3-5 着陸

「そろそろ着陸するよ。多分大丈夫だと思うけど、一応衝撃に備えといた方がいいかも」

 俺達に忠告の言葉を投げかけるのは、二つ結びの女、柊。

 場所はM.Aの地下、つまり飛行艇の内部。狭い空間の中で椅子に座り、耐衝撃性ベルトを身体に締めた状態で、俺と七香、そして柊は地上への着陸の時を待っていた。

「……信用していいと思いますか?」

「まさか。警戒しない理由はない」

 俺の口にしたM.A脱出の理由に、再び停戦を主張したのは他でもない柊だった。更にそれどころか、柊は俺達と『Y』に対抗するための協力関係を結ぼうとまで提案していた。

 実際のところ、俺もこのままM.Aを出て『Y』に足を踏み入れれば、目的に辿り着くまでに争いは避けられないだろうと見ている。M.Aとしても『Y』の拠点に降下して無事で済む可能性は低く、共に『Y』との対立を控えているという点で言えば、十分に協力関係は成立しうる事にはなる。

 ただ、それは表向きの事情だ。

 そもそも、俺達が信用する、しない以前に、M.A側に俺達を信用する理由がない。あくまで俺が口で語っただけの目的を頭から信じてくれるわけもなく、だとすれば『Y』のスパイである可能性の残る俺達と全面的な協力関係を結ぶのはリスクが大きすぎる。

 よって、M.A側の俺達への対応としては、利用できる内は利用し、その後に排除。あるいは、それ以前に最初から騙して排除するというようなものになるだろう。四方どころか上方、下方まで囲まれた閉鎖空間にいる現状など、まったくもって危険極まりない。

「そう言えば、枯木さんは一緒じゃないんだねー」

 俺達の警戒を余所に、柊は軽い調子でこちらに声を掛けてくる。閉鎖された空間に二人と一人、この場だけ切り取ればより危険なのは柊の方であるはずだが、特に警戒する様子を表に出すわけでもない。

「質問を誘わなくても、話したいならどうぞ」

「うわ、ひどっ。そんな言い方されたら恥ずかしいじゃん」

 俺の名を呼んだ事に始まり、柊はある程度まで俺の事を知っているような素振りを見せているが、あまりにあからさま過ぎて理由を聞いてやる気にはならない。

「まぁ、言うけど。私と君は前に会ってるんだよ、雨宮くん。枯木さんの襲撃訓練の時の襲撃役、あれが私ってわけ」

「……あー」

 碧の受けた襲撃訓練、その襲撃者役。あの時の相手は髪を結んでおらず、口元も黒いマスクで隠していたが、言われてみれば声や目に覚えがある気がしないでもない。

「えっ、反応薄くない?」

「一度会っただけの相手への反応なんてこんなもんだろ。七香じゃあるまいし」

「ちょっと! ネタにするのやめてください!」

「でも、実際似たようなものか。あの時、俺名乗ってないし」

 一度助けられただけで数年も俺の顔を鮮明に記憶していた七香ほどとは言わないが、襲撃訓練のおまけで顔を合わせただけの相手の名前を調べていた柊も、それなり以上には俺への関心がありすぎる。

「そっかー、気にしてたのは私だけか。残念」

「……どういう事ですか? どうして悠さんに目を?」

「どうして、ね……何となく、面白そうだったからかな。結果的には、思ってたのとは違う形で面白い事になったけど」

 柊は何やらこの状況を面白がっているようだが、俺としては目を付けられていたというのはあまり嬉しくない。襲撃を装った訓練の場での事、仕方ないと言えばそこまでだが。

「そういえば、君は? 君も雨宮くんと同じ『集団』の生き残りなの?」

「違います。私はただの、悠さんの協力者です」

 はぐらかした、というよりも、そこまでが七香の語れる全てだろう。実際のところ、現在の俺と七香の関係性は、七香が一方的かつ全面的に俺に協力しているというだけだ。

「へぇ……名前は?」

「白波七香。あなたは?」

「あれ、まだ名乗ってなかったっけ。私は柊渚。よろしくね」

 七香はあえて名前を隠すでもなく、柊もそれに名乗りで返す。

「ちなみに、雨宮くんのいた『集団』ってどこ?」

「言って得する気はしないから言わない」

 柊は一貫して俺達に対して気安いが、決して友人や仲間ではなく、こちらとしては何でも話せる相手には程遠い。

 対変異者集団、あるいは変異者集団であっても、その集団ごとに戦法や技術にある程度の特色がある場合が多い。それを知られれば、対策を立てられる事もあるだろう。

「M.Aには『Y』を含めたありとあらゆる『集団』の情報がある。雨宮くんのいた『集団』を教えてくれれば、その『集団』を滅ぼした変異体ってのも絞り込めるかもよ」

「……なるほど」

 たしかに、柊の言ったような事も、俺がM.Aを『Y』までの移動手段に選んだ理由の一つではあった。

 国際変異者管理機関M.Aは、世界で最も変異者についての情報を持った集団と言われている。その情報を探り、目的の変異体について調べる事も目的の一つではあったが、結局のところ予備生の立場で得られた情報の中に役に立ちそうなものはなかった。

「俺がいたのは、『宵月の民』だ」

 だから、ここは柊の問いに答えておく事にした。

「『宵月の民』? へぇ……道理で強いわけだ。でも、それなら、『宵月の民』が壊滅したってのは本当だったんだ」

「その様子だと、話しただけ無駄だったみたいだな」

 今になって『宵月の民』が滅びたことを知った柊が、それを滅ぼした相手を知っているわけがない。それほど期待はしていなかったが、やはり期待外れの結果に終わった。

「ごめんねー、でも、代わりにいくつか『Y』についての情報をあげるよ」

「くれるならもらっておこう」

「『Y』は今、主力の変異者、変異体の大半が拠点を離れて、対変異者集団『銀の矢』に襲撃を仕掛けてる……らしいよ」

「情報元は?」

「潜入者への拷問。もちろんそれだけじゃなく、元々あった情報と擦り合わせて引き出した証言だから、出任せってわけでもないと思うけどね」

 特定変異体集団『Y』は、M.A日本支部にとっては国内における最大の脅威だ。常に監視、調査は続けているはずで、そこに拷問を合わせた情報なら確度は高い。

「それでは、悠さんの目的の変異体も外に出ているのでは?」

「その可能性もあるね。『宵月の民』の例と同じなら、その変異体の役割は襲撃班って事になるし。もちろん、その時によって分担が違って、今は拠点にいる可能性もあるけど」

 問いを口にしたのは七香、返す柊も否定はしなかった。

「なんでそれを俺に話したんだ?」

「何かしら情報を交換しないと、信頼を失っちゃうでしょ?」

「だとしても、内容が悪い。目標が外にいるなら、俺がここで『Y』から逃げ出す事を選ぶかもしれない。そうなれば、お前達との協力関係も終わりだ」

 俺の目的はただ一人の変異体、それ以外の『Y』の連中には然程興味はない。

「それはないでしょ。可能性があれば雨宮くんは行く。そうじゃなければ、わざわざM.Aに潜入して、その上で脱出までするような危険を侵すわけがない」

 だが、柊は迷う事なくそう断言した。

「へぇ……」

「違った?」

「いや、当たってる」

 柊の情報を信じるとして、それでも目的の変異体が『Y』の拠点に残っている可能性は十分にある。すでにM.Aからの脱出を試み、それが明るみになった立場。可能性が少しでもあるのなら、今更次の機を待つ意味は薄い。

 もっとも、柊にそこまで俺の心中を把握されているというのは意外だったが。

「悠さん、私からも一つ質問してもいいですか?」

 柊に続いて、俺に問うのは七香。

「答えるかどうかはともかく、好きに聞いてくれ」

「『Y』に向かうまではいいです。でも、どうして目的が変異体一人だけなんですか? 滅ぼされた『宵月の民』の復讐をするためなら――」

「ああ、言ってなかったか? 俺は別に『宵月の民』の復讐をするつもりはないんだよ」

 七香の問いを、その途中で遮る。

「そもそも、俺は正確には『宵月の民』じゃないからな。物心ついた時から、俺の名前は雨宮悠で、宵月悠じゃない」

『宵月の民』は、宵月の姓を持つ者で構成された対変異者集団だ。だが、俺の雨宮悠という名は偽名などではなく、つまり俺は『宵月の民』ではない。

「でも……なら、どうして『宵月の民』に?」

「さぁ、俺は『宵月の民』の拠点に入る以前の事は覚えてないし。ただ、多分どこかの変異者集団から攫ったか、もしくは滅ぼした集団の生き残りとして保護でもしたんじゃないか?」

『宵月の民』が対変異者集団である以上、部外者であり子供の頃からそこにいた俺の事情として思いつくのはそのくらいだ。

「でも、定義なんかに大した意味はないでしょ。君が厳密に言えば『宵月の民』じゃなかったとしても、その一員として過ごしてたなら、『宵月の民』が滅ぼされた復讐をしてもおかしくない」

「それ、わかってて言ってるだろ」

「あ、気付いた?」

「どういう事ですか?」

 意地悪く笑う柊とは違い、七香は意外にも勘が悪かった。

「『宵月の民』では、俺は異物だった。つまり集団の人間と仲睦まじい関係なんて結んでなかったし、そいつらが殺されようと復讐なんて考えないって事」

「あ……すいません」

 懇切丁寧に説明してやると、流石に七香も理解したようで、表情に陰を落とす。

「気にするな。俺は気にしてないし、気にしてたら話さない」

 しかし、実際には、俺は七香の想像したであろうほど酷い目に合っていたわけではない。『宵月の民』の俺への態度は一貫して道具へのそれで、悪い意味だけでなく良い意味でも感情的な対応をされる事はなかった。だから、『宵月の民』を滅ぼされた復讐を考えはしないまでも、滅ぼした者に恩返しのような事をしたいわけでもない。

「……でも、それなら、なおさらどうしてその変異体を?」

 やや間を置いて、七香は本題を思い出したように当初の問いを口にした。

「どうして、か……」

 俺の目的は『Y』の変異体ただ一人。だが、その変異体に執着する理由は――

「――それを、たしかめるためかな」

「えっ? それは、どういう――」

「あっ、来るよ。舌噛まないように一旦黙ろう」

 俺と七香の問答、そして俺の自問自答を、着陸寸前を知らせるアナウンスと柊の警告が中断させる。

 それから十数秒後、身体を襲ったのはごく小さな振動だった。おそらく着陸は成功、備えるほどでもなかった衝撃を最後にM.Aは停止し、その旨を伝えるアナウンスが流れ始める。

「……あら、こんなもんか。じゃあ、外行こっか」

 柊も拍子抜けといった表情で、しかしすぐに耐衝撃性ベルトを外し立ち上がると、飛行艇の上部、M.A表層部へ続く階段へと向かっていく。

「待ってください。私が先に出ます」

 それを止めたのは、七香だった。

 柊が先に外に出れば、一瞬だが俺と七香だけが密閉空間に残される形となる。そこからの殲滅を避けるため、七香は柊を人質にできる形を保とうとしたのだろう。

「いいよ、どうぞ」

 柊もそれをわかってか、あっさりと七香に先を譲る。

「では、お先に――」

 そして七香の向かった先、開いた階段の上部には、無骨な直剣を構えた小柄な少年の姿があった。

「怯えないでほしい。こちらもあくまで備え、手を出されなければ何もしない」

 即座に懐から短剣を二本、両手に抜いて構えた七香を止めたのは少年の声。

「いや、それは無理でしょ。だから、刺激しないようにって言ったのに」

「……チッ、生きてたか、柊」

「うわっ、露骨に傷つけようとしてる!」

「いや。ただ、本音を抑えてないだけだ」

「追い打ちはいいから!」

 少年と言葉を交わしながら外に向かう柊のすぐ後に、俺も付けていく。

 飛行艇の外、繋がっていたのは入った時と同じく工場内の床。すでに日のほぼ沈んだ薄闇の中、一見する限りではそこに待っていたのは冷たい目をした少年一人のみ。俺達を嵌め殺すつもりだとすれば、流石に数が足りない。

「それより、進藤くんは何しに来たの?」

「お前の目付役だ」

「雨宮くん達のじゃなくて?」

「それはお前の役目だ。俺はお前がそれを果たせるか、果たすつもりがあるかを見る」

「相変わらず容赦ないねー」

 進藤と呼ばれた少年の言葉をそのまま受け取れば、M.Aは柊が手綱を握る形で俺達と協力関係を結ぶ事を許容している。ただし、そもそもの柊が裏切る可能性もあると考慮した上で、この場に進藤が寄越されたという事だろう。特別に柊が信頼されていないのか、それとも相互監視が基本なのかまではわからないが。

「それで、お前は彼らをどう使うつもりだ?」

「もちろん、『Y』の拠点に突っ込ませる。っていうか、私達も突っ込むんだけどね」

「尖兵か。妥当ではあるが……そちらの合意は取っているのか?」

「全然。初耳」

 柊と進藤の間でいきなり戦術についての意見交換が始まるも、俺達はまだ前提すら理解してはいなかった。

「そもそも、M.Aは『Y』に攻め込むのか?」

「え? 言ったじゃん、協力関係を結ぶって」

「俺達が『Y』に向かうだけでも、ある程度の注意は引ける。その隙にM.Aが再浮上までの準備を整える、程度の事でも協力関係にはなるだろ」

「あー、違う違う。私達と雨宮くん達の協力関係っていうのは、文字通り協力して『Y』と戦うっていう事だよ」

 柊は気楽に言ってのけるが、それは客観的に見て相当な大事だった。

「正気ですか? 『Y』は国内最大の変異体集団です、その場の流れで衝突を選べるような相手ではないでしょう」

「じゃあ、流れじゃないって事でしょ」

 七香の言葉が正論、しかし柊はその前提自体を覆す。

「そもそも、どうしてM.Aが『Y』に降下したと思う?」

「……潜入者がそうなるように細工を施したから、ではないんですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。前者なら『Y』に攻め込むのはその場の流れって事になるけど、後者、例えばM.A上層部が自発的に『Y』への着陸を決めたんだとしたら?」

「だとしたら、タイミングが良すぎます」

「じゃあ、潜入者はきっかけだったのかも。潜入者から拷問で引き出した情報を元に『Y』を攻める事にしたんだとすれば、辻褄は合わない?」

 柊はまさに先程、潜入者への拷問から『Y』の主力の変異者、変異体が外に出ている情報を得たという話をしていた。それを引き金にM.Aが『Y』への全面攻撃を決めたとしても理屈としてはおかしくない。

「その話し方だと、柊もM.A上層部の決定は知らないのか?」

 ただし、柊の語ったのは仮定だった。本人は半ば確信している様子だが、柊の語り口では自分も真相は知らないと言っているように聞こえる。

「M.Aは情報統制の厳しい組織だからね。一介の職員でしかない私には、断片的な情報と指示が与えられるだけだよ。それで、今回私に与えられた情報は『Y』の拠点についての基礎情報くらい。指示は『Y』を殲滅しろ、って事だけ」

 M.A.R予備生の身では不自然なほどに情報が遠ざけられていると感じてはいたが、どうやらM.A職員であってもそれはあまり変わらないらしい。

 歪な組織だ、とは思うが、それは俺が最初からM.Aという組織に対して抱いていた印象と何も変わらない。国際変異者管理機関を名乗る組織の変異者に対する扱いなど、その程度のものなのだろう。

「それで、結局、作戦は突っ込むのでいい?」

「拠点の事情も知らずに何を判断しろって?」

「あー、そっか。じゃあ、地図とか見せよっか」

 柊にもM.Aという組織に似て言葉足らずなところがあるが、おそらくこちらは単なる本人の性質によるものだろう。

「急げ、というより先に説明しておけ。お前達が尖兵なら、お前達が動くまで他は待機し続ける事になる」

 口を挟むのは進藤、これは完全に正論だった。

「別に待たせなくてもいいよ。むしろ、やり合ってる中を抜けてった方が集中砲火されるよりは楽だろうし」

「……なら、遊撃隊という事で報告しておく」

「うん、じゃあそれで。話を戻して、この地図の赤くなってるところが――っと」

 電子端末の画面に映した地図を示して説明しようとした柊の声が、すでに聞き慣れた感すらあるM.Aの警報に遮られる。

『職員、及び予備生各員に告ぐ。地上、南南東の方角から外部の者が『壁』を越えてM.A内部に侵入。付近の予備生、及び四等以下の職員は規定の避難場所へと退避されたし。繰り返す――』

「……見ろ、先手を取られた」

「いや、私のせいじゃないでしょ、これは! っていうか早すぎない?」

 警報に続いた報告に、柊と進藤が顔をしかめる。たしかに、すでに『Y』の変異者に侵入されたのであれば、M.Aの地上への着陸から侵入までは早すぎる。

「それより、どうする? 南南東ってちょうどこの辺りでしょ、止める?」

「判断はお前がしろ。俺はあくまでそれを見張るだけだ」

「うわっ、使えなっ!」

 柊が対応を考え、進藤はそれに口を出さない。M.A上層部からは指示と情報のみが与えられるとは言っても、柊の判断で俺達との停戦がなされたように、ある程度の裁量は現場に任せられているのだろう。

「じゃあ、どうする、雨宮くん? 止めにいく?」

「俺が決めていいの?」

「まぁ、私はどっちでもいいし」

「それなら、少し侵入者を見てみたいな」

 M.Aの防衛などに興味はないが、報告が『侵入者』と呼んでいたのが気に掛かる。『侵入者達』でないという事は相手は一人、と断言するのはやりすぎだろうが、仮に単騎でM.Aに乗り込んできた狂人だとすれば、一目確認しておきたい。

「うん、じゃあそうしよっか。進藤くんと白波さんもそれで――」

 瞬間、悲鳴が聞こえた。

 方角は南南東、つまり侵入者の位置と考えるのが妥当だろう。距離はおそらく至近、工場を出てから数十秒と経たずに辿り着ける程度。

 壁から首だけを出して悲鳴の方向を確認すると、そこには薄闇の中でも一目でわかる血の海があった。

 ただ、問題はそこではない。

「――っ」

 一瞬で、少女の姿が視界を埋め尽くす。

 薄く緑掛かった白髪。小柄な身体を覆う、破れ、穴の空いた襤褸布のような黒衣。暗い両眼は真円をかたどるように大きく開かれ、小さく整った口元からは一切の感情が読み取れない。そしてその全てが、朱に上塗りされている。

 見覚えのある、なんて表現では全く足りない。その少女の姿は、俺の脳裏に刻みつけられた最も重要な記憶、その中のものと完全に一致していた。

 迫り来る少女の姿。構えるのは両腕、足は後退を選び対処までの時間を作る。だが、それで稼げるのは一瞬にも満たない時間。だから両腕の短剣で突進を捌き、刺し返して殺すしかない。

 慣れた動作、惑う必要はない。そのはずなのに、心臓が大きく脈を打つ。交錯までの瞬間がやけに長く感じられ、あまりに長すぎると感じた時には、すでに少女は俺の目の前を通り過ぎていた。

 無視された。というよりも、邪魔をしない相手を殺す必要はないという事だろうか。俺が一歩を退いて開けた空間を、少女はそのまま抜けてしまっていた。

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