1-7 昼食
「悠さん、少しいいですか?」
午前中最後の訓練、対武器戦闘術訓練が終わったところで、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
「七香か。お前って三組だったのか」
「そうですね、悠さんとは隣の組です」
7つに分けられたM.A.R第十二期生の内、俺や碧はⅩⅡ-Ⅳ予備隊、通称四組の所属になっている。先程まで行っていた対武器訓練は四組と三組の合同訓練となっていたため、四組ではない七香がその場にいるという事は、必然的に七香の組は三組で確定する。
「で、何? ちなみに、今日は肉の気分だけど」
「……奢りませんよ。でも、用事自体はまさにその通りで、昼食のお誘いです」
牽制を含んだ軽口は、偶然にも微妙に的を射ていたらしい。
「へぇ、昼食。なんで?」
「学友と食事を共にするのに理由が要りますか?」
「それはそうかもしれないけど、お前って俺の事嫌いなんじゃないの?」
つい昨日、俺は他でもない白波七香に『あなたに好かれたいとは思わない』というような旨の事を言われたはずだ。俺としてはその事自体はまぁ別に構わないが、そんな七香があえて昼食の誘いを持ってくるというのは不自然だ。
「嫌いなんて言ってないです!」
「でも、俺に好かれたくないって」
「あれは冗談です、その場の流れです。私は心が広いので、お寿司を奢らされた事くらいもうすっかり水に流しました」
どういった心境の変化か、あるいは建前か、七香は胸を叩いて自身の寛大さをアピールしようとしていた。
「ほら、わざわざ言うって事は根に持ってるじゃん」
「……なら、それでもいいです。昨日お寿司を奢ったお返しに、今日は私と一緒に昼食を食べてください」
「そういう恩着せがましいのはちょっと……」
「あぁ、もうっ! 断るならいっその事すっぱりと断ってください! とにかく私は悠さんと一緒にお昼が食べたいだけです!」
ついに我慢できなくなったのか、七香は癇癪を起こしたように早口に叫んだ。それでも誘いを撤回しないのは少し意外ではあったが。
「まったく、キミは何をやってるんだい?」
「碧? いや、何をやってるっていうか……」
七香の声を聞きつけたのか、そこでなぜか第三者が口を挟んできた。
「悪いね。残念だけど、悠にはボクとの先約があるんだ」
「あなたは、枯木碧? ……なるほど。そういう事なら、残念ですがまたの機会に――」
「えっ? 俺、お前と何か約束なんてしてたか?」
何か納得したように七香は頷きかけるが、肝心の俺の方には碧との先約とやらに一切覚えがなかった。
「……馬鹿。せっかく助け舟を出してやったというのに、キミという奴は」
「助け舟? いや、別に俺は――」
「どういう事ですか、枯木さん?」
小声で悪態をつく碧への疑問は、七香の問いの圧に掻き消される。
「ふぅ……言葉通りだよ。ボクの友人が強引に言い寄られて困っているようだから、先約がある事にして断りやすくしてあげようとしただけさ」
「それなら余計なお世話です。私と悠さんは知らない仲ではありませんし、昨日もお昼を一緒にしました。約束があるわけでないなら引っ込んでいてください」
「生憎、キミの言葉を全て信じる気にはなれない。それに、結局のところ決めるのは他でもない悠だ。ボクが立ち去るのは彼の答えを聞いてからでも遅くはない」
「そうですね。たしかに、早く悠さんが決めていれば良かっただけの話です」
碧は涼しげな態度を、七香は敬語を保ってはいるものの、いつの間にか碧と七香の間の応酬はどこか険悪なものになっていた。しかも、今はその両者の視線が棘を含んだままで俺へと向けられている。
「悠さん、私と昼食を食べますよね?」
「遠慮する必要はないよ。断ってボクと食事を取るといい、全てはキミの自由だ」
二方向から見つめられ、選択を強いられる。だが、正直どっちでもいい。
「三人で……っていうのは、無いよな」
折衷案を口にしかけた瞬間、双方の目が細まったのを見てすぐに引っ込める。強行すれば案は通せたかもしれないが、いがみ合う二人の間での食事など俺自身が御免こうむる。
「……じゃあ、そっちでじゃんけんでもして決めてくれ」
「悠さん!」
「悠!」
「だって、こんなのどっち選んでも後でめんどいじゃん。俺やだよ、やだやだ」
二対の視線と引き止めようとする手を振り払って、さっさと訓練室を後にする。後は二人のどちらか、あるいは両方が付いてくるか、もしくはどちらも付いてこないのか。その辺りの事は全てあの二人に任せよう。
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