第4話 衝突

   衝突


 多数の兵士たちに囲まれ、しかも明らかに殺気立っていた。ボクに抱きついていたアイも、周辺の緊張に気づいてさっと体を離し、剣をもって立ち向かう姿勢をとる。

 どうやら人族のボクがいる、というだけでそれはすでに兵を動かしてでも何とかしないといけない問題、ということ。ボクにはどうすることもできないし、きっとそれはアイも同じことだろう。だから剣を手に、戦って切り抜けるしか……、そう覚悟を決めた。そんな緊張感がヒシヒシと伝わってくる。猩族同士の争いを嫌っていたアイが、そこまで追いこまれたのもすべてボクのせい……。

「あらあら、本当にいいのかしら? ヘジャの城主、セイリュウさん」

 そのときアイと兵士たちの間、一触即発の雰囲気すらただよう修羅の巷に、割って入ってきたのは流迅のタマだ。兵士たちの後ろに立つ、背が高く、鬣を靡かせる顔の長い男に向かって語り掛けるよう喋りだす。

「この街は戦いを控えていて、少しでも戦力を欲している。今ここで、烈炙のアイを失うことになって、拠点防衛ができるのかしら? それに彼女と戦うことになったら、兵士だって無事じゃ済まないわよ。それとも魔獣と戦う前から、仲間割れによって戦力を目減りさせ、職務を放棄するつもり?」

 セイリュウと呼ばれた男は、まったく表情を変えることがない。むしろボクをロックオンしたまま、タマの語りかけに応じた。

「それでもこの街に人族がいることは、容認できん!」

 それは頑なで、説得も聞き入れない態度だった。タマは大仰に手を広げた。

「アイが今度の作戦に加わらないなら、私もこの街を出ていくわ。だって勝てる見込みがないんだもの。ま、それでもいいなら、おやりなさい。その代わり、私も後足で砂をかけることをさせてもらうわよ」

 迷惑をかけた上、さらに厄介ごとを起こす、とそれは告げていた。事態をまったく把握していないはずの、美瑯のジャックも「じゃあ、私も抜ける」と言い出した。

 兵士も減らされた上、助っ人が三人も抜けたら大変だ。セイリュウの顔にも焦りがみえる。

「私たち三人、橋を渡って対岸に行くから、それさえ見逃してくれればいいのよ」

 タマはそう告げると、兵士にかこまれている中を、橋に向かって歩きだす。助っ人として召集されたアイ、タマ、ジャックの三人は、ボクを中心に囲みを破って橋を渡っていった。


「どうしてくれるの! どうしてくれるの! どうしてくれるのよ⁉」

 タマはそういって、テーブルをバンバン叩く。

「まぁまぁ、そういうな」ジャックにそうあしらわれそうになり、タマはきっと睨む。

「元はと言えば、アンタが紛らわしいことをしたからでしょうが!」

「私は偶々、川に落とされそうになっていた人族をみつけ、助けただけだよ」

「それを誤解したアイもアイだけど、人族をスカンク国に連れてくるなんて……」

「処理に困ってね。どうしたもんかと、連れて行った」

「スカンク国に人族なんて連れていったら、殺されるに決まっているでしょ!」

 タマにそう告げられ、ジャックは横を向いて知らん顔を決めこんでいる。

「アイも勘違いするし……。ま、あの状況では責められないけど、アンタがそんなにペットに入れこむなんてね……」

 アイの後ろにボクは控えているが、アイはタマとジャックと同じテーブルにすわり、無言のままだ。ここは宿屋にある食堂であり、人族は入れないはずなのだが、さすがに冒険者が三人も集まり、会議するということで、ペット一匹が入ることを赦された。夕刻の騒動はここまで響いており、特例という形である。

「ま、こうなっちゃったもんは仕方ないわ。これからのことを考えましょ。アイは、この街に協力して戦うつもりは、まだある?」

 アイは静かに頷く。フリーの冒険者は、街と契約してお金をもらうことを生業とする。いくら一時敵対したとはいえ、そうそう簡単に街をでていくこともできない。

「今回は、この街に人族を虐げようとしたって負い目もあるし、どうせなら交渉材料として、報酬の上乗せを迫るっていうのもいいわねぇ」

「戦うのはいいが、勝てるのかい?」

 ジャックはそういって、目の前にある料理を口にはこぶ。肉と野菜とお米を炒めた、チャーハンのようだけれど、圧倒的に具が多い料理であり、肉食である彼女たちのための料理といえる。ボクはテーブルにつくことは赦されていないので、床にすわったまま、アイがとり分けてくれたものをヒザの上に置いて食べていた。

「今回の魔獣の群れは規模が大きい。下手をすれば橋を切り落として、スカンク国はこちら側の町を放棄するつもりよ」

「やれやれ。私たちは捨て駒かい?」

「それはこの街を防衛するため、こちら岸に配備される兵士の士気にもかかわる……ってことで、じゃあ撤退の合図はどうするんだ。やれ、我々の部隊はそちら側の警備にはつきたくないだの、もう紛糾よ。アンタが一日遅れてきたのは、正解だったかもしれないわ」

「予測では明日だろ。魔獣の襲撃がありそうなのは。私たちみたいなフリーの冒険者がやってくるのは、一日前ぐらいで十分なんだよ」

「アンタがずぼらなだけでしょうが! 問題はこっちね……。アンタ、その人族を置いておいて、本当に戦えるの?」

 アイはチラッとふり向くと、不安そうな表情を浮かべる。力のないボクを一人にして、戦うことに不安を感じている様子がうかがえた。

「アンタたち二人で魔獣を蹴散らして、私と兵士で拠点防衛をする。それ以外、ここが生き残る道はないわ。どちらが欠けても、支えきれなくなる」

「私の方は任せてくれ!」

 ジャックはそういって胸を叩くが、タマはじとっとした目で睨んだ。

「混乱を生んだ原因はアンタなんだから、倍以上の働きをしてくれないと、お釣りもでないわよ」

 タマは思慮深く、俯き加減で説明する。

「今のところ、やっておくべきことは三点ね。まず、その人族の安全確保を、この街に約束させる。二つめは報酬の上乗せ。三つめは戦略の確認。私たちを切ったら、もう二度とこの街には協力しないっていうことを口酸っぱく言っておくこと、だね」

 タマはそういうと、宿のカバ女主人のところに言って、しばらく話しこむ。この宿とて軍の管轄下であり、すべて軍に筒抜けだ。

「とにかく、その答えを待ちましょ。私たちがどうするか決めるのは、それからでも……」

 しかしそんな余裕は残されていなかった。警報が響きわたったのだ。

「魔獣、襲来!」


 ボクとアイの二人は、地下のペット用浴室にいた。

「オニさんはここにいて下さい。扉を閉めて、私以外の者がきても、絶対に開けないで!」

 心配してくれていることが分かる。ここに味方はいない。魔獣が襲ってきたら、誰も守ってくれないと思った方がいい。それどころか、ボクを犠牲にして自分たちが生き残るぐらいのことは、造作もなくやってのけるだろう。だから警報が鳴ったとき、すぐにアイはボクの手をとってここまで引っ張ってきたのだ。

「私、もうオニさんと離れるのは嫌です! オニさん……」

 胸にとびこんできて、強く抱きしめてくる。ボクが出かけようとすると、不安そうな表情を浮かべていたアイ。離れ離れになることをいつも恐れていた。異世界にきて三年近く、一人で過ごしたことで少しは強くなったかと思っていたが、今もあのころのまま。むしろボクが殺されかけたことで、不安な気持ちを思い出してしまったのかもしれない。

「オニさん……」

 うるんだ瞳でみつめてくる。小さく開いた口は、それ以上何かを語ろうとはしない。むしろそこに重ねてくれるのを待つように、じっと何かを訴えているようだ。もしこのまま殺されることになったら……。ボクもそっと顔を近づける。

「ちょっと! 何しているのよッ⁉」

 その声で、慌てて二人は体を離した。そのときドアを開け放ったのは、タマである。

「アンタがここを守らない限り、私たちは全員、危ないんだから! さっさと来る!」

「嫌! 私はオニさんといる!」

 駄々っ子のように、ボクにすがりつくアイに、タマも驚いた様子だったが、意を決したように告げた。

「この人族は、私が守る。私の傍に置いておく。この街の兵士には渡さない。だから、アンタは魔獣を蹴散らして、この街を守りなさい……いいえ、人族であるこいつを守るために戦ってきなさい!」

 アイはそれでも不安そうに、ボクを見上げてきた。

「大丈夫。ボクもいざとなったら、この人と一緒に逃げるから」

「大丈夫……」アイはぐっと拳を固めた。

「…………。お別れは言いません。私はもどってきますから」

 それだけを告げると、アイは悲愴な決意をもって、そこから出て行った。

「君はいいのかい、タマ?」

 ボクがそうタマに声をかけると、彼女は軽く肩をすくめた。

「私だって人族と一緒になんて、いたくないわよ。何でお荷物のアンタなんか……。でも、あの子がやる気をだしてくれないと、本当にヤバイんだから……って、タマって呼ぶな!」


「お、来たね」

 城門の上にいたジャックは、上がってきたアイをみて、そう語りかける。

「魔獣は?」

「オオカミ型が三百を超えるかな。ゴーレムも雑じっているし、バッファロー型の魔獣が、城門を突破しようと整列しているよ。総勢、二千ってところか」

 この街の兵士の数は、かき集めても三百、魔獣の群れでは太刀打ちできない。一騎当千ともされる彼女たち二人が加わったところで、すでに命もなく、猩族や人族を襲うとの本能だけで動きまわる魔獣を相手では、かなり苦しい戦いといえた。

 しかも、魔獣は群れることはほとんどないが、こうして集団を形成し始めると厄介な相手でもある。まるで集団としての意思統一が為されたように、街をつぶすという目的のために攻撃してくるからだ。すでに隣の街が襲われ、こちらに向かっていることが判明していたため、アイたちが緊急招集されたのだった。

「作戦はどうする……って、私らにそんなもん、必要ないか。暴れて、殺して、報酬をもらって祝杯だ!」

 ジャックはそういって、とりだした筒をくるくる回すと、それが二メートルを超える長さの槍へと変わった。

「先走らせてもらうよ」

 突っこんできたバッファロー型の魔獣に向かって、ジャックは飛び降りた。城門の前に立ち塞がると「漸次紅裙烈破!」

 激しく槍をつきだし、犠牲を厭わず襲ってくる魔獣に突きたてるが、その槍先の動きが見えないほどに、まるで加速でもするように一突き一突きが鋭さを増していく。右手で槍をもち、左手を添えて、それで正確に、細かく突きをくりだすのだが、摩擦を失ってより早く、鋭くなっていくようであり、次々と魔獣を倒していく。

 アイは飛び上がると、城門を突破しようとする魔獣を超えて、オオカミ型の多くいる後方の魔獣の前に立ち塞がった。

 すらりと剣を抜き、それを魔獣へ向ける。「ブレイジング・シザーッ‼」

 一閃したその剣先から、まるで光のようなものが放たれ、目の前にいる魔獣たちの首を薙ぎ払っていく。

 タマとともに城門の上へと上がってきたボクは、その戦いを見て、目を丸くしていた。

「これが魔法……?」

「あの二人の戦い方はちょっとちがう。ジャックはあくまで槍使い。魔法をつかっているわけじゃなくて、あれはスキル。槍術をより高めるための技ってこと。でもアイは魔法剣士。魔法と剣技を織り交ぜた業。通常、魔法剣士っていったら、魔法に頼ってそれほど剣技を重視したりしないんだけど、あの子はちがう。剣技そのものが卓越していて、それに魔法を織り交ぜるから、誰からも一目置かれている」

 タマはそう説明してみせた。

「でもね、よく見てなさい。あの子は『死にたがり』とも呼ばれていて、作戦を無視して敵の中でも突っこんでいっちゃう。それが頼もしくもあるんだけど……。作戦を無視するってところが、あまり好かれていなくてね」

 確かに、門を守るという役目をはたしているジャックと比べ、魔獣の中に斬りこんだアイは自由に戦っている印象だ。自由とはすなわち、都市防衛ではなく、殲滅戦を展開している、ということになる。

「でも優勢じゃないですか」

「魔獣はクラスターになると、自由意志を失い、群れとしての行動をとりはじめる。だから戦い易い……でも、問題はその後。魔獣の数が減り、クラスターが崩れ、束縛を解かれてからなのよ……」

 規律のとれた行動は御しやすいけれど、本能の赴くまま、勝手に動きだすと厄介――。

「おい、いたぞ! あの人族を捕らえろ! 城主の命令だ。こっちに来い!」

 城門へと上がってきた兵士たちが、ボクへと殺到してくる。ボクを捕まえればアイが命令を聞き、死に物狂いで戦うだろう……とでも考えたのか、城兵が魔獣と戦うのではなく、ボクを襲ってきた。

「これだからスカンク国って……。私は、アンタを守りたくて、守っているわけじゃないんだからね! 大地の果て……、そこに見るは壁……、誰も過ぎ越せぬもの、未踏の壁(エンド・オブ・ウォール)!」

 タマがそうつぶやくと、そこに壁でもできたように、兵士たちが城壁の上にいる二人に近づいてこられなくなった。

「私は魔導士、魔法しかつかえないけど、アイと約束しちゃったからね。人族を守るなんて日がくるとは思っていなかったけど、あの子が戦う意味を失わせるわけにはいかないのよ」

 円筒形の光の檻に入っているみたいで、周りにいる城兵たちは、手も出せずにじたばたするのみだ。

 アイとジャックの二人だけですべての魔獣を蹴散らしそうな勢いであり、ボクもタマに守られ、何とか無事でいられそう……と思ったのも束の間だった。

「城壁を超えられたぞ!」という声が聞こえてきた。城門を突破するばかりでなく、迂回した魔獣の部隊が城壁を超えて、この街へと入ってきたのだ。城兵たちも慌てて魔獣を食い止めようと行ってしまった。

 だが、それだけではなかった。「火の手……橋が⁉」

 タマの指さす方をみると、木製の橋に火がつけられ、切り落とされようとしていた。そう、こちら岸で戦っている者は、見捨てられたのだ。向こう岸に魔獣を渡らせないようにするために……。

「やりやがった、セイリュウめぇ~ッ‼」

 憤るタマだったけれど、見捨てられたボクたちは、魔獣を殲滅させない限り、生き残れなくなったことも間違いなかった。

「アイ……」ボクも心配でつぶやく。修羅のように戦い続けるアイのことが、今は離れて見えなくなってしまっているだけに、余計に不安を覚えるばかりだった。


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