2-12 秘密

 対変異者集団『宵月の民』。

 集団の全員が『宵月』の姓を持ち、暗殺、集団戦法を主とするものが大半である対変異者集団の中で、正面戦闘で変異者を殺す事に特化した異質の集団。

 身体の動かし方、戦闘に対する姿勢、そして人格形成から思考に至るまで、生来の素質や気性を除いて、今の俺を構成する要素のほとんどはそこで作られた。

 特に、技。

『宵月の民』の技は、他の『集団』と比べて明らかに異なっている。

 それは、正面戦闘を主とする点というよりは、変異者とすら正面戦闘を主として戦う事ができる理由のため。

 通常、身体能力で勝り、なおかつ肉体変異能力を持つ変異者に人間が真っ向から戦闘を挑んでも、当然ながら勝算は低い。だから、多くの対変異者集団は暗殺、集団戦法、あるいは罠などを使いその戦力差を埋めるか、そもそも戦闘を成立させない戦術を主とする。

 一方で、『宵月の民』は対面での防御に特化する事で戦力差を埋める。

『宵月の民』の基本思想の一つに、近接戦闘では攻撃側よりも防御側が優位であるという考え方がある。

 攻撃側は自ら距離を詰め、そして攻めるという二手が必要なのに対し、防御側は向けられた攻撃を捌くだけでいい。故に、互いに最適行動を取った場合、攻撃を仕掛ける側よりもそれを受ける防御側の方が必要とされる動きが少なく優位である。

 その考え方が正しいのかどうかは俺にはわからないが、それでも防御の最適行動を突き詰める事を目的とした『宵月の民』の戦闘術は、人間が変異者を相手にある程度の正面戦闘を繰り広げられるまでのものとなっていた。

 ただし、欠点をあげるとすれば、それは形が特殊であるという事。防御、特に攻撃を受け流してからの反撃に特化した『宵月の民』の戦闘術は他に類がなく、知っている者が見れば一目でそれとわかってしまう。

 そして、もう一つの欠点は――

「……お前はあの時、『宵月の民』を滅ぼした連中の中にいたのか?」

 俺の育った集団、『宵月の民』はすでに滅びた。特定変異体集団『Y』により滅ぼされたという事実は、結局は『宵月の民』が無敵の集団などではなかった事を意味している。

「ええ、そうね。あの時の『Y』の侵略部隊、私はその一員よ」

「へぇ……」

「私が憎い? まぁ、そうでしょうね。私達が『宵月の民』を、あなたのいた集団を皆殺しにしたのだから」

 少女の言葉は、明確に挑発だった。

「いや、別にそういうのはない」

 もっとも、俺はそれには乗らない。

 少女が何を口にしようと、戦況が変わるわけではない。俺の見た限り、壁際に追い込まれた現状から少女が抜け出す術はない。だからこそ、少しでも可能性を作るために少女は俺を挑発し動かそうとしたのだろう。

「ただ、聞きたい事はある」

「……聞きたい事?」

「あの時、『宵月の民』に攻め込んだ中に、変異体の白髪の少女がいたはずだ。あいつについて、知ってる事を話せ」

 一歩、更に距離を詰めながら問いを口にする。

 潜入者の少女も、すでに俺に勝てない事はわかっているはずだ。ならばここから取る行動は、素直に問いに答え降伏するか、それでも挑んで玉砕するか、あるいは情報を封じるために自害するかのどれか。

「悠、キミは一体――」

「下がってろ、碧」

 すでに、何度目かになった忠告を口にする。

 他に少女に残された手としては、碧を人質に取って俺と交渉をする手がある。俺に殺される前に碧を生け捕りにできる可能性は低いが、碧の立ち位置次第では絶対にあり得ないというわけでもない。

「……わかった、今はキミに従おう」

 共に戦うと言い出すかとも思っていたが、意外にも碧は素直に引き下がった。

 もっとも、碧も『今は』と言った通り、後で説明をする必要はあるだろう。ここまでの戦闘で、俺は十分に力を見せすぎた。俺が力を隠していた事、『集団』に属していた事、そういった事についてはもう言い逃れのしようもない。

「白髪の変異体についてなら、私も知ってるわ」

 更に一歩、前に出た俺に、少女はそう口を開く。

「でも、それを話すには交換条件がある」

「交渉できる状況か?」

「だからこそ、よ。あなたがそれを呑まないなら、私はすぐに死ねる」

 追い込まれた状況で、だからこそ少女は自らの命を交渉材料に使っていた。少女が自害してしまえば、当然だが俺が話を聞く事はできなくなる。その前に拘束し尋問にかけるというのは、流石に難易度が高すぎる。

「なら、条件は?」

「あなたの後ろの変異者の子。その子を――」

 一瞬、俺の注意が背後、碧へと向く。

 その瞬間、少女は動いた。

 またも、初歩的な誘導。ただ、その程度では隙など生まれない。一瞬にも満たないほんの僅かな間、俺の反応が遅れるだけだ。

「調子に乗りすぎたわね」

 ただ、少女がおもむろに懐から取り出したのは、黒い鉤状の鉄の塊だった。

 珍しいが、見覚えはある。

 それは、現世界では所持も製造も許可されていない兵器。火器類の中では現存数の最も多いそれは、俗に言う拳銃というモノだった。

 銃。かつての戦場から近接戦闘を駆逐した兵器。火器の中では威力も連射性能も低い拳銃であっても、場合によってはその存在だけで戦況を覆しうる。

「どうかな」

 だが、この状況、俺を退けるという目的に関して言えば、おそらく無意味だ。

 問題があるとすれば、碧までは庇いきれない可能性がある事。だから俺の取るべき行動は前進、注意を引き付けて碧を狙う余裕を消す。

 銃口の先が向いたのは俺、その胴体の中心。躱されやすい頭部ではなく、当てられる可能性の高い位置。しかし、そこは右手の届く範囲だ。銃口の向きを読み切れれば、硬化させた右手を盾にして弾丸を防げる。

「悠!」

 だが、突如として俺の視界から銃口が消えた。同時に銃声、弾丸の位置は不明。

 わかるのは、銃弾が俺の目の前を覆った黒に着弾した事。そして、同じく伸びたもう一つの黒が銃を握る少女へと殺到していった事だけだった。

「碧……それ、は」

 突如として発生した黒、その発生源は碧の背中。M.A.R予備生制服を貫き碧の背から伸びた一対の翼は、向かい来る銃弾から俺を守り、その勢いのまま潜入者の少女を叩き潰していた。

「キミが爪を隠していたのと同じく、これがボクの隠していたものだよ。……できれば、キミにも見せたくはなかったんだけれどね」

 どこか憂いを帯びたような、あるいはそう装っているだけのような。そのどちらか俺には判別のつかない表情を浮かべ、碧は自らの背から伸びた翼を撫でた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る