二章 不足

2-1 順位の意味

 368点。192人中137位。

 それが、第一回から一ヶ月後に行われた第二回能力検査における俺の結果だった。

「悠、話がある」

 そして、いつになく真剣な表情をした同居人の少女、枯木碧がそう切り出したのは、その結果が公表されてから丸一日ほど経った頃だった。

「今回の能力検査、どうして前回よりも点数が下がっている?」

 俺の能力について碧が言及するのは、ここ最近では珍しい事になっていた。元より碧が詰めて俺が躱すだけの一辺倒、繰り返したところでそれ以上の展開などないため、碧も内心はともかく口にして探りを入れるような真似は控えていたのだろう。

「さぁ? そういう事もあるだろ。調子が悪かったんじゃないか?」

「それにしても、だよ。予備生の大半はM.A.Rでの訓練で変異能力の扱いを身につけ、能力検査の点数を伸ばしている。なのに、キミはその逆だ。ボクも検査当日のキミの様子を見ていたが、少なくとも絶不調ではなかった。にもかかわらず、だ」

 たしかに、碧の言う通り、M.A.Rの予備生の検査結果はわずか一ヶ月の訓練で平均的にかなりの底上げがされていた。一応は下がったとは言え、俺の結果は第一回とほとんど点数が変わらないにもかかわらず、順位が大幅に繰り下がっているのもそのためだろう。

「なら、俺に伸び代がなかったって話だ。元々ある程度自由に動かせる奴は、多少訓練した程度でそれほど変わらないんじゃないか?」

 この一ヶ月、M.A.Rでの訓練は基礎的な肉体変異と身体の動かし方についてが大半を占めていた。肉体変異を行使する事に不慣れな者にはそれだけでも大分違うが、そうでないものにとって能力の飛躍的な変化をもたらすようなものではない。

「それなら、どうして元々慣れていた?」

「俺の場合は自覚するのが早かったからな。使ってる内に自然に、かな」

 俺自身は変異能力に関して、M.A.Rを訪れるまで特別な訓練を積んだ覚えはない。多少の間違いこそあるかもしれないが、口にした内容が大体の事実だろう。

「……ボクは、キミにここを離れてほしくはない」

 迷うように切り出した言葉が、きっと碧の本音、今回の『話』とやらの本題だろう。

「能力検査の結果、それが意味する事は覚えているだろう?」

「検査ごとに、予備生が職員としてこの支部の外に配属されるかもしれないってやつ?」

 第一回能力検査の母数が197人であったのに比べ、第二回能力検査の結果が公表されたのは192人。その5人の差がM.A.Rを追い出され、外に配備された元予備生の人数であるという事は、第二回能力検査の結果発表の際に他でもないM.A.R側から残りの予備生へと伝えられた事実だった。

 そして、M.A.Rに入隊する以前、予備生候補はその事情を知らされていなかった。詐欺のようなやり口だが、契約書類には『有事の際、予備生の実地派遣有り』との一文が記されていたらしく法的な抵抗は困難。それ以前に、少なくとも外から隔離された浮遊都市にいる限りは逃げ出す事すらできないというのが実情だ。

「検査ごとに下から5人が減っていくとすると、今のキミの順位では一年余りでここを追放される事になる。今後もキミの検査の点数が変わらないとすれば、追放はそれより更に早くなるだろう」

 M.A.R十二期生は元の人数が約200人、一ヶ月ごとに休みなく12回の検査があり、その度に5人が減るとすれば、その人数は一年で約140人まで減少する事になる。今の俺の順位、137位はちょうど一年持つかどうかの瀬戸際だ。

「まぁ、毎回そのペースとは限らないけどな。予備生の配備はM.A側の都合だし」

 もっとも、おそらくその計算通りにはならない。

 M.A.Rの通達を信じれば、予備生を職員として配備するのは、出来損ないに対する罰や訓練の放棄ではなく現地の職員の数を補充するための措置、文字通り『有事の際』の臨時的な対応という事らしい。

 このM.A日本支部は飛行艇の上に作られた都市であり、予備生の教育と同時に絶えず移動し人員の必要な地域に職員を派遣する役割を兼ねている。そこに送り込める正規の職員の数が足りない場合、予備生が数合わせに使われるというのが大体の事情だ。第二回能力検査のタイミングでは5人が派遣されたが、次は誰も派遣されないかもしれない。

「そうだね。むしろ、それより早いペースで予備生が配備される可能性もある」

 碧の取った立場は悲観側、だがもちろんそれも十分にあり得る。

「だから、キミには出し惜しみをせず本気を出してほしい。派遣される人数が計算できるならともかく、現状それに関してはランダムだ。いくらキミが聡明でも、ラインを読み違えてそのまま追放されてしまう可能性は否めないはずだろう?」

「読み違えるも何も……俺はまともにやってこの結果なんだって」

 碧の主張はわかったが、それは俺が力を隠しているという前提でのものだ。検査結果の点数を上げられない以上、結局のところ俺の取れる行動は変わらない。

「……それなら尚更、だよ」

 だが、碧の続けた言葉は意外なものだった。

「検査結果に限った話ではなく、キミは訓練で明らかに手を抜いている。能力が足りないというのが本当なら、それを伸ばすために本気を出してほしい」

 単純な説教、俺への妄想を切り捨てたそれは、碧が真剣である証拠だった。

「……まぁ、ほどほどにな」

 ただ、俺にはその言葉を受け止める事はできなかった。

「悠!」

「俺だって今すぐここを辞めたいわけじゃない。それでも、なるようにしかならないだろ」

 あるいは、碧を誤魔化すためには適当に頷いておいた方が良かったのだろう。それがわかった上であえてそうしなかった理由は、自分でも良くわからなかった。

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