第8話 メイド・イン・ニャコミ

   メイド・イン・ニャコミ


 恐らくここはヴィエン家の屋敷の地下――。魔力によるランプが灯っているので、薄暗いけれど見通しは利くが、階層すら分からない。そんな中、ドンッ! ドンッ‼ という大きな音と震動が伝わってきて、そのたびに壁や天井である岩には大きな亀裂が走り、全体がミシミシと軋みだし、今にも崩壊を起こしそうになっている。とにかく地上をめざして、上へ向かうところを駆け上がった。

 やがて岩盤をくりぬいただけの場所から、木で支柱を組み、洞窟の中を補強されている場所まで来た。建物を支えるためにも、こうした支柱を必要とするなら、ここはそれだけ危うい構造ということだ。

「…………オニさんッ。…………オニさんッ!」

 微かにそんな声が聞こえてくる。やっぱり、アイが助けに来てくれたのだ。

「アイ~ッ!」

 めいっぱい声をだした。反響して、音がどこに流れていったかも分からなかったけれど、ケモノ耳で聴力抜群の彼女であるから、すぐに駆けつけてきてくれた。でも、再会を喜んでいる暇はない。

「この建物の地下はもうヤバい。早く脱出しよう」

 アイの手をとって走りだす。アイもいきなり手をとられ、顔を赤らめながらついていく。昔はリードを介して、お互いの距離を感じながら散歩をしていた。オニさんはジョギングをするぐらいで、私は小走りで……。今、こうして手をとられて走ると、リードという余計なものがない分、お互いの息遣いや脈動まで感じられて、何だかドキドキしてしまう。自分が倒した者たちがそこら中に倒れ、修羅の庭となっているが、そんなことは関係ない。彼女にとって今はバージンロードだ。

 途中で、第一機動部隊の隊長を名乗っていたオレオも伸びているが、二人はその横を素通りする。そのままヴィエン家の屋敷をでて、宿屋にもどった。ただこれほどの騒動を起こしたのだ。もうここにはいられないと、借りていたタキシードを脱ぎ捨て、自分たちの荷物をもってそこを飛びだした。夜中でもあり、城門は閉まっている。騒ぎを聞きつけて、街の中は上へ、下への大騒動になっており、住民たちも慌ただしく動きまわる中を、城壁を乗り越えて、街の外へと出た。そのまましばらく走って、大きな木の下までやってきた。

「オニさん、大丈夫ですか?」

 人類と比べて、動物の方が体力もある……とされるけれど、実は人類だって体力では負けていない。フルマラソンを八割の力で、二時間もかけて走りつづけられるのは人類と、オオカミや犬だけ、とされる。オオカミの狩りは体力勝負で、相手が疲れるのを待つので体力がついたとされるが、人類がどうしてこんな体力を備えたかは、よく分かっていない。体力はあっても走力がないので、走って得物を追いかけたわけではないからだ。

 しかし人類の場合、あくまで鍛えていれば……の話。とりたててマラソンが得意、というわけでもない一般人のボクにとって、数時間も走りつづけるのは不可能に近い。それでもアイと散歩していたころを思いだし、街を遠くに眺められる場所まで走って、逃げてきた。それもここまでが限界だった。

 二人で木の根元に腰を下ろし、あれからのことを話した。囚われたボクが、地下であの踊り子の少女と出会ったこと――。

「彼女たちは人族と、猩族の中でもアリの人化をした者との間に生まれた子供で、そうやって子供を大量生産するために、ボクはさらわれたんだ。彼女たち一代雑種は、地下で掘削作業をさせられていたらしい、地下では宝石を掘っていたそうだけど、掘りすぎて、地盤すら脆弱になっていたようだ。

 それで、アイが暴れて、あの屋敷の地下の脆かった構造がさらに大変なことになったとき、踊り子の少女がボクを逃がしてくれた。どうせ私たちは終わりだからって……」

 あの少女を救えなかった……それはボクの心の傷として今も、これからもずっと残る出来事となるだろう。でも、きっと彼女たちも気づいていた。こんなことをつづけていても、いつか終わりを迎えることを……。

「ボクは色々と知りたくなった。この世界のこと、ボクたちが転生することになった、その理由について……。もう、あんな犠牲はだしたくない。この世界を知り、少しでもよくしたいって、そう思ったんだ。

 これまで、ボクは無能転生――。ここでは何の役にも立たない、ただのお荷物だって諦めていた。君のペットになって、守られるだけの存在になって、それでいいと思っていた。でも、それじゃダメなんだ。ボクはもっと色々なことを知りたい……。そして、この世界で役にたちたい。崩れていくあの地下で、彼女が手を振って見送ってくれる姿をみたとき、真にそう思ったんだ。

 ボクは、この世界ともっと積極的にかかわろうと思う。…………アイ。前の世界でもそうしていたように、ボクは君を守る。この世界で、君が安心していられるような、居場所になる。だから一緒にいよう」

 そんなボクの告白を、黙って聞いていたアイの目にじわっと涙があふれてきた。そんなアイにもう一度言う。

「ボクが、アイを守るから」

 アイは静かに、ボクの肩に顔をうずめた。言葉がでてこないことで、それが心にとどいたことを知った。


「やっぱりここにいた」

 その声で、ボクとアイの二人は目を覚ました。木の根元で休んでいたが、そのまま眠ってしまったらしい。

 二人の目の前に立って、見下ろしているのは流迅のタマだった。

 アイは慌てて腰のサーベルに手をやり、いつでも抜ける姿勢をとる。それに慌てたのはタマだった。

「ちょ、ちょっと! 別にアンタたちをどうする気もないわよ。むしろ、アンタたちが大暴れしたせいで、街の中が大変なことになっているから、私も逃げてきたのよ」

 タマもそこに腰を下ろす。

「ヴィエン家の屋敷は、地盤沈下で大変よ。ほら、ここからみても分かるでしょ。あの街はカルデラの中にあるのよ」

「カルデラ……?」

 アイに尋ねるような瞳をむけられ、ボクが説明する。

「火山が爆発して、その頂上付近をふきとばした地形のことだよ。だいぶ崩れているけど、すり鉢状になったその底に、あの街はあるんだね」

 臨みみると、朝になったので見晴らしもよくなり、街からはまだ土煙のようなものが上がっていて、屋敷の形がだいぶ崩れているのが遠目に見えた。

「そういう土地に眠っているのが、宝石。ダイヤよ、ダイヤよ。ヴィエンケはその採掘をするためにつくられた工場と、その周りにできた街。でもそれは違法採掘だから、工場を別荘と偽り、大した産業もないはずなのに、商取引が活発化した」

「でも、それっておかしくないですか? ダイヤはこの世界で、違法なんですか?」

「カナリア国は、贅沢品は国家が管理する決まりなの。それをヴィエン家が独占するのは赦される話じゃない。それを暗に認めさせるため、相当なワイロをつかったみたいね。

 でも表向き、ここは何の産業も育っていない場所だから、商取引が活発化していると怪しまれる。そこで次に考えたのが、芸術の奨励だった。美術品を取引する……その中にダイヤを隠して取引したとしても、何の違和感もないでしょ? 二束三文の美術品だって、中にダイヤが入っているとなったら……。それがヴィエンケの真実」

 絵画では難しいかもしれないが、彫像や塑像などなら、その中に隠して運べば検査もしにくかったはずだ。特にそれが高額のものだった場合、検査員だって賠償が怖くて、手出しもできなかったことだろう。

「タマ……さんは知っていたんですか? この街の不正を」

「想像がついていた……ってところかしらね。でも、私たちにはそれを咎める理由も、手立てもないからね」

「じゃあ、悪質な手立てで人族を酷使していたことも?」

「それは知らなかったけど、アイがキレて屋敷に乗りこんでいったから、アンタに何かあったとは思っていたわ。ま、噂ではヴィエン家の懐事情はかなり苦しいとされていたから、焦っていたのかもね。

 ただ、もう崩れかかっているヴィエン家が、苦し紛れに手をだしたのがアイのペットだったことで、栄華を誇ったヴィエン家が完全崩壊した。盛者必衰の幕引きには、ふさわしかったのかもしれないわね。むしろこの子を怒らせたらマジ怖いって、よく分かったわ」

 ボクを槍先にひっかけて、スカンク国までもってきたジャックと戦ったときと、これで二度目。アイはボクのことになると、我を忘れてキレるらしい。アイもさすがに少し恥ずかしそうに、下をむく。

「タマ……さんは、どうしてここに?」

 ボクの問いかけに、タマは肩をすくめた。

「アンタたちが暴れたから、居づらくなったんでしょ。どうせ直前まで、私たちが一緒だったことはバレバレだしね。変な追及とかされたくなかったから、その前に逃げてきたのよ」

「ご迷惑をおかけしました……」

「それはいいわ。それで、アンタたちはどうするの?」

 ボクとアイは思わず顔を見合わす。でもそれは、タマの想定内だったようだ。

「ノープランね、どうせ私もしばらくほとぼりを冷まさないといけないから、一緒に行くわ、ニャコミに行きましょう」

 少し前に聞いた言葉だが……。「ジャックさんの向かった街ですよね?」

「私だってあそこには行きたくないけど、あの街から船に乗って、カペリン国に渡れるの、本当は陸路で、スカンク国を超えていかないといけない国なんだけど、船ならショートカットできる。どう? カペリンなら、人族にも厳しくないわよ」

 最後の言葉が、もっともアイの心を動かしたようだ。静かに頷く。

「そう、なら善は急げ。これからニャコミに向かうわよ」

 なぜかタマはリーダーのごとく、元気よく立ち上がって歩きだす。ボクとアイは、そんなタマの勢いにつられるよう、慌ててその後を追いかけ始めた。


 港町、ニャコミ――。

 魔獣に襲われたときのための城門と城壁はあるが、どちらかといえば堤防に近く、コンクリで固めた擁壁といった感じだ。しかし城門を入ると、そこには驚くべき展開があった。

「お帰りニャさいませ、ご主人様❤」

「おいしくニャ~れ、萌え、萌え、キュ~ん❤」

 そんな会話が巷にあふれている。ここはケモノ耳、ケモノ尻尾をもつ猩族がいる世界、それがメイド服姿でおもてなしする、メイド喫茶が乱立していた。

「えっと……。これ、どういうこと?」

 ボクはあまりの展開に頭がついていけていないが、アイもこの街は初めてだったようで、呆然とした表情を浮かべる。

「この街はサービス精神が旺盛なの。若いオスは徴兵制にとられるけど、若いメスはメイドになって、奉仕することが法律で決まっている」

「法律で? 何でまた……?」

「陸の旅は、魔獣に襲われることもあって、ふつうの町民では難しいけど、海に魔獣はいないから、船旅はふつうに行われる娯楽でもあってね。物資の輸送も海路で、というケースが多いの。そして、そんな活発に行き来する船乗りたちをおもてなしすることで、他の街よりアドバンテージを得て、ここは港町として発展してきたの」

 確かに、街道といわれる場所を歩いていても、誰ともすれちがうことがなかった。ヴィエンケが内陸のカルデラに築かれたのも宝石という鉱物資源を狙ったもので、そうでなければ発展しないような場所。だから、それ以外の産業が育たなかったのだろう。

 それに、いくら発情期にしか異性に興味がない、といっても愛でる分にはアリ、ということもあるかもしれない。メイド喫茶がこの世界にもあるとは思わなかったが、ここでは港町の方が発展していることもあって、海とメイド、という元の世界ではありえない形で成立できるのかもしれなかった。

「私は渡航する手立てをみつけてくるから、アンタたちは散歩でもしてきなさい」

 そういって、タマは宿屋の前で別れた。まだ宿泊するかどうか決めていないので、宿屋の前が集合場所となる。

「海に行ってみる?」これはボクの方から誘った。

 突堤が築かれていて、波消しブロックもあり、海は比較的穏やかにみえた。ここは突きでた半島のような場所と、そこから入り江になった場所があり、漁港としても発展しやすかったとみえる。輸送船や客船ばかりでなく、漁船でも港がにぎわっていた。もう夕刻に近いので、喧噪はほとんどないけれど、朝だったら漁からもどってきた船でごった返していたはずだ。

「潮の匂いがする……」

 アイはそういって顔を顰める。ボクの暮らしていた街は海まで遠く、アイに海をみせたことはなかった。どうやらこの匂いに馴染めないようで、夕陽の海を眺めてロマンチックに……というわけにはいかないようだ。

 仕方なく、街へともどってくる。

 メイド服姿で客引きをする姿も目立つが、その中で、あまりに異質で、逆に目をひかないよう陰に隠れているような、そんな姿がポツンとあった。その少女はメイド服ではなく、ケモノ耳に上半身は貝殻ブラ、下半身は魚の尾ビレ、という姿はまさに人魚……? ただし歩き易いようにシッポのところから足が二本ニョキッと生えており、また貝殻ブラも水着に張りつけられただけの手作り感満載で、人魚というより半魚人だ。試行錯誤した結果、とんでもない方向に想像力が発揮された……そう、それはマーメイド喫茶だ。

 偶々、目が合ったボクらのところに、いそいそと駆け寄ってくる。

「ご主人様、お嬢様。ぜひウチにいらして下さい」

 まだ小学生ぐらいの少女がそう懇願するのがあまりにも哀れで、ボクとアイの二人もついていくことにする。

 繁華街をぬけ、かなり路地を入った倉庫街のような場所にその店はあった。看板も、手書きで書かれた薄汚い板一枚で、営業しているかどうかも怪しい限りだ。

 この世界にもぼったくりバーがあるのか? アイを後ろにして、ボクが先に踏みこむ。

 そこは一応、喫茶店として営業している店のようだ。ただテーブルは板を打ちつけただけの粗末な代物で、椅子もひろってきた容器をひっくり返し、そのままつかっている。

「ナオミさん、お客さんを連れてきたよ」

 少女が奥へそう声をかけると、少女の母親らしき年配の女性が、少女と同じように手作りの半魚人衣装であらわれた。ただすぐにボクをみつけ、がっかりした表情を浮かべる。

「何だ、人族かい……」

 カナリア国では人族も比較的自由とされるが、それこそ身分は低く、ボクのようにペットという立場に甘んじる者もいる。ただ、ボクは気付いていた。

「君たちも人族だろう?」

 少女がつけていた、ケモノ耳のついたカチューシャを取り上げる。猩族なら、ケモノ耳と髪の毛の質感がほとんど同じなのに、少女のそれは明らかにちがったからだ。

 身分がバレて、半泣きになった少女。ただボクの後から入ってきたアイの姿を見て、母親は目を輝かせた。

「猩族の方、私たちのことを助けてください!」


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