がおらずとも、こういう手合いはいる。しかし鋭く反応したのは、リーンだった。

「アンタらまだサラ家の復興を考えとるんか⁈ もう諦めろや!」

 サラ家? それは独裁を布いていた、とされる家の名だ。彼らは残党ということか。ボクもよく見ようと目を凝らすと、そこに知った顔を見つけた。

「モモ⁉」

 それはウホ川を下っているとき、生き倒れになったボクを救ってくれた、サルの猩族の娘の名であった。

 相手に動揺が走ったのをみてとったアイが、幌に上がって「ライトニング・シャックル!」と唱えると、暗い中で一瞬、閃光のようなものが走ったかと思ったら、バタバタと倒れる音がする。タマが相手の取り落とした松明をもって辺りを照らすと、そこにはサルの猩族たちが、痙攣しつつ倒れている姿があった。

「こいつら、たまにこうして山賊まがいのことをする、前政権の血族たちや」

 彼女たちは定住していない、と言っていた。移動しながら生活するのだ、と。こうして森で暮らし、時おり山賊をしてお金を得る。あわよくば、この国の権力の座にふたたびつこう、とでもいうのか……。

「どうしてキミが……?」モモに近づいてそう尋ねると、青息吐息で答えた。

「私たち……もう種の存続、難しい。何とかしないと……」

 痺れがつづく中での会話だとしても、妙にたどたどしい。リーンが近づいてきて説明した。

「サラ家は、こうして一族が結束してコトに当たったから、素早く復興することもできたんやけど、同族結婚をくり返した結果、種族としては滅びに瀕しているんや。もう一度権力の座について、そこで自分たちが生き残る道をさがそうとしとる。ほら、もうこの子なんて、先祖返りが甚だしくなっとるやろ」

「こうして毛の多い姿は、先祖返りの姿だったのか……」

「純血第一主義――。サラ家が国民に押しつけた最悪の法律や。それで、楽園とされるこの国から逃げていったモンもおる。こうして自分たちが滅びに瀕して、やっとその間違いに気づいたんやろうな。でも、もう無理や。アンタらを支持する者はおらん。諦めて、大人しく山で暮らすか、国にゴメンナサイして支援を仰げ」

 彼女の姿は、顔の部分と胸の部分しか、毛のないところがない。人化の度合いが少なかったのは、同族結婚をくり返した結果……。彼女には罪がないだけに、それは悲惨だった。もしかしたら、この世界で数世代を重ねると、魔法やスキルといった特別な力が失われる。それを血の濃さによって防ごうとでもしたのか……。それは前の世界でも、王家が滅んだ歴史そのものだったとも言える。

 もしかしたら、ウホ川の下流に来ていたのも、マッチョロードでの異変を知り、金目のものを探していたのかもしれない。それぐらい彼女たちは困窮し、苦しんでいた。楽園の中にあった不都合な真実――。それは失楽園とでも呼ぶべき、富豪の転落譚であった。


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