第13話 ペットであること

   ペットであること


「着いた~ッ!」

 ジャックは真っ先に船を降りる。パセリーナの街を脱出したボクらは、カペリン国の南にあるカシテヨンの街に辿りついた。船で一泊したぐらいで、それほど長く乗っていたわけではないが、ジャックにはせまい船の中、というのが耐えられないらしい。雨も降っていないのに体をぶるぶるッと震わせた。

「ちょっと予定は狂ったけど、ここから西進してウホ川の上流へと向かい、そこで船に乗ってマッチョロードまで下る」

 タマがそういうと、パセリーナから加わったチュン助が「え? カシテヨンに留まるんじゃないの?」

「ここは小さい街だし、一つところに留まっていると、またヘジャから嫌がらせがあるかもしれないからね。マッチョロードまで行けば、あそこは首都で、下手に手を出せば国同士のモメごとになるから、町長程度の立場じゃ手出しもできなくなるでしょ。なるべく早く行くに越したことはない」

 タマはそういってずんずん歩きだす。

「ここにもギルドはあるけど、通信、連絡のためで冒険者はいないの」

 タマの説明に、ジャックも驚いたように「冒険者がいない? 魔獣の襲来は?」

「急峻な崖が迫っていて、そこが天然の要害となり、魔獣は近づけない。冒険者がいなくても大丈夫なのよ」

「私もこの街には来たことないな。あの大きな門があって、冒険者には仕事がないって……」

 カペリン国の冒険者であるチュン助が指さす先、そこには崖のすき間を埋めるよう、大きな門があった。密航ではないが、パセリーナではギルドから敵視されて逃げだしたこともあり、ギルドには向かわず、街にある唯一の商店、何でも売っている店に入った。ここから陸路をつかうので、食糧なども必要となる。この街は食糧不足を嘆いていたパセリーナより事情はよいようで、モノは豊富だ。

「アンタたち、マメドンに行くつもりかい? そんな薄着で?」

 恐らく何らかの鳥の猩族、海辺なのでカモメか……。そう思わせるふくよかな商店の女主人は、そういって腹を叩いて笑う。確かに、アイは甲冑に身をつつむものの、その下は肌着ぐらいだし、速度を重視するジャックはさらに軽装で、マントを覆うタマにしても布は薄く、ペラペラの生地で、チュン助にいたってはヘソだしだ。ボクとルツは長袖ではあるけれど、あくまで春秋用の装いである。

「マメドンはまだしも、道中には二千メートル級の山道もふくまれる。凍えちまうよ」

「他に道はないの?」

「山道なら三日、迂回路なら七日ってところかねぇ……。迂回路の方が断然、魔獣には襲われるから、物資の輸送には山道をつかうが、登山用の重装備が必要だよ。私は迂回路をおススメするけどねぇ」

 女主人も「それに、あの門を開いてもらうには申請をだして、受理される必要がある。それにも丸一日はかかるよ」

 タマの計算も狂ったようだが、こればかりは仕方ない。迂回路を行くことにして、食糧を買いこむと、今日はカシテヨンに泊ることにした。といっても、ここには宿屋すらなく、大浴場のついた簡易的な休憩所があって、その大広間に泊めてもらえることになった。ここは普段、船乗りが船を繋留している間に休むためのもので、今は船もおらず、貸し切り状態だ。

「しばらくお風呂にも入れないし、ここで使っておきますか」

 タマは威勢よくそう言ったが、商店の女主に「沸かすのが面倒だから、全員一緒に入っとくれよ」と言われ、六人全員が一緒に入ることになった。この中に男はボク一人だが、猩族は発情期でもない限り、異性を気にすることもないとのことで、タマやジャックなど、さっさと脱いで、何も隠すことなくお風呂場に向かう。ボクはタオルで前を隠しながら、いそいそとその後につづこうとしたが……。

「オニィさん!」という声に驚いてふり返ると、全裸のチュン助が走ってきて、ボクにむけて飛びついてきた。彼女も猩族ではあるがケモノ耳はなく、代わりに背中からお尻にかけて羽で覆われている。思わず受け止めてしまったが、背中に回した手がその羽毛にふれると、また微妙な感覚となった。

 体の全面は人のそれで、全体は小さいながら、ほどよく育った二つのものが、ボクへと押しつけられてくる。しかも体温が高めなのか、かなり温かく感じられ、思わず気持ちよくなってうっとりしてしまいそうだ……。ハッと気づいてアイの方をみると、ボクからぷいっと目を逸らし、ルツを伴って先にお風呂場に消えてしまった。ボクが船の上でチュン助と会ってから、ずっとこんな感じがつづいている。

「き、君たち猩族は、発情期でないと男女の別はないんじゃ……」

「私たちは春から秋までが発情期だよ❤」

 聞いたことがある。恐らく彼女はスズメの猩族――。スズメは他の鳥やヘビなどに狙われる存在であり、多産によって種を維持するよう進化してきた。年間でも三回ぐらい産卵する、とされていて、子育てに向かない冬を除く春から秋にかけて、子育てをしていないときはいつも発情期だ。

「だ・か・ら、ウチはいつでも大丈夫だよ❤」

 そういって、チュン助は口を耳に寄せ、体をすりすりしてくる。二人だけで残された脱衣所で、抑制の利かない何かが壊れそうに……。

「こんなところで子づくりでも始める気か?」そういって、チュン助の首元をつかんで引き離したのはジャックだ。ボクはさらに前かがみになりながら、慌ててお風呂場に入る。そこは確かに温泉施設というより、小さな銭湯といった感じで、二階にある休憩所ともども昭和の趣を感じさせる、ノスタルジックな造りだった。

 アイはルツのお世話をするためか、こちらを見ようともしない。チュン助が現れてから、どうもアイの態度がよそよそしく、疎遠であって、チュン助の存在がボクたちの間に、微妙なすきま風を吹かせているようだった。

 タマはそんなボクたちを等分に眺めつつ、浴槽につかりながら、小さくため息をつく。


 お風呂からでて、ボクはタマに呼びだされた。当然、それがアイとの話であることはボクにも分かっている。あの後も、ボクに裸のままくっつこうとするチュン助と、それを阻止しようとするジャックとですったもんだがあり、結局ボクはほとんどお風呂に入れず、先に出ることになり、アイからも冷たい目で見送られたばかりだったからだ。

「アンタとチュン助との関係は?」

「恐らく、ボクが小学生のころに助けたスズメ――。巣立ったばかりの幼鳥がカラスに襲われているところを、ボクは助けました。翼を怪我していて飛べなかったので、家に連れて帰って手当をし、一ヶ月ぐらいたつと飛べるようになったので、放しました。それだけです。鳥獣保護法というのがあって、ボクがいた国では野生動物を捕まえたり、飼ったりすることは原則できませんから……」

 部屋の中を飛び回れるようになったので、窓を開けてあげると、飛び去っていった。ボクとしては少し淋しかったが、野生動物としては外にいるのが当たり前なのだ。そう思って、その後ろ姿を見送った。チュン助、なんて適当な名前をつけたのも、性別も分からないし、何よりも長く飼う前提もなかったからだ。

「命の恩人って奴か……」

 タマもため息をつく。チュン助にとっては、ボクに恋するだけの事情が存在した。それは紛れもない事実で、わざと、もしくは何らかの思惑でそれをしているわけではない、というこれは確認だ。

「でも、一ヶ月ぐらいのことですし……」

「スズメなんて三年ぐらいしか生きないのよ。その巣立ちという重要なタイミングで一ヶ月もかかわっておいて、それをチュン助に言ったら幻滅されるわよ」

 多くの野生動物にとって、巣立ちのタイミングがもっとも危険であって、〝助けた〟という行動はボクにも責任を生じるものだ。まさかこんな形で、猩族になって迫ってくるとも思っていなかったので、戸惑っているのだが……。

「アンタはアイのこと、どう思っているの?」

 タマはそう聞いてきた後、すぐに「あぁ、言わなくていいわ。何だかそれを尋ねると、余計に意識しちゃいそうだし……。でも、あの子が本気になってくれないと、私たちの旅も大変なことになるって、分かっているわね?」

 ボクのことになると、アイは超人的な力を発揮する。元々、能力が高かったこともあるのだろうが、ボクを守るという明確な目的をもったことで、その能力を如何なく発揮し始めた、ということのようだ。

「分かっているなら、仲直りする! いいわね」

 タマから強くそう指示され、ボクもアイを探して走りだした。

 そのころ、チュン助もボクを探していた。

「ルツちゃん。彼はどこ~?」

 休憩所の二階で、ボクから与えられたテキストを一人でしており、ルツも顔を上げると「釣りに行くって……」と応じる。

「ありがとう~❤」といって、チュン助も歩きだす。狭い町だし、他に娯楽はないので、釣りに行くことに何の疑問ももっていなかった。


 ボクは門の近くへとやってきた。両側には直角に切り立った崖が迫っており、かつては川が流れ、岩を削ることでできたすき間に、木製の門を造りつけた、という感じである。恐らくその三角州として、この街はできた。しかしすぐに水は枯れたのだろう。三角州はそれほど広くならず、街としてもそれほど大きくはできなかった。特殊な地形なので安全な一方、発展も限られているのがカシテヨンの宿命だ。

「アイは海が苦手だから、来るとしたらこっちだと思ったよ」

 背中からそう声をかけると、アイは扉の方を向いたまま、ぴくんと肩を動かす。ふり返ってくれる気配はなく、夕刻の淡い日差しの中で、赤い甲冑が映えていた。ただ、いつもに比べてとても小さく、また淋しそうに見えた。

「チュン助とのこと、説明させて欲しい」

「…………いえ、いいんです」

 アイは静かに語りだした。

「オニさんは優しい人……。だから他の動物にも優しくしているだろうし、私と出会う前にもそういう関係だった子がいるんだろうなって……それは分かっていました。でも、頭ではそう分かっていても、その姿をこうして見せられると、何だかモヤモヤした、チクチクした感情が湧いてしまう……。それが嫌なんです。自分で、自分の感情を制御できなくなりそうなのが、とても嫌なんです。何だか、私はとても悪い子になって、オニさんにも嫌われてしまうのではないかって……」

 嫉妬、羨望、そこから生じる不安……。それは彼女にとって、初めてに近い感情なのかもしれなかった。前の世界でも、ボクと一緒にいることを望み、ボクとの関係だけでクローズしていた。嫌なことがあったらボクに言い、愉しいことがあったら、ボクと共有する。ボクとアイの二人だけですべて完結していた。それはこの世界に来ても、ほとんど変わらなかった。タマとジャックは気心が知れているし、何より発情期でもなければライバルにもなり得ない。いくら嫉妬をしてもそこまでで、それ以上とはならなかった。人族との一代雑種だった少女との関係でも、焦りはあったけれど、向こうから接近してくることはなかったので、不安とまでは至らなかった。でも、今回はちがう。ライバルは猩族、しかも明確にオニさんのことを好き、という相手でもあった。

 ボクはゆっくりと近づく。彼女の背中はその接近を感じながら、小さく震えていた。

「ボクは前の世界で、チュン助のことを救った。そのときのことを憶えていて、今でもボクに好意を抱いてくれているんだろう。でも、ボクは彼女を飼ったわけじゃない。そしてこの世界で、彼女に飼われているわけでもない。こ世界にきて、人の姿になった君がボクのことを『飼う』と言ってくれたんだ。

 ボクは君のペット。何の力ももっていないし、足手まといにしかならないかもしれない。だから、いっぱい迷惑をかけさせてくれ。ペットとして、いっぱいお世話をしてくれ。ボクはその代わり、ずっとそばにいるから。絶対に離れていかないから。君のところに必ず帰ってくるから。何ができるか分からないけれど、君のことを絶対に守ってみせるから。ずっと一緒にいるから……」

 アイはふり返った。その目に涙をいっぱい溜めながら……。

「ボクがこの世界で、初めて逢ったのはアイなんだよ。それが、ボクがこの世界にきた理由だったんじゃないかって、今ではそう思っている」

 アイはボクに抱きついてきた。強く、強く、しがみついてきた。鎧ごしだったけれど、彼女の温もりが伝わってきた。それは直接、肌と肌とが触れ合っているわけではなくとも、とても温かいとボクは感じていた。


 翌朝――。

「もう……。ルツったら、釣りをしていたの、ジャックじゃない⁉」

「だって『彼』って……」

「ん? 私はメスなんだが……。ルツ、一緒にお風呂に入ったよな? 私の裸もみたよな?」

「…………?」

「何でだよ⁈ 確かに発情期でもないと、メスっぽくはならないが、分かるだろ。な、見えるよな。メスに見えるよな?」

 ルツに迫るジャックの頭をぽかりと殴ったのは、タマだ。「人族の幼女を、戸惑わせているんじゃない! ほら、行くわよ」

 カシテヨンの城門がゆっくりと開いていく。タマ、ジャック、チュン助、そしてアイとボクとルツのパーティーは、その城門を出た。そこは大きな石がごろごろと転がり、かつて川だったことを忍ばせる風景があった。道ともいえないが、両側は削られた崖であり、間違えることのない一本道だ。

「タマは来たことあるの?」

 ボクが話しかけると「タマっていうな!」とツッコミを入れてから「来たこと? あるわけないじゃない。陸路でマッチョロードなんて、考えてもいなかったわ」

 そう言った後、小声で「仲直りしたみたいね」

「べ、別にケンカしていたわけじゃないんだから……」と、少しツンデレ風に言ってみる。

「ねぇねぇ。何の話をしているのかなぁ❤」

 そういって、チュン助がボクの腕に、腕をからめてくる。チュン助は速度重視で胸や腰当てしかしていない軽装備であるジャックよりさらに軽装備で、胸にはスポーツブラのような布が一枚だし、ホットパンツを穿き、マントのようなものを羽織り、背中に生えた羽と、腰にさした短剣を隠すようにする。

 アイはボクに抱きつくチュン助に気づいたようだが、こればっかりはボクの言葉を信じて、少しずつ慣れていくしかない。ちょっとだけ余裕もでてきたように見えた。

「チュン助はマッチョロードに行ったことある?」

「あるけど、オクトパス国を通って、ウホ川を遡上する方がよほど簡単だから、陸路は初めてだよねぇ」

 そう、ボクらは大変な道をえらんでいるのだ。そしてそれが、さらに大変な事態を招くとも知らずに……。川の跡を遡っていくと、やがてふつうの道へと変わり、山へと上がるよう、傾斜も厳しくなっていく。するとその先に別れ道があった。

「右に行けば山越え、左にいけば迂回路。私たちは迂回路を行くわ。といっても、標高千メートル超えなんだから、気を引き締めていくわよ!」

 ナゼか元気なタマを先頭に、ボクたちは迂回路とされた道をすすむのだった。


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