第14話 流迅のタマ

   流迅のタマ


「ひょえ~、さすがだねぇ。烈炙のアイと、美瑯のジャック」

 パセリーナから加わったチュン助は、アイとジャックのみせる魔獣との戦いぶりに、感嘆の声を上げる。

 港町カシテヨンをでて、山岳部にあるマメドンの街をめざして歩く。本格的な登山というより山歩き、トレッキングという形だが、健康にとってよくないのは、度々魔獣に襲われることだ。魔獣とは、動物に魔の力がとり憑き、死んだ状態となって本能のまま、猩族や人族を襲うもの、だ。

 猩族とは、この異世界に動物が転生してきたとき、ケモノ耳、ケモノ尻尾などを有した人型の姿になった者たちのこと。ここでは一般的で、人化の程度はそれぞれであるものの、元の動物としての能力ものこし、また特殊能力を与えられ、魔獣とも戦う力を有する。

 一方で、人が異世界に転生してきても何の力も与えられず、元々の能力の低さとも相まってただのお荷物、厄介者とされ、辛い仕事に使役させられるか、猩族のペットとされることが常だった。だからボクは、元飼い犬で猩族となったアイのペットとなり、一緒に旅をする。港町ニャコミで預かることになった人族の少女、ルツも今はアイのペットだ。

「本能のみで攻撃してくる魔獣が相手なら、槍使いや剣士に任せておけばいいのよ」

 涼しい顔でそう応じるのは、何となくこのパーティーのリーダー的役割を担うネコの猩族、流迅のタマ――。

「あ、魔石がドロップした」

 ルツは遠くで戦う二人のことを指さして言う。色覚異常があるようだが、どうやら視力はいいらしい。魔獣を倒すと、ごく稀にその死体から煙のようなものが立ち上り、それが凝集して宝石のような輝く石が現れた。

 戦いを終えたアイが、それを拾ってボクのところにもってくる。

「これは魔力を補ったり、武器と錬成すれば新しい能力をつかえるようになったり、売っても高値で取引されます。これを得るためにフリーの冒険者はダンジョンにもぐったり、街の外で魔獣と戦ったりするんですよ」

 アイはそれをボクに手渡すとき、少し手がふれただけでパッと顔を赤らめ、すぐに恥ずかしそうにふたたび離れてしまう。

 カシテヨンの街で「仲直りしろ!」とボクに迫ったタマは、ニヤニヤしながら二人のことを見てくるので、ボクも恥ずかしくなって横をむく。ボクが前の世界で命をたすけたチュン助が現れ、ボクにラブラブしてくるのに嫉妬し、少し気まずくなっていたけれど、話をして少しは理解し合えたようだ。


 カシテヨンの街からマメドンに向かうには、イケイコ山系の二千メートルを超える高い峰々が連なり、山越えをするには重装備も必要なため、迂回路をすすむ。それでも千メートルの標高があって、昼ならまだしも、夜には凍えるような寒さとなった。猩族は元々体温も高めらしく、寒さにも強い。一方、人族は服装によって体温を調節するよう進化してきたため、こうして底冷えのする寒さは苦手だ。ルツの分と、毛布を二枚買って体に巻くけれど、それでも寒さは如何ともしがたい。ただ眠るときはまた事情も違っていた。

 寒いところや、不安があると団子になって眠るのが猩族らしい。そこに人族のボクとルツも入れてもらうのだが、周りはすべて女の子、その中に男のボク……。望むと望まざるとに関わらず、ハーレム状態だ。筋肉質のジャックや幼児体型のタマ、それに元々が幼女のルツはまだしも、アイとチュン助は元々ボクとラブラブしたいこともあり、ギュッと抱きついてくるし、取り合いともなった。元が体温の高めで暑いし、柔らかいし、寝顔は可愛らしいし……。悶々とした夜を体験することとなった。

 ただし夜といえど、魔獣が襲ってくる可能性があって、アイ、ジャック、タマの三人で交替しつつ、見張りをしている。ここにチュン助が入っていないのは「私、夜目が利かないの」という事情だ。鳥の中でもフクロウやヨタカのような夜目の利くものもいるが、スズメの猩族であるチュン助はその限りでない。これは人族も同じで、聴覚や嗅覚でも見劣りする。なので三人だけが見張りをし、その分負担も大きくなった。


 街の外にいるとき、食事をつくるのはボクの仕事だ。ちなみに、ここは朝と晩、二食が基本であり、朝は少し歩いて水場をみつけ、それを利用して食事をつくり、夜は暗くなると焚火を囲んで食事をとり、そこで眠る。

「やっとアンタの料理も、食べられるぐらいになってきたわね」

 しょっぱい、と怒られつづけて、物足りない味付けの料理をつくっている。むしろ味付けが必要ない分、簡単ではあるのだが……。

「そういえば、アイはボクの口をペロペロすることがなかったのは、何で?」

 ずっと気になっていたことだけど、犬のころの彼女は、決してそれをしなかった。

「え? そんなコミュニケーション、ふつうはしませんよ」

「でも犬はよくやるよね?」

「犬同士でそんなことはしませんよ。互いの匂いを嗅いだり、口を開いて噛む真似をしたり、といったことはありますが、舐めたりしません」

 その意見をひきとったのは、同じ犬の猩族であるジャックだ。

「あれは、おいしそうな匂いがするから舐めるんだよ」

「歯を磨いても?」

「嫌な匂いのする、あれか……。どうせ少しすればなくなるし、口の匂いというより、胃からただよってくる匂いを嗅ぎとっているだけだから、あまり関係ないけど」

 胃の中……。オオカミなどはそうだけれど、肉食動物の多くは親が食べてもって帰ったものを、吐き戻して与える。オオカミの子供にとって、親の胃の内容物を確認することは、自分が食事できるかどうかを判断する一つなのだ。だから美味しそうな匂いをさせ、かつ与えてくれない人間の口を舐める、ということらしい。

「オニさんは私の食べられるものをきちんと選り分けて与えてくれましたし、わざわざ口を舐めたりしませんよ。……舐めて欲しいですか?」

「いや、いいから、今それをすると、色々な意味で問題になるから!」

 しかし犬に口を舐められて喜んでいる飼い主は、実は「何でおいしいものを食べているのに、私にくれないの!」という犬側の気持ちを、まったく理解していないことになる。人の食べるものは味が濃いから与えない、という飼育方針もあろうが、犬にとってはそんなこと知ったこっちゃないので、単にケチな飼い主と思われているのかもしれない。

「ネギ、ナッツ、ぶどうにカカオ。イカや貝……。意外と多いよね。今は食べられそう?」

「食べたことないですけど……多分、体調を崩すと思います」

「大体、それらって毒なのよ。あえて食べる必要なんて、全然ないんだからね!」

 これはツンデレっぽくタマが答えた。

「私はナッツとか、木の実の類も好きなんだけどなぁ」これはチュン助の言葉だ。スズメは小さいころは芋虫などの高たんぱくな食事を与えられ、大人になると種子といった食性を変えることで知られる。成長期の高たんぱくな食事のおかげで、年三回の子育てといった促成が可能なのだ。

「ところで、フリーの冒険者に女性が多い理由って、何かあるの?」

「メスのほうが体も大きいし、力も強いだろ。オスなんて力も弱いし、根性なしだし、国に雇われた軍隊の兵士になるぐらいが関の山さ」

 アイに尋ねたつもりだったけれど、ジャックが応じた。確かに、多くの動物にとって子育てはメスが単独でする。守る力、育てる能力、なるほどここにいるメンバーは逞しい。


 山の尾根をめぐっていくと、不意にジャックが立ち止まった。行軍はジャック、タマ、チュン助、ルツ、ボク、アイの順だ。魔獣はどこから襲ってくるか分からず、各人の戦闘形態と、能力に合わせた配置となっている。

 先頭を歩いていたジャックの足が止まった。後ろにいたタマも「どうしたの」と声をかけてから、すぐに辺りに素早く目を走らせる。「何?」

 急速に地鳴りのような音がして、一斉に飛びだしてきたのは、丸々と太った、体の大きな猩族だ。耳は折れ曲がり、シッポはくるりと丸まり、鼻先が上を向く。

 このすり鉢の底のような場所は、彼女らにとっての狩場、彼女らは待ち伏せをし、強奪する山賊だ。ほとんど同じ顔をしており、どうやら同じ一族であって、恰幅のよさからもその稼ぎは潤沢のようだ。

「抵抗するんじゃないよ! 大人しくしていれば命まではとらない」

 その中で、リーダーらしきひときわ大きな体をもつ、人化の度合いが少ないぶくぶく太った女がすすみでてきた。

 ジャックもアイも、かなりレベルの高い冒険者であるが、その二人でさえ緊張させているのは、これだけの数の猩族を相手にしたことがないため、だろう。しかも膂力に秀でていることは体格からも明らかだ。幾重にも取り囲まれて脱するのも大変で、何よりボクとルツ、足手まといが二人もいる。

「アンタたち、山賊?」

 こういうとき、交渉の前面に立つのはタマである。彼女は十年以上、冒険者をやっているだけに色々なことを知っているし、その経験ばかりでなく、また抜け目なくこうした場面でも立ち回る術を心得ていた。

「私らは山賊じゃない、だが、ここに有り金と食糧をすべて置いていくのなら、見逃してやらないこともない!」

「ばっちり山賊じゃない……。よくそれで山賊じゃないって言えたわね」

「私らは、ふつうに通ろうとする猩族を止めたりしない。アンタたちにこんな要求をするのは人族を連れているからさ。人族をペットにするような猩族は、私らにとっても敵。だから有り金も、食糧もすべて奪いとる。お前たちも、私らにとっては敵だッ!」

 リーダーがそう雄叫びを上げると、周りを囲んでいる連中も続けて「敵だッ! 敵だッ! 敵だッ!」とシュプレヒコールを上げる。足を踏み鳴らし、地響きとなって、この狭いすり鉢状となった山の尾根に木霊する。

 ボクたちが悪いのか……。人族であるボクとルツが、この異世界にきてしまったことが間違いなのか……。ボクとルツも、思わず抱き合った。

 しかしそのとき、タマが踏みとどまった。

「いくら人族に恨み骨髄だろうと、食糧をすべて巻き上げられたら、私たちだって干上がっちゃうじゃない」

「猩族なら、四、五日ぐらい飲み食いしなくても耐えられるだろ。だが、人族はこんな寒くてつらい山道を行けば、すぐに空腹に耐えきれず、飢えて死ぬだろう。人族など滅びてしまえばいいのだ! この異世界は私らのものだ! 私ら猩族が、この世界の主なのだ! 人族に手を貸すような猩族の奴らも、同罪だ! そんな奴らから奪ったとして、何が悪い。ここは私らの世界なのだッ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 それが彼らの真理、信じるところなのだろう。全員が足を踏み鳴らし、雄叫びを上げ、彼らの理想を誇らしげに歓呼しあう。

 人族を嫌う猩族は、スカンク国でも体験した。存在するだけで赦せない、そんな強い意志を感じさせた。ナゼそれほど嫌われるのだろう……? とも思うが、前の世界では、動物たちにかなりひどいことをする者もいる。虐待する者もいるし、それこそ金儲けのために殺してしまう者もいるし、狭いところに押しこめて運ぶなど、命とすら考えていない者もいる。そうして死んでしまった動物たちが、ここで猩族となっているのなら、ボクら人族は殺しても殺し足りない存在でもある。

 だが、そんな言葉に鋭く反応したのはアイだ。彼女は「出会い方が悪かった子もいる」と語った。動物と人が、必ずしも幸福に出会うわけではない。でも、彼女はボクと出会って「幸せだった」といった。すべての猩族と、人族がそうでないかもしれない。でも、それをまるで全体に当てはめる考え方が間違いなのだ。

 アイはすっと剣に手をかける。しかしそのとき、意外なことが起きた。

 高笑いをしていたリーダーの背後に、さっきまでボクらの近くにいたはずのチュン助が立っている。「オニィさんのこと、虐げようとする奴は赦さない」

 冷たくそう言い放った後で「もっとも、もうその口を開くことはないけどね」といって、相手の後頭部をぽんと押す。すると、すーっと滑ってぽとりと首から落ちた。まるで鋭利な刃物で真っ二つにされたように、きれいにその頭が首から外れたのだ。

 ボクたちを取り囲んでいた猩族の群れは、パニックを起こす。チュン助は逃げまどう相手を次々と、その急所だけを狙って一撃を加え、簡単に殺していく。その無駄のない動きはまさに暗殺者のそれであり、相手の猩族は散り散りになって逃げだしていき、あっという間に囲みは解けてしまった。

「さすが、私たちの監視をあのタヌキから命じられるだけのことはあるわ」

 もどってきたチュン助にタマがそう声をかけると「監視、何のこと?」と惚けてみせる。

「ま、いいわ。あいつらがどこに逃げたか、知ってる?」

「知るわけなくない?」

「そ。でも、この近くにはいるんでしょ。ジャック、匂いを追える?」

「返り血を浴びた奴もいる。血の匂いを辿れば造作もないが……、追いかけるのか?」

「あいつら、多分カシテヨンの商店の、あの女主人ともつながりがあるわ」

 ジャックが驚いて「何でそう思うんだ?」

「だって、商店としては分厚い防寒着を売った方が利益もでるはずなのに、迂回路をすすめてくるのよ。怪しいったらない」

「じゃあ、どうしてこっちの道を?」

「勿論、懲らしめるためよ。まさか、これほどの大掛かりな仕掛けをほどこしている、とまでは予想できなかったけれどね」

 タマがカシテヨンの街で、ボクにアイとの仲直りを迫ったのは、もしかしたら相手の罠にはまった、と見せかけて反撃をするため、アイを万全にしておきたかったのかもしれない。

「人族を虐げたいだけ、みたいなことを言っておいて、結局ただの山賊じゃない。そんな奴らは成敗よ、成敗!」

 勇ましいタマに、みんなも苦笑いを浮かべる。わざわざ大変な道を選ばなくても……とも思うのだが、これがタマの性格でもあるのだろう。

 カナリア国ヴィエンケの街でも、街の有力者の邸宅を叩き壊したのは、ボクが囚われたことでぶちキレた、アイだった。タマは何も関係なかったにも関わらず、ボクらと一緒に逃げ、カペリン国に渡ることになった。ボクたちと一緒にいる必要もないのに、人族という足手まといを抱えたアイと、ずっと行動をともにしている。今だって、山越えの道をすすめばもしかしたら楽をできたかもしれないのに、あえて罠かもしれない迂回路をすすみ、山賊と遭遇した。彼女は基本的に『面倒見がいい』のだ。悪い言葉をつかえば『巻きこまれキャラ』ということになる。いずれにしろ、本当なら背負わなくていい苦労まで、引き受けてしまうタイプの存在でもあるのだろう。

 経験豊富で、知恵のある彼女がいたから、ここまでみんなで旅をつづけてこられた。それだけは間違いない一方、トラブルの種も呼び寄せているのかもしれない。

 しかし、チュン助の戦いぶりには驚かされた。恐らく、速度重視の戦い方をするジャックでさえ、相当に苦労するだろう。敵に回すと怖いことにもなりそうだ。

 山賊のアジトに辿りつくと、タマが前にすすみでる。遠隔で極大攻撃のできる、ここは魔法使いの見せ場だ。

「大地より生まれし強固なるもの、その力をもて、すべてを踏みつぶせ、怒りの崩落(フォーリング・アンガー)!」

 逃げ帰っていた彼女らも、突然襲ってきた岩の雪崩に、慌てふためき、逃げまどう。それで十分に溜飲を下げて、ボクらはふたたびマメドンに向けてすすみはじめた。

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