2-9 決戦

 疑似決闘の会場は第三訓練場、開けた空間の一角で行われる事となっていた。

 特に場所を取ったというわけではなく、ただ予備生に開放された訓練場を決闘に使用するというだけの手順。周囲には他の訓練中の予備生と、そして遠巻きに眺める見物人の姿がそれなりの数見受けられた。

「……やりにくいな」

 見物人の中心、微妙な距離を空けて立つ碧と菱垣の姿を見つけ、そちらへと向かう。見物人には同じ予備隊の者が多く、流石に顔くらいは覚えられているようで、注目が集まり気分はあまり良くない。

「来たぞ。早く済ませよう」

「やあ、雨宮くん」

「悠、来てくれてよかった」

 二人に声を掛け、開始を急かす。後回しにしてもいい事はない。

「疑似決闘の形式は知ってるよね?」

 M.A.Rの疑似決闘は予備生の暴力抗争、つまり負傷や死亡を防ぐための制度だ。当然なんでもありの殺し合いではなく、過度な負傷を防ぐためのルールがある。

「一応確認はしてきた。要は当たったら負け、だろ?」

 勝敗を決めるのは、疑似決闘用訓練服の衝撃観測機能。

 疑似決闘用に作られた訓練服は、高い衝撃吸収性を持ち、更に胴体部分に一定以上の衝撃が加わった際に専用機器に電気信号を送り警報を鳴らす機能が付いているらしい。基本的な疑似決闘のルールは、自らの訓練服から警報が鳴ったらその瞬間に負け、という単純なものだ。

「加えて、相手の訓練服の破壊は禁止。つまり、鋭利な変異はするなって事だ」

 横から言葉を挟んできたのは、立会人役のM.A職員の男だった。

 訓練服は衝撃には強いが、防刃性能はそれほど高くない。身体を刃に変異させての攻撃は相手を殺しかねないため禁止、という事だろう。

「本当は実戦形式でやりたかったんだけどね。その方が紛れがない」

 菱垣の言葉に、俺は頷かない。

 ルールというのは、基本的に縛れば縛るほど性能差が出る。武器を禁止すれば変異部位による攻撃を受けられる手段が狭まり、変異部位の体積の差が持つ優位が広がる。開始位置を限定すれば不意打ちが不可能になり、遭遇戦や不意打ちの要素が薄れる。

 だが、実戦と全く同じ条件で安全に模擬決闘を行う事など不可能だ。

 疑似決闘の条件はそれなりに妥当、だとすればそこにケチを付けても意味がない。

「何でもいいから、早く始めて早く終わらせよう」

「……やっぱり、随分と余裕だね。それとも、捨て鉢なのかな?」

「言っただろ、どうせやるなら早い方がいいってだけだ」

「そうだね。ここまで来て、先延ばしにする理由はないか」

 俺の様子を訝しむような表情を浮かべながらも、菱垣はそれ以上探りを入れてくる事はなかった。

「両者規定位置について。合図は私が出す」

 立会人の指示に従い、大股で三歩の間合いを空けて菱垣と向かい合う。

 遠距離攻撃手段のない一対一の戦闘は、結局のところ間合いを詰めての近接戦にしかならない。開始位置の差など誤差、強いて言うなら腕の間合いより外であるため、変異部位の差でやや菱垣に有利だが、零距離で開始する方が不自然だろう。

 視線の先、菱垣の姿勢は直立。俺の方も特に構えは取らずただ合図を待つ。

「始め!」

 合図は声、同時に視界の中の菱垣の姿が一気に大きくなる。

 初手は一直線の突進、変異させた両脚で床を蹴り、最短距離を詰めてきた。軌道から逃れるべく一歩横にずれるも、合わせて方向を変えた菱垣の手刀が胸元を襲う。もっとも、あくまで走りながらの単調な一撃、変異させた手で受けるのは難しくない。

「――っ」

 衝突すれば生身の方が不利と、腕を引いた菱垣はそのまま俺の横を抜けていく。振り向いて身体を向け直すと、またも三歩ほどの距離を空けた位置に菱垣が停止していた。

「やるね」

「いや……」

 菱垣は賞賛の言葉を掛けてくるが、俺のした事はただ手を変異させ前に構えただけだ。突進の速度に怯えでもしない限り、変異部位に手を含む変異者なら誰でもできる。

「なら、本気でいこう」

 言葉が終わるよりも先に、菱垣は再度の突進。先程よりも距離を引き付けてから回避に跳躍するも、菱垣はそれにも合わせて軌道を修正。今度は腕ではなく脚を振り上げて腹部を狙ってきた。

 菱垣の脚は変異部位、つまり凶器に等しい。受けるにはこちらも変異部位で受けるしかなく、硬化させた右手を蹴りの軌道に合わせて防御。威力を殺しきれず防御ごと蹴りが胸へと叩きつけられるも、その程度では衝撃と判定されなかったのか警報はなし。押された身体が体勢を崩すも、菱垣は追撃を放つ事なく勢いのままに俺の横を抜け、再び三歩ほどの距離を開けたところで停止する。

「……意外と動けるね」

 再びの賞賛の言葉は、俺の感想とは正反対のものだった。

 菱垣の基本戦術は突進からの速度を活かした一撃、ヒットアンドアウェイの一種だが、今のところあまりに単調過ぎる。速度に任せた蹴りの一発だけで相手を仕留めようというのは流石に甘い。止められたところで、むしろ当然だ。

 もっとも、この場においては俺の評価は少数派らしい。

 賞賛を口にしているのは、菱垣だけではなかった。周囲の観衆から聞こえてくるのは驚愕の声、その大半は菱垣の速度に対するものだが、それはつまり彼らが菱垣の突進を防ぐ事ができないという事だ。

 だとすれば、それを防いだ俺が賞賛されるのも当然の流れ。

 そして、そんな事態は俺の望むところではなかった。

「なら、本気で行こう」

 菱垣の取った構えはこれまでと同じ前傾姿勢、だが直後、今度は全力疾走ではなく間合いを測るように距離を詰めてくる。

 これまでの菱垣は、突進の速度を自分でも制御しきれていなかった。

 移動手段である脚をそのまま武器として使うのにはそれなりの難易度が必要で、まして全力疾走からの攻撃ともなればその難易度は更に上がる。だからこそ、菱垣はすれ違いざまに脚を叩きつけるという単調な攻撃しかできなかったのだろう。

 速度が大きな優位となるならそれでも十分、だが一度防がれた以上、菱垣には突進から打てる手がそれ以上なかった。

 だから、速度を落とした。直立にほど近い体勢からなら、使える手は増える。慎重に姿勢を保ったまま間合いを詰め――

「っと」

 捻った身体から放たれたのは、直線の蹴り。右手で逸らすも、菱垣の身体は俺の腕の間合いの外、そして菱垣は残った左脚で床を蹴り、距離を保ったまま姿勢を立て直す。

 菱垣の選んだ手段は、脚の射程を活かした、近接における長距離戦だった。

 徒手での近接戦闘において最も射程の長いのは脚、菱垣は自らの武器である脚の間合いを活かして先に攻撃を仕掛け、もう片脚で距離を離す事により、俺を間合いに入れず再度自分だけが攻め手に回るという慎重な策を取っていた。

「……ふぅ、っ」

 脚を伸ばしきる直蹴りは射程は長いものの、連射はそれほど早くない。一撃を凌げればその次も、そしてその次も凌げるのが道理――でもないらしい。

 四度目の蹴りを受け止めた腕が弾かれ、体勢が崩れる。その隙を突いて脚を戻しきる前に再び放たれた蹴りは、万全の体勢からの蹴りより威力こそ落としながらも俺の胸部へと突き刺さり、俺の訓練服から伝わる衝撃が警報の断続的な音を鳴り響かせた。

「……まぁ、こうなるな」

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