第17話 魔族襲来
魔族襲来
ボクとアイが地下に下りたころ、チュン助の部屋をタマが訪ねていた。マッチョロードという街は、地上から何層も重ねて最上階があり、最上階とその直下が富裕層の暮らす住居として割り当てられている。宿もそうした形で地下一階に、各部屋がコテージのように並ぶ形となっていた。ちなみにボクとルツは、アイのペットということで同じ部屋に泊るが、タマやチュン助、それにジャックはそれぞれ個室だ。
「チュン助って、飾り名は何?」
「いきなり、どういうことぉ~?」
チュン助はおどけて、そう惚ける。
「私のタマもそうだけど、アンタのチュン助も、適当につけられる名前のトップでしょ。それなのに、アンタは飾り名を名乗ろうとしない。飾り名は私たち、冒険者を区別する名字みたいなものなのにね」
「私、冒険者じゃないからね」
「それは通じないわ。だって、パセリーナでアンタ、あのペットとギルドで会っているじゃない。基本、ギルドには冒険者しか出入りしない。一般人は、粗暴な冒険者のことを嫌っているからね」
「…………」
「それで思ったのよ。アンタの飾り名、冒険者として登録していれば、必ずもつはずのそれって何なのかしら? ってね」
いつもなら適当にごまかしたかもしれない。しかしタマの確信をもった、核心をつく質問に下手なイイワケは通用しない、とチュン助も警戒する。ただ、タマは相手の言葉を待たずに、さらにつづけた。
「このマッチョロードには冒険者がいないけど、ギルドの支部があるからね。さっき訪ねてきたの。『チュン助って冒険者の飾り名を教えて下さい?』って」
「答えは?」
「分かりません、よ。近隣の国でも、冒険者として登録されていれば、それが分かるはずなのにね。疑いをもったのは、イケイコ山で山賊に襲われたときの、アンタの戦い方。あれはスズメの猩族の戦い方じゃなかった。音もなく忍び寄り、背後からの一撃――。それはフクロウかタカのそれ、よ。それに、見張り役だって言っていたのに、パセリーナの陰のボス、九郎定兼の監視役って言ったら、それを否定してみせたわよね。じゃあ一体、誰のために見張りをしているのかしら?」
「アハハ……、何だ、バレていたんだ。でも、何でここにくるまで何も言わなかったの?」
チュン助の言葉に、タマは手を広げた。
「破壊工作をしたり、迷惑をかけたりするなら、すぐにでも告発してもよかったんだけどね。アンタはチュン助として、あのペットとも親密になろうとしていたし、何より少ないメンバーだから、アンタを頼りにすることもあると思ったのよ。でも、マッチョロードまで来てしまえばもう関係ない。アンタの目的は何? 何のために『チュン助』なんて名乗って、私たちの前に現れたの?」
「ふふ~ん……。内緒❤」
「アンタの目的が分からない以上、ここからはもう一緒には行けないわ」
「あら、それは残念。アンタたちのこと、結構気に入っていたし、それにオニィさんのこともちょっといいかなって思っていたのに」
「目的をいうつもりはないのね?」
「私が何を言っても、信用できないでしょ。カペリン国の冒険者なんて、相手を蹴落とすことしか考えていないんだし」
だからこのカペリン国では、九郎定兼のような冒険者のとりまとめ役が必要となる。個人個人では足の引っ張り合いしかしないのだから、時に冒険者がまとまってコトに当たるときの旗振り役、それはパセリーナからボクたちを追いだしたときのような、そういうことをするためにも必要なのだ。
「できれば、ここでその目的を話して、これからも私たちの旅に付き合ってくれたらいいんだけど……」
「はぁ? カナリア国の冒険者って、そんなぬるいの? 三人の冒険者が、この国で一緒に旅をしていられるぐらいだっていうのは、何となく感じていたけど……」
「私たちだって、こんな仲良くやっていたわけじゃないわよ」
「じゃあ、何でよ」
タマはふっと微笑んだ。
「あの子がね……。何か一生懸命なのよ。これまで世捨て人のように、いつ死ぬかも分からないぐらい滅茶苦茶をしていたあの子が、何だか必死で頑張ろうとしている。だから、何となく手を貸したくなっちゃうのよ」
「それって……?」
そのとき、警報音のようなものが、このマッチョロードに鳴り響く。それが、ボクらの運命を変える号砲となった。
ボクとアイも、慌てて上層階へもどってきた。そこから城壁に上ると、そこにタマとジャックがいた。
「どうしたんですか?」ボクが尋ねると、タマが不安そうに「魔族が来たのよ」
魔王の眷属にして、魔力の使い方を知る、強力な相手――。このカペリン国の南方にいる、との噂もあったが、それがこの街に来たらしい。
すでにマッチョロードの軍隊がでて、迎撃態勢をとっている。こうこうと松明が灯り、夜にもかかわらず、城壁の外はかなり明るかった。魔族が来たら、軍隊でも敵うかどうか……という話を、パセリーナで冒険者のロゼとしたばかりだ。当然、冒険者なんて敵うはずもない。だから、出会ったら逃げるんだ、と……。
遠めでよく見えないが、魔族の顔は白い下地に黒い模様がついているようで、全身を覆う衣服と、所々には軽装備ながら胸当てなどもしているようだ。つまりそれは、明らかに戦闘を意識したもの、ということ。性別も年齢も分からないけれど人族や猩族と同じように、人型の体形をしているようだ。
城壁の上には、この街で暮らす多くの猩族も見物に上がってきている。ただその表情に余裕があるのは、軍隊を信頼しているためなのだろう。何しろ、三千人以上の兵士と、魔族といえども相手は一人だ。剣や魔法に自信のある者が、兵士として採用されていることを考えれば、軍隊の勝利を疑うものなどいるはずもない。
「突撃部隊、前へ!」
軍は錬成を重ねてきたのだろう。頭に二本の角をもつ猩族がずらりと並ぶ。少々避けたぐらいでは、恐らくその突進を防ぎきれないぐらいの数がずらりと並び、彼らが突撃をかけ、タックルして魔族の足を止めるつもりだ。
「セット、セット……ゴーッ‼」
全員が低い姿勢で突進する。恐らくそれもスキルなのだろう。猛然とダッシュするその姿は目で追うことも難しい。まるで牛追い祭りのように、多くの兵士たちが頭をつきだす形で、魔族へ向けて突っこんでいく。
魔族は魔法の詠唱をしたわけでもないのに、手を横一閃すると、突っ込んできた突撃部隊の先頭にいた者たちの首が、スパッと切れて吹き飛んだ。鮮血が飛び散り、仲間が倒れるけれどそれでも突撃部隊の足は止まらず、倒れた仲間を踏み越えて、さらに突撃していく。すると魔族は、今度は別の手をすっと上にむけた。手首から先にまるでマッチで火をつけたように、炎がぼっと灯る。そのまま手を横にぱっとふると、そこから火の粉が飛び散り、それが遠ざかると少しずつ大きくなり、近づく相手に向かっていくと、その炎の塊にぶつかった兵士は全身が炎に包まれ、バタバタと倒れていく。やがて突撃部隊は、全員が焼き殺されてしまった。
「よく見ていなさい。魔族のつかう魔法はエレメント系と呼ばれ、火、水、風、土、雷の五要素を駆使する。私たちみたいなイマジナリー系の魔法使いは、想像力で色々なことができたりもするけど、範囲はかなり限られる。でも、あのエレメント系の魔法は範囲、威力ともに格段に上。しかも詠唱なしよ」
タマがそう説明する。魔族のつかう魔法は、突撃部隊の兵士を全滅させるにとどまらず、後方に控えていた兵士たちにも火の粉を降らせていた。
「魔導士部隊、迎撃!」
後方にいた魔法使いの部隊が、水魔法で対抗するが、数十人が齷齪しながら一人の魔族がつかう魔法に対抗するしかない。「重装部隊、前進!」
頑丈な鎧に身をつつんだ。剣や槍をもった部隊が、近づいてくる魔族に向けて、少しずつ前進を始めた。魔導士部隊による援護をうけつつ、魔族に接近戦を挑むつもりだ。大きな盾で、まるで壁をつくるように横に一直線に並び、少しずつ魔族へ近づいていく。盾をもつ者も腰に剣を佩くので戦えるはずだが、彼らの後方には槍をもつ者がおり、隙あらば盾の後ろから飛びだして、攻撃をしかけるつもりだ。
魔族は手につけていた炎を消すと、ふわっと一気に飛び上がった。空中に静止することはできないようだが、そこでさっと手を掲げると、そこを起点として稲光のようなものが走り、重装備には電気を通すものも多く、一斉にバタバタと兵士が倒れていく。魔導士部隊がその対抗で雷魔法をぶつけるが、ランダムで集団をめがけて撃ち落とされる雷の方が、圧倒的に威力も強いし、また広範囲な攻撃だ。
その力量差、あまりに圧倒的な魔族の力に、城壁の上で見物していた猩族の中にも、焦りや恐怖の感情が広がっていく。軍隊でも敵わない。自分たちも殺されると思った彼らが、続々と走って逃げだしていく。
「やっぱりね。軍隊では敵いそうもない」
タマも残念そうにそう呟く。
「加勢するっているのは?」
「統率のとれた攻撃をしかけるのに、私たちのようなフリーの冒険者は邪魔なだけ。無数の魔獣を相手にする、というのならまだしも、相手はたった一人の魔族なのよ」
連携のとれない戦いでは、逆に混乱を増すだけかもしれない。ただ、そうこうするうち、連携する必要もないほど、マッチョロードの常備軍は深刻なダメージを負っていた。後方で支援をするはずだった魔導士部隊が、直接魔族を攻撃するものの、まるで利いていない。すでに剣士や槍使いも倒れ、軍隊としての体を為していないほどだ。
部隊を統率していた長らしき者も、玉砕覚悟で騎乗したまま突っこんでいく。
「魔族め~ッ‼」
だが、あっさりとその首を飛ばされた。魔族は体術もすぐれているらしく、ふわっと飛び上がると、その手刀で首を切り落としたのだ。剣をもっていた部隊長がその剣を振るう前に倒されてしまった。これで軍も総崩れ、生き残った者たちは散り散りになって逃げ走っていく。
普段、強い者を求めて戦いを挑んでいくジャックも、今は何も語らず、こめかみには脂汗を流す。恐らく本能で敵の強さを悟ったのだ。こいつには敵いそうもない、と。
「逃げないの?」
ルツに問われて、タマも「さて……。魔族が一体、何を考えてここに現れたのか分からないけれど、マッチョロードの街をつぶしたいのか、それとも住民を皆殺しにしたいのか、いずれにしても、奴が何を目的にするか、で私たちの出方も変わる」
遮る者がいなくなり、魔族はさらに前進する。まっすぐにマッチョロードに向けて歩いてくるので、ここが目的であると分かった。目障りな奴は魔法で倒していくが、どうやら殲滅を求めてはいないようで、逃げてしまった者を無理に追うこともないようだ。
「全滅までは考えていないようね。なら、逃げましょう」
「逃げるといっても、どこに? どうやって?」
ジャックの問に、タマも首をかしげて「船はもう出航しているでしょうね。城門は、恐らく軍もでていった一ヶ所だけ。ここから飛び降りるのも難しい。城門は恐らく魔族もめざしてくるだろうから……」
そのころ、城門は閉ざされているが、そこに町民が集まり、開けろ、開けろ、の大混乱となっていた。自分だけでも助かりたい、逃げたい、という連中が殺到し、そこで命を落とす者も多数に上っていて、かつ強引に開けようとして扉が揺らされてもいた。
「水にもぐって逃げるのは? 川の水をつかえば、川上の方からくるあの魔族から逃げられるんじゃ……」
これはボクが言った。タマも「それしかなさそうね。船着き場に行きましょう」といって走り出す。ボクらもそれに従ったが、最後尾を走っていたボクは、いきなり誰かに腕をとられ、急に狭い部屋へと引っぱりこまれてしまった。
「チュン助⁉ 魔族が来たんだ。早く逃げよう」
そこにいたのは、チュン助だった。
「ごめん、もう一緒に行けないの」
「……え?」
「私、チュン助じゃないんだ。だから、もうオニィさんと一緒には行けない。それに、もう私がオニィさんの見張りをする必要もなくなったし……」
「それってどういう……?」
ボクはそれ以上、問うことができなくなっていた。ぐっと飛びつくようにしてきたチュン助の唇で、ボクの唇がふさがれていたからだ。
チュン助はボクの首に腕を回して、ぐっと唇を押し付けるように、吸い付くようにしていたが、名残惜しむように自分からすっと唇を離した。
「私、オニィさんのこと、本当に気に入っていたんだよ。もしかしたら、オニィさんと最初に出逢っていたら、私ももっとちがっていたのかなって……」
ボクは突然のことで、言葉も失っていた。チュン助はそのまますっと体を放して「さようなら……」と告げて、後はふり返ることもなくいなくなってしまった。
追いかけることもできず、呆然としていると、ボクがいないことで、慌ててもどってきたのだろうアイに「オニさん、何しているんですか⁈ 早く!」と手をひかれ、ボクもふたたび走りだした。
船着き場までくると、そこも混乱していたが、水に飛びこもうとする者はほとんどいない。動物は泳げる者も多い、とされるけれど、実際はそう長く泳いでいられるわけではない。イノシシが海を渡って島に行く、などとされるけれど、体形や筋肉の付き方など、様々な条件が重なる必要もあった。多くの動物が水で泳いだことなど経験もなく、それはここにいる猩族だって同じことだ。
しかも、自分たちが来たときよりも水かさが増し、勢いも激しくなっている。時間は夜、波が逆巻く水の中に飛びこむ勇気がある者もいない。
「泳げるのは私とアイと……」ジャックに目を向けられ、ボクも頷く。「なら、私がタマを補助する。アイは、ルツを連れていけ。お前は一人で泳げ」
ルツは「チュン助は?」と尋ねたが、タマが首を横にふった。
そのとき、町全体が揺れるぐらいの轟音が響く。愈々、魔族がこのマッチョロードに攻撃をしかけてきたようだ。慌てて水に落ちる者もいるし、諦めて城門へと走る者など、船着き場が阿鼻叫喚の巷となり、ごった返す。
「はぐれたら、ホレドに集合!」というタマの言葉で、三人は一斉に水へと飛びこむ。川の流れが速い、ということはすぐに川下に流されるということだ。すぐに何も見えなくなり、ボクは流されるまま、川下へと向かう。魔族が一体、何のためにマッチョロードを襲ったのかも分からないけれど、ただその街が見えなくなるまですすんだ方がいい、と考えて、だいぶ川下まで下ったところで、やっと泳いで岸に這い上がった。
当然、周りに誰もいないし、葦の生える水辺というだけで、暗くてよく分からない。必死に泳いで疲労していたこともあって、ボクはそのまま意識を失うようにして眠ってしまった。
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