第10話 未完成の塔
未完成の塔
船が港へと近づく。そこには音楽隊が並び、明るく華やかな音楽を奏で、船の入港を歓迎してくれている。
カペリン国、港町パセリーナ――。
「ここは貿易港として発展したが、魔獣の襲撃があって、農地を広げることができないため、いつも食糧事情が悪い。俺たちのような貿易船は、輸出で得られた金で、食糧を買って帰るのさ。だから、貿易船がもどってくると大歓迎。俺たちみたいな人族でも英雄扱いで迎えてもらう気分になれる」
船乗りがそう教えてくれた。
「でも漁港だから、海産物は豊富そうですけど……」
「海産物だけ……だよ。炭水化物も、たんぱく質も足りない。名産である織物を輸出して、食糧を輸入しないと、この街は成り立たないのさ」
大歓迎といった出迎えに、そんな裏があると知ると、若干の興醒めも禁じ得ない。
「船を降りたら、街の中心にある広場にいくことをおススメするぜ。そこは〝未完成の塔〟があって、ほら、ここからでも見えるだろ?」
街の中心部に近いところに、そそり立つほどに巨大な、幾つもの細長い筒を束ねたような、奇妙な建物が立っていた。
「未完成の塔?」
「どれだけ造っても、あれが足りない、これが足りない、といっては色々と付け足され、一体いつ完成するのか分からないから、未完成の塔だ」
船乗りはそういってから、小声で「デートスポットさ。夜に行くことをおススメするよ」
怪しげな笑みと、サムアップに見送られ、船乗りと別れた。
船が接岸すると、魔法使いで黒ハットをかぶったタマを先頭に、ボクたちは船を降りる。相変わらず具合の悪そうなアイに肩を貸して、四人は降り立った。
「私はこの街の顔役に面通しをしてくるわ。ここは冒険者の数が多いし、入りと出は厳しく管理するって方針なのよ」
そういって、タマはぐったりした様子のアイのケツを、思いっきり引っ叩いた。
「ひゃん❤」
「ほら、シャキッとする! 大体、海アタリなんて長くても二日も経てば治るんだから。海の上では魔獣に襲われることもないし、オニさんに甘えられるからって、いつまでも病気のふりをしているんじゃない! バレバレなんだからねッ!」
「あわわ……」
アイも真っ赤な顔をして慌てているので、どうやら図星らしい。船が出航してからでも二日が経っており、その前日に海アタリの症状がでたことを考え合わせると、どうやら最後の方は仮病だったようだ。
「冒険者組合(ギルド)で落ち合いましょ」といって、タマは歩いて行ってしまう。アイとボク、それにルツの三人はポツンと残された形だ。
「この街に来たことある?」
ボクの問に、アイは首を横にふって「私は主に、スカンク国、カナリア国、ヌートリア国で冒険していましたから、ここには……」
「カペリン国に来なかった理由は、何かあるの?」
「話に聞いていただけですが、文化がちがうって。それで、あまり私には馴染めないのかなって……」
アイがそういうのを待っていたかのように、船の到着を盛り上げていた音楽隊に囲まれ、「パセリーナへようこそ~♪ ふ~~ッ‼」と、ハイテンションで演奏しつつ、マーチングバンドよろしく、派手に踊りまくるのを為す術もなく見守ることしかできなくなっていた。悪い人たちではなさそうだけれど、パッションにあふれ、暑苦しい……といったタマの言葉を、やっと理解した。
音楽隊が去ると、潮が引いたように静かになる。ここはまだ港に近く、倉庫街でもあり、街へと歩きながら「ルツの服をさがしてあげよう」とボクが提案する。ルツとは、ニャコミの街で人族にお世話になっていた少女で、ボクたちが預かった。貧しかったあのお店で着ていた、ぼろ切れをかぶったような服のままであり、あまりにみすぼらしかった。
アイはあまりお金に頓着する性格ではないらしい。旅道都市ヘジャで宿屋からふんだくったお金をタマとジャックとで三等分し、それをうけとっているので、まだかなり余裕がある。たが、宿泊などにつかう以外の支出はほとんどなく、贅沢しているのをみたことがない。
贅沢と言えば唯一、ヴィエンケの街でメロドラマを見に行ったぐらいだが、恐らくボクがいなかったら、出掛けることさえなかったのではないか。彼女は「死にたがり」とされ、生きることに意味や価値を感じていないようでもある。お金も生きていけるだけの最低限さえもっていればいい、という考え方のようだ。ただ、これもフリーの冒険者で根無し草、あずけておくこともできなかったせいかもしれない。
三人で洋品店に入る。
「アイは、甲冑の下につける洋服は新しいのを欲しくない?」
「…………?」
アイはハッと気づいて、慌てて自分の体の匂いを嗅ぎまくる。「私、臭いですか?」
その姿をみて、笑いながら「そうじゃないけど、荷物もちのボクがいるから、少しぐらい私服をもってもいいのかなって……」
ヘジャをでるとき、食材を持ち運ぶためにリュックを担いで以来、ずっとリュックを背負っているが、すでに食材は使いきっており、リュックには余裕もあった。ルツの分と、二人の服ぐらいは入れられる。アイだって、少しぐらいオシャレに気をつかっても罰は当たらないはずで、特にその容姿が見る者すべてを感嘆させるほどの極上さであるのだから、尚更もったいないと言えた。
「こ、こんな感じですか?」
アイのドレス姿はメロドラマを見に行ったときにも確認しているが、日常の衣服となると、また新鮮だ。いつものよれよれの肌着に、甲冑をその上から当てただけ、みたいな衣装よりも日常を垣間見たような、そんな背徳感すらただよわす。スタイルも抜群であり、本人が無自覚なので、それを殊更に主張しない分、こうして久しぶりに意識することもまた、絶品の味わいを醸していた。
「アイは髪色が明るめだし、くすんだ色より、はっきりした色合いの服の方が似合うよ」
「ホ、ホントですか? じゃあ、こっちも……」
そういって、いそいそと試着室へ消えていく。
ルツをみると、まったく選べない様子で、戸惑ったように立ちすくんでいる。まだ小学生ぐらいの黒髪少女なのだが、虹彩の色はやや青みがかっており、それが国籍を不明とする。今のところ、元の世界の話も聞いたことがないし、身の上についても不明だ。あの街で、ナオミと出会う前のこととか、そういうことは話す気にもならないようだ。
「ルツは黒髪だし、無難なところは白か、黒だよ。派手な色が好みだったら、原色よりも紫やオレンジ色のような、中間色がいいけど……」
「色? 私には分からない……」
「え? ルツは色覚異常なのか……」様々な服で試したところ、どうやら色の濃淡ぐらいは分かっても、識別することは難しいようだ。ルツの虹彩の色素が薄いことと、何か関係があるのだろうか……? とにかく子供なので、少し大きめの、似合いそうな服を試着させてみることにする。
パセリーナは織物産業が有名ということで、服は豊富で、またデザインも秀逸だ。
「オニさん、こんなのどうですか?」
アイが『今年の春のコーデはコレ! オシャレ女子が決める、春デートの一着』みたいな服を着てきた。どうやら店員と結託したらしく、奥から恐らく鳥の人化なのだろう。派手めの化粧をした、おしゃれアパレル店員がそっとこちらをうかがってくる。
「似合っている……んだけど、それをもって旅をするの?」
アイはしょぼん、として再び試着室へ消えた。ルツの服をいくつかみつくろい、アイもシャツなど、甲冑の下にきる服をいくつか買って、その店をでた。
ギルドに向かう。スカンク国や、カナリア国ではあまり冒険者組合が発達しておらず、街独自の取組に任されていることも多かったが、カペリン国では国として、冒険者の動向を管理していて、その街のギルドに登録することで、活動をみとめられるそうだ。
「街同士の通信って、どうやっているの?」
「簡単ですよ。ほら?」
アイが空を指さすと、鳩が飛び回っている姿があった。
ここでは動物が人化し、アイのようにケモノ耳、巻きシッポというのを残しつつ、人の姿になっているケースもあるが、そのまま動物の姿をたもっているケースも多い。なので、産業用動物もそのまま利用されており、鳩による伝書機能は、この世界でも情報のやりとりに役立っている、ということだ。
ギルド――というイメージはナゼか、米国の開拓時代のバーをイメージするケースが多い。しかしここは海沿いということもあって、石組みや煉瓦の建物が多く、あまりそのイメージにはそぐわないかもしれない。
ギルドのもう一つの側面は酒場であって、荒くれ者ばかりの冒険者たちが、情報交換をし、命のやりとりから解放されたその憂さを晴らすよう、飲み食いする場でもある。今ではギルドの受付の方が、脇に押しやられていた。
アイも勝手が分からず、戸惑っていると、二本の角を生やした猩族が数人、こちらに近づいてきた。「無能の人族が……。ここはお前たちの来るところじゃない。帰れ、帰れ!」
ボクだけならまだしも、少女のルツもいるので尚更、冒険者の中で異端視されるのかもしれない。何しろペットはお荷物で、足手まといにしかならないのに、それが二人もいるのだから……。
アイも緊張を悟って、サッと身構える。その鋭さ、厳しさ、そして威圧感に一瞬たじろいだ相手だったが、体も大きくなく、また女性であるアイに数で押せば勝てると踏んだのか、ボクらににじり寄ってきた。
「おいおい、いいのかい? 相手は『かの』烈炙のアイ様だぜ」
背後からそう声をかけられ、相手の猩族たちがギョッとしている。アイはこの国にくるのは初めて……と言っていたが、名声が鳴り響いているのか? と思っていたが、その背後から現れた人物をみて「ジャック⁈」
「いや~、ニャコミの街で仕事をさがしたんだが、ろくなのがなくて……。それでパセリーナに渡ってきたが、軽く見られないよう、ヘジャの街での冒険譚を語ったら、これがウケて、ウケて……」
「それで烈炙のアイの名が広まった……と?」
ヴィエンケの街で別れた、同じフリーの冒険者、ジャック。旅道都市ヘジャで、二千を超える魔獣に襲われ、それをアイとたった二人で倒しきったほどの実力者だ。ただ恐らくその冒険譚は、自身の自慢話としても広めたものだろう。しかしその名声のおかげで、今回の危難を回避できたことも確かだった。
「ここでは魔獣が多いそうだけど……?」アイの問に、ジャックも頷く。
「おかげで、仕事には事欠かないよ。都市防衛、探索、依頼がてんこ盛りだ。ただし早い者勝ちってわけじゃなく、それこそ依頼者にみとめられた者が、その仕事につくことができる。何よりハッタリも重要だ」
ヘジャでの冒険譚も、どこまで盛ったのかは分からないが、この酒場のテーブル、ほとんどを埋めているのが冒険者なのだから、競争社会でもあるのだろう。
「ハッタリはいいけど、私もいたんだからねッ!」
そういって、同じテーブルについたのは、戻ってきたタマだった。ちなみに、ボクとルツの人族の二人も『かの』烈炙のアイのペットということで、同じテーブルについていた。
「ここはヘジャとも貿易していて、あそこでの活躍は自ずと伝わっていたの。むしろ、私たちが生き残っていると、都合の悪い連中もいるんだから、気をつけなさい」
ヘジャは自分たちの身を守るため、冒険者がまだ戦っている対岸を見捨て、橋をおとした。なるほど、こんな醜聞を人口に膾炙して欲しくない連中がいても、不思議ではない。
「私たちもこの街で仕事をすることは赦されたけど、あまり長居はできそうもないわね。ここはスカンク国とも近く、余計なトラブルを引き起こしかねないってね」
「じゃあ、また船旅?」
「それは却下。船旅は本来、パスポートが必要なの。それなしで船に乗るのは、大変なんだからね。ま、フリーの冒険者ってことで、今回は特例をみとめさせたんだけど……」
ふつうは戸籍のようなものが登録され、街からでるにはパスポートをとって、それで船に乗ることができるそうだ。ただしフリーの冒険者はその点、自由に行き来することがみとめられており、かつ街にとっても重宝される存在。だから裏ルートで渡航がみとめられた、というのが今回の経緯らしい。でも、それをみつけてきてしまうタマって一体……?
「数日、ここに逗留したら陸路で隣の街まで行くわよ」
陸路は魔獣と遭遇するので危険、ということだ。戦闘力のないボクと、ルツを抱えての道のりは、タマがいうほど簡単には思えなかった。
その日の夜、アイを誘って夜の街へと出かけた。魔法をたくわえた街灯が淡い光をつくっており、それほど暗さはない。でも、広場までくると、またちがった趣があった。
立ち入り禁止の札が下がっているが、その中心に聳える『未完成の塔』は、建設途中のためか所々にカンテラが吊り下げられ、塔全体がライトアップされる形となっている。それが満点の星空へとつづく、道のようにも見えた。
「きれいですね、オニさん……」
アイも体を寄せてきて、うっとりしている。船乗りに教えてもらったデートスポットであるが、今は猩族も発情期ではなく、また人族も街の中には滅多に来ないため、まるで二人だけの占有のようでもある。
「いつまでも完成しない、未完成の塔……か」
ボクは小さな声で、そうつぶやく。この異世界にやってきて、ボクとアイの関係はまったく逆さまになった。飼い主とペット……。ここでは人が虐げられるほど弱い存在であり、彼女たち猩族に飼われる立場なのだ。元ペットだった彼女と出会い、ボクは彼女のペットになることとなった。
人の姿に近くなったといっても、彼女とボクは猩族と人族、種族がちがうのだ。ヴィエンケでみたのは、猩族と人族との間にも子供はできるけれど、一代雑種といって極めて脆弱で、すぐに死ぬ、という現実……。
ボクらはこうして寄り添っていても、恋をしてはいけない、交わってはいけない、それは不幸になることと同義でもあった。
「昼間、みていた服だけど……」
「…………?」
「これからも、こういうところに来ることもあるだろうから、買っておこうか」
ボクがそういうと、アイは嬉しそうにギュッと抱きついてきた。それは『今年の春のコーデはこれ! オシャレ女子が決める、春デートの一着』のこと。買ってあげられないのは辛いけれど、こうしてデートをすることはできる。互いの体温を感じながら、こうして一緒にいることができる。
ボクが「アイを守る」と言ってから、ちょっぴり甘えたがりになったアイ。それは昔と何も変わりない。ボクたちは未完成の塔だ。種族という超えられない壁があっても、互いに愛おしく、一緒にいることで幸せを感じる。だから新しい形を模索する。自分たちにとって最善な形を求めながら、この異世界を生きていく――。
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