第12話 ダッシュで脱出

   ダッシュで脱出


 カペリン国、港町パセリーナに滞在して十日、アイは忙しく依頼をこなす。毎日のように魔獣が襲来し、そのたびに都市防衛に借りだされるのだ。それはタマもジャックも同じで、冒険者には毎日仕事がある、といっていた通り、かなり忙しい。

 その日の朝、食事のときにボクが「この国に軍隊はいないの?」と尋ねてみた。タマは肉の塊を頬張りつつ「いるわよ。でも、ほとんどがマッチョロードにいて、こういう小さな町には来ないわ」

 ボクたちが次に向かおうとしている街、マッチョロード――。

「マッチョロードって、どんなところ?」

「この国の首都。アンタが行ったら驚くかもね。これまで行った街と、比べ物にならないほどの大きさだからね」

「ふつう、フリーの冒険者は行かないよ。軍隊がいると仕事がない」

 これはジャックが応じた。ここは人族に厳しくないので、タマ、ジャック、それにアイとボクたち人族の二人が、同じテーブルについていた。

「じゃあ、何のために行くの?」

「ここから少し南に下っていくと、ウホ川の上流部にあたる。そこから船に乗り、川を下っていけるからよ。それ以外の陸路は時間もかかるし、道のりも大変。それにマッチョロードからだと、他の都市にも行きやすいからね」

「中継点ってことか……」

 ずっと小麦色に日焼けした、筋肉質の男たちが決めポーズをしてずらりと並び、にこやかに出迎えてくれる姿しか思い浮かんでいないが、驚くというのだから、もっと凄い光景があるのだろう。それ以上に驚く光景には、そうそうお目にかかれそうもないけれど……。

 そのとき、ギルドの職員がタマ、ジャック、アイの三人を呼びに来た。

「最後の一稼ぎをしてきますか」

 三人はギルドへと向かう。ボクとルツの二人はお留守番だ。ここでは人族が比較的自由にしていられるし、また二人は周囲からも一目置かれるアイのペットとして認知されており、ギルドに居ても文句を言われることもなくなった。

 最近ではルツに勉強を教えることが日課となっており、分かっているかどうか怪しいながらも、少しずつ知識を得ているようでもある。ここではテキストもないので、すべてボクのお手製だが、彼女も勉強は好きらしく、積極的なのでやりがいもある。

 そのとき、ボクの傍らに立つ人物に気づく。

 茶色の髪色に、ケモノ耳はない。ただ小さくシッポがあり、それはもふもふの毛ではなく、短いながらもピンと立った何枚かの羽根、どうやら彼女は鳥の猩族のようだ。

「あなたがアイのペット。へぇ~、お近づき~❤」

 そういって、いきなりすわっているボクの首元に抱きついてきた。目を白黒させていたが、彼女が耳元でささやいた言葉を聞いて、ボクにも緊張が走る。

「逃げて。とにかく早く! 私をつきとばして、そのまま走って!」

 小さく、鋭く、緊張感がひしひしと伝わる声に、ボクは「止めて下さい」といって彼女をつきとばすと、ルツの手をとって走りだす。ギルドをとびだすと、すぐに「待て!」と、追手がかかった。何がどうなっているのか? それすら分からなかったが、とにかく今は捕まらないように逃げるしかない。

 ただ、脚力、走力は明らかに猩族と比べると見劣りする人族、特にまだ小学生のルツを連れているのだ。逃げ切るのは難しい。

 走っていると、ボクはいきなり腕をつかまれ、路地裏に引っ張りこまれた。追手は気付かずに通り過ぎていき、ボクもその腕をつかんだ人物をふり返る。「あなたは⁈」


「パセリーナの長からのよびだし?」

 タマも訝しげにそう呟く。タマとジャック、それにアイの三人は、パセリーナの行政トップである長の元へと向かっていた。通常、冒険者にはギルドを通して依頼がくるので、わざわざ行政官と会う必要はない。よほどの重大案件か、秘匿情報をふくむ仕事でも依頼されるのだろうか……。三人も言われるがまま、大きな建物へとやってきた。

 だが、その入り口に立ったタマは、ぴたりとその動きを止めた。

「ここを開けたら、自ら地獄のドアを開けるようなもの……でしょ?」

 タマの声を待っていたように、ギルドの職員は走って逃げだしていく。ただそれを追うことは適わない。ナゼなら、そこに充ちている殺気は容易にここを脱することもできないと告げていたからだ。

「さすが流迅のタマ。我々に気づいていたか……」

「さっきから殺気を……わ、わざとじゃないんだからねッ! 殺気をただよわせておいて、何が『さすが』よ……」

 ふり返ると、この街の冒険者たちに囲まれていた。その先頭にいるのは、麦わら帽子をかぶった高齢の男性であり、杖もつくなど戦闘力はなさそうだ。ただし、彼がこの街を統べていることは、周りの様子からも確かだった。

「九郎定兼。どういうつもり?」

 その老人は九郎定兼というらしい。この異世界での名前は、元の世界で呼ばれていたものなので、そう誰かに名付けられたものだろう。どうやらタマは知り合いのようだ。

「吾はこの街のため、最良の道を選択するのみ」

「もしかして、ヘジャから特使が来た……?」

「察しがいいな、タマよ。ヘジャからお前たちが横暴にふるまった科で、召喚状がとどいておる。お前たちを捕らえ、ヘジャへと送り届けよ、と」

「そういうことね。セイリュウめ~ッ! 自分たちが私たちを足切りしたことを不問にするため、私たちにその罪を着せる気か~ッ⁉」

 セイリュウとは、ヘジャの街にいた面長の町長であり、タマはその顔を思いだして地団駄を踏むが、すぐに辺りを見回して「九郎定兼。あんた、本気でこの程度で私たちを止められると思っているの?」

「はっはっは。お主たちの力は承知している。だが、いいのか? ここで暴れたら、お主たちはカペリン国でもお尋ね者だぞ」

「暴れなきゃいいわけでしょ。アイ、やっちゃって!」

 アイはすっと前にでると、その剣をすらりと抜いて、上に掲げた。

「ライトニング・シャックル!」そう叫ぶと、その剣先から閃光のようなものが走り、取り囲んでいた冒険者たちが、全身を襲った痺れと、光で目をやられた痛みとで、全員うずくまってしまう。

「行くわよ!」タマの言葉で、アイもジャックも走りだし、冒険者たちの囲みを破った。ただしこうなったからには、街全体が敵と思った方がよく、どこへ逃げてよいかも不明だ。そしてアイは緊迫した表情で「オニさんッ!」と、ギルドへ向かって走りだそうとする。その腕をつかんだのはタマだ。

「ギルドは敵の本拠地、もし捕まっているとしたら、もうとっくに連れだされているわ。それに、あいつがバカじゃなければ逃げだしているはず」

「じゃあ、どこに……?」

 アイは半泣きになりそうなぐらい、悲愴な表情を浮かべている。

「人の動きを見ていなさい。もし変に偏った流れがあるなら、その先にあいつはいる」

 そのとき、タマたちの前に立ち塞がった者がいた。

「さっきのあれ、何だったんだい? 閃光みたいなものだったけど、目つぶしだけなら、あれほどの仲間が一斉に倒れたりしない。ホント、面白い子だねぇ」

 それは風華のロゼだった。この街でも屈指の剣使い、とされる彼女とは熾烈な戦いになることが予想できた。そのとき前にでたのは、ジャックだ。

「こいつとは因縁がある。アンタたちは先に行きな」

「いいのかい? スキルが使えるようになったら、私は無敵だよ」

「こっちもスキルをつかえるんだ。条件は同じだよ」

 闘技場での遺恨、二人の緊張が高まる中、タマとアイはふたたび走りだした。


 路地裏にひっぱりこまれたボクは、そこにいる人物をみて驚いた。それはロゼのペットで、黒い忍者風の衣装に身をつつむ、昨日ボクを殺そうとした人物だったからだ。

「こっちへ来い」

 有無を言わさずそういって、その人物は歩きだす。

「助けてくれるのか?」

「ご主人様はお前の主人に貸しをつくっている。それをムダにしたくないし、これもまた貸しになる」

 打算的ではあるが、相手がご主人様に忠実であるのなら、信じてもよさそうだ。ボクもまだこの街に詳しくないし、何よりルツと二人では、逃げ切れるかどうかも分からない、なぜ、追いかけられるのか? それも分からなかったが、ここで捕まればアイの負担になることだけは間違いなかった。

「どうして、ボクたちは追いかけられているんだ?」

「そんなこと、オレは知らない。知る必要もない。ペットはしっかりと命じられたことを守ればいいんだ」

「ペットだからって、判断はしなくていいって……?」

「群れをつくる動物は、すべてそうだろ。リーダーが判断し、下の者はそれに従う。その指揮命令系統を崩したら、すべて成り立たなくなる」

 ロゼとこの人物との関係は群れとして、リーダーに統率された、号令一下でコトを為す。だからこの前でもリーダーに反論しようとしたボクを赦さなかった。彼女との関係では、一切そういうことがないため、誰であっても赦されざる行為なのだ。

「お前とご主人の関係がどうかは知らん。だが、そんな中途半端な主従関係、いずれ破綻することになるぞ。オレはこの関係が最善と判断し、受け入れた。剣をもったところで、ご主人様をサポートするぐらいしかできん。自ずと主従ははっきりする」

 語っているのは正論だ。この人物にとって、その立場を受け入れたからこそ、こうして顔を隠してまで、影に徹することができる。

「……でも、主人がそれを望んでいなかったら? そんな関係を求めていなかったら? ボクらにはボクらのめざす形がある。未来がある。彼女に命じられたことを守り、意見を忖度することで成り立つ関係じゃないんだ」

 先を歩いていたその人物がふり返って、ぎろりと睨んできた。

「言っただろ? そんな関係は破綻する……と。ま、頑張ることだな」

 そういうと、その人物に突き飛ばされた。手を引いていたルツとともに通りへとまろび出ると、そこには多くの冒険者がいて、急に現れたボクたちに目を白黒させている。ヤバイ、と慌てて逃げだしたが、そこは港の突堤となっていて、すぐに海に突き当たった。ボクとルツの二人は、この街の冒険者たちに追いつめられた状況となった。あの黒忍者にはめられた? 逃がしてくれるといいつつ、窮地に追いつめようとしていたのか? とにかく逃げ場すら失っていた。

 海にでも飛びこめ、というのか……。ボク一人なら、それこそ泳いででも逃げたかもしれないが、まだ幼いルツが泳げるかどうかも分からないし、何より泳いだところで、どこに行くというのか……。

 冒険者たちに追いつめられ、ボクたちは絶体絶命――。


 そのころ、アイは未完成の塔に上っていた。筒を束ねたような形をしているが、建設中ということもあって、上る階段はない。周りに建てられた足場を伝って上がったのだ。

 そして天空の高さから、街の中を見回していた。

「人の流れをみろ」タマからそういわれ、どこに人が集まっていくのか? じっと見ていた。すると堤防の先に、冒険者たちが集まっていく。タマはその塔を駆け下りた。文字通り、その壁の側面を走っていく。高い塔であるため、やや傾斜をつけて、上に行くほど狭くなっているのだが、その傾斜をつかって、一気に加速していく。

 ケモノ耳を後ろに倒し、身を低くして、まさに全力疾走。塔を駆け下った勢いそのままに地上でもスピードが落ちることなく、さらに加速する。

「オニさ~んッ‼」

 遠吠えのような彼女の声に、ビビった冒険者たちが恐怖の面持ちでふり返る。だがそんな冒険者など目もくれず、アイはジャンプし、一気に冒険者たちの頭を飛び越えた。

 ボクも、いきなりアイが空中をとんできたので、思わず「アイッ!」と叫ぶ。アイはボクの目の前で着地すると、そのままボクと、ルツの二人を抱え上げて、勢いを殺すことなくそのまま飛び上がった。

 三段跳び以上にその二段ロケットの威力はすさまじく、ボクとルツの二人を抱えたまま数十メートルは飛んだだろうか、そこは海じゃ……と思っていたら、見事に着地してみせた。ボクも呆気にとられて驚いていると、そこはちょうど通りかかった船の甲板の上であり、そこにはタマとジャックもいた。

「どこに行っていたのよ。さがしちゃったじゃない」

 タマの言葉に、ボクも「ど、どういうことですか?」

「私たちは嵌められたのよ、ヘジャにね」

 まだ要領をえないボクに、タマもため息をついて、説明する。

「あの街は冒険者を切り捨てて、私たちを置いて橋を切り落とした。そんな醜聞、広めて欲しくないし、私たちが生きていてもらっては困る。だから、私たちを極悪人として召喚しようとした。この街はヘジャとも貿易しているから、犯罪者を引き渡せって迫ったのよ」

 なるほど、ヘジャには大河であるドンナ川が流れており、船による交易が可能だ。ジャックが言いふらしたこともあって、その話がヘジャにも伝わったのだろう。

「パセリーナの街としても、これからも交易するヘジャと、たまたま逗留していた私たちとを天秤にかけ、捕らえようとした……という体裁を繕おうとした」

「体裁?」

「追いつめられているはずなのに、なぜか船の方に誘導されていたり、この船が出航する直前だったり、相手も本気じゃなかったり、アンタの荷物も積んであったり……。要するに、この街は必死で追いつめたけど逃げられちゃいました……ていう形にしたかったの。あのタヌキが考えそうなことよ。九郎定兼め~ッ!」

 何だかタヌキと化け猫のバカ試合……化かし合いをしているようだが、双方が腹の探り合いをするうち、折り合いをつけたのが、こうして追いつめたけど船で逃げだす、逃げられた、というスジなのだろう。

「まったく……。せっかく決着をつけようと思ったのに、ロゼが何度もアゴをしゃくるものだから、持病の癪でもでたのかと思っていたら……」

 これはジャックが言った。多分、いいところで逃がそうと思っているのに、察しの悪いジャックに、ロゼもかなり苦労したことだろう。ジャックには、今のタマの説明が分かっているのかどうかすら怪しい限りだ。

「パセリーナも、私たちのようなフリーの冒険者を無碍に扱った、と喧伝されたくはないからね。私たちを逃がしたのよ。こんなお目付け役をつけてね」

 タマがそういうと、船の甲板に現れたのは、ギルドでボクに抱きついて、危機を知らせてきた彼女だった。

「お目付け役の、チュン助でぇ~す❤」

「……チュン助って、もしかして……?」

「そうだよ。オニィさんに助けられた、チュン助だよ。久しぶり、オニィさん❤」

 そういうと、チュン助はボクに抱きついてきた。ボクは目を白黒させるばかりだが、アイのボクをみる目は確実にクロの相手をみるもので、とても怖かった……。

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