2-3 陰口

「どうも、悠さん。奇遇ですね」

 第二回能力検査の結果発表から数日後。

 普段通り午前の訓練が終わって昼休憩の時間、昼食を食べに出かけた先のそば屋でそう声を掛けてきたのは、見慣れた顔だった。

「……奇遇、ねぇ」

「何か?」

「いや、七香とはやけによく会うと思って」

 こちらを見上げる少女、白波七香とは合同訓練の際や単純に向こうから尋ねてくるといった事でそれなりに顔を合わせてはいるものの、それ以上に待ち合わせをしたわけでもない昼食の場で出会う事が多すぎた。感覚的には二回に一回、割と色々な場所で食事を取っているにもかかわらずその頻度で顔を合わせるというのは、少しばかり奇遇が過ぎる。

「私が悠さんを尾けているとでも?」

「そうなの?」

「もし、そうだとしたらどうします?」

「引く」

「そういう事ではなく、どう対処するのか、というか……」

「それはもう、泣き寝入りだよ。実際、今もそうしてる」

「いや、違いますからね! 尾けてませんから!」

 七香が慌てて弁解するも、俺はその言葉を信じない。

 というよりも、七香が俺を尾行していようがいまいがどちらでもいい。そもそも、本気で尾行するつもりなら同席したりはしないだろう。

「そう言えば、悠さんは枯木さんとはあまり一緒に食事はしないんですね」

 昼食で多く顔を合わせる以上、七香はその分だけ俺の食事事情を知っている。七香と会う時も会わない時も、俺は大抵昼食の時は一人だった。

「たしかに、言われてみれば」

「言われてみれば……って、なんで他人事なんですか」

「基本、碧と何かする時はあっちが誘うから。食事に誘われる事は少ないな、と思って」

 昼食もそうだが、俺と碧は夕食も基本的には別々に外で済ませている。同室なのだから一緒に食べに出てもいいのだろうが、何となく自然とそうなる事が多かった。

「……悠さんって、枯木さんの事どう思ってます?」

「えっ、なになに、陰口!? もしかして陰口!?」

「なんでテンション上がってるんですか……」

「女の陰口は陰惨で聞くに堪えないって言うし、一度聞いてみたくて」

「趣味が悪い! それに、別に陰口ではないです」

「なんだ……じゃあ何?」

「そのままの意味ですよ。悠さんが枯木さんをどう思っているのか、興味があるだけです」

「どう思ってる……ねぇ」

 陰口でなかったのは残念だが、七香の問いはそれ自体がそれなりに俺にとっても興味深いものだった。

「なんでそんな事聞きたいの?」

 もっとも、それ以前に口からは別の疑問が出た。

「悠さんからは枯木さんを誘わないと言ったので。あまり枯木さんの事を良く思っていないのではないかと思いまして」

「えっ、陰口? 俺から陰口引き出そうとしてる?」

「だから、違います! それとも、言いたいんですか? それなら聞いてもいいですけど」

「まさか。やたらコーヒーを勧めて来て飲めないって言うと鼻で笑うところと、一人でいる時たまにポエムを口ずさんでて部屋に入りづらいところと、あんまりからかうとすごい冷たい目でこっちを見てくる事くらいしか碧に不満はない」

「結構言いましたけど!? しかも、なんか内容おかしくないですか!?」

「全て事実だ」

 他にもないわけではないが、基本的には碧への不満はその程度でしかない。要するに、俺は今のところ碧を嫌ってはいないのだろう。

「じゃあ、枯木さんの好きなところは?」

「えぇ……恋バナかぁ……」

「テンションの落差がすごいですね。そんなに陰口の方が良かったですか?」

「いや。ただ、七香が、『恋の相談に乗っている間に距離が縮まって最終的にくっつく相談相手』のポジションを狙ってるのが見え見えでうんざりしただけ」

「めちゃくちゃな妄想をした挙句、勝手に失望しないでください!」

「違うの?」

「違います」

「知ってた」

「……はい、そうですか」

 このままではどうやら七香の方がうんざりしてしまいかねないので、そろそろ適当に話すのはやめておく。

「まぁ、俺は碧の事はそれなりに好きだよ。俺から誘わないのは……そういう習性がないからってだけかな」

「習性、ですか」

「それか、性格。どっちにしろ、特に理由はないって事で」

 俺の中で出した碧への対応に対する答えは、そんなところだった。何の変哲もないつまらない答えだが、七香が求めるなら、と口にしておく。

「そうですか」

 面白がるでもなく、落胆するでもなく、ただ七香は頷いて相槌を打った。

「まぁ、枯木さんはともかく、私の事は遠慮せずいつでも誘ってくれていいですよ」

「いや、誘わなくてもどうせ会うし」

「それは……まぁ、そうですね」

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