1-8 昼食 Ⅱ
「枯木さんを助けたっていうのは、本当ですか?」
ハンバーガーショップの一角で、小柄な少女はそう切り出した。
「どうだろうな。……ん、無料のくせに結構美味いな」
「誤魔化さないでください。別にその事で悠さんについて詮索するつもりはありません。単なる雑談、食事中の他愛もないおしゃべりです」
短い争いの勝者として俺の後を付いて来たのは、碧ではなく七香だった。勝敗は単純にじゃんけんで決めたらしいが、それは別として二人は多少の会話を交わしたらしい。
「誤魔化してるんじゃなく、本気でわからないんだよ。あの程度の事が、碧にとって助けと呼べるのかどうかが微妙だからな」
碧を助けた事など初日の襲撃者の件の他にはないだろうが、碧の力からすれば4人の襲撃者など羽虫に等しい。蝿を払った程度の事を助けと呼ぶのはいささか大袈裟だろう。
「考え過ぎですよ。枯木さんは、きっと悠さんにとても感謝しています」
「へぇ、そうなのか。あの程度で感謝されるなら儲けもんだな」
「でしょうね。悠さんにとって……いえ、入学して早々にあんな綺麗な人の関心を惹けるなんて、男性にとっては役得でしょう」
適当に返事を返していると、七香の視線と声が若干の粘度を帯びた。
「綺麗? まぁ、言われてみれば」
碧の容姿は美人というよりは美少女、あるいはともすれば美少年にも見える中性的なものだが、綺麗と言われればそれはそれで否定はできない。
「俺としてはむしろ、気になるのは碧よりお前の方だけどな」
「へ? わ、私ですか?」
「碧は一応理由がないわけでもないにしても、お前に関心を持たれる理由がない。そっちにある事はわかってるけど、俺としてはそれこそ単なる偶然というか役得だ」
七香が俺に『宵月悠』とやらを重ねている事は理解しているが、俺の方から七香に何かをした記憶があるわけではない。必然、一応の口実がある碧よりもそうではない七香の方が不気味に映る。
「……あぁ、そういう事ですか。まぁ、昨日言ったような理由もありますけど、それを差し引いても別におかしな話ではないでしょう。ただ、ここに来たばかりで親しい相手もいないので、一応は顔見知りの悠さんを誘っただけです」
「それなら、碧も誘って交友を広げた方が良かったんじゃないか?」
「初対面で吹っ掛けられた相手と仲良く食卓を囲めと?」
「別に吹っ掛けてはいないと思うんだけど……」
もっとも、理由はどうあれ、たしかに先程の碧と七香の間には自然に険悪な空気が漂っていた。おそらく互いに相性が悪いのだろう。
「この際なので聞いておきますけど、ぶっちゃけ私と枯木さん、どちらが好みですか?」
「何、お前って俺の事好きなの?」
「そういう意味じゃありません。単なる雑談です」
俺の切り返しは予想していたのか、大して動揺もせずに七香は答える。まだ互いに共通の話題も少ない以上、碧の事を話の種にあげるのは自然と言えば自然だが。
「じゃあ、七香で」
特に碧に執着があるわけでもないため、目の前の質問者の名前をあげる事にする。世辞というわけでもないが、あえて不和を産む必要もないだろう。
「枯木さんと同室なのに、ですか?」
だが、七香は特に喜ぶでもなく即座にそう返した。
「なんだ、碧にでも聞いたのか? 部屋割りは上が勝手に決める事だし、同じ部屋で過ごしたのもまだ昨日だけだ。同室だからってそれほど親しいわけじゃない」
碧の事は嫌いではないが、それは七香についても同じようなものだ。おそらく今後は接点の多い碧との方が親しくなりやすいだろうが、現時点では別に優劣もない。
「……鈍いですね。それとも、それもわざとですか?」
「意味深発言はやめろ。言いたい事は率直に」
「なら、言いません。別に言いたくはないので」
言葉尻を捉えて誤魔化されるが、正直なところ言いかけてやめられると気になる。
「あーあ、今ので七香より碧の方が好きになった」
「子供ですか。先程も言ったように、別に悠さんの事を好きとかではないのでご勝手に」
雑な揺さぶりを掛けるも、冷たくあしらわれてしまう。
「今の言葉で、七香よりハンバーガーの方が好きになった」
「ちなみに、私が話したらどうなりますか?」
「七香をイベリコ豚より好きになる」
「……悠さんの中での序列がわからない」
首を傾げる七香を余所に、残りのハンバーガーを口に放り込んで立ち上がる。
「ちなみに、俺がこの世界で一番好きなのは自分だ」
「えっ、悠さん? それを言われて私はどうすればいいんですか!?」
動揺する七香を置いて便所に向かい、そしてしばらくしてまた俺は席に戻った。
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