1-4 寿司

「寿司っていうのは、やっぱりカウンターで食べるべきだと思うんだよ」

 適当に近場から選んだ回らない寿司屋の個室の中、聞きかじっただけの食通らしき言葉を口にしてみる。

「殺しますよ?」

「そうカリカリするなよ、せっかくの人の金で食う寿司だ」

「だ・か・ら! でしょうが!」

 黒革の財布を抑えて怒鳴る七香を横目に、すでに七つ目の鮪を口に運ぶ。カウンター席でなくともとろけるように美味いのは、きっと人の金で食う高い寿司だからだろう。

「……その顔はわざと演じているものですか? それとも、人格的に何か変化が?」

「俺、物食いながらしゃべる奴って嫌いなんだよね」

「すでにあなたに好かれたいという思いは大分消え去りましたのでご心配なく。それと、私は食べてません」

「そう? でも、俺は今のところ七香の事は結構好きだけど」

「でしょうね。バカ高い寿司奢って嫌われてたら世話ないですよ」

 ご機嫌取りのお世辞は、七香の口調を更に厳しいものにしてしまった。

「単刀直入に聞きます。あなたの目的は何ですか?」

「別にないよ。奢ってくれそうな感じがしたから頼んでみただけ」

「話したくないなら構いません。ただ、私はあなたの味方です、宵月さん」

 真摯に俺の目を見据えて語る七香に、しかし俺には言うべき事があった。

「俺からも一ついい?」

「はい、なんでしょうか?」

「俺、雨宮悠。はじめまして、よろしく」

「……えっ?」

 小さく目を瞬かせる七香に、自らの携帯端末を差し出して見せる。M.A.R予備生である事を示すその画面には、当然ながら紛れもない俺の名前『雨宮悠』が記されている。

「宵月さん、ではないんですか?」

「とりあえず、俺の知る限りは」

「そんな、でも、面影が……」

「顔が似てるやつくらい探せばいるだろ」

 七香の口振りには、確信と疑惑が入り混じっていた。だが、面影という言葉を使った以上はおそらく七香は現在の『宵月』とやらを知らない。最後に二人が会ってから経った年月がどれほどのものかは定かではないが、この年頃であれば数年で顔は変わる。知人かと思いきや人違いをするという事もあるだろう。

「……たしかに、色々と気に掛かるところはあると思っていましたけど」

「まぁ、そういう事みたいだな」

 自己完結したような言葉を吐きながら、だが七香はまだ俺に懐疑の目を向ける。

「一応聞いておきますけど、嘘を吐いて誤魔化しているわけじゃないですよね?」

「何を誤魔化す事があるのかは知らないけど、もしこれまで嘘を吐いてたなら、ここで認める奴はいないと思う」

「なら、もう一つ。私の人違いだとしたら、なぜすぐに誤解を解かなかったんですか?」

「それは簡単だ。寿司を奢ってくれる流れをみすみす捨てる理由がない」

「はぁ……っ」

 大きく溜息を吐くと、七香は自らの携帯端末を弄り始めた。

「雨宮悠、第一回能力検査の順位は93位、スコアは372。なるほど、たしかに私の知る宵月さんとは別人ですね。この結果までもが偽りでなければ、ですが」

「未練たらたらだな。そんなに宵月って奴に執着があるのか?」

「それは、あなたには話せません。あなたが本当に単なる雨宮悠さん以外の何者でもないなら当然口にする必要はありませんし、宵月さんが自身を偽りながら問いかけているのであっても、そんな状況で答えたくはありません」

 どうやら七香は、俺の言葉を鵜呑みにするつもりはないらしい。まぁ、七香が何を疑おうがそれだけなら俺としては別に知った事ではないのだが。

「二つだけ、悠さんに言っておきたい事があります」

「どうぞ、俺で良ければ」

 真剣な表情でこちらを見つめる七香に、俺は寿司を口に運びながら話を促す。

「一つは、信じてもらえるとは思いませんが、私は宵月さんの味方です。もしも力が必要だと感じた時には、いつでも頼っていただければ幸いです」

 七香の宣誓には、当然ながら何の感慨もないため聞き流す。

「それと、もう一つは質問ですが、悠さんの目的は何ですか?」

「目的?」

「この施設、M.A.Rに所属した目的、理由です」

「ああ、そういう事か」

 それを聞いてどうするつもりなのかはわからないが、聞かれれば答えてやろう。

「特に目的というほどのものはない。俺がここに来たのは、このM.A.R予備生が今選べる選択肢の中で最も安全で贅沢だから、ただそれだけだ」

「……そうですか。ありがとうございました、では私はこれで」

 どこか落胆したような声で頷くと、七香は静かに立ち上がった。

「あっ、ちょっと待った」

「なんですか? 言っておきますが、あなたが宵月悠さんでない以上、私は彼については何も語るつもりはありませんよ」

「いや、俺まだ注文するから、ここにいてもらわないと食い逃げする羽目になる」

「……はい、はい! そうでしたね! わかりました、お付き合いします!」

 七香の悲鳴を聞きながらの食事は、どこか愉快なものだった。

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