2-4 決闘
「雨宮くん。今、空いてるかな?」
午前の訓練が終わって昼休憩の時間、そう俺に声をかけてきたのは珍しい顔だった。
「菱垣か……」
菱垣昂輝。
M.A.R十二期生中、第一回能力検査では5位に位置していた予備生であり、同じ予備隊に属していながら俺が直接会話した事はまだ一度しかない。その一度も碌な用事ではなかった以上、話しかけられて良い予感がするわけもない。
「用件次第で」
「ただの会話、日程を擦り合わせるだけだよ。そっちがその気なら一分とかからない」
「日程?」
「枯木碧との同室を賭けた決闘の日程だよ」
「……何それ」
菱垣の用事は予想通り以前と同じく碌でもなく、しかしそれ以上に唐突過ぎた。菱垣は以前に一度、俺に部屋を変わるようにと脅して来たものの、俺がそれを拒んだ後での事情の進展は一切なかったはずだ。
「俺、そんなのやるなんて一言も言ってないけど」
「枯木碧には話を通した。受けないなら、君の不戦敗として片付ける事になるね」
もっとも、向こうからすればすでに下準備は整っているつもりらしい。
「碧に話を? あいつが許可したって事か?」
「そういう事。だから、君が受けようが受けまいが結果は同じ事だよ」
「いや、あいつが受けても、俺が受けなければそれで終わりだろ」
菱垣の言葉を全て信じたわけではないが、仮に碧が俺と菱垣で碧の同室を取り合う決闘を行う事に賛同したとしても、肝心の俺が拒めば意味はないはずだ。そもそも、当事者が望んだからといってそんなに簡単に寮の部屋を変えられるのかどうかも微妙なところだ。
「……なんだ、知らないんだ」
だが、俺の言葉に対する菱垣の反応は妙なものだった。
「何を? もったいぶらずに言え」
「言わないよ。ただ、君自身の意思がどうであろうと、君は僕に寮の部屋を明け渡すか、枯木碧を僕の部屋に渡す事になる。それが嫌なら僕に決闘で勝つしかない」
「ふーん……」
どうやら、菱垣には何らかの根拠と確信があるらしい。あるいは、そう見せて交渉をしようとしているのかもしれないが。
「じゃあ、もういい? 昼飯食べに行きたいんだけど」
どちらにしろ、俺の行動が変わるわけでもない。
「随分と余裕だね。それとも、もう諦めたのかな?」
「うん、お前から話を聞くのは諦めた。後は碧にでも聞いてみる」
もったいつけて会話に含みを持たせる菱垣と話をしても仕方がない。碧も話にもったいつける節はあるが、それでもまだ菱垣から話を聞くよりはマシだろう。碧が相手なら、そもそもの菱垣の話の真偽を聞く事もできる。
「それは……っ」
だが、なぜかそこで菱垣は露骨に焦りを見せた。
「それは?」
「……いや、なんでもない。たしかに、その方が話は早いだろうね」
しかし、聞き返した俺には平静を装い直して返す。
あるいは全て出任せで、碧に確認を取られるのを嫌がったのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。菱垣の反応は不可解だが、そもそも俺が菱垣の事をそれほど知らない以上、その理由を掘り下げるのは難しく、そんな事をする気にもならない。
「ただ、日程は今決めておこう。受けないと決めたなら、それでもいいけどね」
「俺はまだ、決闘とやらの話を信じたわけじゃないんだけどな」
「信じようと信じまいと同じだって言っただろう? 枯木碧に話を聞いて、僕が出任せを言っているとわかった場合は踏み倒せばいい。そんな事にはならないだろうけどね」
なるほど、たしかに菱垣の言葉には一理ある。それ以前に、今の菱垣の様子を見ている限りは、少なくとも本人には嘘をついたつもりはなさそうだが。
「じゃあ、明日で」
「明日!?」
「予定あった? それとも、休日の方がいいか?」
「……い、いや、僕は構わないよ。ただ、随分早いと思って」
「どうせやるなら早い方がいいだろ」
それほど変な事を言ったつもりはないが、菱垣は奇妙なものを見る目で俺を見る。
「……わかった。なら、明日の放課後だ。それまでに枯木碧と話しておくといい」
それでも、その視線の意味を語るつもりはないらしく、会話を切る菱垣に俺もそれ以上の用事はなかった。
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