2-6 菱垣昂輝

「枯木碧から話は聞いたかな?」

 午前中最初の授業、座学での対変異者戦術論の講義が終わった休憩時間にそう声をかけてきたのは小柄な少年、菱垣昂輝だった。

「まぁ、うん」

「それで、結局決闘は受けてくれるという事でいいんだよね?」

「言っただろ。今日の放課後に受けるって」

 碧から確認を取った時点で、すでに決闘と部屋交換についての話は終わっている。後は実際に決闘をするだけで、俺に菱垣と話すべき事はない。

「……雨宮くんは随分と落ち着いてるね。何か文句は無いの? それとも、不満を口に出しても無駄だと思ってる?」

 だが、菱垣は探るように俺へと目線を合わせてくる。

「文句……ね。それはまぁ、あるとしても碧に言う事だし」

 菱垣から目線を逸らし、適当に返す。

 実際のところ、俺が菱垣に抱く感情はどちらかと言えば負の感情に近い。俺にとっての菱垣は余計な面倒を引き起こした張本人、以外の何者でもないのだから。

 しかしまぁ、菱垣にも菱垣の意図があるわけで、問題があるとすればそれを受けた碧か、あるいは許可したM.A.Rの制度だろう。

 だが、菱垣は俺の返答を聞いても依然としてこの場から離れる様子がない。何かまだ用事があるのか、それとも俺の態度が気にかかるのかはわからないが、そんな菱垣の顔を視界の端に捉えている内に、ふと疑問が頭に浮かんだ。

「……っていうか、前は碧に話を付けるのは嫌だって言ってなかったか?」

 それは、些細な疑問。

 だが、菱垣は最初に俺に声をかけ部屋の交換を迫った時、碧と直接話を付ける事を拒んでいた。その理由が気になったというだけの事だった。

「それは……実際、枯木碧を通さないで話を進めるのは無理だったからね。ちょうどいい機会があったからそれに乗っただけだよ」

「……ふーん」

 菱垣の答えは当然、だが少しばかり当然すぎた。

「何か言いたい事でも?」

「いや。ただ、最初から気付いとけよって思って」

「……それは、思っても言わないでくれた方が良かったな」

「だって、お前が聞くから」

 菱垣が最初に俺に声を掛けてから今まで、約一ヶ月が経っている。今更になって碧を通さず部屋を変えるのは無理だと気付いたというのは流石に遅すぎる。

 もっとも、菱垣はそれほど頭が回らないようにも見えないため、違和感はあるのだが。

「内緒話かい? 水臭いじゃないか、ボクも混ぜてくれないか」

「碧か。別に、内緒話ってわけでもないんだけど」

 そうしている間に、向かい合う俺と菱垣の姿を見つけた碧がこちらへと近付いて来る。親しいわけでもない二人、それも部屋替えの決闘について話して昨日の今日となれば、自ずとその話題にも推測が付くというものだろう。

「そうなのかい? なら、宣戦布告という奴かな?」

「まぁ、そんなところか? 俺は受けた側だから何とも言えないけど」

 正直なところ、菱垣が俺に話しかけてきた目的は今のところ不明だ。大方、碧から話を聞いているかどうかの確認が本題だろうとは思うが、それとは別に何か伝えたい事があったとしても驚きはしない。

「ぼ、僕は別にそんな……なんでもないよ、ただの雑談だから」

 そして伺った菱垣の反応は、明らかな動揺だった。

「……そんなに慌てた様子では、説得力はないね。何かボクに聞かれたくない話かい?」

「ち、違っ、そんなんじゃなくて!」

「本当に?」

「まぁ、今のところは」

 取り乱した菱垣から俺へと矛先を変えた碧の問いには、事実で答えておく。

「それならいいけれど……何かされたらボクに言うんだよ」

「やだよ。傷ついてそうだったら態度で察してくれ」

「うん、その様子だと本当に大丈夫そうだね」

 緩いやり取りを最後に、碧は次の訓練の用意をすべく自分の席へと戻っていった。

 次の変異訓練は訓練室に移っての実習訓練だ。移動の手間も考えると、そろそろ教室を出ておくべきだろう。

「じゃあ、そろそろ俺も準備するから。まだ話があるなら手短に――って」

 話を切り上げるべくまだ俺の元に残っていた菱垣に視線を向けると、そこには顔を真っ赤にした少年の顔があった。

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