2-2 的あて

 現状、M.A.Rの訓練は、基礎訓練がその大半を占める。

 身体、特に変異部位の自由な動かし方を身に付けるための地道な反復訓練。実際の戦闘を想定するどころか、技術の一つを教えるでもないそれは、正直なところ退屈なもので、最初の内は真面目にしていた予備生が多かったものの、繰り返し続けるにつれモチベーションの低下が見受けられていた。

 それでも、第二回能力検査以降、下がっていたモチベーションはある程度の回復を見せていた。それはM.A.Rの追放を恐れるネガティブな要因によるものだろうが、理由はどうあれ予備生の訓練態度は向上した。M.A.R側は予備生の実地配備は人手不足が原因だと公表していたが、結果を見ればその裏には競争を煽る意図もあったように思える。

 もっとも、今回の訓練のモチベーションにはまた他の要因もあるが。

「せめて、このくらいはゲーム要素がないと退屈だよな」

 隣で声をかけてくるのは同じ予備隊の予備生、金森真司(かなもりしんじ)。以前に訓練でペアを組んだ事からそれなりに話すようになった相手だった。

「ゲーム要素、ね。たしかに、こっちの方がわかりやすくはあるか」

 不定期に行われる、反復的ではない訓練。今回の訓練はそれだった。

 簡単に言えば的当て、訓練場に配置された12の的を破壊する速度を競う訓練だ。その最中には各所に設置された装置から軽い樹脂製の玉が放たれ、変異させ防御していない生身の身体に受けると一発ごとにタイムに規定の時間が加算される。

「こういう訓練の結果は、能力検査の結果に加算されないのかねぇ」

 金森の言葉は、軽い口調ながらそれなりに重要な疑問でもあった。

 能力検査の検査項目は的当て訓練よりも単純で、それこそ反復訓練のそれに近い基礎能力を測定するものだ。ただ、一方で状況対応能力も兵士にとって重要な要素であるはず。

 金森は能力検査では俺よりも下、すぐにとは言わないまでも検査結果によりM.A.Rの外に出される事も視野に入っている予備生だ。基礎能力に自信のない金森としては、対応能力やセンスの部分で勝負したいところだろう。

「されない、とは言い切れないかもな」

「そうなのか?」

「M.A.R側は実地配備した予備生の能力検査結果を公表してない。つまり。単純に能力検査で下から5人が選ばれたとは限らない……かも」

「あー、なるほど」

 俺の推測はあくまで可能性、だがあながち的外れでもないだろう。最終的に配備する予備生はM.A.R側が選ぶ事になるわけで、その過程は予備生自身には正確にはわからない。

「しかし、こういう訓練だと脚型の方が有利だなぁ」

 訓練場を大きく使う性質上、今回の訓練は一つの予備隊を二つの訓練場に分け、その内4人が同時に訓練を行い、残りはその間は見学という仕組みになっている。金森の呟きは、目の前で行われている訓練の様子を見てのものだった。

「まぁ、あれは脚型ではほぼ完全体だし」

 金森の視線の先、訓練場を駆けるというより跳ね回るのは、第一回能力検査で十二期中5位の成績を出した少年、菱垣昂輝。脚型、文字通り脚を変異部位とする変異者の中でも、両足の爪先から腿の付け根までが変異部位である菱垣は、理論上は脚での移動に関しては最高速を叩き出せる。

 変異部位というのは、基本的に広ければ広いほどいい。それは硬化させ武器として使える体積が広がるという理由に加え、末端速度の差にも繋がるためだ。

 肉体を変異させた場合、その部位は硬化、変形機能と同時に、筋肉によるそれを遥かに上回る運動能力を得る事になる。とは言え、例えば早いパンチを打つのには手だけの変異では不足だ。手だけを変異させたところで、その運動能力が速度に変換されるのは精々手首を返す動きに関してのみ。変異部位以外の人体の構造は変わらない以上、まずは肘、そして肩と特に関節部の変異が拳速には大きく影響する。

 それは移動に関しても同じで、膝、脚の付け根までを変異させられる菱垣は、足先を最速で運動させられる事になる。それでも、片脚だけならバランスを保つため特殊な移動法を編み出す必要があるが、両脚の変異となれば、普通に走るのとほぼ同じ要領でも異様な移動速度が実現される。

 瞬く間に的を全て破壊した菱垣は、向かい来る玉もその全てを回避していた。脚型の変異者は腕型よりも攻防の取り回しが困難だが、この訓練形式ではただ避けてしまえばいい。

「それにしても、枯木とあんなに差が付くものかね」

 金森が訓練を終えた菱垣から視線を向け直したのは、俺にとっては見慣れた顔。

 能力検査1位である碧は、だがこの訓練に関してはそれほど圧倒的ではなかった。

「碧は腕型だから、別に移動は速くないんだろ」

 おそらくだが、元々碧はそれほど運動の経験がある方ではない。加えて碧の変異部位は脚ではなく腕、移動に関しては自前の運動能力で走るしかない。

 基本的に、変異者は普通の人間と比べ、変異能力を除いた運動能力でも勝っている。更に変異部位の大きさ、保有する変異細胞が多いほど運動能力は上昇する傾向にあるが、それでも碧の移動は大して速いとは言えなかった。

「でも、意外だったけどな。ほら、枯木って何でもできそうじゃん」

「……そう?」

「あっ、そっか。雨宮って枯木と同じ部屋だったっけ。部屋ではそうでもないとか?」

「あんまり変わらないけど……そもそも、別に碧が何でもできそうに見えた事ないし」

 意外なところで見解の相違が発生したが、考えてみれば能力検査1位という肩書はそれなりに優秀そうな先入観を与えるのだろう。その上、言動が無駄に思わせぶりな事で、良く知らない者から見た碧は超然とした人物だと思われているのかもしれない。実際のところ、あれはただ格好つけているだけなのだろうが。

「……ん、次は俺の番か」

 菱垣と碧、それに他2人の訓練が終わったところで、教官から俺の名前が呼ばれる。

「俺はまだかー……じゃあ、先行って来い」

「あぁ、後で」

 金森と適当に別れ、訓練の開始位置へと向かう。

 一応は複数人で一斉に開始する事で競争の形を取ってはいるが、やる事自体は要するに個人訓練だ。軽く頭の中で動きを想定して、開始の合図を待つ。

 合図は電子音、同時に動き出した予備生の走る速度はどれも並。一番速いのはちょうど俺の視界に入る位置に訓練区域が設定された、右脚を変異させた予備生だが、彼も片脚の変異を完全に移動速度に変換する術を身に着けてはいないらしい。

 動き出して間もなく、設置された装置から放たれる玉により他の予備生へと視線を向ける余裕が削がれる。玉は拳より一回り小さく、速度は変異者でない人間が同じ程度の大きさの石を投げたよりもやや遅い程度。変異させた手で防ぐのも、身体を振って避けるのもそれほど難しくはない。

 俺の選択したのは防御、左からの玉に右手を向けて弾く。衝撃は軽く、おそらく負傷を防ぐため意図的に威力を殺してあるのだろう。

 続け様に放たれる球体は横にずれて避け、進行方向上の的へと迫る。錐状に変形させた右手の刺突に的は呆気なく砕け、同時に右後方から飛んできた玉を屈んでやり過ごす。

 やはり、やる事自体は単純、簡単な訓練だ。もっとも、ルール上失格はないため、簡単だ難しいだという事を語るようなものでもないのだろう。

 残りの的までも大方同じ流れで、結果としては同組の中では二番目に全ての的を破壊し終える。最初に訓練を終えた向かいの予備生とはそれなりの差が開いたものの、続く三番、四番目の予備生は俺の後すぐに訓練を終えていた。

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