3-2 選別の危機
「結局、私の部屋には来ないんですか?」
いつもの昼食時、いつものように席を同じくしていた七香がいつものように口を開く。
「まぁ、とりあえず碧の部屋が変わらない限りは」
「そこが変なんですよね。悠さんは菱垣さんに負けたんでしょう?」
「その話は、もう一通りしただろ」
菱垣との疑似決闘、その後の『Y』の蜂起まで、七香にはすでに一通りの顛末は話し終えていた。一通りとは言っても当然、潜入者との交戦は全て抹消。M.Aの公的な発表通りただ避難している内に全て終わっていた事にしたため、七香の俺、ついでに碧に対する態度は以前と何も変わらないはずだが。
「それが嘘なんじゃないか、って言ってるんですよ」
もっとも、以前と変わらないという事は、七香が俺に対して抱いていた疑念もそのままだという事だ。七香は何も無ければその疑問を口に出すようなタイプではないが、菱垣との疑似決闘も潜入者からの避難も、何もないというにはたしかにキナ臭い。というより、実際のところ色々とあった。
「悠さんが負けた後、枯木さんと菱垣さんが戦う事になったんでしょう? それが一度流れたのはいいとして、なんで今になっても後回しになってるんです?」
七香の口にした問いは、わざわざ今になって話を掘り返してきた理由でもあるのだろう。
「俺に聞かれても」
「私の仮説はこうです。悠さんが菱垣さんに負けたというのは本当。ですが、その後に潜入者を撃退して見せた事で、悠さんが本気でなかった事を知った菱垣さんが負けを認めた」
「惜しい、前半までは合ってる」
「前半って……じゃあ、実際のところはどうなんですか?」
「だから、俺もわかんないんだって。菱垣が気分を変えたか、碧が裏で手回しでもしたかのどっちかだろうけど」
俺自身も今一つ把握していない事情には、当然ながらまともな答えは返せない。
「……まぁ、いいですけど」
俺が答えを持っていない事に気付いたのか、七香は話を切り上げた。
「第三回能力検査、もうすぐですね」
「あー、早いな」
「そうですね、月に一度ですから」
七香の口にした話題は、二日後に迫る第三回能力検査について。
月に一度の検査というのは、わかっていても中々に間隔が短い。検査内容は基本的に毎回同じため、いわゆる学校機関の試験のように検査ごとに対策をする必要はないのは救いだろうが、その分、検査下位には実地配備のリスクが付き纏う。
「次の検査で、何人落ちると思います?」
「落ちる、っていうと、ここを出て実地に配備される人数?」
「そういう事です」
「5人」
「その心は?」
「前回も5人だったから」
「……やれやれですね」
俺の答えに、なぜか七香は肩をすくめ呆れ顔を見せる。
「なら、七香は何人配備されるか知ってるとでも?」
もっとも、一介の予備生がM.A.Rの実地配備についての詳細を知るわけもない。俺の答えはごく当然のもののはずだ。
「75人です」
だが、七香は明確な答えを口にしてみせた。
「……多くない?」
「ええ、多いですね」
「俺も落ちそうなんだけど」
「192人中75人ですから、残りは117人です。悠さんの前回順位は、たしか130位くらいでしたか」
俺の返しにも、七香は笑うでもなく淡々と答える。つまらない冗談だとすれば、ここでそう明かしておくべきだろう。
「誰から聞いたんだ?」
「それは内緒です。話してほしければ、情報を交換しましょう」
「情報交換、ねぇ……何か聞きたい事でも?」
「『宵月の民』について。知っている事を話してください」
七香のそれは明確な探り、俺の素性を暴こうとする問いだった。
理由はわからないが、七香は俺と『宵月の民』の間に関係がある事を知っている。しかもその情報の精度からするに、詮索というよりは確認という方が近いくらいだろう。
「なんだって? よいつきの……何?」
もっとも、俺は七香に素性を明かす気はない。
「知らないのなら、残念ながら話はここまでです」
「ケチ臭いな、もったいぶるなよ」
「もう本題は言いましたから。裏付けなんてしなくても、悠さんが私を信じてくれればいいだけの話ですよ」
「信じたとして、俺にどうしろと?」
七香の言葉の真偽はともかく、どちらにしろその意図はわからない。
「点数を取ればいいでしょう」
「はっ、これだから。できる奴は言う事が違うねぇ」
「卑屈にならないでください。何なら、私が訓練付けてあげましょうか?」
「今日と明日だけ?」
「今日と明日だけ、です」
「七香って、そんなに教えるの上手いの?」
「普通、ですかね」
「普通……」
普通に考えて、一応は週5日で訓練を詰んでいる予備生がたった2日の友人の指導で劇的に能力が伸びるわけもない。まして、変異能力には特に個人差が大きい。
「なら、やめとく。用事あるし」
「M.A.Rを追放されて、実地に配備されるかどうかよりも大切な用事が?」
「どうせ追放されるなら、今の内にやっておきたくはあるな」
「……それは、枯木さんに関する事ですか?」
「それは言いたくない。情報交換でもするか?」
「いえ、やめておきます。詮索して申し訳ありません」
七香はそこでようやく引き下がるも、そこまででもかなり踏み込んできている方だった。
以前の碧ならともかく、普段の七香の俺への追求はどちらかと言えば控え目なものだ。ここまで深く詮索してきたのは、M.Aで最初に顔を合わせた時以来と言っていい。
「とりあえず、気が変わったら言ってください。私は、悠さんの味方ですから」
おそらく、七香は俺の思っていた以上に鋭い。
それでも幸いな事があるとすれば、七香の詮索もすぐに意味がなくなるという事だろう。
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