第6話 芸術の街
芸術の街
「ヴィエンケってどんな街?」
元飼い犬で、今はボクのご主人様であるアイに話しかけたつもりだったけれど、そんなボクの問に答えたのはタマだ。
「元はヴィエンという家が築いた、別荘のような場所だったのよ。ヴィエンというのは大富豪でね。そこで生活するうちに商取引が増えて、その周りに町ができて、やがていっぱしの街になった。ヴィエンの家、という意味の街の名前にもなったように、今でもヴィエン家がそこを牛耳っているわ。
でも暴政をしくわけでもなく、比較的自由な気風をたもっている。それに、芸術を奨励し、芸術家を庇護下において自由に活動させたから、ここは芸術の街・ヴィエンケ、なんて呼ばれたりもする。色々と変わった街よ」
今は四人で焚火を囲んでおり、恐らく明日にはヴィエンケの街にたどりつける、というところまで来ていた。
「タマ……さんって、物知りですよね。みんなのリーダーっぽいし」
「私が一番、歳とっているってだけよ」
「え? 年長者? 体は小さいし、幼児体型だし、ネコ耳娘だし……」
「ケンカ売ってる? ここでは体の大きさとか、幼児体型とか、関係ないのよ。……っていうか、タマって言うな!」
「この世界に来て、何年ですか?」
「もう十年は超えたわね。私も歳をとったものよ……」
「化け猫……」これはジャックのチャチャ。
「何でよ! ここでは寿命とか、よく分かっていないのよ。体の大きい方が寿命も長い、とされることもあるけど、人族は自分より体の大きな動物より長生きでしょ。私たちが人族と同じ姿形になったら、一体どれぐらい生きるのか……ってね」
この異世界がどれだけの歴史をもつのか? どうやら統一して歴史を記録する者はいなかったようで、誰も知らないそうだ。ジャックも眠そうにあくびをしながら応じた。
「大体、この世界で十年以上も生きている者は少ないからね。魔獣に殺されたり、猩族同士の争いで殺されたり……。そんな世界で十年も生きつづけているなんて、まさに化け猫って感じだよ。タマは」
「化け猫じゃない! それに、タマっていうな!」
「タマとか、ジャックって名前は、異世界にくる前の?」
ボクの質問に、タマが応じた。
「そうよ。自分でつけたわけじゃないんだからね! こんな古くさくて、そこら辺にある名前は嫌なんだけど……」
「私も、これが男を意味するなんて知らずにそう呼ばれていたから、そのままだ」
ここは異世界と言っても、元の世界とこういう点ではかなり近い関係にあった。記憶もある程度は引き継いでいるらしい。
「でもタマ……さんって、語尾に『ニャ』とかつけないんですね」
「つけていたわよ、ここに来た当初はね。でも、そんなことをして可愛らしさをアピールするのは、若い子だけよ」
「年齢が高いのをみとめたな」
「ちッがうわよ! 大体、アンタたちだって語尾に『ワン』をつけないじゃない。他の猩族だって、語尾に何かつけたりしないでしょ。元ネコの猩族だけが『ニャ』なんてつけているのが馬鹿馬鹿しくなってくるのよ……。誰に媚びているんだって話よね」
ネコのあの鳴き声は、人間向けということだ。ネコ同士で会ったときはもっと太い声で啼くことが知られており、大人になっても食事を与えてくれる相手に、いつまでも子供のときのような声で接することで、その関係をつづけて欲しい、と訴えているのだ。よくネコは孤高の存在とか、自立心が強いとされるけれど、人に飼われた状態で甲高く「ニャ~」と啼いたら、それはもう媚びなのだ。
三人は旧知の間柄で、この辺りでフリーの冒険者をしていることからも、時おり組んで仕事をすることもあったらしい。街道といっても、時に岩山をのぼり、時に川の上にかけられた頼りないつり橋を超えるなど厳しい道のりだった。ただここまでくる間にも、こうしてバカ話をしながらだったので、かなり楽しい旅でもあった。
ただ三日間、怒られつづけたのは……。
「しょっぱい! 私たちを殺す気⁉ こんな塩辛いの、食べられたもんじゃないわ」
「これでも塩が多いですか……。本当に薄味なんですね」
ペットとして、戦わない分もふくめて貢献しようと思ったが、ボクの味付けでは彼女たちには塩辛いようだ。これは宿の食事でも感じたが、動物は基本、あえて塩分をとることはない。牛のような草食動物は岩塩を舐めたりもするけれど、肉食動物は草食動物の血肉から塩分をとるので、あえて塩を入れるとしょっぱさを感じるようだ。
「私はオニさんの料理、好きですよ。昔、私につくってくれたあの美味しいスープ……」
「肉を少し焼いてから、鶏がらスープで煮込んだ奴だろ。アイの分は、そのままご飯を入れてだしたけど、自分が食べる分には塩を足したりして、味を調えていたんだよ。どうやらそれをすると、みんなには塩分が強すぎるようだ」
「あれがあまりに美味しくて、あのカリカリは食べたくなくなりました」
「カリカリってドックフードのこと? 確かにボクも食べたことあるけれど、あれはおいしくなかったよな」
「おいおい、私はあれしか食べていなかったぞ。何だ、損した気分だなぁ」
ジャックはそういってむくれる。ボクも食べて、あまりに美味しくないので、二人きりでいるときは、自分の分と一緒につくって、だすようになった。
「そういえば、両親がさしだしたものを、ボクが『いいよ』って言わない限り、食べようとしなかったけど、何で?」
「だってあの人たち、信用できなかったんですもん」
元々、両親があまり頓着しない人たちで、犬が食べていいかどうかを考えず、アイに与えようとしていた。なので、ボクが一々「いい」「ダメ」を判断していたら、いつのまにかボクがいるときで、かつ「いい」と言わない限り、自分たちが差しだしても食べなくなった、と愚痴を言われたことがあった。
容器に入れておいてもドックフードはあまり減らず、ボクがいて、何かだしてくれるのを待つようにもなった。そのためアイは小食、スレンダーな容姿を保っていた、といえる。動物に味覚はほとんどない、という人もいるが大間違いだ。そしてあればあるだけ食べてしまう、ということもない。美味しいものをお腹いっぱい食べたい……。それはどんな動物だって変わりないのだ。
ヴィエンケ――。
城門、城壁はあるけれど、ヘジャより高くもなく、また頑丈そうには見えない。それどころか、城門の前では胸を露わにした踊り子が、軽快な音楽に合わせて舞いおどる姿もあり、それを観客が眺めている。
「オニさんは見ちゃダメです!」
アイに遮られるも、その踊り子はケモノ耳を生やすわけでもなく、シッポもない。上半身は裸といっても、ストリップといった類ではなく、ダンスをみせる興行といった感じだ。
その人ごみを抜けて、城門へいくと、身分を示しただけですぐに通された。この辺り、自由を標榜する街らしく、ボクもアイのペットということで、すんなり通ることができた。
「カナリア国は人族に厳しくないけど、身の処し方には気をつけなさい。人族はやっぱり身分が低いんだから」
タマもジャックも、そういうことに厳しくないので忘れていたが、この世界では人族の扱いは悪いのだ。気をつけないといけない。
「さて、宿に行ったら解散しましょ。後はみんな、バラバラね」
「え? それでいいの?」ボクも心配になって尋ねる。
「バカねぇ。私たちは街から依頼をうけて、仕事をする。そう何人もいっぺんに雇われることはないから、フリーの冒険者はバラバラに行動した方がいいのよ」
タマにそう説明され、なるほど……と感心した。この街からは、他の街へと通じる道も多くて、ここからなら街道を通って違う街へも移動しやすい。そのため、魔獣によって壊滅させられた街を迂回して、ここまで来たのだ。
そのとき「流迅のタマじゃないか」と声をかけてくる者がいた。
「私はヴィエンケ第一機動部隊、隊長のオレオという。そちらの紹介もいいかな?」
オレオと名乗ったのは、背の高いジャックよりも、さらに背が高く、それと同じぐらい甲冑の中から零れんばかりの大きな胸をほこる女性だった。ケモノ耳はさほど大きくないけれど、ショートカットのブロンド髪の中ではよく目立ち、先端が丸まっていて、聴力を重視した動物ではなさそうだ。シッポも長く、左右にぶらんぶらんと振られるが、何よりその威圧感は相当なものだ。第一機動部隊の隊長というだけに、実力も相当なものなのだろう。
「こっちは美瑯のジャック。こっちは烈炙のアイ。二人ともフリーの冒険者よ」
タマがそう説明すると、オレオは興味深そうに「なるほど、有名な冒険者じゃないか。この街に来てくれるなんて……歓迎するよ。同時に、この街の部隊に入ってくれるとありがたい」
「オレオ……。相変わらず勧誘?」
「冒険者がこの街に来てくれることなんて、滅多にないからね」
「それはこの街の部隊が強すぎて、冒険者を必要としないからでしょ。ここでは冒険者への依頼もないんだから」
「ここの待遇はいいよ。給与は潤沢だし、休暇もとれる。兵士も多いから、何があっても全員で対処できるからね。安全だよ」
「オスみたいな発想ね」
「タマは相変わらず、そういってフリーの冒険者をつづけているんだよね。何度も勧誘しているのに」
「縛られたくないのよ。昔から私は自由だったからね」
あれ? まるで飼い猫でなかったような物言いだけど、タマという名前があるのだから、人とのかかわりはあったはずだ。
「ムリにとは言わない。君たちも、考えておいてくれ」
オレオは愛想よくそういって歩き去った。
「アンタたち二人がどうするかは自由よ。ま、私は軍になんて参加しないけどね。一日経ったら、私はここから出ていく。ここでお別れしましょ。そんなこといっても、またどうせどこかの街で会うんだから」
スカンク国には渡れず、カナリア国にいる限りはどこかで会うこともある。その言葉が支えになったのか、ジャックも「私も行くよ。私はこのまま、ニャコミに行く」
「うわ、アンタ、マジ……」タマは本気で嫌そうな顔をする。
「私にとって、あそこはあまり嫌じゃないからね。ここにいるよりマシさ」
ジャックはそういって、城門から出て行った。タマも宿に消えて、ボクとアイの二人きりになった。
「散歩でもしましょうか」
アイのそんな言葉で、二人で街の中を歩きだす。ボクとしては知らない街だし、案内はあり難いところだが、アイにとってこれは初めての、ちゃんとしたデートでもあった。
ヘジャにいるときは、朝方に浴衣姿のまま散歩をしたりしたけれど、人目を忍んで……という感じだった。ここでは堂々と、二人きりで歩けるのだ。
「この街は芸術家を集めているので、壁といい、地面といい、色彩であふれているんですよ」
建物も少し変わっていて、単に石を積んだり、木を組んだりしただけのヘジャとちがって、おしゃれな建物が多い。その壁や床にも様々な絵画が描かれており、建物のカラフルさとも相まって、中々に華やかな街だ。
商取引は活発と聞いていたが、街で暮らす人の日常生活を売る店はあるけれど、それ以外のものはあまりない。自由の気風には充ち溢れているが、だからといって人々が活発か、というとそんなこともなかった。
アイは隣に並んで歩き、街のことを説明しながら、オニさんと手をつなぐチャンスを狙っていた。オニさんは真面目な人、そうそう簡単に手をだしては来ないだろう。だとすれば、まずは人族がそうするように、ムードを盛り上げて、付き合っているという感じになって、それでオニさん側から積極的になってくれるのを待つ、という作戦だ。
猩族の中では、発情期でもないのに男の人に色目をつかうようなことを『サカっている』として、疎んじる傾向もあった。盛り、つまり色気づく。発情期でもないのに男女交際に積極的なんて、バカにされるようなことなのだ。人族は発情期もなく、年中盛っているので、オニさんの方からその気になってくれれば……そんな願いも込められていた。
街の中心部にはヴィエン家の敷地があって、そこにも柵と門があり、その敷地の中には入れないようになっていた。遠くにみえる屋敷も三階建ての、立派なものだ。
「ヴィエン家は富豪なの?」
「そうですね。カナリア国では五本の指に入るほどの富豪です。カナリア国の中枢、政治的にも力をもつ、とされますね」
そのとき、建物の奥に得体の知れない者がみえた。頭を覆うほどの大きなマスクと、防護服のようなものを着ていて、まるで屋内にいて何かの検査をしているのか、もしくは超潔癖症ということか……。得体が知れない、と感じたのは、広い庭にも他に人気はなく、富豪なのにまるで淋しい廃墟に住む、そんな相手が変な恰好をしている、と感じたからかもしれない。
そこから離れ、城門のところへともどってくると、石に腰を下ろして休んでいる少女をみつけた。先ほど躍っていた少女――。まだ上半身は裸で、下半身にも薄い下着のようなものに、ヴェールのような透き通った布をまとうだけだ。そんな格好なのに、アイとボクの二人が近づいても隠そうとしない。黒髪に、肌はやや浅黒く、痩せこけているのは美容のためか、体に自信があるから隠さないのか……。
「オニさん、ダメですよ」
近づくボクを、アイが制しようとするが、ボクには気になることがあった。
「あなたは……人族?」
顔を上げた少女は、笑顔もなく応じた。
「……ん? あぁ、あんたも人族かい。いいご主人様をみつけたみたいだね。つながれていないなんて」
「君だってつながれていないじゃないか」
「私はもう逃げださない、と思われているだけよ。従順に、こうして命令通り、お客さんの前で芸をみせて、お金を稼いでいる」
「そんな格好で?」
「ここでは裸なんて、誰にも喜ばれたりしないわよ。でも発情期には注意した方がいいわね。見境のなくなるオスがいるし。これはボディラインがよく見えるように……ってだけで、性的な意味はないのよ」
人族はペットとしかみなされていない。ペットの裸なんてみても、誰も興味ない、ということか……。そして、そうやって裸で踊るうち、羞恥心も失った……。同じ人族を前にしても、隠そうともしないのだから。
「あなたは今、幸せですか?」
「幸せ? ペットや、私たちのように見世物にされる者に、幸せなんてあるの?」
その問いは重かった。
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